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第1章 雨宮凛

普通の幸せ②

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(純哉、か……)

 純哉は俺と凛の関係をどう思うんだろうか。
 浮かれていてすっかり忘れていたけど、これはこれで問題があった。
 祝福してくれるわけがない。ずっとファンで、雑誌や写真集も集めてたわけで。いつか話さないといけない話なのだろうけど……あいつとは揉めたくないな。

「……私さ、こういうのずっと憧れてたんだ」

 モールから戻って商店街を歩いていた時、凛はさっき撮ったプリクラ(シールの方)をぼんやり眺めて言った。

「好きな人と普通に待ち合わせして、普通にご飯食べて、普通に遊んで、散歩して……」

 都内での生活を思い出しているのだろうか。凛は小さな溜息を吐いて、シールを財布の中に仕舞った。

「こうやって、ゆっくり過ごしたかったなぁ……」

 凛は都内ではどんな生活をしていたのだろうか。プライベートな時間は何一つ取れなかったのか? 東京の友達はどうしたんだろう? 家族も納得しているのか?
 疑問はたくさんあるが、それを今更訊くのも気が引けた。

「まあ、何つーか……」
「ん?」
「今出来てるから良いじゃん」

 思った事を言う。過去に出来なかった事は、今すればいいのだ。
 凛は少し意外そうに俺を見て、「……そうだねっ」と言いながら腕を絡めてきた。ふわりと凛の匂いが鼻腔を擽り、胸がどきっとする。

「何もなくて退屈な町かもしれないけど……私、今凄く幸──」
「凛ちゃん!」

 『せ』と、凛が言い終える前だった。
 誰かが凛の名前を呼び、反射的に俺達は立ち止まった。
 一瞬純哉かと思ったが、声でそれが純哉のものではないとわかる。凛は肩をびくっと震わせただけで、そちらを見ようとはしなかった。代わりに、絡めていた腕を、ぎゅっと締め付けた。俯いているので、表情は伺い知れない。
 俺達は、ゆっくりと声の主の方を見ると……スーツ姿でサラリーマン風の真面目そうな男がそこにいた。
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