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第1章 雨宮凛
傷ついた心②
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「……僕の次の担当、誰だかわかるか?」
凛は立ち止まって、少し考えた。
「さあ? YUKIちゃん辺りですか? 確かマネージャーの方と仲が良くないって聞きましたけど」
田中は首を横に振った。
「レイカちゃん、だよ」
そこで、ばっと凛が振り返った。
その表情には絶望にも似た色が広がっていた。名前が名前だけに、俺も思わず反応してしまう。
「レイカ? レイカって、あの……?」
わなわなと震えながら、凛が問う。
田中は苦々しく頷いた。
「ど、どうしてレイカが……? だって、辞めたのに……」
「詳しくは聞いてない。ただ、君の穴を埋める為にダメ元で社長が頼んだら、オーケーしたそうだ。彼女は、君の辞め方が気に入らなかった、とも言っているらしい」
「そんな……」
「君がキャンセルしようとしていた仕事の大半は彼女が引き継ぐ事になる。君は、それでいいのか……?」
今ならまだ間に合う、と田中は言いたげだ。
凛は暫く黙り込んだ後、涙を流しながら自嘲の笑みを浮かべた。
「……じゃあ、事務所的には問題無しですよね」
「凛ちゃん……!」
「元々レイカは私より人気があったし……レイカが辞めたから私に仕事が回ってきただけ。私が有名になれたのだって、レイカが居なくなったから。それだけじゃないですか」
「そんな事っ」
「そんな事あります! 私、レイカに何も勝てなかった! 勉強も、仕事も、恋愛も! 一つも勝てた事なんて、なかった……!」
作っていた自嘲の笑みも崩れ……ただ、越えられない壁に屈した悔しさにまみれて、強さの欠片もなく泣き崩れる少女の姿がそこにあった。
「今、やっとレイカに勝てる事が見つかったの……! しかもそれは私の叶わなかったはずの夢だったの……もう邪魔しないでよ!」
凛が捨て台詞の様に吐き捨て、走り出そうとしたので咄嗟に腕を掴んだ。
「離して!」
初めて凛に睨まれて、拒絶されて……思わず離してしまった。
凛は振り向く事なく走った。
走れば追いつけたかもしれない。ただ、やはり自分と同じ様な気持ちを感じてしまったんだ。
『絶対に勝てない何か』
それに打ち負かされた時の後悔と悔しさ。絶望と、自分への落胆──俺はその感情を痛いというほど知っていた。
残された俺と田中は、どうする事も出来なかった。
(レイカ、か……)
こんなにこの名前を聞いたのは、随分久しぶりだ。偶然もあるもんだ。
俺のトラウマと凛のトラウマが同じ名前だなんて。付き合うべくして付き合ったのかな、俺等は。逃亡者同盟だし。
そう茶化して自分に言い聞かせてはいるものの……正直なところ、薄々と確信めいた予感がある。
ただ、もしそれが的中してしまうと、俺は凛を信用できなくなる。彼女は、どうしてそれを隠して、俺に近付いてきたのか、という話になるからだ。
「なあ……アンタ」
「なんだい?」
田中は力なく首をこちらに向けてきた。
「アンタはどうしたかったんだ。その、レイカって子の話を出して」
田中は自分の頭をばりばりと掻いて、溜息を吐いた。
「彼女とレイカちゃんは中学生の時一緒によく仕事をしていてね……学校も同じで仲も良かったんだけど、凛ちゃんの方は内心凄くライバル視してたから、ああ言えば戻ってくるかと思って」
まだ間に合うから、と田中は悔しそうに呟いた。
「そのレイカって子の復帰はマジなのか」
「え? ああ、さっきのも事実だけど……君、レイカちゃんとも知り合い?」
彼の問いに「まさか」と、首を横に振った。
知り合いなもんか。知り合いであってたまるか。そう信じたかった。凛の言うレイカがあのレイカであるわけがない。
ただ……あの凛が敵わないレイカが、そう何人もいるはずがない、ともまた思うのだ。
「すまない事をしたね。君にも、凛ちゃんにも」
全くだ。初デートなのに最悪だ。本当に、最悪だ。
凛は立ち止まって、少し考えた。
「さあ? YUKIちゃん辺りですか? 確かマネージャーの方と仲が良くないって聞きましたけど」
田中は首を横に振った。
「レイカちゃん、だよ」
そこで、ばっと凛が振り返った。
その表情には絶望にも似た色が広がっていた。名前が名前だけに、俺も思わず反応してしまう。
「レイカ? レイカって、あの……?」
わなわなと震えながら、凛が問う。
田中は苦々しく頷いた。
「ど、どうしてレイカが……? だって、辞めたのに……」
「詳しくは聞いてない。ただ、君の穴を埋める為にダメ元で社長が頼んだら、オーケーしたそうだ。彼女は、君の辞め方が気に入らなかった、とも言っているらしい」
「そんな……」
「君がキャンセルしようとしていた仕事の大半は彼女が引き継ぐ事になる。君は、それでいいのか……?」
今ならまだ間に合う、と田中は言いたげだ。
凛は暫く黙り込んだ後、涙を流しながら自嘲の笑みを浮かべた。
「……じゃあ、事務所的には問題無しですよね」
「凛ちゃん……!」
「元々レイカは私より人気があったし……レイカが辞めたから私に仕事が回ってきただけ。私が有名になれたのだって、レイカが居なくなったから。それだけじゃないですか」
「そんな事っ」
「そんな事あります! 私、レイカに何も勝てなかった! 勉強も、仕事も、恋愛も! 一つも勝てた事なんて、なかった……!」
作っていた自嘲の笑みも崩れ……ただ、越えられない壁に屈した悔しさにまみれて、強さの欠片もなく泣き崩れる少女の姿がそこにあった。
「今、やっとレイカに勝てる事が見つかったの……! しかもそれは私の叶わなかったはずの夢だったの……もう邪魔しないでよ!」
凛が捨て台詞の様に吐き捨て、走り出そうとしたので咄嗟に腕を掴んだ。
「離して!」
初めて凛に睨まれて、拒絶されて……思わず離してしまった。
凛は振り向く事なく走った。
走れば追いつけたかもしれない。ただ、やはり自分と同じ様な気持ちを感じてしまったんだ。
『絶対に勝てない何か』
それに打ち負かされた時の後悔と悔しさ。絶望と、自分への落胆──俺はその感情を痛いというほど知っていた。
残された俺と田中は、どうする事も出来なかった。
(レイカ、か……)
こんなにこの名前を聞いたのは、随分久しぶりだ。偶然もあるもんだ。
俺のトラウマと凛のトラウマが同じ名前だなんて。付き合うべくして付き合ったのかな、俺等は。逃亡者同盟だし。
そう茶化して自分に言い聞かせてはいるものの……正直なところ、薄々と確信めいた予感がある。
ただ、もしそれが的中してしまうと、俺は凛を信用できなくなる。彼女は、どうしてそれを隠して、俺に近付いてきたのか、という話になるからだ。
「なあ……アンタ」
「なんだい?」
田中は力なく首をこちらに向けてきた。
「アンタはどうしたかったんだ。その、レイカって子の話を出して」
田中は自分の頭をばりばりと掻いて、溜息を吐いた。
「彼女とレイカちゃんは中学生の時一緒によく仕事をしていてね……学校も同じで仲も良かったんだけど、凛ちゃんの方は内心凄くライバル視してたから、ああ言えば戻ってくるかと思って」
まだ間に合うから、と田中は悔しそうに呟いた。
「そのレイカって子の復帰はマジなのか」
「え? ああ、さっきのも事実だけど……君、レイカちゃんとも知り合い?」
彼の問いに「まさか」と、首を横に振った。
知り合いなもんか。知り合いであってたまるか。そう信じたかった。凛の言うレイカがあのレイカであるわけがない。
ただ……あの凛が敵わないレイカが、そう何人もいるはずがない、ともまた思うのだ。
「すまない事をしたね。君にも、凛ちゃんにも」
全くだ。初デートなのに最悪だ。本当に、最悪だ。
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