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第2章 久瀬玲華

凛の不安②

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 夕暮れの田圃道を歩く。この道を凛以外の誰かと二人で歩くのは随分久しぶりだ。最近は四人で行動する事が多いので、愛梨と二人きりというシチュエーションは随分久しぶりかも知れない。
 十月も半ばになると日が落ちるのも大分早くなってくる。

「凛さ、明るくなったね」
「そうだな」
「なに話した? あの時」
「あの時?」
「ほら、ホテルで」
「あー……ま、色々だよ」

 さすがにあの会話を誰かには言いにくい。

「教えろよ」
「うるせーな。まぁ、何つーか……凛は結構強いんだ。俺は弱いとこしか見てなかったけど」
「ずっとあんたに依存してたもんね」
「気付いてたのか」
「そりゃ……ね。転校してきてからずっとそんな感じだろ」

 愛梨は頭を掻いて呆れた表情をした。

「俺も似たようなもんだったよ」
「そうなの? それは気付かなかった」
「前にも言ったけど、俺等は同じ傷があるんだよ。それに打ちひしがれて、諦めて……それでこっちに来た。俺は親の転勤を理由に。凛は、偶然会った俺を理由に」

 道ばたにあった小石を蹴り飛ばすと、田圃の給水に使われる溝の中にぽしゃんと落ちた。

「それで俺等は共感して……半分、お互いの傷舐め合う感じで付き合い始めたんだけど」

 そんな時に、玲華と偶然再会してしまった。

「玲華との事があって、玲華に二人共散々ボロ糞言われて……凛も後ろ向きなまんまじゃダメだって思ったんじゃないかな」
「それで、あんたは?」
「え?」
「前向きになって歩き始めた凛に対して、あんたはどうなの? もう前向いてんの?」

 俺は……どうなんだろう。
 あの時は凛を全力で支えると言った。ただ、凛は自分だけの足で立とうとしている。結局、俺は手持ちぶさただ。

「凛はさ……明るく振る舞ってるけど内心不安なんだと思う。ただ、あの子も本来プライド高い人間だから、そう見せない様にしてるだけで」
「何で?」
「何でって……決まってるだろ。あんたがまだREIKAの事を好きなんじゃないかって心配してる」
「それは無いだろ……俺、振られたんだけど?」
「REIKAは〝あんたの為を想って〟振ったんだろ」

 凄く怖い目つきで睨んでくる。

「……聞いたのか」
「少し。凛が不安がってるのは事実だよ」
「そうなのか」

 それは知らなかった。

「それだと、事情もまた変わってくんだろ。それに、REIKAはあんたに未練がある」
「何で言い切れんだよ」
「凛から聞いた話だと、そうとしか思えないだけ」
「……⋯」

 だから、何だって言うんだ。
 俺と玲華は別れた。俺と凛は付き合っている。
 それが答えだろ……そうじゃないのか?

「それに、凛は学校では人気者だけど……校外だとそうじゃない」
「…………」
「あたしの実家居酒屋だからさ、たまに仕事手伝うんだけど、やっぱ凛の事を悪く言う地元の人は多いから。あんたも解らなくはないでしょ」

 こくり、と頷く。
 鳴那町みたいな田舎町は、外の人間を好まない。
 俺でも引っ越してきた当初は風当たりは良くなかったのに、凛は加えて元芸能人で色々騒ぎを起こした。
 最近では凛が町を歩いたくらいではもう騒ぎにはならないが、それでも陰口らしきものはたまに耳に入る。モデルなんてちゃらちゃらしているだの、何だの。

「あんた、まだ一つ結論出してない事あるんじゃない?」

 結論? 俺が出していない結論?

「あの子もいろんなものと戦ってんだから……凛の不安、取り除いてあげなよ」

 愛梨はそれ以上その件については何も言わなかった。
 アイビスに着いてからも全く関係無い話をしていた。
 俺は……一体何か変わったのだろうか。もしかして、また俺は何かから逃げているのか?
 出していない結論? それって何だ。
 愛梨に訊いてみても全く聞いてもらえなかった。彼女のこの言葉は俺に一抹の不安を残し、頭の中から離れなかった。
 結局、この日凛はクラスの女子の悩み相談に付き合って遅くなってしまい、アイビスに来れなくなった。
 奢り損だった。
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