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第3章 大切なもの

玲華の狙い⑭

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 凛の背中を見送った後、自分の荷物をまとめている玲華を見つけたので、そちらに向かった。

「玲華。お前さ、仕組んだろ、これ」
「さあ?」

 玲華は相変わらずすっとぼけたように答えた。
 おそらく、玲華はサヤカちゃんとやらが遠からず辞めることを予期していた。或いは、本人から聞いていた。
 だからこそ、凛を撮影に誘って、さらに煽っていたように感じた。言い合いをしている時も、彼女の表情から悪意や敵意を感じなかったからだ。
 彼女は凛に戻ってきて欲しかったのだ。この現場に。

「素直じゃないって⋯⋯大変ねぇ」

 玲華は少し笑って空を見た。

「あれが自分へのペナルティってやつか」
「さあ?」

 彼女はまたさっきのようにすっとぼけて、笑ってみせた。
 玲華が凛を引き入れるメリットは、俺が見ている限りない。
 むしろ、映画撮影が中止か延期になれば、実は嬉しいのではないのか、とも思っていた。

「そういえば、言うの忘れてた。ショー」

 玲華がにこっと振り返って言った。屈託のない笑顔だった。
 しかし、彼女の笑顔から発せられた言葉に、俺は耳を疑った。

「リンに言ったから。昨日のこと」
「は?」
「だから、昨日電話で。ショーを騙してうちに連れ込んで、課題手伝わせたって事、リンに言ってあるから」
「はあああああ!?」

 思わず大声を上げてしまった。
 視線が集まってしまったので、焦って玲華を人のいないところに連れていく。

「ちょ、ちょっと待って。言ったって、何を?」
「だーかーら、昨日ショーがうちに来て、課題を手伝ってくれたこと」

 すごく楽しそうに。面白いことを発見した子供みたいに無邪気で、子供が昆虫の足を引きちぎって遊ぶように、残酷だった。

「あ、でも安心して? ショーが弱った私をぎゅーって優しく抱きしめてくれた事と、私の手料理をおいしそーに食べていたことは、伏せてあるから♪」
「⋯⋯⋯⋯」

 おいおいおいおいおいおい。
 待ってくれ。
 それは、なんの冗談だ?
 じゃあ、昨日俺が玲華と過ごした事を知った上で、凛は電話をかけてきて、今日1日普通に過ごしていたってことか?

「あ、でも、演技見てもらったって監督と戦う事にしたって話はした」

 そうか⋯⋯それで凛はさっき山梨さんとの会話で何も反応しなかったのか。そして、凛はそれに対して全く俺に悟らせないで今日という1日を過ごしていた事になる。女優って恐ろしい。

「これが私のペナルティ♪ もちろん、別のペナルティも課すつもりだけどね」

 待て。どう考えてもそれは俺にとっても大きなペナルティになっている。
 むしろ俺のほうが損害はでかい。この後どうやって話せばいいんだ。別のペナルティというのも気にならなくはないが、それどころではない。
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