大阪のおばちゃん勇者

橋元 宏平

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もしも勇者がコッテコテの大阪のおばちゃんだったらどうなる?

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「出でよ! 異世界の勇者っ!」

 召喚士の言葉と共に、魔法陣の上にひとりの勇者が現れました。

 召喚された勇者は、ふくよかな中年女性でした。
 おばちゃんパーマに、白い割烹着かっぽうぎ
 どこで買ったのか分からない虎柄とらがらトレーナー。
 クソダサいもジャージ。
 背中に大きなリュックサックを背負せおい、両肩には長ねぎや大根が飛び出している買い物袋。
 足には、サンダルつっかけいていました。

「ようこそおいで下さいました、異世界の勇者様」

 召喚士がうやうやしく礼をすると、勇者はツカツカツカーッと詰め寄ります。

「ちょっと、アンタ! ここ、どこなんっ? 急に呼び出されても困るわ! おばちゃんな、こう見えても忙しいねんっ! 6時のタイムセールで、買い出ししたばっかりでな! これから、ご飯作らなアカンのよっ! うちには食べ盛りの高校生と中学生の息子が3人もおって、よう食べんねんっ! せやから、よぅ帰してぇなっ!」

 勇者のマシンガントークに圧倒あっとうされて、召喚士はタジタジです。

「いえ、あの、その、それはもう、お忙しいところをお呼びてしまい、誠に申し訳ございません、勇者様! ですがこちらも、本当に、大至急、大変困っておりましてでしてね! どうか、勇者様にお力添ちからぞえをお願いしたく……っ!」
「なんや、おっちゃん、困っとるんか? せやったら、ぅてみぃや。おばちゃん、見た目通りとっても優しいさかい、話くらい聞いたるわ」

 心優しい勇者は、「どっこいせっと」と言いながら魔法陣の上に座りました。
 召喚士はやっと落ち着いて、話し始めます。

「は、はい、ありがとうございます、勇者様。実はこの世界にはねてより、おぞましくも禍々まがまがしい邪悪な王が――」
「あんな、おっちゃん。おばちゃんなぁ、小難こむずかしい話、苦手やねん。聞いても、ようわからん。それに、さっきも忙しいぅたやろ。手短てみじかに頼むわ」

 勇者は、短気でした。
 話の腰を折られた召喚士はムッとして、「やりにくいなぁ」と思いました。
 召喚士は、気を取り直して簡単に言い直します。

「早い話が、勇者様に魔王を倒して欲しいのです」
「嫌やっ!」

 勇者は、即答そくとうしました。
 まさか、断られるとは思っていなかった召喚士は、とても驚きました。

「何故ですかっ?」
「アンタこそ、おばちゃんの話、聞いとらんかったんかっ? おばちゃん、忙しいぅたやんっ! これから、うちの子らにご飯作らなアカンてっ!」
「そ、それはご安心下さい、勇者様。魔王を倒したあかつきには、ちゃんと元の時間、元の場所へお帰しするとお約束します! 元の世界へ帰ったら、一秒もっていない状態に戻りますからっ!」

 召喚士の話を聞いて、勇者はキョトンとします。

「そうなん? そういうことは、よぅぅてや」
「申し訳ございません。勇者様のおっしゃる通り、先に説明するべきでした」

 召喚士は、「それもそうか」と反省してあやまりました。
 短気な勇者は、話を進めます。

「せやったら、魔王とやらをちゃちゃっと倒して、帰らしてもらうわ」
「そ、そうですね。では、勇者様の旅にご同行どうこうする者たちをお呼びします」

 召喚士が奥の扉を開くと、3人の男が入って来ました。
 勇者の前に立つと、それぞれ自己紹介をします。

「騎士のナイトでございます」
「魔術師のマジクです」
「聖職者のクレリックと申します。以後お見知りおきを、勇者様」

 勇者は3人を見て、ポッと頬を赤らめて笑顔を浮かべます。

「あらぁ~、えらいシュッとしたイケメンの若兄わかにいちゃんたちやないのぉ~。おばちゃんが、あと10歳若かったら、ほっとかなかったのにねぇ。あ、あめちゃん食べる?」

 勇者はニコニコ笑いながら、割烹着かっぽうぎのポケットに手を突っ込んで、3人にあめちゃんを手渡しました。
 3人はドン引きしながらも飴ちゃんを受け取って、お礼を言いました。

「「「あ、ありがとうございます、勇者様……」」」
「右から、内藤ないとうくんと間島まじまくんと小暮こぐれくんやね? 覚えたわ、よろしゅうな」
「「「は、はい。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」」」

 3人は顔を引きつらせながらも、頭を下げました。
 3人は、「訂正してもたぶん直らない」とか、「反論すると色々面倒臭そう」とか、早々そうそうさとりました。
 聖職者は、勇者に向かって一本の剣を差し出します。

「勇者様、こちらが代々だいだい伝わる由緒ゆいしょ正しい聖剣でございます。これがあれば、魔王に打ち勝てましょう」
「あらやだ、ずいぶん古ぼけた剣やねぇ。骨董品こっとうひんやないの。こ~んななまくらで、ちゃんと切れるんかいな。おばちゃんがぎ直したろか。でも、宝石がハマってて綺麗やわぁ。これ、もろてええのん?」

 勇者は受け取った聖剣を、さっそく品定しなさだめしました。
 聖職者は、苦笑いします。

「魔王を倒すまでは、勇者様がお持ち下さい。ですが、魔王を倒したらお返し頂きますようにお願いします」
「なんや、貸してくれるだけかい。まぁええわ。こんなん、向こうであってもよう使わんし。使い終わったら返すわ」
「そうして頂けると、助かります」

 そんなこんなで、勇者と騎士と魔術師と聖職者の4人は、魔王退治に出掛けていきました。
 召喚士は貧弱ひんじゃくな上に引きこもりなので、お留守番おるすばんです。

 ☆

 勇者の強さは、圧倒的あっとうてきでした。
 魔王の手下たちは、手も足も出ません。
 剣も魔法も使わず、平手打ちビンタだけで敵を倒してしまいます。
 勇者があまりにも強いので、騎士と魔術師と聖職者はすることがありません。

「うわ~……、勇者様が強すぎて、ぼくたち全然出番ないんだけど」
「これ、オレたち、いる意味ある?」
「いやはや、私たちがやれることといったら、勇者様が倒した敵の後始末あとしまつくらいですかねぇ」

 3人は勇者を見ながら、やれやれと肩をすくめました。
 日が暮れてくると、3人は野営やえいの準備を始めました。

「勇者様、こんなところで申し訳ございませんが、ここらで野営しましょう」
「せやったら、おばちゃんがご飯作ったるわ。おばちゃんのご飯、美味うまいで~!」
「「「は?」」」

 勇者の言葉を聞いて、3人は呆気あっけに取られました。
 この世界で野営の食事と言えば、携帯食料けいたいしょくりょうの乾パンと干し肉と葡萄酒ぶどうしゅ手軽てがるに済ませるのが普通です。
 驚く3人をよそに、勇者は背負っていたリュックサックと買い物袋を下ろします。

「やれやれ、どっこいしょっと。買い物帰りやったから、ちょうどええわ。腐らしたらもったいないから、使つこうてしまお」
「あ、あの、勇者様。もしよろしければ、マジックバックがありますよ」

 魔術師が麻で出来た布袋を差し出すと、勇者は首をかしげます。

「なんや、そのズタ袋?」
「これはマジックバックと言いまして、この中に入れた物は時間が停止して腐ることはありません」
「ややわぁ、そんな便利なものがあるんやったら、早よぅ出しぃや」
「すみません、なんか言いそびれてしまって」
「まぁ、ええわ。さっそく、入れ替えさせてもらお」

 勇者がリュックサックを開けると、食材が出るわ出るわ。
 たまねぎやにんじんなどの野菜。
 保冷バックに、保冷剤と一緒に入った肉や魚。
 醤油や味噌などの調味料。
 海苔のりやわかめなどの乾物かんぶつ
 パスタやうどんなどの乾麺かんめん
 5kgの米袋。
 お鍋のセットまでありました。

「今まで使つこぉてたお鍋が、ボロボロんなってな。ちょうど、在庫一掃ざいこいっそうセール品で安かったからうたんよ」

 勇者は地面に落ちている枯れ枝や枯れ葉をき集めて、ポケットから100円ライターを出して火をけました。

「こら、ぼさっと突っ立ってないで、アンタらも手伝いな。働かざる者、食うべからずだよ。内藤くんは、まき集め。間島くんは、魔法で水出して。小暮くんは、食器があるなら出してな」
「「「は、はいっ!」」」

 3人は言われるまま、食事の準備を手伝いました。

「おばちゃんちは、月1回で家族キャンプしとぅかられとんのよ」

 聖剣を包丁代わりにして、野菜や豚肉を小さく切って鍋で煮ます。
 別の鍋では、お米が炊かれて美味しそうな匂いをただよわせています。
 炊き上がったご飯はおにぎりにして、海苔のりを巻きました。
 肉と野菜が柔らかく煮えたら、味噌とネギを入れて完成です。

 30分で、おにぎりと具だくさんの豚汁が出来上がりました。
 美味しそうなにおいに、3人のお腹がぐぅ~と鳴りました。

「やっぱりキャンプといったら、カレーか豚汁やな。ほら、みんな、ちゃんと手を洗って、両手を合わせて『いただきます』ってぅてから食べるんやで?」

「「「いただきますっ」」」  

 勇者にならって、みんなで両手を合わせて「いただきます」
 おにぎりと豚汁を食べると、3人はその美味しさに感動しました。

「美味しい! こんな美味しいもの、食べたことがないっ!」
「なんだこれ? 初めて食べる味なのに、どこか懐かしいおふくろの味がする」
「お母ちゃん……」
「口に合ったみたいで良かったわ。みんな、どんどん食べ食べ」
「「「はいっ!」」」  

 3人は、勇者に胃袋をつかまれてしまいました。
 これ以降、3人は「勇者様」ではなく、「お母ちゃん」と呼ぶようになりました。 

 ☆

 ハッキリ言って、旅は順調でした。
 毎食美味しいご飯をたくさん食べているので、みんな元気いっぱいです。

 3人はいつも、「次のご飯は何かな?」と考えています。
 強くて料理上手な勇者を、3人は心から尊敬していました。

 勇者もまた、「お母ちゃんお母ちゃん」となついてくる3人を、自分の息子のように可愛がりました。
 勇者がめちゃくちゃ強いので、なんなく魔王の元へ辿たどきました。  

「アンタが、魔王かいっ?」
「そうだ。勇者とその一行いっこうよ、良くここまで辿り着いた。まずは、褒め――ぐぼぉっ!」

 勇者は間髪かんぱつ入れずに、強烈きょうれつ往復おうふくビンタを食らわしました。
 あっという間に、魔王の顔はパンパンにれあがってしまいました。   

「ま、待て、勇者……。いや、そもそも、お前は勇者なのか? まずは、我の話を――」
「いい年こいて、悪さばっかして恥ずかしくないのかいっ? おばちゃんがその腐った根性、叩き直したるっ!」

 勇者は、話を聞いてくれません。
 反撃の余地よち一切いっさい与えず、魔王は一方的に叩きのめされました。
 最終的には正座させられて、散々お説教せっきょうを食らいました。

「魔王、もう悪いことしちゃアカンよっ!」
「うわ~ん、ごめんよ、母ちゃ~ん! もう許して~……っ!」

 心を折られた魔王は、もう二度と悪さをしないと約束しました。
 魔王の手下たちも、フルボッコにされる魔王を見て降伏こうふくしました。

 ☆

 勇者は魔王を国へ連れて帰り、人間の王様と和平協定わへいきょうていを結ばせました。
 こうして、世界に平和が訪れました。

 魔王を倒して役目を終えた勇者は、元の世界へ帰ることになりました。
 ところが、勇者になついた騎士と魔術師と聖職者が泣いて引き止めます。

「お母ちゃ~ん、お願いだから帰らんで~っ!」
「オレもう、お母ちゃんのご飯以外食べられ~んっ!」
「お母ちゃ~ん、一生ここにいて~っ!」

 勇者は泣き付く3人の頭をでながら、優しく言い聞かせます。

「もうアンタら、いつまでもお母ちゃんお母ちゃんうて、ピーピー泣いとったらアカン。男の子やろ? 今が、巣立ちの時や。立派になって、お母ちゃんみたいな良い女捕まえて、家族こさえて幸せになりや。お母ちゃんとの約束やで?」

「「「お母ちゃ~んっ!」」」
「ほなね、みんな元気でな」

 勇者は笑顔で手を振りながら、自分の世界へ帰っていきました。
 めでたしめでたし。 
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