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次に目を開けたとき、まだ意識がぼんやりしていた。
一体俺は何をしていていたのか、わからなくなる。
眠っていた記憶はないのに、深い眠りについていたような妙な体のだるさ。
朝なら会社に行かなければならない、そう思い目を擦り頭を上げる。
「あれ?」
喧騒が一気に耳に入る。酒を飲み交わし、大きな声で笑い合う大勢の人たち。
ここはオーバーレイオンラインの酒場だ。
そう理解した瞬間、俺はテーブルに突っ伏して酒場で気を失ってしまったことを思い出した。まだゲームの中だったのかと確認すると同時に、どうしてあんな風に意識を失ってしまったのか不思議に思う。
頭が重いし、記憶が混濁している。
もうゲームを終わろうとしていたので、このままログアウトしたいとウィンドウを開こうとした。
「もう飲まないのか?」
話しかけられて、隣の席に誰かが座っていたのにはじめて気づく。
目を向けると、浅黒い肌に黒髪の大柄な男が俺を覗きこんでいる。頭の上にプレイヤーネームが表示されていないのでNPCだとわかったが、これはイベントだろうか。だとしたらここでログアウトするのはもったいない。気分はあまりよくなかったが、このままログアウトしてクエストを逃してしまうことはしなくなかった。もう少しだけ続けてみようと選択肢が出てくるのを待ちながら、酒を一口飲む。
途端に喉が焼けるように熱くなって咳きこんだ。
「ごほっごほっ」
「大丈夫か?」
大柄な男が慌てて俺の背中を摩る。
「大丈夫」
答えながら、思わず酒が入ったグラスを見る。ゲームの中なのに酒の味がする。
下戸で飲めない俺が思わず咳きこむほどの強い度数のアルコールだ。
それに背中を擦る感触までリアルで、とてもVRの世界とは思えなかった。VRで再現できるのは視覚と聴覚のみ。痛覚もないし触覚ですら曖昧だ。
胃の中がかっと燃えるように熱くて頭がぐらぐらする。顔が火照って赤くなっているのがわかる。
本当に酒が苦手でビール一口でも受けつけない俺には、この焼けるような強烈な酒は劇薬に等しい。
大柄な男が俺の前に「水だ」とグラスを目の前に置いた。
「ありがとう」
グラスを持って、はじめてその冷たさに気づく。グラスを揺らすと中の透明な水はゆらゆらと揺れる。傾けて慎重に口に含むとゆっくりと嚥下した。なんの味もしない普通の水は熱くなった体を僅かに冷やしてくれる。
何かがおかしい気がする。
黙って待っていても、隣の大柄な男は俺に向かって話しかけるわけでもなく、静かに酒を飲んでいる。イベントではないのだろうか?
視界が不安定に揺れて、俯いて額を押さえる。酔っているのだ。
酩酊感などゲームの中では感じるはずがないのに。
はあっと息をつくとその呼吸までも熱がこもっているように感じる。瞼が熱く涙が零れそうになる。頭を振ると体のバランスが崩れて大柄の男に凭れかかる。
はっと息を呑んだ男は、戸惑ったように俺の肩に遠慮がちに触れた。
NPCの体が温い。こんなの今まで感じたことがなかった。体を離そうと男の体に手を当てて……鍛えた体の感触までわかり、おかしいと何度も男の体をぺたぺたと押すように触る。現実の世界? いや、まさか。酔って頭までおかしくなったのだろうか。
「……いい体なのはわかるけど、なんでこんなに生々しいんだ?」
小さく呟いて男の顔を見上げる。髪の一本一本、肌の質感まで再現されたグラフィックの凄さに改めて目を留める。本当に現実にいる人間のようだ。
男が何度か瞬いて、何かを言っている。酔いが回っている俺には耳の感覚すら遠くて、次第に瞼が落ちかかって眠くなってきた。
このまま眠ったら、またゲーム進行が止まってしまうと必死に目を開けて、ウィンドウを出そうとする。イベントはこの際失敗してもしょうがないから、もうログアウトしようとしたのだ。
ところがウィンドウが出てこない。バグなのだろうかと不安になり、こういうときのための強制終了の方法があったような気がしたが……鈍い頭では思い出せない。
突然体がふわりと浮いた。
男が俺を抱き上げてどこかへ連れて行こうとしている。
そんなことより、ゲームの終了方法を思い出すのに必死だった。一番の問題はウィンドウが出てこないのだ。こんなバグははじめてで何度も指でタップする。
男は俺を抱きかかえたまま酒場を出て暗い夜道を歩きだした。
外が夜なのはわかったが、こんなにも暗かっただろうか? 重い瞼を押し上げて周囲を見回しても、頭上に名前が表示されているプレイヤーは一人もいない。誰かいたら声をかけて訊こうと思ったのに、王都で一人もすれ違わないのは不自然だ。俺の表示画面までもおかしいのか?
男は宿屋に入るとカウンターにいる人と話をして料金を払い二階に上がった。
その頃には、ウィンドウを開くのを諦めて半ば眠りかけていた。しばらく時間が経てばバグが直ってウィンドウが出てくるだろうと考えていたのだ。
俺をベッドに静かに横たえると、男は着ている服に手をかける。暑かったので脱がせてくれるならと体から力を抜いて、されるがまま身を任せる。欠伸がでて俺は目を擦りつつ、ぼんやりと男を見つめる。
もう眠い。眠りたい。
体に触れてくる手の感触も近くに感じる男の吐息も気にならないほど、俺の意識は眠りへと向かっていた。
このままゲームの中で眠ったらどうなるんだろう? さっきのようにまた続きからはじまるのか?
そんなことを考えながら、俺は静かに眠りに落ちていた。
一体俺は何をしていていたのか、わからなくなる。
眠っていた記憶はないのに、深い眠りについていたような妙な体のだるさ。
朝なら会社に行かなければならない、そう思い目を擦り頭を上げる。
「あれ?」
喧騒が一気に耳に入る。酒を飲み交わし、大きな声で笑い合う大勢の人たち。
ここはオーバーレイオンラインの酒場だ。
そう理解した瞬間、俺はテーブルに突っ伏して酒場で気を失ってしまったことを思い出した。まだゲームの中だったのかと確認すると同時に、どうしてあんな風に意識を失ってしまったのか不思議に思う。
頭が重いし、記憶が混濁している。
もうゲームを終わろうとしていたので、このままログアウトしたいとウィンドウを開こうとした。
「もう飲まないのか?」
話しかけられて、隣の席に誰かが座っていたのにはじめて気づく。
目を向けると、浅黒い肌に黒髪の大柄な男が俺を覗きこんでいる。頭の上にプレイヤーネームが表示されていないのでNPCだとわかったが、これはイベントだろうか。だとしたらここでログアウトするのはもったいない。気分はあまりよくなかったが、このままログアウトしてクエストを逃してしまうことはしなくなかった。もう少しだけ続けてみようと選択肢が出てくるのを待ちながら、酒を一口飲む。
途端に喉が焼けるように熱くなって咳きこんだ。
「ごほっごほっ」
「大丈夫か?」
大柄な男が慌てて俺の背中を摩る。
「大丈夫」
答えながら、思わず酒が入ったグラスを見る。ゲームの中なのに酒の味がする。
下戸で飲めない俺が思わず咳きこむほどの強い度数のアルコールだ。
それに背中を擦る感触までリアルで、とてもVRの世界とは思えなかった。VRで再現できるのは視覚と聴覚のみ。痛覚もないし触覚ですら曖昧だ。
胃の中がかっと燃えるように熱くて頭がぐらぐらする。顔が火照って赤くなっているのがわかる。
本当に酒が苦手でビール一口でも受けつけない俺には、この焼けるような強烈な酒は劇薬に等しい。
大柄な男が俺の前に「水だ」とグラスを目の前に置いた。
「ありがとう」
グラスを持って、はじめてその冷たさに気づく。グラスを揺らすと中の透明な水はゆらゆらと揺れる。傾けて慎重に口に含むとゆっくりと嚥下した。なんの味もしない普通の水は熱くなった体を僅かに冷やしてくれる。
何かがおかしい気がする。
黙って待っていても、隣の大柄な男は俺に向かって話しかけるわけでもなく、静かに酒を飲んでいる。イベントではないのだろうか?
視界が不安定に揺れて、俯いて額を押さえる。酔っているのだ。
酩酊感などゲームの中では感じるはずがないのに。
はあっと息をつくとその呼吸までも熱がこもっているように感じる。瞼が熱く涙が零れそうになる。頭を振ると体のバランスが崩れて大柄の男に凭れかかる。
はっと息を呑んだ男は、戸惑ったように俺の肩に遠慮がちに触れた。
NPCの体が温い。こんなの今まで感じたことがなかった。体を離そうと男の体に手を当てて……鍛えた体の感触までわかり、おかしいと何度も男の体をぺたぺたと押すように触る。現実の世界? いや、まさか。酔って頭までおかしくなったのだろうか。
「……いい体なのはわかるけど、なんでこんなに生々しいんだ?」
小さく呟いて男の顔を見上げる。髪の一本一本、肌の質感まで再現されたグラフィックの凄さに改めて目を留める。本当に現実にいる人間のようだ。
男が何度か瞬いて、何かを言っている。酔いが回っている俺には耳の感覚すら遠くて、次第に瞼が落ちかかって眠くなってきた。
このまま眠ったら、またゲーム進行が止まってしまうと必死に目を開けて、ウィンドウを出そうとする。イベントはこの際失敗してもしょうがないから、もうログアウトしようとしたのだ。
ところがウィンドウが出てこない。バグなのだろうかと不安になり、こういうときのための強制終了の方法があったような気がしたが……鈍い頭では思い出せない。
突然体がふわりと浮いた。
男が俺を抱き上げてどこかへ連れて行こうとしている。
そんなことより、ゲームの終了方法を思い出すのに必死だった。一番の問題はウィンドウが出てこないのだ。こんなバグははじめてで何度も指でタップする。
男は俺を抱きかかえたまま酒場を出て暗い夜道を歩きだした。
外が夜なのはわかったが、こんなにも暗かっただろうか? 重い瞼を押し上げて周囲を見回しても、頭上に名前が表示されているプレイヤーは一人もいない。誰かいたら声をかけて訊こうと思ったのに、王都で一人もすれ違わないのは不自然だ。俺の表示画面までもおかしいのか?
男は宿屋に入るとカウンターにいる人と話をして料金を払い二階に上がった。
その頃には、ウィンドウを開くのを諦めて半ば眠りかけていた。しばらく時間が経てばバグが直ってウィンドウが出てくるだろうと考えていたのだ。
俺をベッドに静かに横たえると、男は着ている服に手をかける。暑かったので脱がせてくれるならと体から力を抜いて、されるがまま身を任せる。欠伸がでて俺は目を擦りつつ、ぼんやりと男を見つめる。
もう眠い。眠りたい。
体に触れてくる手の感触も近くに感じる男の吐息も気にならないほど、俺の意識は眠りへと向かっていた。
このままゲームの中で眠ったらどうなるんだろう? さっきのようにまた続きからはじまるのか?
そんなことを考えながら、俺は静かに眠りに落ちていた。
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