地球侵略計画

山吹レイ

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襲来(前編)

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 終電で帰ってきた南高輝(みなみ こうき)は、重い足を引きずるようにアパートの階段を上る。毎日上り下りしているにもかかわらず、薄暗いせいで必ず躓く。
 悪態をついて錆びた手すりを掴みながら三階に着き、鈍い足取りで一番奥まで進むと、ポケットから鍵を出してドアに挿した。
 部屋の中に入り、ドアを閉めて鍵をかけ、靴を脱ぎ、どさりと鞄を置く。
 疲れた、という声は出ずに、ただ部屋の中をぼうっと見つめ、長いため息を吐いた。
 明日は土曜日、このまま寝てしまいたい。
 仕事は休みなので、睡眠を優先しても問題ないが、体から汗臭さが漂っている。ヘアワックスで整えた髪は、朝と比べたら見る影もなく、汗と混じってなんともいえない匂いがしていた。
 せめて一日の汗を流そうと、ネクタイを抜き取って放り、スーツを脱いで風呂場に行く。
 温いシャワーを浴びながら目を閉じると、今日会社で起こった出来事が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 上司の理不尽な怒りを買い、ひたすら頭を下げていたあの無駄な時間がなければ、定時は無理でも、少なくとも終電前には帰って来ることができたはずだ。
 もはや落ちこみはしない。
 入社して間もない頃なら、何が悪かったのか色々考えたりしたが、これが一年も続くと、ただ機嫌が悪かっただけ、自分の権力を誇示したいがための怒りなのだと理解できる。不条理なのだ。
 他の人たちは見て見ぬ振り。誰もとばっちりを食らいたくないとばかりに、視線すら向けずに仕事に専念している。
 デスクに戻っても仕事は山積み。それも面倒くさいものばかりで遅々として進まず、気がつけば終電が迫っていた。
 毎日怒られ、終電まで残業。アパートには寝に帰るだけ。辞めたいと思っていても、次の仕事が見つかるか不安になってしまい、ずるずると機会を伸ばしている。
 勢いよく排水溝に向かう水のように、何も考えず流れていけば仕事も転職も楽なのに、高いタイルに塞がれたり、髪の毛に引っかかったりするから、淀んだり躊躇ったりするのだ。疲れているにもかかわらず、シャワーを止めて、ブラシで磨いて掃除までしてしまった。
 ざっとタイルを熱い湯で流し、風呂場から出るとスウェットとTシャツを着る。
 真っ先に冷蔵庫からビールを取り出した。ベランダに出ると、欄干に腕を乗せて、暗い夜道を眺め、一気にビールを呷る。
 すきっ腹に冷たいビールが流れこんでくるなり、きゅっと胃が縮んだ気がした。
 温い風が吹きつけて、高輝は伸びた前髪をかき上げて頬杖をつく。シャワーを浴びたばかりだというのに、じっとりと汗がにじんできた。まだ夏には早いが、夜風はもう纏わりつくような熱を孕んでいた。
 空になったビール缶を弄びながら遠くを見つめる。
 アパートの周辺は街灯だけがぽつりぽつりと道を照らしているが、東側の高いビルが立ち並ぶ繁華街は、日づけが変わっても空が反射しているかのように煌々としている。
 やっと仕事を終えて帰ってきたのに、あの場所には人がいてまだ街が稼働している、そんなことを思うと疲れ切った目にはその光すら虚ろに見えた。
 もう寝よう。目を擦り、欠伸をして、ベランダを出ようとしたときだった。
 きらりと光る流れ星のようなものが視界の端に映った気がした。まさかと思い、目を向けると、確かに薄い光線を描いて星が流れている。こんな都会の空でも見えるんだなと呑気に考えていたら、それは消えることなく、徐々に大きくなり火の玉のように燃えて落ちてきた。
 しかも緩いカーブを描いて、高輝が住むアパートをめがけて落ちてくる。
「マジ!? やばいじゃん!」
 どうしようかと思っている間に、それは急にスピードを落とし、高輝の目の前にゆっくりと落ちてきた。炎は消えていて白い煙を漂わせている。よく見ると、銀色の細長い円形状のカプセルのようなものだった。
 カプセルは柵があるベランダの隙間に音もなく入りこんできた。すっぽりとベランダに収まったそれは、次の瞬間、銀色の表面にパズルのような幾何学模様を浮かびあがらせて数回光る。
「な、何これ!?」
 慌てた高輝は、目を見開いたまま驚きのあまり尻もちをつく。
 カプセルは、中心から徐々に霧のように消えていく。完全に消えると、そこには銀色の長い髪の裸の人が膝を抱えて横たわっていた。
 自分が見ているものが信じられず、息を呑んだまま動きを止める。
 これはどういう状況なのか、どうしたらいいのか理解が追いつかない。
 動けないでいる高輝の目の前で、その人は目を開けてゆっくりと上半身を起こした。
 生きている、と悟ったと同時に、これはまずいんじゃないかと思いはじめる。
 人がカプセルに入って落ちてくるなんて、あり得ない。
 長い銀色の髪を風に靡かせて、その人は首をぎこちなく動かすと高輝をまっすぐに見つめた。
 息が止まるかと思った。
 青い瞳はガラス玉のように透明で、感情の揺れがまったく見えない。まるで人形のようだった。長い睫毛が瞬き、赤い唇が僅かに動いたので、生きて呼吸をしているのだとわかったが、真っ白い肌の男とも女ともつかない中性的な容姿は、あり得ないほど美しくて空恐ろしい。
 右手を高輝のほうへ伸ばし床に手をつく。左手も伸ばして、這いずるように近づいてきた。
 その人の胸が平らで、股間が見えたので男なのだとわかったが、無言で長い髪を揺らし、一歩また一歩と両手を床につき四本の足で歩くかのようににじり寄ってくる姿に、恐怖を覚える。体ががたがた震えた。
 男は高輝の前で止まると、ぐっと顔を近づけてぎこちなく口角をあげる。目が笑っていないせいで、能面のようにも見える。
「ひっ!」
 恐怖のあまり気が遠くなる。
「地球人。俺と交尾をしよう。たくさん子供を作ろう」
 男は滑らかな低い声で言うと、高輝の腕を取る。咄嗟に男の手を払い、高輝は震える足で何度も床を蹴りつけて逃げだそうとした。
 わけがわからない。しかも男は高輝を見て地球人と言った。地球外生命体……あり得ない文字が頭の中に思い浮かぶ。
「大丈夫だ。何も怖くない。交尾は気持ちがいいのだろう?」
 高輝は足を掴まれて、強い力で引き寄せられた。抵抗する間もなく、男は上から伸し掛かり高輝の顎を掴む。強い力に、顎が歪んでしまいそうなほどの激痛が走り、歯ががちがちと鳴る。
 いきなり男は顔を近づけると唇を重ねてきた。口にどろりとした粘液が流れこんでくる。
「ん! ん!」
 拳で叩いても足を動かしても、男はびくともしない。
 喉まで流れてきた粘液をごくりと飲みこんでしまい、気持ち悪いと吐きそうになった瞬間、かっと体が熱くなった。
 同時に目を開けていられないほど眩暈が襲う。目を閉じていても頭の中でぐるぐると回っているような激しい揺れに、半ば意識を失いかける。
「そうだ。大人しくしていれば、無暗に傷つけることはしない」
 男の手が無遠慮に高輝の体を撫でる。
 ぼんやりとした目に、男が伸びた爪で高輝の服を切り裂き、裸にしていく姿が映ったが、痺れたように体が動かず抵抗もできない。
 首や胸など、至る所を撫でたり指で突いたりして感触を確かめていた男は、高輝の体同様ぐったりした性器を見るなり、大きな目を細めてにやりと笑った。顔を近づけて匂いを嗅いだあと、足を開き、まじまじとそこを覗きこんだ。
 これは全て夢で、このまま気を失ってしまえばどれほどよかったか……鈍い感覚の中に突然強い快感が駆け抜けて、高輝は喘ぎ声を漏らした。
 ぴちゃぴちゃと湿った音がする。性器だけでなく、後ろの穴まで舐められている感覚に、体が反応してびくびくと震える。気持ち悪さより、腰から抜けていくような気持ちよさが全身を包みこんだ。
「はあっ……んっ」
 勝手に口から息が漏れる。恥ずかしくて、懸命に身を捩って床に爪を立てる。
 男が下半身を押さえつけたかと思うと、背後から一気に貫かれた。衝撃のあまり頭が真っ白になり、仰け反る。救いを求める手を伸ばしても、誰もそこにはいない。何度も宙を掴んでは虚しく落ちる。
 次第に腰が揺れはじめて、突いてくる男の動きに合わせるように呼吸が弾んだ。
 激しく突いていた男が尻に腰を押しつけて、動きを止めた。
 体の中に熱いものが迸ってくる。
「これで孕むのか?」
 男の訝しげな声を最後に、高輝はやっと気を失った。
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