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めでたし
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今まで一人暮らしだった高輝の生活は一変した。
朝ユウと一緒に六時に起きて、仕事に行き、残業などせずに定時で帰るようになった。
何せ、ユウが意識を保っていられるのは十二時間なので、十八時には動かなくなる。どう頑張っても高輝の仕事は定時が十八時までなので、残業しなくても間に合わないのだが、なるべく帰ってきたい、その思いで、仕事はやれる分だけやるようになった。
今までは何を言われても唯々諾々と仕事をしてきたが、文句を言われても仕事が溜まっても、時間ですからと即行で退社する。あれだけ渋っていた転職も前向きになり、履歴書と職務経歴書を作り毎日サイトを見て探すようになった。
仕事が休みの土日になると、ユウと一緒に色々な場所に出かけた。ある日は動物園に行き、日本ではなかなか見られない動物を観察して、ある日は水族館で海の生物に触れ、次の休みの日は博物館や植物園などに行って学ぶ。高輝も久しぶりに休日を満喫した。
ユウはパソコンの操作も覚えたので、高輝が仕事に行っている日中、辞書だけではわからない写真や映像を見たりして、さまざまなことを学んでいる。高輝よりも博識なくらいだ。
そうして二か月が経った頃、高輝は転職することになった。
定時は十八時なので一緒だが、残業がない。それで前の会社よりも通勤距離が短く月給もいい。好条件の会社だった。
「ただいまー」
高輝が帰ってくると、エプロンを身に着けたユウが出迎えた。
「おかえり」
ユウは高輝に軽く唇を合わせてから、ぎゅっと力強く抱きしめる。
「ん? 何かいい匂いがする」
「カレー作ってみた」
日々学んでいるユウは、一人で外に出かけ買い物をすることを覚えた。そして学ぶ合間に家事をしてくれる。料理もその一つだが、味がわからないユウには難しいらしく、たびたび失敗していた。それでも、アパートの部屋が綺麗になって、気持ちよく過ごせる環境を作ってくれているユウに感謝している。料理がまずいぐらいどうってことない。
「カレー好きだ。嬉しいな」
喜んで抱きしめ返すと、ユウはくすぐったそうに息を漏らして離れた。
高輝が帰ってきた喜びで、ユウは満面の笑みになっている。以前よりずっと表情が増えて、嬉しいときは笑い声をあげたりする。もう能面のような顔はしなくなった。
「今日は、昼寝したのか?」
靴を脱いで室内に入る高輝の後ろから、弾んだ足取りでユウがついてくる。
「した。五時間ぐらい休んで、それからカレーを作った」
実は十二時間起きていれば十二時間の休息が必要になるが、途中で数時間の休息をとれば稼働する時間帯を伸ばせる。つい最近気づいたことだ。
スーツを脱ぐと、すぐさまユウが手を伸ばして受け取る。
「お風呂にする? 食事にする? それとも俺にする?」
どこで覚えたのか、そんな台詞を言いながら、ユウはスーツを握り締めて腰をくねらせる。悪いが笑ってしまった。すると、喜んでくれたと思ったユウが高輝に抱きついて「俺? 俺にする?」催促してきた。
「今日も暑かったから、先に風呂に入りたい」
「わかった」
若干しょんぼりしながらも高輝から離れる。
ユウは覚えた言葉はすぐに使いたがるし、喜んだり落ちこんだりする行動は子供そのものだ。
それがいつしか愛しいと感じるようになった。
結婚すら考えたことがなかった高輝にとって、誰かと生活を共にすることは、気を使うだけで面倒くさいと思っていたが、ユウに対してそれを感じない。それどころか、生活に張りが出てきた。待っている相手がいるというのも嬉しい。毎日残業で死んだ目で仕事をしていた頃とは雲泥の差だ。転職できたのも、彼のおかげだと言っていい。
「お風呂のあとは?」
期待をこめた目でユウが見つめる。
「飯」
高輝は、絶対にユウはがっかりするだろうなと思いながらも答える。
案の定、ユウは見る見るうちに目線を落としていった。
「その後でユウな」
つけ加えると、曇っていたユウの大きな目がぱっと輝く。
本当にいじらしい様子に頬が緩む。
ユウは高輝が提示した『愛し合う』を目標に頑張っている。互いを尊重して心を通わせ、慈しみあうこと、だ。だから高輝が嫌がることはしない。そして、高輝に絶対の信頼を寄せている。それはもう従順なほどに高輝に尽くしていた。
本人も楽しんでやっているとはいえ、罪悪感がないわけではない。多少心が痛んだりする。頭の回転が速いわりに少し抜けているユウは、男同士では子供ができないことを知らない。調べればわかるはずなのに、高輝の言葉を信じているのだ。
シャワーを浴びて、微妙な味のカレーを美味しいと褒めて全て平らげ、だらだらとテレビを見て、二十二時頃に一緒にベッドに入る。
夜の生活は、熱烈の一言に尽きる。
十八時で活動が切れてしまったときには、土日限定だったが、日中休むことを覚えてからは、ベッドに入ってからユウが動けなくなるまで続く。
勉強熱心なユウは高輝の体も徐々に学んでいった。どこが気持ちいいのか、何をすれば達するのか、入念に探り、愛撫へ変えていった。焦らすことも多くなって、ますます性技に磨きがかかってきた。覚えが早いのも問題ではある。
「コウキ、いきたくなったらいっていい」
背後から穿ちながら高輝のものを手で扱くユウに、我慢ができなくて声をあげる。
「一緒にいきたい」
尻にぐっと体を押しつけたと思ったら、体内に迸る熱を感じた。高輝も一緒に白濁を散らし、二人でベッドに崩れ落ちる。
キスを交わし、情事の余韻を浸っている途中でつい口から零れ落ちる。
「ユウ、好きだ」
その瞬間、ユウはぴたりと動きを止めた。まさか、もう活動時間を終えたのかと思っていたら、ユウは驚いたように目を何度も瞬かせて高輝を見ている。
「俺もコウキが好きだ。大好きだ!」
感極まった声でユウが叫んだ。
咄嗟に言ってしまったとはいえ、ユウも同じ気持ちだったと知り嬉しくなる。
顔を覗きこむと、ユウのガラス玉のような目に、生き生きとした輝きが映っていた。
まっすぐに見つめる視線は、口で言わなくてもちゃんと高輝が好きなのだと大好きなのだと伝わってくる。
心は育っていたのだ。
表情が豊かになっていくにつれて、ユウはときどき「寂しい」や「もっと一緒にいたい」と気持ちを口に出すことが多くなった。その頃には感情が芽生えていたのだろう。
宇宙人であっても、作られたものであっても、知識を得て生活を学び、教養を培っていけば、体に心は宿るのだ。
「俺たちは相思相愛。もう『愛し合う』だ」
ユウは誇らしげに告げる。嬉しいときも感情を隠さないユウらしい発言だった。ただ、高輝はこの場で言うべきことをちゃんと伝えようと思った。
「そうだな。でも残念な知らせもある」
「どうした?」
ユウの表情が一瞬にして曇る。この言葉の後、ユウがどういう行動をとるのかわからないが嫌わないでほしい、そんな気持ちもこめて、慎重に口を開いた。
「実は、俺は子供ができないみたいなんだ」
「そ……うなのか?」
面食らった顔をしているが、高輝を嫌がっている様子はない。それでも高輝は、騙している申し訳なさもあり、素直に謝った。
「ああ。ここまできて本当に申し訳ない」
「子供が……できない」
ユウはぶつぶつと口の中で呟いている。当然ショックは受けただろう。子供を作るために『愛し合う』を目指し、性交に励んできたのだから当然だ。
高輝はさらに追い打ちをかけるように続けた。
「それでだ。もしユウが他の人と子供を作るなら、俺はユウと性交も『愛し合う』もやめる」
間髪入れずにユウが吠えた。
「やめない!」
唇をわなわなと震わせ、心なしか目も潤んでいる。力いっぱい首を横に振って、置いていかれた子供のように寂しそうな顔をして、高輝に詰め寄る。
「コウキと『愛し合う』まで至ったのに、どうしてやめる?」
胸の痛みを押し殺して、高輝はユウに言い聞かせた。
「ユウは子供を作らなきゃならないんだろ? 俺はユウが好きだから、他の人と性交するのは耐えられない」
ユウは難しい顔で考えてから、おずおずと訊く。
「コウキは俺が他の人間と性交するのは嫌?」
「当たり前だろ。好きなんだから。もし俺がユウ以外の人とキスをしたり性交したら……」
「嫌だ! コウキは俺のものだ!」
言い終わらないうちから、ユウは首を横に振って高輝にしがみついた。
言っている意味が伝わってよかった。しかもユウはよほど嫌だったようで、しがみついたまま離れない。
「他の人と性交しない。コウキとだけする」
そこまで想ってくれるユウに胸がいっぱいになる。
「子供を作る計画はどうする?」
問題なのはそこだ。意地悪なようでも念のために訊く。
「それは……あとで考える」
珍しくユウが目を泳がせて口ごもる。問題を先送りにすることも覚えたらしい。でもこれはいただけない。言葉を濁すのは疚しいことがある証拠だ。
「ユウ。悪いけど、近いうちにこの部屋から出て行ってくれ。もう二度と会わない」
素っ気なく言うと、高輝はベッドから起き上がった。
「いやだ! 子供はいらない! コウキの側がいい!」
ユウが泣きそうな顔で慌てて高輝の腕を掴む。
「……いいのか?」
心の中で悪いと思いつつも、ちゃんと言質を取る。
「いい!」
「ごめんな、ユウ」
「謝るな。俺が望んだことだ。ユウが子供を産めないなら……仕方がない」
決めたとはいえ、ユウの心中は複雑なようで、表情はすぐれない。
高輝を選んだが、任務はどうしたらいいのか、未だ逡巡している気持ちが透けて見える。
ここまでくると可哀想な気もしてくるが、人類のため、そして愛するユウとこれからも一緒に暮らしていくために必要な約束でもある。
「その分、ずっと一緒にいような」
高輝がユウの手を取ると、強張っていた表情に喜色が広がった。
「コウキとずっと一緒。嬉しい」
ほっとしたような顔をして、高輝の手を握り締める。それから嬉しそうに「もしかして」と声をあげた。
「ずっと一緒は家族?」
「家族か……俺とユウとじゃ定義は違うけど、家族っていいな」
こういうとき恋人なら結婚と言い出すところだが、真っ先に家族という言葉が出てくるのがユウらしい。そういえば、以前テレビを見ていたときに、家族が一緒に食卓を囲む様子が映し出されて、ユウはそれを不思議そうに見ていた。家族という概念がないらしいユウにとって、こうやって集まって食べるという行為が理解できなかったようだ。食事を摂らないユウには尚更不思議に思えただろう。
「でも、俺はコウキと一緒にごはんを食べられない」
高輝と同じようなことを考えていたユウは、悲しげな声で言うと肩を落とした。
「別に食べなくてもいいじゃん。一緒にいられるなら」
励ますように笑って言うと、ユウはすぐに笑顔に戻る。
「そうか。コウキがいいならいい」
ユウは甘えるように高輝に抱きついてきた。こういう素直なところが愛しい。
抱きしめながら、出会った頃を思い出した。
犯され殺されるのかもしれないと思ったあの恐怖が、愛に変わるなんて誰が信じられるだろうか。
しかも相手は宇宙人で、価値観も環境も違うのに、高輝を愛してくれた。
結果、それが人類にとっても、高輝とユウにとっても幸せにつながる。
「ユウは年をとっていくのかな?」
二人の未来を思い描いて、高輝は微笑んだ。いつまでもこうやって仲良く生活している姿が思い浮かぶ。それはとても幸福に満ちた未来だった。
「それは老いるということか?」
「うん」
「老いはしない。ただ、徐々に動ける時間が減っていく。地球に来る前は休まずに動くことができたが、地球に来るまで長かったので、その分劣化しはじめている」
ここにきてまた新たな事実がわかり、驚いた。
「そういう意味での十二時間なのか!? じゃあ、これからますます活動時間が減っていったりする?」
「急に減りはしない。ちょっとずつ削られていくだけだ。地球ならかなりもつだろう」
「じゃあ、俺と同じように生きていけるかもしれないな」
「それはいいな。楽しみだ」
楽しみ、と何の衒いなくいうユウに感動する。
ずっと、生きていく楽しみや喜びを知ってほしかった。任務以外のことにも目を向けて、伸び伸びと自由に生きてほしかった。
それが叶いつつある。
眠気が押し寄せてきて高輝は欠伸をする。するとユウも欠伸の真似をした。
二人で笑い合って、ベッドに横になり薄い毛布をかぶる。
「明日はコウキが食べたいと言っていたハンバーグを作ってみる」
「ハンバーグ、できるかな?」
「何事もやってみることが大事だ」
「うん。そうだな……」
次第にうとうとしてきて目を擦る。
ユウは高輝の体に腕を回して体を密着させると、目を閉じて動かなくなった。
不安に思うことは何もない。明日もまたいつものように「おはよう」と言って目覚める。
高輝も体から力を抜くと、ユウの温もりを感じながら眠りについた。
終わり
朝ユウと一緒に六時に起きて、仕事に行き、残業などせずに定時で帰るようになった。
何せ、ユウが意識を保っていられるのは十二時間なので、十八時には動かなくなる。どう頑張っても高輝の仕事は定時が十八時までなので、残業しなくても間に合わないのだが、なるべく帰ってきたい、その思いで、仕事はやれる分だけやるようになった。
今までは何を言われても唯々諾々と仕事をしてきたが、文句を言われても仕事が溜まっても、時間ですからと即行で退社する。あれだけ渋っていた転職も前向きになり、履歴書と職務経歴書を作り毎日サイトを見て探すようになった。
仕事が休みの土日になると、ユウと一緒に色々な場所に出かけた。ある日は動物園に行き、日本ではなかなか見られない動物を観察して、ある日は水族館で海の生物に触れ、次の休みの日は博物館や植物園などに行って学ぶ。高輝も久しぶりに休日を満喫した。
ユウはパソコンの操作も覚えたので、高輝が仕事に行っている日中、辞書だけではわからない写真や映像を見たりして、さまざまなことを学んでいる。高輝よりも博識なくらいだ。
そうして二か月が経った頃、高輝は転職することになった。
定時は十八時なので一緒だが、残業がない。それで前の会社よりも通勤距離が短く月給もいい。好条件の会社だった。
「ただいまー」
高輝が帰ってくると、エプロンを身に着けたユウが出迎えた。
「おかえり」
ユウは高輝に軽く唇を合わせてから、ぎゅっと力強く抱きしめる。
「ん? 何かいい匂いがする」
「カレー作ってみた」
日々学んでいるユウは、一人で外に出かけ買い物をすることを覚えた。そして学ぶ合間に家事をしてくれる。料理もその一つだが、味がわからないユウには難しいらしく、たびたび失敗していた。それでも、アパートの部屋が綺麗になって、気持ちよく過ごせる環境を作ってくれているユウに感謝している。料理がまずいぐらいどうってことない。
「カレー好きだ。嬉しいな」
喜んで抱きしめ返すと、ユウはくすぐったそうに息を漏らして離れた。
高輝が帰ってきた喜びで、ユウは満面の笑みになっている。以前よりずっと表情が増えて、嬉しいときは笑い声をあげたりする。もう能面のような顔はしなくなった。
「今日は、昼寝したのか?」
靴を脱いで室内に入る高輝の後ろから、弾んだ足取りでユウがついてくる。
「した。五時間ぐらい休んで、それからカレーを作った」
実は十二時間起きていれば十二時間の休息が必要になるが、途中で数時間の休息をとれば稼働する時間帯を伸ばせる。つい最近気づいたことだ。
スーツを脱ぐと、すぐさまユウが手を伸ばして受け取る。
「お風呂にする? 食事にする? それとも俺にする?」
どこで覚えたのか、そんな台詞を言いながら、ユウはスーツを握り締めて腰をくねらせる。悪いが笑ってしまった。すると、喜んでくれたと思ったユウが高輝に抱きついて「俺? 俺にする?」催促してきた。
「今日も暑かったから、先に風呂に入りたい」
「わかった」
若干しょんぼりしながらも高輝から離れる。
ユウは覚えた言葉はすぐに使いたがるし、喜んだり落ちこんだりする行動は子供そのものだ。
それがいつしか愛しいと感じるようになった。
結婚すら考えたことがなかった高輝にとって、誰かと生活を共にすることは、気を使うだけで面倒くさいと思っていたが、ユウに対してそれを感じない。それどころか、生活に張りが出てきた。待っている相手がいるというのも嬉しい。毎日残業で死んだ目で仕事をしていた頃とは雲泥の差だ。転職できたのも、彼のおかげだと言っていい。
「お風呂のあとは?」
期待をこめた目でユウが見つめる。
「飯」
高輝は、絶対にユウはがっかりするだろうなと思いながらも答える。
案の定、ユウは見る見るうちに目線を落としていった。
「その後でユウな」
つけ加えると、曇っていたユウの大きな目がぱっと輝く。
本当にいじらしい様子に頬が緩む。
ユウは高輝が提示した『愛し合う』を目標に頑張っている。互いを尊重して心を通わせ、慈しみあうこと、だ。だから高輝が嫌がることはしない。そして、高輝に絶対の信頼を寄せている。それはもう従順なほどに高輝に尽くしていた。
本人も楽しんでやっているとはいえ、罪悪感がないわけではない。多少心が痛んだりする。頭の回転が速いわりに少し抜けているユウは、男同士では子供ができないことを知らない。調べればわかるはずなのに、高輝の言葉を信じているのだ。
シャワーを浴びて、微妙な味のカレーを美味しいと褒めて全て平らげ、だらだらとテレビを見て、二十二時頃に一緒にベッドに入る。
夜の生活は、熱烈の一言に尽きる。
十八時で活動が切れてしまったときには、土日限定だったが、日中休むことを覚えてからは、ベッドに入ってからユウが動けなくなるまで続く。
勉強熱心なユウは高輝の体も徐々に学んでいった。どこが気持ちいいのか、何をすれば達するのか、入念に探り、愛撫へ変えていった。焦らすことも多くなって、ますます性技に磨きがかかってきた。覚えが早いのも問題ではある。
「コウキ、いきたくなったらいっていい」
背後から穿ちながら高輝のものを手で扱くユウに、我慢ができなくて声をあげる。
「一緒にいきたい」
尻にぐっと体を押しつけたと思ったら、体内に迸る熱を感じた。高輝も一緒に白濁を散らし、二人でベッドに崩れ落ちる。
キスを交わし、情事の余韻を浸っている途中でつい口から零れ落ちる。
「ユウ、好きだ」
その瞬間、ユウはぴたりと動きを止めた。まさか、もう活動時間を終えたのかと思っていたら、ユウは驚いたように目を何度も瞬かせて高輝を見ている。
「俺もコウキが好きだ。大好きだ!」
感極まった声でユウが叫んだ。
咄嗟に言ってしまったとはいえ、ユウも同じ気持ちだったと知り嬉しくなる。
顔を覗きこむと、ユウのガラス玉のような目に、生き生きとした輝きが映っていた。
まっすぐに見つめる視線は、口で言わなくてもちゃんと高輝が好きなのだと大好きなのだと伝わってくる。
心は育っていたのだ。
表情が豊かになっていくにつれて、ユウはときどき「寂しい」や「もっと一緒にいたい」と気持ちを口に出すことが多くなった。その頃には感情が芽生えていたのだろう。
宇宙人であっても、作られたものであっても、知識を得て生活を学び、教養を培っていけば、体に心は宿るのだ。
「俺たちは相思相愛。もう『愛し合う』だ」
ユウは誇らしげに告げる。嬉しいときも感情を隠さないユウらしい発言だった。ただ、高輝はこの場で言うべきことをちゃんと伝えようと思った。
「そうだな。でも残念な知らせもある」
「どうした?」
ユウの表情が一瞬にして曇る。この言葉の後、ユウがどういう行動をとるのかわからないが嫌わないでほしい、そんな気持ちもこめて、慎重に口を開いた。
「実は、俺は子供ができないみたいなんだ」
「そ……うなのか?」
面食らった顔をしているが、高輝を嫌がっている様子はない。それでも高輝は、騙している申し訳なさもあり、素直に謝った。
「ああ。ここまできて本当に申し訳ない」
「子供が……できない」
ユウはぶつぶつと口の中で呟いている。当然ショックは受けただろう。子供を作るために『愛し合う』を目指し、性交に励んできたのだから当然だ。
高輝はさらに追い打ちをかけるように続けた。
「それでだ。もしユウが他の人と子供を作るなら、俺はユウと性交も『愛し合う』もやめる」
間髪入れずにユウが吠えた。
「やめない!」
唇をわなわなと震わせ、心なしか目も潤んでいる。力いっぱい首を横に振って、置いていかれた子供のように寂しそうな顔をして、高輝に詰め寄る。
「コウキと『愛し合う』まで至ったのに、どうしてやめる?」
胸の痛みを押し殺して、高輝はユウに言い聞かせた。
「ユウは子供を作らなきゃならないんだろ? 俺はユウが好きだから、他の人と性交するのは耐えられない」
ユウは難しい顔で考えてから、おずおずと訊く。
「コウキは俺が他の人間と性交するのは嫌?」
「当たり前だろ。好きなんだから。もし俺がユウ以外の人とキスをしたり性交したら……」
「嫌だ! コウキは俺のものだ!」
言い終わらないうちから、ユウは首を横に振って高輝にしがみついた。
言っている意味が伝わってよかった。しかもユウはよほど嫌だったようで、しがみついたまま離れない。
「他の人と性交しない。コウキとだけする」
そこまで想ってくれるユウに胸がいっぱいになる。
「子供を作る計画はどうする?」
問題なのはそこだ。意地悪なようでも念のために訊く。
「それは……あとで考える」
珍しくユウが目を泳がせて口ごもる。問題を先送りにすることも覚えたらしい。でもこれはいただけない。言葉を濁すのは疚しいことがある証拠だ。
「ユウ。悪いけど、近いうちにこの部屋から出て行ってくれ。もう二度と会わない」
素っ気なく言うと、高輝はベッドから起き上がった。
「いやだ! 子供はいらない! コウキの側がいい!」
ユウが泣きそうな顔で慌てて高輝の腕を掴む。
「……いいのか?」
心の中で悪いと思いつつも、ちゃんと言質を取る。
「いい!」
「ごめんな、ユウ」
「謝るな。俺が望んだことだ。ユウが子供を産めないなら……仕方がない」
決めたとはいえ、ユウの心中は複雑なようで、表情はすぐれない。
高輝を選んだが、任務はどうしたらいいのか、未だ逡巡している気持ちが透けて見える。
ここまでくると可哀想な気もしてくるが、人類のため、そして愛するユウとこれからも一緒に暮らしていくために必要な約束でもある。
「その分、ずっと一緒にいような」
高輝がユウの手を取ると、強張っていた表情に喜色が広がった。
「コウキとずっと一緒。嬉しい」
ほっとしたような顔をして、高輝の手を握り締める。それから嬉しそうに「もしかして」と声をあげた。
「ずっと一緒は家族?」
「家族か……俺とユウとじゃ定義は違うけど、家族っていいな」
こういうとき恋人なら結婚と言い出すところだが、真っ先に家族という言葉が出てくるのがユウらしい。そういえば、以前テレビを見ていたときに、家族が一緒に食卓を囲む様子が映し出されて、ユウはそれを不思議そうに見ていた。家族という概念がないらしいユウにとって、こうやって集まって食べるという行為が理解できなかったようだ。食事を摂らないユウには尚更不思議に思えただろう。
「でも、俺はコウキと一緒にごはんを食べられない」
高輝と同じようなことを考えていたユウは、悲しげな声で言うと肩を落とした。
「別に食べなくてもいいじゃん。一緒にいられるなら」
励ますように笑って言うと、ユウはすぐに笑顔に戻る。
「そうか。コウキがいいならいい」
ユウは甘えるように高輝に抱きついてきた。こういう素直なところが愛しい。
抱きしめながら、出会った頃を思い出した。
犯され殺されるのかもしれないと思ったあの恐怖が、愛に変わるなんて誰が信じられるだろうか。
しかも相手は宇宙人で、価値観も環境も違うのに、高輝を愛してくれた。
結果、それが人類にとっても、高輝とユウにとっても幸せにつながる。
「ユウは年をとっていくのかな?」
二人の未来を思い描いて、高輝は微笑んだ。いつまでもこうやって仲良く生活している姿が思い浮かぶ。それはとても幸福に満ちた未来だった。
「それは老いるということか?」
「うん」
「老いはしない。ただ、徐々に動ける時間が減っていく。地球に来る前は休まずに動くことができたが、地球に来るまで長かったので、その分劣化しはじめている」
ここにきてまた新たな事実がわかり、驚いた。
「そういう意味での十二時間なのか!? じゃあ、これからますます活動時間が減っていったりする?」
「急に減りはしない。ちょっとずつ削られていくだけだ。地球ならかなりもつだろう」
「じゃあ、俺と同じように生きていけるかもしれないな」
「それはいいな。楽しみだ」
楽しみ、と何の衒いなくいうユウに感動する。
ずっと、生きていく楽しみや喜びを知ってほしかった。任務以外のことにも目を向けて、伸び伸びと自由に生きてほしかった。
それが叶いつつある。
眠気が押し寄せてきて高輝は欠伸をする。するとユウも欠伸の真似をした。
二人で笑い合って、ベッドに横になり薄い毛布をかぶる。
「明日はコウキが食べたいと言っていたハンバーグを作ってみる」
「ハンバーグ、できるかな?」
「何事もやってみることが大事だ」
「うん。そうだな……」
次第にうとうとしてきて目を擦る。
ユウは高輝の体に腕を回して体を密着させると、目を閉じて動かなくなった。
不安に思うことは何もない。明日もまたいつものように「おはよう」と言って目覚める。
高輝も体から力を抜くと、ユウの温もりを感じながら眠りについた。
終わり
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