「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

読み方は自由

文字の大きさ
4 / 23

第3話 雨の日には読書を

しおりを挟む
「仕事、終了」
 
 これが別に口癖ではなかったが、最近はこれをよく使うようになった。領主の仕事が終わったらこれ…仕事、終了。周りの人々、特定の誰かに聞かせるわけでもなく、そう呟くようになってしまったのである。だが、そんな事はどうでもいい。肝心な事は、「自分の仕事が終わった」と言う事。「これからは、自分の好きなように過ごせる」と言う事だ。この時間が、何よりの幸せである。家の召使い達には「やれやれ。また、領主様の道楽がはじまるぞ」と呆れられてしまったが、そういうのはもうとっくに慣れているので、特に苛立つ事もなく、自分の部屋に戻っては、その中をぐるりと見わたした。

「さて、今日は」

 何をしようかね? 笛の演奏や、町の風景はもう描いてしまったし。同じ分類の趣味は、あまりつづけてやりたくはない。それをするのに日数が掛かる物、ある程度の時間が掛かる物は別だが、そうでないのであれば、別の趣味をやりたいわけだ。そうした方が、色々と飽きずに済む。一つの趣味に打ちこむのもいいが、それが何かの拍子で飽きてしまうと、自分の好きな事がなくなってしまうので、趣味の種類はなるべく多めに、「欲張り」とは言われないまでも、一応は「多趣味になる」のを目指していた。今までやってきた趣味も、それを目指した結果である。「自分に多くの趣味があれば、それだけで人生の視野も広がる」と思っているからだ。他人の趣味を分かる意味でも、だが……。

「迷うモノは、迷う」

 俺は部屋の中をしばらく眺めていたが、書棚の方にふと目をやると、真面目な顔でその中を眺めはじめた。書棚の中には、様々な本が入っている。それらはすべて読みおえているが、何度読んでも飽きない本も当然にあり、俺が書棚の前に歩みよって、そこから取りだした一冊の本も、自分の中で一番に好きな本、俺と同じくらいの男なら一度は夢中になるだった。物語の表紙には英雄が、黒金の鎧を装った騎士が描かれている。騎士の前には、その従者たる女性が描かれていた。
 
 俺は、その表紙をしばらく眺めつづけた。その表紙もまた、何度も見ているのに。騎士の勇ましい顔が、従者の美しい顔が、俺の感性にゆっくりと響いて、その視線を釘付けにしてしまったからである。だから部屋の窓に目をやって、そこから外の天気を確かめた時も、その雨に目を細めこそしたが、それに不快感を覚える事もなく、反対に妙な高揚感すらも覚えてしまって、「今日は、空の天気も悪いからな。久しぶりに本読みでもしよう」と思った頃にはもう、椅子の上に腰かけていた。
 
 俺は外の雨音に安らぎを覚えたまま、穏やかな気持ちで本の表紙をめくった。表紙の次には目次が、目次の次には前書きが添えられている。物語の作者が、読者に送る挨拶だ。「この本は、こう言う経緯で書かれた物だ」と言う説明。「それを読んでくれてありがとう」と言うお礼である。それらが読者の緊張を和らげて、物語の世界へと誘ってくれるのだ。まるで海の間に道ができるように、読者を物語の世界へと誘ってくれるのである。その導きが、幼い頃からずっと好きだった。俺は自分の童心に浸りつつも、純粋な気持ちで物語の世界に入って行った。
 
 物語の世界は、神のお告げからはじまる。「お前は、この国を救う英雄だ」と言うお告げから、主人公の戦いがはじめるのだ。だが、この戦いがとても厳しい。様々な困難が波のように押しよせる。「一つの困難が去ると、次の困難が現れる」と言う具合に。「困難」と言う「困難」が終わりなくやってきて、主人公の行く手を阻んでは、そこに一種の教訓を残していくのだ。「お前のやっている事は、本当に正しいのか?」と、そう何度も訴えてくるのである。「お前は、自分のために戦っているのか? 周りの人々から良いように使われているだけではないか?」と。事実、それが物語の伏線になっており、また命題そのモノにもなっていた。
 
 主人公は、確かに英雄だった。それも紛う事なき、真の英雄だった。自分の国を滅ぼそうとする敵国と戦い、そこの名だたる将達を幾人も打ちたおして、最後は自分の国に平和をもたらした。国の民達は、彼の事を「英雄」と称えた。彼と共に戦った将軍達も、彼の事を「軍神」と称した。彼等は主人公と同じ時代を生きられた事、同じ戦場で戦えた事を誇りに思った。思ったが、それが新たな戦の火種になってしまった。優れた人間が周りから称えられるのは普通、それが別におかしな事ではない。古今東西、どの逸話を読んでみても、そうなるのは特に不思議な事ではなかった。
 
 それがどんなに素晴らしく、また悲しいモノであっても。彼等には、相応の未来が待っているのだ。主人公の未来にもまた、相応の未来が待っていた。敵との戦いで何とも教えられた教訓、物語の伏線が静かに働いたのである。彼は希代の英雄から一転、国の反逆者に堕とされてしまった。「国主の地位に目がくらんで、その地位を奪おうとしている」と、あらぬ疑いを掛けられてしまったのである。それも、自分の戦友に。子どもの事からずっと一緒だった幼馴染に。国王主催の催しに招かれて、その幼馴染に「コイツは、謀反を企てている」と叫ばれてしまったのだ。「国王様、彼をこのまま生かしておいてはいけません」と、そう幼馴染の青年に……。
 
 この場面は、いつ読んでも切なかった。自分の幼馴染に裏切られた主人公も切ないが、それをやった幼馴染の動機もまた切なかったからである。幼馴染の青年は、主人公の青年(敵国と戦っていた時点では、二人とも少年)に劣等感を抱いていた。自分は何をやっても、親友の彼には敵わない。戦場で自分が手柄を立てようとしても、自分の好きな女性を射止めようとしても。最後は結局、幼馴染の彼がすべてを奪っていく。その地位や名誉も、彼の方に流れてしまう。主人公の青年はまったく気づいていなかったが、彼の隣を歩いていると、周りの冷ややかな視線を受けて、心の奥がいつも締めつけられていた。

「だから、コイツを貶めようと決めた」

 コイツがいる限り、自分は決して上には行けない。自分の好きな女を奪いとる事も。コイツは、文字通りの疫病神なのだ。青年は国の王を上手く#騙__だま__して、自分の親友を何とか殺そうとした。親友が国王の軍を押しかえした時は、そこに自分の軍隊すらも加えさせた。すべては、自分が勝つために。親友の彼からすべてを奪うために。青年はあらゆる手段を使って、自分の親友をどんどん追いこんでいった。だが、そこは主人公。ずっと負けたままでは終わらない。虚偽からはじまった戦いは、真実によって終わらせられる。
 
 主人公は戦いの中で出会った女性、つまりは表紙の女性に助けられて、自分の疑いを晴らしたのだ。女性が戦いの発端までさかのぼり、そこに抱いた疑問を出発点として、その真実をすっかり暴いてしまったからである。これには、流石の青年も「参った」と言わざるを得なかった。彼女の集めた証拠があまりに強すぎて、「何とか誤魔化そう」と思っても、反対に「それは、おかしい」と言いまかされてしまったからである。青年は国の英雄を貶めようとした罪、ある種の侮辱罪と反逆罪を問われ、主人公の嘆願も叶わず、斬首の刑に課せられてしまった。
 
 主人公は、その光景に胸を痛めた。親友の裏切りはもちろんだが、その光景があまりに悲しすぎたからだ。「自分がもし、英雄なんて物にならなければ……親友の彼も死なずに済んだかも知れない。彼の嘘に騙された人々も、その命を落とさずに済んだかも知れない」と、そう内心で思ってしまったからである。出世によって得られる物は、何も幸福だけとは限らない。それと同じくらいの不幸も付いてくる。自分の魂が壊れるような、そんな感じの不幸が。それによって、人間が嫌いになるような不幸が。幸運の影に隠れて、「ニヤリ」とやってきたりする。
 
 主人公は、「英雄」と言う物が分からなくなった。自分の国に公益をもたらしている時は、「あんなにも称えていた」と言うのに。それが(虚偽とは言え)あらぬ疑いを掛けられると、今までの意見をすぐに変えて、その真実を確かめようともせず、ただ流れるままに「やれ、アイツは詐欺師だ」とか「英雄の皮を被った怪物だ」と言って、そいつの人格をすべて壊そうとする。「国の英雄」から「悪の反逆者」に貶めよとする。その本質あまりに怖すぎて、主人公が元の英雄へと頃には、自分は決して英雄ではない事を、「英雄」の名が付いた単なる奴隷である事を悟っていた。
 
 自分が自分あろうとする力もない。奴隷は国の人々にとって都合がいい、ただの労働力でしかないのだ。その労働力がなくなれば、英雄もただの偶像になってしまう。崇拝の対象と見せかけた、単なる鬱憤晴らしの対象に。そう考えたところで、あの真理をふと思いだしたのは別に不思議ではないだろう。「お前は、自分のために戦っているのか? 周りの人々から良いように使われているだけではないのか?」と言う風に。「英雄なんて物は所詮、苦しみから逃れるための道具ではないのか?」
 
 主人公は、その思考に打ちひしがれた。それだけなく、自分の人生もアホらしくなった。自分の国を救いたい。そう思ってずっと進んだ先には、救いようのない地獄が待っていた。自分の理想とは程遠い、人間の醜さが待っていたのである。自分は、そんな物のために戦ってきたわけではない。光溢れる未来のために戦ってきたのだ。それなのにどうして、こんな事に? ちくしょう……。彼は突然振りだした雨の中で、その疑問をずっと考えつづけた。

「疑問の答えが分かったどうかは」

 俺には、分からない。この物語を書いた作者自身もたぶん、分からなかったのだろう。そうでなければ、物語もここで終わる筈がない。作者は自分でも分からない真理、それが伝える理不尽を書こうとしたのだろう。王道の騎士道物を使って、「そいつを書きあらわそう」と思ったに違いない。有りっ丈の善と挑発混じりの問題提起を添えて、これの読者に喧嘩を売ろうとしたのである。

「でも」

 それが、やはりいけなかったのか? この本は、あまり売れなかったらしい。「騎士道物の王道は勧善懲悪、主人公が悪の敵将を討たなければならない」と、そう言う酷評を受けてしまったようである。俺としては、「こう言う物語こそ面白い」と思うが。

「社会がそれを求めているとは限らない。俺も、他人の事は言えないけど。娯楽なんて物は結局、自分にとって面白いか? 面白くないか? だもんな。それ以上も、それ以下でもなく」

 俺は椅子の背もたれに寄りかかって、部屋の窓にふと目をやった。窓の外ではまだ、冷たい雨音が叫んでいる。

「さて」

 明日は、何をやろうかな?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」

歩人
ファンタジー
公爵家に嫁いだ伯爵令嬢フリーダは、10年間「帳簿係」として蔑まれ続けた。 夫は愛人に夢中、義母は「地味な嫁」と見下す。しかし前世で公認会計士だった フリーダは、密かに公爵家の財政を立て直し、資産を3倍にしていた。離縁を 突きつけられたフリーダは、一言も抗わず去る。——翌月、公爵家は財政破綻した。 「戻ってきてくれ」と跪く元夫に、王家財務顧問となったフリーダは微笑む。 「申し訳ございません。もう私は、公爵家の帳簿係ではありませんので」

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

処理中です...