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第10話 回復薬を作ろう!
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「仕事、終了」
今日も、自分の仕事を頑張りました。別に誰からも褒められるわけではないけどね? いつもと同じ時間に起き、いつもと同じような朝食を食べて、いつもと同じような仕事に励んだ。仕事の内容はもちろん、封土の秩序と安定を守る事。ここの経済状況をより良くする事。封土の経済状況は決して悪くはないが、「それでも油断は禁物」と言った感じである。少しの油断が命取り。最近では他国と関係も怪しくなっているらしいので、今の状況が悪くなれば、いつでも駆りだされるような感じだった。
まったく困った話である。人間、ほどほどを知っていれば、それなりの生活を送られる筈なのに。お上の連中は、今の財産をもっと増やそうとしているのだ。今よりも多く、そして、今よりも贅沢に。彼等の生活をもし、うちの領民達が見たら? たぶん、その光景に言葉を失うだろう。俺達の納めた金がまさか、こんなふうに使われているなんて。俺も人の事は言えないかもしれないが、まともな感覚を持っている人ならきっと、そう思うに違いない筈だ。
自分達は決して、彼等のために働いているのではない。その欲望を満たすために頑張っているわけでもない。自分達がそれぞれの仕事に励んでいる理由はただ、己の命を生かすためであえる。誰が決めた事かは分からないけれど、国や領主に税を払わなければ、己の命を守られないのだからね。それがどんなに不服であっても、自分の命を削りに削って、彼等に必要な税を納めなければならない。そうしなければ、自分の命が失われてしまうのである。自分がどんあに生きようとしても。それは……。
「きっと辛いだろうな」
俺が思っている以上に「大変な事だ」と思う。俺は(「幸せ」かどうかは不明)搾取の側にいるものの、これだっていつまで続くか分からない。ある日の突然、その立場がひっくりかえる可能性もある。領民の誰かが反乱を企て、それが周りにも広がって、俺の首を切りおとすかもしれないのだ。今こうしている間も、もしかしたら? 俺のしらないところで、「それ」が起こっているかもしれない。そう考えると、急に怖くなってしまった。自分の命は決して、安全ではない。「安全」と思っている裏では(もしかすると)、とんでもない事が起こっているかもしれないのだ。俺が予想もつかない方法で、俺の命をじっと狙っているかもしれないのである。
「統治者の首はいつだって、民衆の刃にさらされている」
俺は今の平穏に頭を下げつつも、真面目な顔で今日の趣味に意識を移した。今日の趣味は、薬品作り。つまりは、回復薬の調合である。回復薬の調合には専門的な知識がいるが、俺が今日に作る回復薬は、医薬品の「回復薬」と言うよりも、封土の老人や健康志向な人間がのんでいる栄養剤に近かった。回復薬のような効果はないものの、「補助食品」としては充分な効果のある栄養剤。俺もたまに飲んでいる、ありがたい飲み物である。
栄養剤の味は決して美味くはないが、多くの試行錯誤を繰りかえしたおかげで、今では「美味しい」と感じられるようになった。館の召使い達も、その味には大体が「美味い」と言っている。彼等は自分の仕事に疲れた時や、自分の知り合いにそう言う人間がいた時は、俺の許しを一応はもらって(それがなくても自由に持っていかれる)、それらの人々に「これを飲めば、元気になるよ」と渡していた。
俺は、館の製薬所に向かった。館の製薬所は、工房の近くにある。製薬所の中には様々な道具類が置かれて、棚の中にも色々な薬草が入っていた。薬草の中には貴重な物もあったが、大体は封土の中で採れた物、ほとんど無料に近い物も多かった。今日の調合で使う薬草も、封土の森で採れた一般的な薬草である。薬草は色こそ少し赤みかかっているものの、光の当たり方によっては美しく見えるので、俺としてはかなり気に入っていた。この薬草をもし、しらない人が見たら? たぶん、紅葉の葉と見まちがえてしまうかもしれない。葉の葉脈もよく似ているから、それを見わけるのは少し難しいかもしれなかった。
俺はいつもの場所から道具類を引っぱりだして、棚の中からも薬草を必要な分だけ取りだした。今日は、そんなに多くは作らない。緊急を要する場合は別だが、今回はあくまで趣味の範囲内であり、自分はもちろんだが、「召使い達の分が作られればいいかな?」と思っていたからだ。だから調合比率や分量を算する時も、そんなに疲れる事なく、今日の生産量を割りだせた。今日の生産量は、本当にごく僅かである。
「よし」
俺は計算表の紙を眺めつつ、半分は真剣に、もう半分は楽しげに、今日の趣味に胸を躍らせて、いつもの栄養剤をゆっくりと作りはじめた。いつもの栄養剤は、いつもと同じように作られていった。専用の器に薬草を入れて、それを良い具合に磨りつぶす工程は少しだけつまらないが、そこから抽出の工程に入ると、ある種の神経を使うおかげで、今までの感覚をすっかり忘れられた。容器の中に原液がゆっくりと落ちていく光景、それがとても面白かったのだ。その原液がだんだんと溜まっていく光景にも、時間の感覚がすっかり無くなっていたせいで、不思議な世界に迷いこんだような感覚を覚えてしまったのである。俺は自分の手で作る回復薬、それが出来ていく光景を楽しみつづけた。
「ううん、よし! いい感じだぞ! 後は」
仕上げの工程に進むだけだ。仕上げの工程は最も大事なところだが、それだけにやりがいもある。少しの油断が命取りになるものの、それを上手くやった時の感覚は、文字通りの快感だった。何とも言えない達成感が、自分の心を満たしてく感覚。その感覚に混じって、不思議な疲労感を覚える現象。それらを詳しく述べるのは難しいが、瓶の中に満たされた回復薬を見ている時は、その美しい緑色にうっとりする事はあっても、それがもたらす奇妙な感覚にはまったく無関心、つまりは一つも気にならなかった。俺の心を満たしているのはただ、「それを救ったのだ」と言う達成感だけ。それから「館のみんなは、喜んでくれるかな?」と言う期待感だけだった。
俺はいくつかの回復薬を作って(全員分は、流石に作られなかった)、製薬所の中からゆっくりと出ていった。製薬所の外は、静かだった。「外の景色は既に暗くなっている」とは言え、彼等の仕事はまだ終わっていないのである。俺がいつもお世話になっている館の料理長も、俺の登場に驚きはしたが、俺に「どちらにいらっしゃったのです? 夕食の方はもう、できていますよ?」と言っただけで、それ以上の反応はほとんど見せなかった。「我々には、後片付けの仕事もあるのですからね。あまり遅くなられるのは、こちらとしても困るのです」
俺は、その言葉に頭を掻いた。言われてみれば、確かにそうである。彼等は主人の俺が夕食を食べおえた後も、黙って自分の仕事に励まなければならないのだ。俺のように「楽しかった。はい、終わり」とはいかない。彼等は俺への不満こそあまり言わない(と思う)が、こう言う思いを常に抱いているのである。それを考えられなかったのは、どう考えても俺の手落ちだった。
俺は「それ」に罪悪感を覚えて、目の前の料理長に頭を下げた。
「ご、ごめん、その」
料理長は、その続きを遮った。内心ではまだ怒っているようだが、俺の持っている回復薬に気づいて、自分の苛立ちをすっかり忘れてしまったようである。
「なるほど。『それ』を作ってらっしゃったのですか?」
「う、うん。今日は、そう言う気分だったからね。館のみんなにも、元気になってもらいたかったし」
迷惑だったか? と、俺は訊いた。
「こんな物を作って?」
料理長は、その言葉に首を振った。表情こそは不機嫌だったが、その言葉自体を否めるつもりはなかったらしい。
「我々の事を思ってなら、それりゃ当然に嬉しいですよ。貴方のご厚意で、あたしらが元気になるならね。これ以上に嬉しい事はありません」
「そ、そうか! なら」
「でも」
「な、何だよ?」
「晩飯は、ちゃんと食べて下さい。貴方が食事に遅れる事はほとんどがないが、それでも心配なモノは心配です。『自分の趣味に打ちこむあまり、部屋の中で倒れているのではないか?』と。趣味は人の人生を楽しくしますが、それで滅んじゃ本末転倒です」
確かにその通りだ。「趣味」とはあくまで、自分の人生を楽しませる物。その中身を華やかにする物だ。自分の趣味を楽しむも大事だが、その周りに必要以上の迷惑を掛けてもいけない。今回の場合は何とか許してもらえたが、次もそうなる保証はどこにもないのである。
「ご、ごめん。これからは、程々に」
「しなくても結構です」
「え?」
「こう言う事が起きたのは、一度や二度の事ではありません。貴方は決して、馬鹿ではありませんが。しばらく経てば、この戒めをすっかり忘れてしまいます。まるで年相応の子どものように」
俺は、その言葉に思わず黙ってしまった。反論の言葉を見つけようとしても、その言葉自体が見つからない。ただただ、「ごめんなさい」と思ってしまった。俺は料理長の顔をしばらく眺めたが、彼にやがて「す、すいません」と謝った。
「俺は、まだ」
「子どもでいいんですよ」
「え?」
「貴方はまだ、十七歳なのですから。年相応でいいのです。無理に背伸びする必要はない。本来なら、封土の若者に混じって遊んでいる年頃なのですから」
「そう、かな?」
「そうです。だから、今のままでも充分。ただし、『限度』と言うモノをわきまえていればね。我々としては、何の文句もありませんよ」
俺はその言葉に泣きかけたが、それを決して見せようとはしなかった。ここで泣いてしまったら、本当の子どもになってしまう。自分は確かにまだ子どもかもしれないが、今の意地のようなモノは決して見せたくなかった。
「ありがとう」
「いえ」
しばらくの沈黙は、ちょっとした意思疎通かもしれない。
「今回は、結構いい感じにできたんだ。薬の色もいいしね。味の方もたぶん、『悪くない』と思う」
俺は「ニコッ」と笑って、料理長の手に回復薬を渡した。
「疲れた時に飲んでよ」
「はい。その時は、喜んで頂きます」
料理長は表情こそ変わらなかったが、穏やかな雰囲気で右手の回復薬を眺めつづけた。
「他の方の分も、あるのですか?」
「もちろん、全員分じゃないけどね? それなりの数は、作ったつもりだよ」
「そうですか。それならよかったです。私だけがもらうのも心苦しいですし。それなりの数があるなら、安心して飲めます。ご自分の分は、あるのですか?」
「俺の分は、別に要らないよ。俺は、コイツを作るだけで楽しいからね。自分の分は、数に入れていない」
料理長はその言葉に驚いたが、すぐに「なるほど」とうなずいた。その言葉があまりに予想外だったらしい。
「貴方はやはり、変わったお方だ」
「え?」
俺が? と、俺は言った。
「変わっている?」
「ええ、充分に。時代の常識から見れば、かなり変わっておられますよ」
「そ、そうかな?」
俺自身は、まったく思わないけれど。彼が言うのならたぶん、そうなのだろう。自分は(周りの人達からすれば)、かなり変わっている。変わっているかもしれないが、それが「俺」と言う人間だ。「俺」と言う人間は、この世に一人しかない。「だったら、周りの人と別に同じでなくてもいいや」と思った。他人は自分になれないが、自分もまた他人にはなれないからである。
「自分は、自分の形を保てばいい」
俺は「うん」とうなずいて、料理長の顔から視線を逸らした。
「さて。明日は、何をしようかな?」
今日も、自分の仕事を頑張りました。別に誰からも褒められるわけではないけどね? いつもと同じ時間に起き、いつもと同じような朝食を食べて、いつもと同じような仕事に励んだ。仕事の内容はもちろん、封土の秩序と安定を守る事。ここの経済状況をより良くする事。封土の経済状況は決して悪くはないが、「それでも油断は禁物」と言った感じである。少しの油断が命取り。最近では他国と関係も怪しくなっているらしいので、今の状況が悪くなれば、いつでも駆りだされるような感じだった。
まったく困った話である。人間、ほどほどを知っていれば、それなりの生活を送られる筈なのに。お上の連中は、今の財産をもっと増やそうとしているのだ。今よりも多く、そして、今よりも贅沢に。彼等の生活をもし、うちの領民達が見たら? たぶん、その光景に言葉を失うだろう。俺達の納めた金がまさか、こんなふうに使われているなんて。俺も人の事は言えないかもしれないが、まともな感覚を持っている人ならきっと、そう思うに違いない筈だ。
自分達は決して、彼等のために働いているのではない。その欲望を満たすために頑張っているわけでもない。自分達がそれぞれの仕事に励んでいる理由はただ、己の命を生かすためであえる。誰が決めた事かは分からないけれど、国や領主に税を払わなければ、己の命を守られないのだからね。それがどんなに不服であっても、自分の命を削りに削って、彼等に必要な税を納めなければならない。そうしなければ、自分の命が失われてしまうのである。自分がどんあに生きようとしても。それは……。
「きっと辛いだろうな」
俺が思っている以上に「大変な事だ」と思う。俺は(「幸せ」かどうかは不明)搾取の側にいるものの、これだっていつまで続くか分からない。ある日の突然、その立場がひっくりかえる可能性もある。領民の誰かが反乱を企て、それが周りにも広がって、俺の首を切りおとすかもしれないのだ。今こうしている間も、もしかしたら? 俺のしらないところで、「それ」が起こっているかもしれない。そう考えると、急に怖くなってしまった。自分の命は決して、安全ではない。「安全」と思っている裏では(もしかすると)、とんでもない事が起こっているかもしれないのだ。俺が予想もつかない方法で、俺の命をじっと狙っているかもしれないのである。
「統治者の首はいつだって、民衆の刃にさらされている」
俺は今の平穏に頭を下げつつも、真面目な顔で今日の趣味に意識を移した。今日の趣味は、薬品作り。つまりは、回復薬の調合である。回復薬の調合には専門的な知識がいるが、俺が今日に作る回復薬は、医薬品の「回復薬」と言うよりも、封土の老人や健康志向な人間がのんでいる栄養剤に近かった。回復薬のような効果はないものの、「補助食品」としては充分な効果のある栄養剤。俺もたまに飲んでいる、ありがたい飲み物である。
栄養剤の味は決して美味くはないが、多くの試行錯誤を繰りかえしたおかげで、今では「美味しい」と感じられるようになった。館の召使い達も、その味には大体が「美味い」と言っている。彼等は自分の仕事に疲れた時や、自分の知り合いにそう言う人間がいた時は、俺の許しを一応はもらって(それがなくても自由に持っていかれる)、それらの人々に「これを飲めば、元気になるよ」と渡していた。
俺は、館の製薬所に向かった。館の製薬所は、工房の近くにある。製薬所の中には様々な道具類が置かれて、棚の中にも色々な薬草が入っていた。薬草の中には貴重な物もあったが、大体は封土の中で採れた物、ほとんど無料に近い物も多かった。今日の調合で使う薬草も、封土の森で採れた一般的な薬草である。薬草は色こそ少し赤みかかっているものの、光の当たり方によっては美しく見えるので、俺としてはかなり気に入っていた。この薬草をもし、しらない人が見たら? たぶん、紅葉の葉と見まちがえてしまうかもしれない。葉の葉脈もよく似ているから、それを見わけるのは少し難しいかもしれなかった。
俺はいつもの場所から道具類を引っぱりだして、棚の中からも薬草を必要な分だけ取りだした。今日は、そんなに多くは作らない。緊急を要する場合は別だが、今回はあくまで趣味の範囲内であり、自分はもちろんだが、「召使い達の分が作られればいいかな?」と思っていたからだ。だから調合比率や分量を算する時も、そんなに疲れる事なく、今日の生産量を割りだせた。今日の生産量は、本当にごく僅かである。
「よし」
俺は計算表の紙を眺めつつ、半分は真剣に、もう半分は楽しげに、今日の趣味に胸を躍らせて、いつもの栄養剤をゆっくりと作りはじめた。いつもの栄養剤は、いつもと同じように作られていった。専用の器に薬草を入れて、それを良い具合に磨りつぶす工程は少しだけつまらないが、そこから抽出の工程に入ると、ある種の神経を使うおかげで、今までの感覚をすっかり忘れられた。容器の中に原液がゆっくりと落ちていく光景、それがとても面白かったのだ。その原液がだんだんと溜まっていく光景にも、時間の感覚がすっかり無くなっていたせいで、不思議な世界に迷いこんだような感覚を覚えてしまったのである。俺は自分の手で作る回復薬、それが出来ていく光景を楽しみつづけた。
「ううん、よし! いい感じだぞ! 後は」
仕上げの工程に進むだけだ。仕上げの工程は最も大事なところだが、それだけにやりがいもある。少しの油断が命取りになるものの、それを上手くやった時の感覚は、文字通りの快感だった。何とも言えない達成感が、自分の心を満たしてく感覚。その感覚に混じって、不思議な疲労感を覚える現象。それらを詳しく述べるのは難しいが、瓶の中に満たされた回復薬を見ている時は、その美しい緑色にうっとりする事はあっても、それがもたらす奇妙な感覚にはまったく無関心、つまりは一つも気にならなかった。俺の心を満たしているのはただ、「それを救ったのだ」と言う達成感だけ。それから「館のみんなは、喜んでくれるかな?」と言う期待感だけだった。
俺はいくつかの回復薬を作って(全員分は、流石に作られなかった)、製薬所の中からゆっくりと出ていった。製薬所の外は、静かだった。「外の景色は既に暗くなっている」とは言え、彼等の仕事はまだ終わっていないのである。俺がいつもお世話になっている館の料理長も、俺の登場に驚きはしたが、俺に「どちらにいらっしゃったのです? 夕食の方はもう、できていますよ?」と言っただけで、それ以上の反応はほとんど見せなかった。「我々には、後片付けの仕事もあるのですからね。あまり遅くなられるのは、こちらとしても困るのです」
俺は、その言葉に頭を掻いた。言われてみれば、確かにそうである。彼等は主人の俺が夕食を食べおえた後も、黙って自分の仕事に励まなければならないのだ。俺のように「楽しかった。はい、終わり」とはいかない。彼等は俺への不満こそあまり言わない(と思う)が、こう言う思いを常に抱いているのである。それを考えられなかったのは、どう考えても俺の手落ちだった。
俺は「それ」に罪悪感を覚えて、目の前の料理長に頭を下げた。
「ご、ごめん、その」
料理長は、その続きを遮った。内心ではまだ怒っているようだが、俺の持っている回復薬に気づいて、自分の苛立ちをすっかり忘れてしまったようである。
「なるほど。『それ』を作ってらっしゃったのですか?」
「う、うん。今日は、そう言う気分だったからね。館のみんなにも、元気になってもらいたかったし」
迷惑だったか? と、俺は訊いた。
「こんな物を作って?」
料理長は、その言葉に首を振った。表情こそは不機嫌だったが、その言葉自体を否めるつもりはなかったらしい。
「我々の事を思ってなら、それりゃ当然に嬉しいですよ。貴方のご厚意で、あたしらが元気になるならね。これ以上に嬉しい事はありません」
「そ、そうか! なら」
「でも」
「な、何だよ?」
「晩飯は、ちゃんと食べて下さい。貴方が食事に遅れる事はほとんどがないが、それでも心配なモノは心配です。『自分の趣味に打ちこむあまり、部屋の中で倒れているのではないか?』と。趣味は人の人生を楽しくしますが、それで滅んじゃ本末転倒です」
確かにその通りだ。「趣味」とはあくまで、自分の人生を楽しませる物。その中身を華やかにする物だ。自分の趣味を楽しむも大事だが、その周りに必要以上の迷惑を掛けてもいけない。今回の場合は何とか許してもらえたが、次もそうなる保証はどこにもないのである。
「ご、ごめん。これからは、程々に」
「しなくても結構です」
「え?」
「こう言う事が起きたのは、一度や二度の事ではありません。貴方は決して、馬鹿ではありませんが。しばらく経てば、この戒めをすっかり忘れてしまいます。まるで年相応の子どものように」
俺は、その言葉に思わず黙ってしまった。反論の言葉を見つけようとしても、その言葉自体が見つからない。ただただ、「ごめんなさい」と思ってしまった。俺は料理長の顔をしばらく眺めたが、彼にやがて「す、すいません」と謝った。
「俺は、まだ」
「子どもでいいんですよ」
「え?」
「貴方はまだ、十七歳なのですから。年相応でいいのです。無理に背伸びする必要はない。本来なら、封土の若者に混じって遊んでいる年頃なのですから」
「そう、かな?」
「そうです。だから、今のままでも充分。ただし、『限度』と言うモノをわきまえていればね。我々としては、何の文句もありませんよ」
俺はその言葉に泣きかけたが、それを決して見せようとはしなかった。ここで泣いてしまったら、本当の子どもになってしまう。自分は確かにまだ子どもかもしれないが、今の意地のようなモノは決して見せたくなかった。
「ありがとう」
「いえ」
しばらくの沈黙は、ちょっとした意思疎通かもしれない。
「今回は、結構いい感じにできたんだ。薬の色もいいしね。味の方もたぶん、『悪くない』と思う」
俺は「ニコッ」と笑って、料理長の手に回復薬を渡した。
「疲れた時に飲んでよ」
「はい。その時は、喜んで頂きます」
料理長は表情こそ変わらなかったが、穏やかな雰囲気で右手の回復薬を眺めつづけた。
「他の方の分も、あるのですか?」
「もちろん、全員分じゃないけどね? それなりの数は、作ったつもりだよ」
「そうですか。それならよかったです。私だけがもらうのも心苦しいですし。それなりの数があるなら、安心して飲めます。ご自分の分は、あるのですか?」
「俺の分は、別に要らないよ。俺は、コイツを作るだけで楽しいからね。自分の分は、数に入れていない」
料理長はその言葉に驚いたが、すぐに「なるほど」とうなずいた。その言葉があまりに予想外だったらしい。
「貴方はやはり、変わったお方だ」
「え?」
俺が? と、俺は言った。
「変わっている?」
「ええ、充分に。時代の常識から見れば、かなり変わっておられますよ」
「そ、そうかな?」
俺自身は、まったく思わないけれど。彼が言うのならたぶん、そうなのだろう。自分は(周りの人達からすれば)、かなり変わっている。変わっているかもしれないが、それが「俺」と言う人間だ。「俺」と言う人間は、この世に一人しかない。「だったら、周りの人と別に同じでなくてもいいや」と思った。他人は自分になれないが、自分もまた他人にはなれないからである。
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