「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

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第12話 詩の真理

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「仕事、終了」
 
 うむ、今回も頑張った。前のような修繕工事ではなかったが、畑の広さを測って、その収穫高をもう一度算する作業は、思った以上に骨が折れる。アレは、そんなに容易い作業ではない。封土の農奴達も一応は手伝ってくれたが、彼等には彼等の仕事があるので、ある程度の時間が経つと、彼等はまた自分達の仕事に戻ってしまった。そこから先は、俺だけの作業。正確には例の世話係も手伝ってくれたが、その作業が終わった頃にはもう、二人とも文字通りのクタクタになっていた。自分の館に帰る道中も、世話係が俺に下らない冗談を話してくれなければ、その一歩一歩が地獄、彼が玄関の扉を開けてくれた時だって、彼に「ありがとう」の言葉すらも言えなかっただろう。今回の仕事は、それだけ疲れてしまったのである。俺は虚ろな気分のまま、今日の昼食を平らげ、自分の部屋に戻って、ベッドの上に寝そべってしまった。

「はぁ」

 溜め息すらも重い。これは、本当に危ないようだ。

「今日はもう、いいや」

 そう言ってからの記憶がない。たぶん、そこで寝てしまったのだろう。自分ではほとんど覚えていないが、最初は鉛のような眠気が襲ってきて、それが頭の中にだんだんと広がっていき、その感覚がある地点に達したところで、自分の意識がプツリと消えてしまったのだ。そこから先は無明の世界が広がり、世界の中で夢がパラパラとめくられていったものの、そこに現実の意識が差しこんだ瞬間、夢の頁が一気に破られて、自分の意識もまた現実に戻されてしまったのである。現実の世界には暗闇が、部屋の窓から差しこむ月明かりが見えていたが、それ以外の物はほとんど見えず、燭台の蝋燭も点けられていなかったので、俺がそれらの灯りを点けるまでは、周りの景色も暗い世界に覆われていた。

「ああうん、かなり寝てしまったみたいだな」

 自分でも驚く程に。館の料理長も「それ」には少し驚いていたのか、夕食の席にまたアレを持ってきてくれたが、今回は流石に気が引けたので、彼の厚意だけを頂き、テーブルの隅に便を移して、今夜の夕食をゆっくりと食べはじめた。今夜の夕食も、やはり美味しかった。俺の疲れを察してくれたのか、妙に美味い料理がたくさん出て。それらをペロリと平らげた頃には、いつもの八割近く、少なくても疲れを感じない程度にはよくなっていた。

「ご馳走様」

 俺は「ニコッ」と笑って、皿の上にフォークとナイフを置いた。

「今日も、ありがとう」

「いえ」

 相変わらず無愛想な返事だが、そこには妙な温かさが感じられた。

「喜んで頂き、何よりです」

 料理長は俺に一言、二言話しただけで、テーブルの食器をすぐに片づけてしまった。食堂の中から出ていく時も、俺の方をわざわざ振りかえって、俺に「世話係の男から聞きました。今日は、かなりお疲れのようで。明日もある事ですし、今日はもう休まれた方がいいでしょう」と言ってくれたのである。「貴方は、ここの領主なのだから」

 俺は、その言葉に戸惑った。その言葉は嬉しいが、このまま寝たらつまらない。疲れの中にある精神的な不満が、ずっと溜まったままになってしまう。俺もそう言う専門家ではないので詳しい事は分からないが、これをずっと溜めておくのはあまりよろしくないらしく、肉体の疲れはある程度無視したとしても、それはできるだけ吐きだした方がいいらしかった。そうしないと、精神の調和が崩れてしまう(らしい)。

 最悪の場合は見えもしない幻を見たり、聞こえもしない音を聞いたりするようにもなるようだ。そうなっては、文字通りの終わりである。自分の仕事を疎かにするつもりはないが、肝心要な精神が壊れてしまっては、働けるモノも働けなくなってしまう。ずっと寝たままの生活を送ってしまうのだ。領主は領民の事も大事にしなければならないが、同時に自分の事も大事にしなければならないのである。

「でもなぁ」

 俺は複雑な顔で、部屋の中を見わたした。部屋の中にはご存じ、様々な物が置かれている。俺の精神を満たしてくれる物が、その人生を彩ってくれる物が、びっしりと置かれているのだ。それゆえに迷ってしまう。いつもならそんなに迷わないし、たとえ迷ったとしても、それなりの時間が残っているおかげで、気持ちの方にも余裕が生まれやすかったからである。でも今は、その余裕が少ない。身体の疲れはすっかり取れ、精神の方も(不満は残っているが)すっきりしていたが、現実の時間が「それ」に制限を掛けていたからである。

 現実の時間は、有限。何もしなければ、何も起きないままに過ぎてしまう。「このまま何しない」と言う選択肢もあったが、頭の眠気がすっかり無くなっていたせいで、「それは、あまりにもったいない」と思ってしまった。何もしないのは、ある意味で時間の無駄づかいだからね。一切の無駄なく使うのは疲れるけれど、できる事なら無駄なく使いたい。自分の精神を整えるためにも、それを上手く使いたかった。

「ううん」

 俺は部屋の中をしばらく歩いて、今の自分にできる事を探した。その結果がコレ、机の上に置かれていた羊皮紙である。羊皮紙の隣には羽ペンも置かれていたが、今日は外仕事が多かったので、封土の損益計算表に使った時以外は、ほとんど触っていない状態になっていた。

「たまには、『詩』でも書いてみるか?」

 詩なら時間もそんなに掛からない。あまり凝った内容は書けないけれど、それなりの数は書けるだろう。小説は、下準備がいろいろと大変だしね? 今くらいの時間なら詩を書いた方がいい。

「うん」

 俺は椅子の上に座って、ペン立ての中から羽ペンを抜いた。羽ペンの先には、インクが染みこんでいる。ペン立ての中にインクが入られているからだ。インクの色は黒で、羊皮紙の上に「それ」を走らせると、黒の色が少し淡くなる。その色合いがとても好きだった。絵具の鮮やかな色も好きだったが、あらゆる色の基本はやはり黒だろう。黒は、あらゆる色の代わりになる。自分以外の色を殺す事で、そこに無限の想像を生みだしてくれるのだ。赤い海はかなり不気味だが、黒い海なら何故か腑に落ちる。

 黒には、そう言う力があるのだ。それで書かれた詩もまた、濃淡のきいた世界を描いてくれる。ある時には、少年の友情を。またある時には、少女の悲恋を。たった数文字の言葉を使って、見事に書きあらわしてくれるのだ。それは、どんな小説も真似できない芸当である。小説は長文に命を賭けるが、詩は短文に命を賭けるのだ。それがとても楽しい。小説を書くのも面白かったが、詩を書くのもまた同じくらいに面白かった。

「うん」

 俺は頭の上に文字を浮かべて、それらを一つ一つ組みあわせていった。そうすれば、言葉の魔法が起こる。いつもはただの言語でしかない言葉が、芸術表現の道具に様変わりする。道具自体にはっきりとした形は無くても、羊皮紙の上に「それ」が書かれれば、どんな文字も神に、自然に、そして、人間に変わってしまうのだ。その感覚は、言葉では言いあらわせない。詩は言葉を使った芸術だが、それを言葉にするのはとても難しいのである。

 俺は真剣な、でも何処か楽しげな気持ちで、羊皮紙の上に詩を書きつらねていった。

 まずは、一つ目。

 風が吹いても、心は揺れない
 川は流れても、心は動かない

 二つ目。

 僕は歩く
 真っ暗な小径を
 真っ青な大地を
 真っ赤な山を
 止まる事なく歩いていく

 三つ目

 生は、永遠への重罰
 死は、永遠からの解放

 四つ目

 人を愛しているのか
 それとも
 人を嫌っているのか
 お前の気持ちは、ちっとも分からない

 五つ目

 傷の自慢は止めろ
 そんな物を見せたって
 誰もお前を敬わない

 六つ目

 太陽は主役で、月は脇役
 そんなの誰が決めたのだ

 七つ目

 確かに掃いたのだ
 薄汚れた廊下の上を
 黒ずんだ自分の心を
 良心の箒で、確かに掃いたのだ

 八つ目

 歌っても
 唄っても
 あなたに届かない

 九つ目

 橋から落ちる夢を見たのだ。
 橋の下には、妙な海が広がっていて
 彼は、そこに落ちていく
 自分の罪を呟きながら
 闇の海に墜ちていく

 十個目

 神よ
 光よ
 悲しみよ
 この僕を照らしておくれ

 十一個目

 そうか
 この人にも
 刃があるのだな

 十二個目

 温かいね
 でも
 本当は、冷たいのだろう

 十三個目

 森の木々に泣ける人が
 人の戦に笑っている
 人の戦に泣ける人が
 森の木々を切っている

「ふう」
 
 俺は、椅子の背もたれに寄りかかった。別に疲れたわけではなかったが、不思議な満足感が疲れの中に溶けこんだせいで、それを疲れのように感じてしまったのである。まるで自分の心がゆっくりと満たされていくように。ペン立ての中に羽ペンを一度戻した時も、そこまではいかなかったが、心地よい疲労感を覚えてしまった。この疲労感は、いつまでも味わっていたい。自分の立場からすれば、決して許される事ではなかった。それでももし、これが許されるのなら……。詩の言葉に酔いしれて、その世界をずっと味わっていたかった。

「まあ、無理な事は分かっているけど」

 それでも、そう思わずにはいられない。こんな理不尽ばかりの世の中では、そうでも思わなければやっていられなかった。この封土に住んでいる領民達もたぶん、同じような思いを抱いているだろう。彼等もまた、今の時代に不満を抱いている筈だから。全員が全員、幸せを感じている筈がない。できれば、俺のような身分に生まれたかった筈である。本当は何も羨ましくない、「貴族」と言う身分に。

「はぁ」

 情けないな、俺。

「貴族の身分に不自由を覚えながら、その身分を捨てられないでいるなんて」

 一番に情けない奴だ。正に優柔不断の極みである。

「『両方の美味しいところを取ろう』なんて言うのは、最高に卑怯なやり方だ。まともな人間のやる事じゃない。俺は自分が思うよりもずっと、卑怯な人間なんだ」

 そう思うと、何だかやるせなくなる。目の前の詩も何故か、かすんで見えてしまった。俺は自分の非力さに落ちこみつつも、ペン立ての中からまた羽ペンを抜いて、羊皮紙の上に詩をもう一度書きはじめた。だが、その詩が支離滅裂。どんなに頑張っても、詩の内容が散らかってしまった。まるで俺の精神を物語っているかのように、前の言葉が後の言葉を掻きけし、後の言葉が前の言葉を打ち消してしまったのである。そんな中でようやく書ききれた詩も、その途中で何度も直しを入れなければ、「詩」の形から離れた何かになっていた。

「はぁ」

 俺は、自分の頭を掻きむしった。

「難しいな」

 本当に難しい、自分の人生を生きるのは。その人生を書きつづける事は。未開の地を進んでいくような感じだった。一度入ったら、ほとんど出られない未開の地を。

「俺達は明日も、そこを進んでいくんだな」

 俺は最後の詩を書いて、ペン立ての中に羽ペンを戻した。

「命の海から生まれた人間は、その海をずっと泳がなければならない。それが人間の生まれた理由だから」
 その理由から逃れてはいけない。人間は(たぶん)そこを泳ぐ事で、自分が生きる意味をしるのだろう。その命が有限である意味もしるのだろう。すべての命は、あの大きな海からはじまったのだから。海の中には、生命の根幹が沈んでいる。俺が今夜、羊皮紙の上に夢中で書きつらねた詩の中にも。

「神様は、本当に厳しいな」

 でも、それは「救い」とも言える。「お前は、独りだ。だから、自分の頭で考えろ」は、ある意味で最も優しい言葉だ。

「俺も、その言葉に救われよう」

 俺は「ニコッ」と笑って、明日の事をぼうっと考えはじめた。

「さて。明日は、何をしようかな?」
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