「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

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最終話 新しい風(後篇)

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 未来の風が優しいか? 

 それとも、厳しいか? 

 それは、実際に吹いてみないと分からなかった。

 自分の中で「ああだこうだ」と考えても、結局はただの想像に過ぎない。想像は、現実の事象を超えられない。「自分の想像が役立つ事」と言ったら、そこにある程度の余裕を持たせる事だけだった。その余裕があれば、気持ちの方も落ちつく。それが決して完璧ではなくても、応接間の空気を和らげ、身体の緊張をほぐす程度なら、それなりの役目を果たしてくれる。俺が応接間の長椅子に腰かけ、相手がその真向かいに座った時も、それが働いてくれたおかげで、年相応の(だと思う)態度こそ見せたが、それ以上の醜態は晒さずに済んだ。
 
 俺は真面目な顔で、正面の令嬢を見つめた。正面の令嬢は、話に違わぬ美少女だった。中身の方が少し明るくはあったけれど、あらゆる所作や口調に品位が見られ、俺に「初めまして」と微笑む顔や、「今日はどうぞ、よろしくお願いします」と言いながら頭を下げる動きからも、同年代とは思えない落ちつきが感じられた。俺は、その雰囲気に思わず驚いた。彼女はたぶん、こう言う席に慣れている。慣れていながら、それに緊張も覚えている。俺に照れくさく笑いかけた顔からは、それを示す雰囲気が感じられた。
 
 俺は、その雰囲気に好感を覚えた。「恋愛」の域まではいかないが、それでも「好き」と感じてしまう感覚。つまりは、「友情」の愛を覚えたのである。友情の愛は、恋愛の愛よりもずっと清々しい。余計な疑心暗鬼や、狡猾な損得勘定がない分、その相手とも真正面から話せる。自分の本心をさらせる。相手の本心をすべて推しはかったわけではないが、彼女の微笑みから覚えた感覚は、それを推しはかれるだけの充分な証拠になっていた。この子の事はたぶん、信じても大丈夫だろう。世の中には嘘が上手い人、計算が速い人も多いが、彼女の態度からは、そう言う雰囲気が感じられなかった。
 
 俺はその雰囲気に「ホッ」として、相手の目をまた見かえした。

「こらこそ、よろしくお願いします。セリアさん」

「セリアでいいよ?」

 口調が砕けたのは、照れかくしか?

「その方がドキドキしないから。あたしも、貴方の事を『ザウル』って呼びたいし」

「分かった。君がそう言うなら、それでいいよ?」

「ありがとう、ザウル」

 彼女は、嬉しそうに笑った。俺も、それに笑いかえした。俺達は互いの笑顔を見あったが、双方の両親(俺の場合は、召使いだが)が妙な気を遣ったせいで、それまで見あっていた視線をすぐに逸らしあってしまった。

 俺は、自分の召使いを思いきり睨んだ。

「ちょ、待てよ! そんな」

「事は、ありません。私達がいては、話せない事もあるでしょう。あとは、若い二人でお楽しみください」

 召使いは「ニコッ」と笑って、応接間の中から出ていった。彼女の両親も、それにつづいて出ていった。彼等は(おそらくは、召使いの案内で)、館の中を歩きはじめた。その足音がここまで聞こえてきたが、自分の気恥ずかしさがそれに勝っていたせいで、足音の雰囲気は聴きとれても、それがどこに向かっているのかは分からなかった。それがやがて聞こえなくなった時も、同じような空気をずっと味わいつづけていた。彼等は(たぶん)俺の心情などまったく察しないで、「館の中がどうなっているのか?」を見つづけた。
 
 俺は、その感覚に腹立った。本当に失礼な連中もとえ、召使いである。

「まったく」

 目の前の少女も、その言葉にうなずいた。彼女もまた、俺と同じような気持ちを抱いていたらしい。

「本当だね、こっちはまだまだ」

 少女は、その続きを飲みこんだ。それを発するのがたぶん、「恥ずかしい」と思ったのだろう。正確なところは推しはかれないが、自分の両足をフラフラとさせる動きや、俺の顔から何度も視線を逸らす態度からは、その何とも言えない気まずさが感じられた。彼女もまた、年相応の少女なのである。彼女は俺の顔に視線を戻して、照れくさそうに「ニコッ」と笑った。

「ごめんね、ザウル」

「いや。こっちこそ、ごめんね? セリア。何かこう、変な気を遣わせちゃって」

 セリアは、その言葉に首を振った。それがとても可愛かったが、本人にはそれをあえて言わなかった。そんな事を言えば、相手はもっと困ってしまう。こう言う相手を困らせるのは、俺としてもあまり気持ちよくなかった。セリアは長椅子の上に視線を落として、その表面をじっと見おろしはじめた。

「ザウルは」

「うん?」

「ずっと一人で暮らしているの?」

 俺は、その質問に眉を寄せた。その質問を聞いて、気持ちが暗くなったからである。

「まあね。昔は、自分の親がいたけれど。今はずっと、一人で暮らしている。領主の仕事も、基本的には一人でやっているし。それ以外の諸々も、必要とあれば」

「寂しくない?」

「え?」

「ずっと一人で頑張って、寂しくない?」

 俺はまた、彼女の質問に暗くなった。だが、今回は違う。質問への返事に余裕が少しだけあった。

「寂しいよ? 寂しいけど、とても寂しいわけじゃない。俺には自分の好きな事、たくさんの趣味があるからね。それをやっていれば、その寂しさも感じなくなる。趣味は俺を救ってくれる物、その人生に生きがいを与えてくれる物だよ」

「そっか。それは!」

 セリアは「ニコッ」と笑ったが、その目は何処か悲しげだった。たぶん、俺の話に胸を痛めたのだろう。表面上では穏やかに笑っていたが、俺が彼女に「ニコッ」と笑いかえすと、やはり悲しげな顔で、その目を静かに震わせていた。彼女は、テーブルの上に目を落とした。

「よかったね」

「うん」

「よかったけど、やっぱり辛いよ」

 それで俺達が押しだまったのは、彼女のせいではない。俺達はそれぞれにテーブルの上を見つめたり、応接間の絵に目をやったりして、今の空気が消えるのをじっと待ちつづけた。俺は、彼女の顔に視線を戻した。「彼女にこれ以上、気まずい思いをさせてはならない」と思ったからである。

「ねぇ?」

「なに?」

「君は、何が好きなの?」

 セリアは、その質問に唸った。質問の内容自体は難しくなかったが、それを答えるのにやや困るところがあるらしい。

「あたしは、何もないの」

「何もない? まさか!」

 そんなわけがないよ、と、俺は言った。

「『趣味』とまでは、いかなくてもさ。好きな事の一つくらい」

「うんう、本当にないんだ。『楽しい』って思う事は、あるけど。『それが好きか?』と聞かれたら、すぐに『うん』とはうなずけない。あたしは一つ一つの出来事を楽しめるだけで、特定の物に打ちこめる……それこそ、ザウルみたいにさ? 『自分は、これが好き』って言う物がないの。だから、周りの人達に『好きな事をしろ』とか言われると困っちゃう。自分が何をしたいのか、それがまったく分からないからね」

「なるほど。それじゃ、今回の話も?」

 セリアは、その質問に首を振った。それはもう、嬉しそうな顔で。

「この話だけは、別。これだけは、あたしの意思で決めたんだ。『この結婚はたぶん、あたしの人生を変える事だ』ってね。普段は働かない直感が、『ビビビッ』と走ったんだ」

「ふ、ふうん、そう。それで?」

「うん?」

「その直感は、正しかった?」

 セリアはその質問に迷ったが、やがて「分からない」と笑いだした。

「だから、『それ』を確かめたいんだ。自分の直感が正しかったかどうか、を。この目で」

「その目で?」

「うん」

 彼女は真剣な目で、俺の目を見つめた。

「ねぇ、ザウル」

「なに?」

「あなたの趣味を見せてよ?」

「俺の趣味を?」

「うん、貴方がずっと打ちこんでいる趣味を。貴方の人生を支えている、その生きがい達を。あたしは、自分の何かを見つけるために」

「分かった」

「え?」

「それなら見せる、俺の趣味を。君がそれで、自分の何かを見つけられるなら」

 セリアは、その言葉に微笑んだ。またしても、嬉しそうな顔で。

「ありがとう。それじゃ、さっそく見せて!」

「分かった」

 俺は応接間の中から出て、自分の部屋に彼女を連れていった。部屋の中には今までと同じ物が置かれていたが、例の記録器だけは別で、机の中に隠していた。あの中には、俺の初恋が入っている。形にしてはならない思い出が、そのままの状態で収められている。「記録器」の名前通りにね。それを現実にしてしまうのはたぶん、この子にとっても失礼だろう。

 初恋の記憶は、大切だ。

 大切だから、彼女の事も捲きこんでいけない。

 思い出の海に彼女を沈ませてはならない。

 彼女はあの子とは別で、あの子もまた彼女とは別なのだから。違う女性を同じようには愛せない。同じように「好きだ」と思う事も。俺が彼女達に見せられる敬意は、精霊との思い出を封じて、今の女性に誠意を見せる事だった。

「これが、俺の部屋だよ」

 俺は部屋の道具を見わたして、それらの一つ一つを指さした。「そうすれば、彼女にも分かりやすい」と思ったからである。俺は彼女に道具の特徴を話して、「それがどんなに面白い道具か」を述べた。

「すべての物を上手く使えるわけじゃないけどね? それでも楽しい事には変わらないよ? 『今日は、何をしようか?』とか、『あの道具を使おうか?』とかさ。その迷いすらも、楽しみになる。一定の生活、単調な日々もいいけれどね? そう言う迷いも、また」

 セリアは、その言葉に押しだまった。どんな気持ちかは分からないが、その言葉に色々と考えてしまったらしい。

「羨ましい」

「え?」

「『そう言う迷いがある』って言うのがさ、とても眩しく見える」

「そうかな?」

「そうだよ」

 セリアは、部屋の椅子に目をやった。どうやら、「そこに座っていい?」との事らしい。

「ごめん」

「うんう、いいよ。嫌じゃなかったら、好きだけ座って」

「ありがとう」

 彼女は「ニコッ」と笑って、椅子の上に座った。

「あたし達は、さ」

「うん?」

「変な言い方だけど、『自分』として生まれてきたじゃない? 『自分』と言う存在にさ、その身分を含めて。あたし達は、自分以外の何者にもなれない」

「う、うん、確かにそうだけど。それが?」

「ザウルは」

「うん?」

「貴族の家に生まれて、『よかった』と思う?」

「それは……」

 分からない、と、俺は言った。

「でも」

「でも?」

「それが俺だからね。良いも、悪いもない。俺はどんな身分であろうと、俺以外の何者でもないから。セリアは、自分の存在に不満を抱いているの?」

 今度は、彼女の方が押しだまった。彼女は部屋の中をしばらく見わたしたが、俺の顔に視線を戻すと、淋しげな顔で「クスッ」と笑いはじめた。

「不満はないけど、その代りにぼんやりしている。自分の前に見えない道を作られている感じでさ? あたしは、そこを無理矢理に歩かされているの。本当は、もっと違う道を歩きたいのに。自分でその道を歩きたいのに。見えない壁が、道の両端に伸びている」

「『せい』なのは、分かっている。分かっているけど、それが自分を同時に守っているのも事実」

「うん……。あたしは、自由に生きたい。自由に生きたいくせに『それ』が怖い。正反対の色がずっと、心の中を渦まいている。あたしは、自分が思う以上に臆病なんだ」

「臆病じゃない人間なんていないよ。俺だって」

「ザウルだって?」

「怖いモノは、怖い。今の生活が脅かされるような」

「そう。なら!」

「うん?」

「あたしの事もきっと、怖いんだね?」

 俺はその言葉に眉を潜めたが、やがて「まさか」と笑いはじめた。

「それは、ありえない。君は俺にとって、新しい風だからね。新しい風は、新しい世界を呼んでくる。今まで見た事がない世界を、新しいドキドキを運んでくる。君は、そのドキドキを運んできた人なんだ」

 セリアは、その言葉に赤くなった。そんなに照れられては、俺まで恥ずかしくなってしまう。

「やっぱり、正しかった」

「え?」

「この話を受けて、本当によかった」

「そ、そう?」

「うん!」

 セリアは椅子の上に座ったまま、嬉しそうな顔で自分の足をパタパタさせた。

「貴方も、あたしの新しい風だから。あたしに素敵な世界を、趣味の世界を見せてくれる」

「そっか」

 俺は、その言葉に笑った。彼女も、それに笑いかえした。俺達は互いの笑顔をしばらく見あったが、やがてその視線を逸らしあった。たぶん、お互いの同じ事を考えたのだろう。相手のもう一度見あった視線からは、ある種の共鳴が感じられた。

 俺は彼女の前に歩みよって、その目をじっと見はじめた。

は、どうする?」

「そうだね。結婚式に余興なんて普通はしないから、ここは思いっきりやろう! この部屋には、そう言う事に使える物もあるかもしれないからね。あたし達は、あたし達の趣味を楽しめばいい」

「そう言う事」

 俺は「ニコッ」と笑って、部屋の中を見わたした。部屋の中にはもちろん、趣味の品々が置かれている。

「さて。式の余興は、何をしようかな?」
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