よろず恋花（こいばな）

【み空】(ミソラ)の災難

　今年で十六回目の春を迎える【み空】が、よろず屋の使いで町へと出た。
幾分か町にも慣れ、お堀の桜を見にいつもとは違う道を歩いていた。

　掟ゆえ町に奉公に来て、三度目の春を迎えていたみ空が、昨日の強風に散らされた花びらのお堀に浮かぶ様を感慨深げに見つめていた。
　町に来たばかりの頃は戸惑うみ空だったが、それが徐々に慣れ、この町ともすっかり溶け込んでいた。

　み空がふと桜を見上げた。
　満開に咲き誇る花たちがそよ風に戯れるように枝を揺らしている。
　日差しに透けた桃色が眩しいほどにみ空に降り注いでいた。
　里にも桜はあるが山桜で、このお堀沿いに根を下ろしているソメイヨシノとは色も風情も違う。　手入れがされているためか一枝につく蕾の数もやはり自然に生えている山桜とは違っていた。
このソメイヨシノは別名【山ノ内桜】（ヤマノウチザクラ）と呼ばれ、この時期になると多くの人手で賑わいを見せるほどの名所であった。

　ぼんやりと桜を眺めていたみ空の首筋に突如として衝撃が走ったのはその時であった。


　どれだけの時間が経過したかは不明だが、み空が意識を取り戻したときには、体がみ空の意思を聞き入れない体になっていた。み空がとっさに声を上げようとしたが、何かに耐える様に歯を食いしばった。床に転がされた身を捩るたびに口が開きかけ、悶え苦しんでいた。

　（体が熱い、お尻も前も痒くて堪らない。僕の体、おかしい）
　ただただ恐怖に慄きながらも、み空が変化してしまった下肢を隠すように身を丸くした。
　体中の血液が沸騰するほどの狂おしい熱に犯され、浅ましい程の情欲がみ空の体で覚醒していた。
　ひたすらに息を乱しながらも、み空が自らを律するように目を硬く閉じた。
　後ろ手に縛られている縄が食い込み、指の色が痛々しく変色していた。
　見知らぬ建物。覚えの無い匂い。拘束された体と、無理やり植えつけられた灼熱。
　み空の体からは尋常ではない汗が噴出していた。

　「ヒューーィ」
　どこからともなく口笛の音がした。

　「おい、おまえ。大丈夫か？」
　小声で問いかける男の声が辛うじて耳に届くが、み空にとっては返事をする状況ではなかった。
　「生きているなら返事くらいしろよ」
　天井裏から降り立った男は布で顔を覆い、目だけを露出させていた。

　「僕を乱暴しにきたの？」
　自分を攫った張本人と勘違いしたみ空が男に冷たく吐き捨てた。

　「違う。怪しげな男達がお前を攫うのを見かけたんだ。
　慌てて追いかけたけど今日は少し離れたとこで見ていたから一旦見失って…悪かった。
けが、してないか？」
　覆面の男がみ空の背中を軽くさすった。

　「ふふ、う、あ、あぁ」
　思わず嬌声が零れ落ち、み空が慌てて歯を食いしばって口を塞いだ。
　流れ落ちる脂汗と吐き気が、余計にみ空を苦しめた。

　「もしかして、変な薬…飲まされた？ひどい汗だ」
　覆面の男が心配そうに見つめるが、み空が何も言うことはなかった。
　覆面の男がなおも詰め寄るが、おぞましく喘ぐ事を堪えることすら出来なくなり始めていたみ空が、ついに意識を手放した。