破鏡重円(ﾊｷｮｳｼﾞｭｳｴﾝ) Ｒ１８

ブレスレット

豊穣屋の女将【お夏】と塩屋の女将【冬子】が、評判になっている『サーカス』を一目見ようと足を向かわせていた。
一つ違いの姉妹であり、豊二と勝三の妻でもあった。


サーカスへと向かう途中。

「そこの別嬪さんたち」

呼ばれたほうを見ると『占』と書かれた古汚い紙を、これまた小汚い机に貼り付けただけの、到底店屋とは思えぬ妖しさをかもし出していた一角に、その男が立っていた。

薄い布で鼻から首元を隠し、余計に胡散臭さを感じさせた。

「そう、そこの別嬪さんがた」
男が揉み手をしながら小さな会釈を繰り返した。

「わたしたちに何か？」
二人がスリか置き引きの類ではないかと警戒しながら、怪しい男に近づいた。

「あっしはね、遠くインドってとこで占いと星見の修行をちょいとしましてね。
まあ、こう言っちゃあなんですが、かなり腕は確かでね。
そんでね、つい見えちまったんですわ。

お二人さんとも、災いの相が出てまっせ」
怪しい男が話を続けた。

「お二人さんの旦那はん方に、なんぞよくない相手が見えるんですわ。
このままでは揉め事に巻きこまれまっせ？
お二人さんとも。
しかーし、このお守りの『ブレスレット』を身に着ければ、ああーら不思議。
災難からは逃れられる、っちゅう優れもの。
このブレスレットは本場インドでも滅多に取れない最高級の『トルマリン』ちゅう石から作られた一点ものでっせ。
しかもこれを腕に着けただけで体の冷えやすいお嬢さんも血の流れが良うなって、体にもええんでっせ。
今ならなんと半額、お買い得。さあ、買った買った」
妖しい男がやはり妖しい話をした。

「ばっか馬鹿しい。そうやってタダみたいなガラクタを高く売りつけようって魂胆見え見えよ。騙されるもんですか」
お夏は斜に構えて鼻で笑った。

「姉さん、でも不吉なことを言われたら気味悪いわ。
お守りになるなら良いのではなくって？」
冬子は、男の手の中にある黄色の腕輪に興味をそそられた。

「妹はん、見る目ありますなぁ。
この黄色のトルマリンで作られたブレスレットは女性用と男性用、一つずつしかないんですわ。世界に１個だけ。
ほんまは夫婦で身につけたが方ええんやけど…」

世界に一つだけ、と言うくだりが冬子の購買意欲を掻き立てた。

「買うわ、わたし。それ買う。お安いものだわ。これで災難から逃れられるなら」
「止めておきなさいよ、冬子。そんなのに大枚はたくなんて…」

お夏の言うことも聞かず、ブレスレットを怪しい男から購入した。


サーカスを見終わってもお夏がブレスレットのことが気に入らないらしく、忌々しげに冬子の腕にある黄色い石を見ては眉をしかめた。