無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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最近、白鷹課長のことがどうしても頭から離れない。
打ち上げのときのあの甘い声と、唇の感触が何度も蘇る。
でも白鷹課長には
「先日の件は……その、気にするな」
と、無表情に言われた。
逆に、余計に気になる……。
(やっぱり嫌だったのかな……)

本当に、課長と目が合うたびに、変に意識してしまう。
昨日のミーティングでも、視線が合った瞬間にすぐ逸らされた。
(やっぱり、あのキスのせいなのかな……)
書類を差し出す指先が、白鷹課長の指にかすっても、
それだけのことなのに、心臓が変な音を立てる。
(何だこれ……)
そう思いながら、急いで視線を逸らす。

でも、課長も気まずそうにしている気がする。

あれは事故だ、絶対に。
舟形先輩も「飲みすぎてたんだろ」って笑ってたし、課長だって覚えてないかもしれない……?
……そう思いたい。

なのに、ふとした瞬間に思い出してしまう。
あの近さ、息の熱さ、顔の陰影。
そんなの、今まで気にしたこともなかったのに。


まだ週の半ばっていうのに、
午後になって、少しぼーっとしていて、書類の数字を間違えた。
課長に呼ばれて注意されると思ったけど、
「大丈夫か、顔色悪いぞ」って。
優しい声で言われて、逆に胸が痛くなった。

熱っぽい。
頭も重い。
胸の奥がじんじんする。
暑い。なのに、寒気もする。
思考がかすむ。
(おかしいな……昼食、何か変なの食べたっけ?) 
(風邪でもひいたのかな……)
……だけど、違う気もする。
胸の奥がざわざわして、落ち着かない。
何かが変だ。

明日はちゃんと仕事できるといいな。
変な夢とか、見なければいいけど。

その日は
朝から体が変だった。
熱がこもってるみたいに、頭がぼんやりする。
それでも、会議資料の修正があったから休めなくて、いつも通り出社した。

午前中、課長に呼ばれて資料を確認したとき、
すぐ後ろに立たれて、息が止まった。
なんで、こんなに心臓が早くなるんだろう。

「顔、赤いぞ。無理してないか」
そう言われて、また胸がぎゅっとした。
熱い。体の奥が、変なふうに疼く。
課長の声が近いだけで、息が乱れるなんておかしい。

会議が始まってから、もう頭が働かなかった。
文字が滲んで、周りの声も遠くなって、
ただ、課長の声だけがはっきり聞こえてた。
この感じは、やっぱり……。
でも、まさか……、違うよね……。

「小国、大丈夫か」
次の瞬間、世界が傾いた。
気づいたら、課長の手に支えられてた。
恥ずかしくて、情けなくて、でもその手が離せなかった。

そのあと、課長がタクシーを呼んでくれた。
外の風にあたっても熱は引かなくて。
車の中で、
課長が「これ、冷たくしてあるから」って渡してくれたハンカチを握りしめてた。
でも、それを握った瞬間、少し楽になった。

なんでだろう。
冷たさよりも、匂いで落ち着いた気がした。

あの香り。
いつも、すぐそばにいるのに気づかなかった。
課長の匂い。

今日は、変な日だった。
体の調子が悪いだけだ。
仕事が忙しかったから……。
きっと、そうだ。
……そう思いたい。

家に着くころには、体も少し落ち着き、課長に貸してもらったハンカチに慰められるように感じた。

これは
アルファのフェロモンが付いたハンカチだから?
課長の匂いの付いたハンカチだから?

でも、この日は辛くて、甘くて、どう整理していいのかわからなかった。

二日経って、体がようやく軽くなった。
昨日までの熱が嘘みたいに引いていて、鏡に映る顔も、ようやく自分のものに戻った気がした。
突発的なヒートはいつもより早くおさまった。

会社でヒートを起こすなんて、情けない。
ちゃんと抑制剤を飲んでいたのに。
仕事で気を張ってただけのはずなのに。
何がきっかけだったんだろう
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