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第二部
Ⅺ
外はまだ薄暗くて、街が静まり返っている時間。
俺は布団の中でもぞもぞと目を開けた。
隣ではまだ迅さんが寝ている。
横顔、やっぱりカッコいいなぁとおもいながら、寝ぼけた頭の中で、
「今日は早起きするんだった」と思い出す。
――迅さんに、お弁当を作る。
そう決めて、昨夜は少し緊張して眠りについた。
迅さんが仕事の合間に、ふとお弁当を開いて、
「直樹が作ってくれた」と思ってくれたら、それだけで嬉しい。
そう思うだけで胸がくすぐったくなる。
寝癖を直してエプロンを結ぶと、キッチンに立つ。
慣れない手つきで卵を割る。
ボウルの中で殻が入ってしまい、焦る。
あたふたしてたら、菜箸が落ちて床に卵液が垂れる。
「うわ……!」
慌ててキッチンペーパーを探す。
早朝の台所に小さな騒ぎが起きている。
でも、そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまう。
「こういうのも、悪くないな」
卵焼きは少し焦げてしまったけれど、
おにぎりはハートの形にならなかったけれど、
それでも、俺の手で作ったお弁当だ。
――きっと迅さん、笑ってくれる。
そう信じて、最後に小さなペンギンのピックを刺した。
(水族館のお土産。迅さんとお揃いのやつ)
出勤前の朝食の時間。
コーヒーの香りが部屋に満ちて、テーブルの上に湯気が立つ。
俺はトーストをかじりながら、少し照れくさそうに言った。
「今日は……お弁当、自分で作ったんです。あの、迅さんの分も」
迅は少し驚いた顔をして、次の瞬間、穏やかに微笑んだ。
「……本当に? ありがとう、直樹」
「あんまり上手にできなかったんですけど……頑張りました」
迅は手に取った弁当箱を撫でながら、
まるで宝物に触れるように、丁寧に扱う。
「直樹が作ってくれたなら、それが一番うまい」
その言葉に、俺の頬がほんのり染まった。
胸がきゅっとなって、なんだか泣きそうなくらい嬉しい。
家を出て、俺は少しお腹を押さえた。
(ん……ちょっと違和感? 冷えたかな?)
でも、すぐに「気のせいだ」と思い直す。
「いってきます、迅さん!」
「気をつけろよ、無理するなよ」
会社の前でわかれる。
いつもの朝。
ただ、その中に“誰かのためにがんばった時間”が加わっただけ。
それだけで、世界が少し明るく見えた。
昼下がり。
デスクの上の書類が積み上がり、会議資料のチェックが続いていた。
空調の風が首筋を撫でるたび、妙な寒気がした。
(なんか……変だな……)
背中の奥が重い。胃のあたりが鈍く痛い。
でも、あと少しでこのタスクが終わる――そう思うと、止まれなかった。
舟形先輩が隣の席からちらりと視線を送る。
「おい、直樹。顔、真っ白だぞ?」
「えっ……そんなことないですよ」
笑ってみせるけれど、声がかすれている。
「本当か? 昼飯もろくに食ってねぇし」
「大丈夫です。今日ちょっと早起きしただけで……」
笑いながら、書類に目を落とす。
手元のペンがかすかに震えるてるのが、自分でもわかった。
(頭がぼんやりする……なんでだろ……)
舟形先輩は眉をひそめた。
「……おい、ちょっと顔上げてみろ」
舟形先輩が俺の顔を覗き込む。
顔面蒼白、自分でも血色が悪いのがわかる。
額には薄く汗が浮かび、目は焦点を失っている。
「おい、直樹! おまえ、熱あるだろ!」
「へ……? そんな……僕、まだ資料が……」
「いいから休め!」
舟形先輩が立ち上がり、俺の体を支えてくれる。
その瞬間、ぐらりと視界が傾いた。
机の端に置いた手がすべって、書類が舞う。
自分の体が傾くのが、スローモーションのように感じた。
「……あれ……?」
そこまで言って、意識はふっと途切れた。
⸻
「救急車呼べ!」という舟形先輩の声が、遠くで聞こえる。
俺の頭の片隅では、
(迅さんに怒られちゃうかな……)
そんなことを考えていた。
――心配をかけたくない、ただそれだけだったのに。
俺は布団の中でもぞもぞと目を開けた。
隣ではまだ迅さんが寝ている。
横顔、やっぱりカッコいいなぁとおもいながら、寝ぼけた頭の中で、
「今日は早起きするんだった」と思い出す。
――迅さんに、お弁当を作る。
そう決めて、昨夜は少し緊張して眠りについた。
迅さんが仕事の合間に、ふとお弁当を開いて、
「直樹が作ってくれた」と思ってくれたら、それだけで嬉しい。
そう思うだけで胸がくすぐったくなる。
寝癖を直してエプロンを結ぶと、キッチンに立つ。
慣れない手つきで卵を割る。
ボウルの中で殻が入ってしまい、焦る。
あたふたしてたら、菜箸が落ちて床に卵液が垂れる。
「うわ……!」
慌ててキッチンペーパーを探す。
早朝の台所に小さな騒ぎが起きている。
でも、そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまう。
「こういうのも、悪くないな」
卵焼きは少し焦げてしまったけれど、
おにぎりはハートの形にならなかったけれど、
それでも、俺の手で作ったお弁当だ。
――きっと迅さん、笑ってくれる。
そう信じて、最後に小さなペンギンのピックを刺した。
(水族館のお土産。迅さんとお揃いのやつ)
出勤前の朝食の時間。
コーヒーの香りが部屋に満ちて、テーブルの上に湯気が立つ。
俺はトーストをかじりながら、少し照れくさそうに言った。
「今日は……お弁当、自分で作ったんです。あの、迅さんの分も」
迅は少し驚いた顔をして、次の瞬間、穏やかに微笑んだ。
「……本当に? ありがとう、直樹」
「あんまり上手にできなかったんですけど……頑張りました」
迅は手に取った弁当箱を撫でながら、
まるで宝物に触れるように、丁寧に扱う。
「直樹が作ってくれたなら、それが一番うまい」
その言葉に、俺の頬がほんのり染まった。
胸がきゅっとなって、なんだか泣きそうなくらい嬉しい。
家を出て、俺は少しお腹を押さえた。
(ん……ちょっと違和感? 冷えたかな?)
でも、すぐに「気のせいだ」と思い直す。
「いってきます、迅さん!」
「気をつけろよ、無理するなよ」
会社の前でわかれる。
いつもの朝。
ただ、その中に“誰かのためにがんばった時間”が加わっただけ。
それだけで、世界が少し明るく見えた。
昼下がり。
デスクの上の書類が積み上がり、会議資料のチェックが続いていた。
空調の風が首筋を撫でるたび、妙な寒気がした。
(なんか……変だな……)
背中の奥が重い。胃のあたりが鈍く痛い。
でも、あと少しでこのタスクが終わる――そう思うと、止まれなかった。
舟形先輩が隣の席からちらりと視線を送る。
「おい、直樹。顔、真っ白だぞ?」
「えっ……そんなことないですよ」
笑ってみせるけれど、声がかすれている。
「本当か? 昼飯もろくに食ってねぇし」
「大丈夫です。今日ちょっと早起きしただけで……」
笑いながら、書類に目を落とす。
手元のペンがかすかに震えるてるのが、自分でもわかった。
(頭がぼんやりする……なんでだろ……)
舟形先輩は眉をひそめた。
「……おい、ちょっと顔上げてみろ」
舟形先輩が俺の顔を覗き込む。
顔面蒼白、自分でも血色が悪いのがわかる。
額には薄く汗が浮かび、目は焦点を失っている。
「おい、直樹! おまえ、熱あるだろ!」
「へ……? そんな……僕、まだ資料が……」
「いいから休め!」
舟形先輩が立ち上がり、俺の体を支えてくれる。
その瞬間、ぐらりと視界が傾いた。
机の端に置いた手がすべって、書類が舞う。
自分の体が傾くのが、スローモーションのように感じた。
「……あれ……?」
そこまで言って、意識はふっと途切れた。
⸻
「救急車呼べ!」という舟形先輩の声が、遠くで聞こえる。
俺の頭の片隅では、
(迅さんに怒られちゃうかな……)
そんなことを考えていた。
――心配をかけたくない、ただそれだけだったのに。
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