無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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第二部

外はまだ薄暗くて、街が静まり返っている時間。
俺は布団の中でもぞもぞと目を開けた。
隣ではまだ迅さんが寝ている。
横顔、やっぱりカッコいいなぁとおもいながら、寝ぼけた頭の中で、
「今日は早起きするんだった」と思い出す。

――迅さんに、お弁当を作る。

そう決めて、昨夜は少し緊張して眠りについた。
迅さんが仕事の合間に、ふとお弁当を開いて、
「直樹が作ってくれた」と思ってくれたら、それだけで嬉しい。

そう思うだけで胸がくすぐったくなる。

寝癖を直してエプロンを結ぶと、キッチンに立つ。
慣れない手つきで卵を割る。
ボウルの中で殻が入ってしまい、焦る。
あたふたしてたら、菜箸が落ちて床に卵液が垂れる。

「うわ……!」

慌ててキッチンペーパーを探す。
早朝の台所に小さな騒ぎが起きている。
でも、そんな自分がおかしくて、つい笑ってしまう。

「こういうのも、悪くないな」

卵焼きは少し焦げてしまったけれど、
おにぎりはハートの形にならなかったけれど、
それでも、俺の手で作ったお弁当だ。

――きっと迅さん、笑ってくれる。

そう信じて、最後に小さなペンギンのピックを刺した。
(水族館のお土産。迅さんとお揃いのやつ)

出勤前の朝食の時間。
コーヒーの香りが部屋に満ちて、テーブルの上に湯気が立つ。

俺はトーストをかじりながら、少し照れくさそうに言った。
「今日は……お弁当、自分で作ったんです。あの、迅さんの分も」

迅は少し驚いた顔をして、次の瞬間、穏やかに微笑んだ。
「……本当に? ありがとう、直樹」

「あんまり上手にできなかったんですけど……頑張りました」

迅は手に取った弁当箱を撫でながら、
まるで宝物に触れるように、丁寧に扱う。
「直樹が作ってくれたなら、それが一番うまい」

その言葉に、俺の頬がほんのり染まった。
胸がきゅっとなって、なんだか泣きそうなくらい嬉しい。


家を出て、俺は少しお腹を押さえた。
(ん……ちょっと違和感? 冷えたかな?)
でも、すぐに「気のせいだ」と思い直す。

「いってきます、迅さん!」
「気をつけろよ、無理するなよ」

会社の前でわかれる。
いつもの朝。
ただ、その中に“誰かのためにがんばった時間”が加わっただけ。
それだけで、世界が少し明るく見えた。


昼下がり。
デスクの上の書類が積み上がり、会議資料のチェックが続いていた。
空調の風が首筋を撫でるたび、妙な寒気がした。

(なんか……変だな……)

背中の奥が重い。胃のあたりが鈍く痛い。
でも、あと少しでこのタスクが終わる――そう思うと、止まれなかった。

舟形先輩が隣の席からちらりと視線を送る。
「おい、直樹。顔、真っ白だぞ?」

「えっ……そんなことないですよ」
笑ってみせるけれど、声がかすれている。

「本当か? 昼飯もろくに食ってねぇし」

「大丈夫です。今日ちょっと早起きしただけで……」

笑いながら、書類に目を落とす。
手元のペンがかすかに震えるてるのが、自分でもわかった。

(頭がぼんやりする……なんでだろ……)

舟形先輩は眉をひそめた。
「……おい、ちょっと顔上げてみろ」

舟形先輩が俺の顔を覗き込む。
顔面蒼白、自分でも血色が悪いのがわかる。
額には薄く汗が浮かび、目は焦点を失っている。

「おい、直樹! おまえ、熱あるだろ!」

「へ……? そんな……僕、まだ資料が……」

「いいから休め!」

舟形先輩が立ち上がり、俺の体を支えてくれる。
その瞬間、ぐらりと視界が傾いた。

机の端に置いた手がすべって、書類が舞う。
自分の体が傾くのが、スローモーションのように感じた。

「……あれ……?」

そこまで言って、意識はふっと途切れた。



「救急車呼べ!」という舟形先輩の声が、遠くで聞こえる。
俺の頭の片隅では、
(迅さんに怒られちゃうかな……)
そんなことを考えていた。

――心配をかけたくない、ただそれだけだったのに。
感想 1

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