(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

文字の大きさ
22 / 165

凍てつく夜に、光は生まれる⑦

しおりを挟む
「どうか……皆を、守って」

涙とともにこぼれたその声に、
精霊たちが応えてくれた。

風が揺れ、光が花開いていく。

それは爆発のような眩しさではなくて、
まるで春の陽だまりのように、やさしく広がる光。

部屋を満たし、廊下を伝い、学園全体を包み込む。

光に触れた生徒たちの傷が癒えていく。

焦げた匂いが薄れ、泣き声が止む。

「……あったかい……」

誰かが呟いた。

僕は気づかないうちに、髪も着ている服も、淡く光を帯びていた。

僕はただ、マクシミリアン殿下の手を握りしめていた。

「お願い……マクシミリアン様を助けて……どうか……力を授けて……」

僕の祈りが届いたのか、
マクシミリアン殿下の胸がふっと上下する。

光がマクシミリアン殿下の身体に流れ込み、その瞳の奥で何かが目覚めた。

——風がマクシミリアン殿下を包んだ。

まるで、王の加護と呼ぶにふさわしいような、神々しいオーラ。

光がマクシミリアン殿下の背を押し上げて、ゆっくりと立ち上がる。


外ではまだ、魔獣たちが咆哮を上げていた。

だが、マクシミリアン殿下が一歩踏み出した瞬間、
風が轟き、魔獣の黒い影が吹き飛ぶ。 

マクシミリアン殿下の剣が光をまとい、一閃。

空気が震え、闇が裂けた。

ーー精霊たちが歓声のように舞い上がった。
 

祈りが、世界を包んでいる。

その光は、誰一人取り残さなかった。
 

光が、少しずつ薄れていった。

眩しさの中で誰かの声がする。

遠くで、安堵の息が重なっている。

助かったのだと、わかった。

でも僕は、身体は鉛のように重たくて、もう動かせなかった。

——ああ、よかった。みんな、生きてる。

涙が頬を伝ったのがわかる。

張りつめていた糸が切れ、視界がゆらいだ。
胸の奥がほどけていく。

誰かに呼ばれた声がした。

その声だけで、涙が零れそうになる。

どんなに遠くに感じても、どんなに届かないと思っても、

——僕の心は、ずっと殿下に向かっている。

「……エリアス!」

顔を上げると、マクシミリアン殿下がいた。

いつもの気丈な瞳が、今は信じられないほど優しくて、
僕を見つめていた。

「殿下……」 

声を出した瞬間、力が抜けて、そのまま殿下の腕の中に崩れ落ちた。

温かかった。

あんなに寒くて、恐ろしくて、息もできなかったのに。

今、胸の奥から、ゆっくりと春の風が吹いていくみたいに——

心がほどけていく。

「もう……大丈夫だ。全部、終わった」

低い声が耳元で囁く。 

その響きに包まれるだけで、世界が静まっていった。

「僕、少しは……お役に立てましたか」

「ああ。君がいなければ、誰も助からなかった」

マクシミリアン殿下の指先が私の頬を撫で、額に落ちる髪を払う。

その手のぬくもりが、光よりもやさしかった。
 

 ——ああ、冬の夜が明ける。


雪のような静けさの中で、精霊たちが囁いていた。

「もう大丈夫」と。

その声を聞きながら、私はそっと、殿下の胸に顔を寄せた。


世界の終わりみたいに怖かった夜が、
誰かの腕の中で、こんなにも温かく終わっていく——。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。 しかし、着替えを手伝っていたメイドが別のメイドに駆り出された後、光を避けるためにクローゼットの奥に行き、朝早く起こされ、まだまだ眠かった僕はそのまま寝てしまった。用事を済ませたメイドが部屋に戻ってきた時、目に付く場所に僕が居なかったので先に行ったと思い、開けっ放しだったクローゼットを閉めて、メイドも急いで外へ向かった。 全員が揃ったと思った一行はそのまま領地を後にした。 クローゼットの中に幼い子供が一人、取り残されている事を知らないまま

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

処理中です...