世紀末新鋭霊滅隊 ― 巨大女郎蜘蛛アリアドネ掃討戦 ―

SilentNoise

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第一章 人類の後退

クシェルの過去

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 タグラス=クシェルの子供時代を知る者は、口を揃えてこう言った。
 「おとなしい子だった」と。
 それは褒め言葉ではない。彼は常に怯えていた。暗闇を怖れ、声を荒げられれば心臓が縮み、兄ラバロの背中に隠れるのが常だった。

 兄は強かった。少年の頃から背筋がまっすぐで、群れの先頭に立ち、仲間を引き連れていた。誰もが彼を頼り、彼はそれを当然のように受け入れていた。
 一方、タグラスはいつも後方にいた。走れば転び、剣を握れば手が震えた。兄は笑って肩を叩いたが、弟はその度に胃が軋むような痛みを覚えた。

 ――その臆病さは、隕石が落下しても変わらなかった。

 胞子が広がり、街を繭に変えた時。ラバロは先頭に立って人々を避難させた。
 タグラスは銃を握っていたが、引き金を引けなかった。
 照準器越しに見えたのは、異形ではなかった。亡き祖母の顔だった。黒い影は人間の記憶を食らい、幻として突きつけてきた。

 「撃て!」
 兄の声が飛んだ。
 だがタグラスは撃てなかった。喉が痙攣し、胃が捻じれ、目を逸らした。
 その隙に、避難民の一人が影に呑まれた。

 その夜、彼は決めた。
 自分は臆病だ。兄のようにはなれない。
 ならば、恐怖を隠す顔を作るしかない。

 彼はポーカーフェイスを学んだ。
 眉を動かさず、口角をわずかに下げると平静に見える。
 震える手を袖で隠し、胃痛の吐き気を奥歯で押し殺す。
 その顔を続けていれば、人は「冷静だ」と思い込む。
 それが彼の唯一の武器だった。

 そして彼は遠距離支援を極める道を選んだ。
 近接戦闘は、恐怖が顔を突き合わせる距離だ。
 だからこそ、彼は遠距離を選び、偏向投射や狙撃の技術を極めた。
 引き金を引く一瞬だけ、幻影の顔を「記号」として扱える。恐怖を数値に置き換えることができる。
 それは彼にとって、唯一の救いだった。

 やがて霊葬が誕生した時、ラバロは真っ先に志願した。
 弟は迷った。精神を蝕まれる兵器を、自分が扱えるのか――臆病者の自分が?
 だが、兄の後ろに隠れることはもう許されなかった。
 彼は自らを「臆病な兵士」と認めた上で、霊滅隊に志願した。

 恐怖を隠す顔を被り続けるために。
 そしていつか、臆病者であっても「誰かを守れる」と証明するために。
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