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9-3.
えぇ……?
なんだかゾッとしてしまった。
「それより、ひどい有様ですね」
そう言うと、ばさり、と翼を広げて、邸のはずれにある湖のところまでフィンリーを運ぶ。飛んでいる間、落ちるのが怖くて必死でレストの首に腕をまわしてしがみついていたら、苦しいと文句を言われた。
湖は澄んで綺麗な水をたたえていた。そこへ、フィンリーを抱えたままばしゃり、と入る。一度頭まで水中へ潜り、少しして顔だけ水面に出す。
おかげでべっとり頭から被ってついていた血がある程度流れた。
水面から顔を上げた状態だと、レストの顔が近い。今更なんだか恥ずかしくなって、レストの胸を押す。
「じ、自分で泳げる……」
だから、離して、と言外に伝えるけれど、フィンリーを抱えたたくましい腕は解放してくれないし、びくともしない。何も言わぬままじっとフィンリーの瞳を見つめながら、頬にこびりついた血の跡を、そっとレストの指先が拭う。
髪についた血や、腕、肩についている固まった血も、丁寧に落としていく。その触れ方があまりにも繊細で大切なものに触れているようで、なんだか泣きそうになる。
「……先生……」
呼びかけに、手を止めることなく目線だけで答えてくる。
「先生は……その……本当の名前はレストヴィータ……というの?」
「あぁ、そう呼ばれていたこともありましたね」
何の感情も乗らない声。ぱしゃり、と指先まで洗われる。まるで、全てを清めるみたいに。
「先生の……本当の髪と瞳は黒い……?」
黒いというよりは、虚無の闇のような昏さだったけれど。洗う手が足に移ったところで、ふ、と微かにレストが笑う。
「随分、饒舌ですね」
まるで、宝物を扱うみたいに触れられて、恥ずかしいのだ、と。言えればいいのに。
「私に触ってほしかったんでしょう?」
「……!聞こえて……!」
かぁ、と顔を真っ赤にして、フィンリーはばしゃり、とレストに水をかけた。
「離せ……っ!」
腕の中で暴れ始めるフィンリーを、それでも離すことはせずに、レストは笑う。
「嫌です」
「馬鹿……!先生なんて……嫌いだ!」
ばちゃばちゃと二人でじゃれあうように湖面を揺らす。
「本当に?」
「………っ」
なんて意地悪な質問をするんだろう、と思って。フィンリーは頬を膨らませると抵抗を止める。大人しくなったフィンリーに機嫌良さそうに、洗うのを再開しながら鼻歌を歌いだすレストが憎たらしい。
「僕は王になりたい」
ぽつり、と零した呟きは、湖面に吸い込まれる。
「えぇ、なれますよ」
聞き流すような返答に、むっとする。
お前の意地など、歯牙にもかけないという風に。それが悔しくて、苦しくて。
「僕は王に……ならなくちゃいけないんだ……」
強い、王に。
強く握った拳に、そっとレストの大きな手が重なる。目を合わせると、ゆっくりと顔が近づき、レストの唇がフィンリーの目元に触れて、知らず零れていた涙を吸われる。
湖面に太陽光がキラキラと反射してその光が深い緑色の奥を照らすと、揺らめく赤紫が揺蕩っている。
きっと、フィンリー本人は気づいていない。
羽化の時期は、もうすぐそこだ。
「フィンリー様。帰りましょう。貴方の美しい王国へ」
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