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10-2.
「……え?」
ここはどこだ?と辺りを見渡す。見覚えはない。少し肌寒い風が吹いていて、身体をぶるりと震わせる。
おそらくあの魔法陣が転移魔法を発動させたのだろう。原理はよくわからないが……。戻れるだろうか、と考えていた時。
どぉおおんっ
地響きがなり、フィンリーから少し離れたけれど視認できる位置の岩山が崩れて落ちた。
「!?」
けれど驚いたのはその事ではなかった。崩れ落ちてきた岩山と共にレストも落ちてきたのだ。さらにその岩山の向こうから巨大な魔獣が姿を現した。
見たこともない大きさだ。おそらく山一つ分はある。それでもレストが苦戦するような相手ではないはずだと直感的にわかったのに、落ちてきたその影はどこか様子が変だった。
「レスト先生……っ」
堪らず駆け寄っていく。近づくほどに、彼が重傷を負っていることがわかる。血だまりの中に片膝をついて、巨大な魔獣とにらみ合っていた。
そこで、違和感に気づく。強い魔力を使う時、レストはいつも羽と角を出していた。けれど今はそのどちらもない。
血だまりが、どんどん広がっていく。
「レスト先生!」
思わず抱き着くと、レストが驚いたように目を見開く。
「フィンリー様!?何故ここに……」
言いかけて、魔獣の口が開き、黒炎が放たれようとしていることに咄嗟にフィンリーを抱えてレストは大きく飛んだ。
ごう、と黒炎が先ほどいた場所を燃やす。
「あなたここで何しているんですか!?」
「それはこっちのセリフなんだけど……!!」
それよりも怪我を見せて、というフィンリーに、レストは片手で顔を覆った。
「私の傷は放っておいてかまいません」
腹部からぼたぼたと血が落ちているのに、止血すらしていない。髪も目も、黒くなっていない。
明らかに魔力を制限された状態だ。
こんなので、魔獣に勝てるわけがない。
「どうして!?百年に一度の魔獣討伐は国王と大精霊の役目のはずなのに……!」
何故、レストが戦っているのかわからずに、叫ぶ。レストは不本意そうな顔で、柳眉を寄せると。
「三百年前からは私が肩代わりをしているんですよ」
「え……!?どうして……?」
知らされていなかった真実に、驚愕する。レストは観念したようにため息をつくと、姿隠しを使い、つかの間魔獣の視界を騙すように細工をした。
「……私が望んだからです。宝石姫を」
「……!!」
「まぁただの気まぐれですよ。至宝の宝と呼ばれるものを手にいれたくなった。……けど、元来私は人の物には食指が動かない質でして」
ものすごく我儘なことを普通の顔をして言うものだから、一瞬フィンリーの常識がおかしいのかと錯覚してしまいそうになる。
「かといって、代々一人しか生まれない宝石姫を伴侶が見つかって次代を生む前に奪ってしまうと、この国、滅びちゃうでしょう」
確かに、宝石の王族がいなくなれば大精霊も力を貸さなくなり、この国はおそらく滅びるだろう。
「以前、魔族は数が少ないという話をしましたね」
この間のタッタリアを見ていたらわかるでしょうが、基本的に同族に殺されることを喜ぶおかしな種族なのだ、と。
「まぁ、魔族がそれで自滅しようが私には関係ないと思ってはいたんですが。子孫を残すには他種族の血を入れていく必要性があるとかで。魔族を恐れず受け入れやすいこの王国は非常にありがたい存在でもあったわけです」
そこで言葉を切って、レストは少し遠い目をした。
「で、大精霊のじじぃに、宝石姫が二人生まれたら一人寄越せ、それまで百年に一度の魔獣討伐は俺がやってやる、と……」
「……約束……した……?」
最後の言葉を受け取って呟くと、レストはふぅ、と息を吐き出し、血を止めた。
「約束なんて可愛いものじゃありませんよ。縛りのようなものです」
淡々とした口調ではあるけれど、どこか諦めたような色を含んでいる。本当は、自分に知られたくなかったのだろうか。
「縛りは強ければ強いほど強制力があります。まぁ二人生まれた瞬間に奪い取ってもよかったのですが、大精霊とのやり合いとなると違う意味でこの王国が滅びますからね」
それはつまり、レストも大精霊も国一つ滅ぼせるほどの力を持っているということだ。
「でもそれだけの縛りでは弱い、と追加されたものがあります。それは宝石姫が生まれたら、本人の意思で私の元へ来ると言わせること。もう一つは、国境を越えて魔力を使役しないこと」
……国境を……超えて……?
思い出されるのは、先日の誘拐事件。あの現場は、国境を越えていたはずだ。ざ、と血の気が引いたフィンリーに、だから言いたくなかったんです、と小さく呟く。
「……でも!あれは先生のせいでは……!」
「縛りを破ってしまいましたからね……。約束は反故になるはずでした。だけど、私がそれを容認できなかった」
フィンリーの言葉を遮るように、レストが続ける。
「本来ならもう一度、一からやればいいだけだったんですけど。再び二人の宝石姫が生まれるまで……」
時間だけは無駄にありますからねぇ、なんて笑ってみせて。レストは指の背でするりとフィンリーの頬を撫でた。
「でも、それじゃぁ駄目なんです。私は、目の前にいる貴方が欲しいから」
「……っ!」
驚きで固まるフィンリーを優しく見つめて、レストは口を開く。
「だから急遽縛りを増やしたわけです。魔力を制限した状態で、魔獣を討伐する、とね」
だから今、翼も角も牙もなければ、髪と目の色も変わっていないのだ。おそらくこの状態のレストは本来の力の十分の一も発揮できないのだろう。
「どう……して……っ」
そこまでするのだ、と、声なき声を受け取って、レストはにっこり微笑む。
「教えたでしょう?魔族は執着心が強いと」
「……っ」
思わずレストの首に腕を巻きつけて、抱きしめる。そのまま少しじっとしていると、じわじわと自分の体温がレストに移っていくような気がした。
「先生……魔獣には勝てそう……?」
「まぁ、五分五分でしょうね」
こくり、と喉を鳴らす。
「ぼ……くの魔力は、縛りには含まれない?」
「……おそらく?」
少しだけ考えるように視線を動かした後、そう答えたレストの唇に、自分のそれを重ねる。多分、フィンリーからしたキスはこれが初めてだ。
拙いながら、舌を入れ込んでくるのが、くすぐったくて、レストは笑ってしまう。そんなのでは魔力など移らないとばかりに、ぐぃ、と頭を抑えられ、レストの長い舌が逆に入り込んでくる。
長い舌は器用にフィンリーの上顎を擽り、舌を絡めて吸い上げる。飲み込み切れない唾液がつぅ、と顎を伝って。
口づけだけで、お腹が熱くなる。
レストの手が、フィンリーのお腹に添えられて、ぐ、と力を入れて圧迫されると、全身に広がり始めた熱量が、深く合わさった唇から流れ出ていく。
「ん……ふ…っ」
魔力を食われ、心地いい脱力感でその場に座り込んだフィンリーの頭を、レストがぽんぽんと撫でると。
「美味しかったですよ」
味の感想を残して、姿隠しの範囲からするりと抜け出た。血を大量に失って青白かった顔に、血色が戻っていた。
ほっとして、フィンリーは再び魔獣と戦うレストの姿を見つめた。
多分きっと、これが最後の口づけだ
僕はおそらく男性体になる
そうしたら、レストとは共にいられない……
男性体になることへの強い渇望は、まだフィンリーの中に確かにある。それでも、レストを見ると彼に引き出される熱が身体の中を暴れるのだ。
それは――祈りに似ている
「レスト……ヴィータ……」
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