拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう

花虎

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5.聖騎士の本音

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「レプス―――ッ」
 
 突然耳元で響いた叫びに、リナリアは意識が一気に過去から現在へと戻される。先ほどまで自分の傍にいなかったフィグルドが、そこにいた。

 表情を変えない彼にしては珍しく、明らかに怒りを滲ませた表情で、虚空を睨みつけている。
 
『そんなに叫ばなくても、聞こえるわよぉ』
 
対して女神レプスはのほほんとした軽い口調で、二人の目の前に手のひらサイズの黒うさぎとなって現れた。

 その姿は、リナリアが日本にいた頃好きだったキャラクターの黒うさぎの姿だ。だけど、それがただの黒うさぎではなく、レプスであることが本能的に理解できる。
 
『どう?可愛いでしょ?過去の記憶の中では元の姿は保てないから、リナリアの記憶から貸してもらったの。ね、ティガー』

レプスは黒うさぎ姿が気に入っているのか、お尻をふりふり振って短い尻尾を揺らしている。その隣に、ぽん、と軽い効果音を出しながら、手に光線銃を持った手のひらサイズの虎のキャラクターが現れる。「とらうさぎんが」というキャラクターが揃って並ぶ。
 
『神の……威厳が……』
 
気に入っているレプスとは相反して、可愛らしい虎になってしまったティガーはショックを受けているようだ。

 見た目が違うだけで、あれだけ恐ろしく感じていたティガーが可愛く見える視覚の不思議を感じる。
 
「レプス、どういうことだ」
 
そして、そんな軽いノリの神たちとは違い、フィグルドの声は剣呑な音を孕んでいる。黒うさぎは耳についた黄色いリボンをちょいちょいと触りながら答えた。

『貴方の記憶を媒介にするって言ったでしょ?手記だけでは補完しきれない記憶を辿るのだから、仕方ないじゃない』
 
そんなに怒らなくたって、とレプスは不満そうだ。ティガーが補足として続ける。
 
『手記はあくまで手記であり、記憶ではなく記録であるがために、聖女が書き留めたことしか読み解けない。そのため、事実の補完としてお前の記憶も媒介にしている』
「……だが……」
 
なおも反論しようとするフィグルドを、小さな虎が睨みつける。
 
『安心しろ、お主の頭の中身全てがつまびらかになるわけではない。ただ、過去の奔流においてお主が強く感情を揺さぶられた事柄に対しては、聖女にも聞こえるようになる』
「……っ」
 
フィグルドが言葉を詰まらせる。

 それは、そうだろう。いくら過去のこととはいえ、自分の頭を覗かれるも同然だ。まさか、こんな弊害があろうとはリナリアも思っていなかった。

 リナリアはちょいちょい、とフィグルドの服の裾をひっぱった。怒りに意識を持っていかれていた彼が、はっとして慌ててこちらを見る。

 そのタイガーアイに動揺の光を見てとって、リナリアは申し訳なさそうに眉を下げた。
 
「その……試練……やめますか?」

 先ほどまでの硬い意思を失くしたわけではないが、リナリアとしても他人の頭の中を覗く申し訳なさがある。

 フィグルドは、リナリアを見つめたまま、わずかに頬に朱が差した。そのまま目線がうろつく。
 
 ……え?何……?もしかして……これ……
 
フィグルドは手を口元にあてて覆うと、眉間に深い皺を刻んだ。
 
 これ、もしかしなくても……照れてる……?
 
「……いや……。いや、試練は続けよう……」
 
絞り出すような苦渋の声に、リナリアは心臓がぎゅっと掴まれる。

 今まで騎士として凛とした姿しか見せなかったフィグルドが、目の前で過去の自分の心をリナリアに知られて、照れている。

 羞恥に動揺し、リナリアの目を真っすぐに見られない姿に、言い知れぬ高揚感を感じる。釣られるように、リナリアも頬が熱くなった。
 
 うぅ……ここにきて可愛いなんて反則じゃない……
 
『うふふ。話はまとまったみたいね。あと、あまり何度も私たちを呼び出さないでね。過去の世界の均衡が崩れる可能性があるわ』
 
黒うさぎが可愛らしく小首を傾げて説明する。了承した、と二人が頷くと、レプスが説明を続けた。
 
『より記憶を思い出しやすくするために、この後は過去と今のリナリアをシンクロさせるわ。過去の行動を変えることはできないけど、同じ視点で追体験する形ね。視点を今のように全体俯瞰へ変更したいときは、そのことを強く願えば問題ないわよ』

その後に、ティガーがフィグルドに光線銃を向けて言い放つ。

『お主はここで待機だ』
 
あくまで記憶の試練を追体験するのはリナリアだ。フィグルドは媒介としての役割にすぎない。それでも、同じ過去を見るということは、自分の知らなかったリナリアの行動を彼も知ることになる。
 
 記憶がないから恥ずかしいという感情はわかないけど、考えたらこれも、自分の頭の中がフィグルドに見られるのとあまり大差ないかもしれないのか……

そんなことをちらりと思いながら、フィグルドを横目で見る。残念なことに、もう表情はいつもの感情を読ませないものに戻っていた。
 
 ……さっきみたいな顔、もっと見せてくれればいいのに
 
なんて思いながらリナリアも視線を目の前の、小さな虎と黒うさぎに戻した。長い耳をふるりと揺らし、レプスが宣言する。
 
『では、始めるわよ――――』




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