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28.運命の選択
しおりを挟む過去の記憶の映像は消え、ただ真っ白な空間に二人抱き合って佇む。足元に落ちた手記は最後のページが開いていた。
記憶の試練を受けたことは、本当に正解だったのか。自分の我儘で、リナリアに忘れられたくないから、と彼女を巻き込んだ。
それはなんて独善的で、彼女の本当の気持ちを顧みない独りよがりな思いだろうか。
愛していた
この身と引き換えてでも守りたいほど
彼女の強さも、弱さも、全て
だけど、自分には見せない彼女が一人背負う自己犠牲を知らず、のうのうと両想いだと浮かれ、全ての苦悩を背負わせた。
この小さく細い肩に。
「……」
自分の愚かさに絶望すると同時に
彼女自身を
以前よりも深く、狂おしいほど、愛おしいと感じた
胸の中で涙を流すリナリアの頬に手を添えて、そっと涙を拭ってやる。リナリアは、恥ずかしそうに目を伏せる。その手は、自分の服の裾を掴んで離さない。
記憶がなくとも、君自身は何一つ変わらないというのに
『さて、最後の選択よ』
ぽん、とその場にそぐわぬ軽い効果音と共に、黒うさぎと虎の手乗りサイズキャラクターが現れた。フィグルドが鋭い眼で黒うさぎを睨みつけると、黒うさぎは両耳をぴんとたてて、虎の後ろに隠れた。
『やだ~。ティガーの子、こわぁい』
レプスが抗議するように唇を尖らせると、虎の姿をしたティガーが一歩前に出た。
『フィグルド・ティガー・ヴァリアント。この事態を招いた根本の原因をわかっているのか』
可愛らしい見た目からは想像つかないほど、重厚で厳しい唸り声と共に突きつけられた言葉。まるで空気がびりびりと震えるような叱責に、フィグルドはぐ、と一度瞼をきつく閉じると、リナリアから離れ、その場に片膝をおり、頭を垂れた。
「己が慢心ゆえと……」
そう、本当はわかっている。この悲劇の事態を招いたのは、紛れもなくフィグルドの慢心がゆえだ。それなのに、レプスに怒りをぶつけるのは、お門違いでしかない。
リナリアと共に記憶を辿るうちに気づいた、自分の救いがたい落ち度。初めてリナリアを抱いた夜、彼女が何故そういった行動を起こしたのか、フィグルドは聖騎士団長として、その意図を確認すべきだった。
さらに、リナリアに明確な言葉と態度で、求愛と求婚を旅の中で伝える機会はいくらでもあった。なのに、旅が終わるまでは聖騎士と聖女の関係性が優先されるべきと、自制し、彼女との結婚を最悪のタイミングで告げてしまった。旅の中で求婚した上で、適切な距離感を保つ関係だってきっと可能だったはずだ。
それらは全て、フィグルドが、リナリアと自分は両想いで、言葉にせずとも通じ合っているという思い込みと傲慢な油断が生んだ悲劇だ。
本来であれば、真実を掲げる神の加護を受けしフィグルドが、決して間違えてはならぬ真実の道筋だった。
しん……とその場に静寂が落ちる。レプスはぴょこ、と長い耳を動かすと、ティガーの背後から出てきて、ふわりとその姿を黒うさぎの可愛らしいものから、神たる美しき女性体へと変化する。
頭を下げたまま動かないフィグルドと、言葉もなく呆然と立ち尽くすリナリアを交互に見ると、レプスはゆったりと口を開いた。
『聖女リナリア、貴方にこれから二つの選択肢をあげる』
「……選択肢……?」
リナリアがぱちり、と瞬きをして、顔をあげる。言われた言葉を鸚鵡返しにすると、レプスは目を細めた。掌サイズのティガーが女神の肩の上にちょこんと乗る。
『そうよ。ここまで辛い記憶の試練を、貴方たちは互いに支え合いながら乗り越えたわ。途中で精神が崩壊してもおかしくなかったもの。……だから私とティガーから、気まぐれの贈り物』
何かを企んでいるのか、それともこの物語自体が彼らの手の上なのか。リナリアはわからなくて、拳をぎゅっと握った。
レプスは沈黙を肯定と受け取って、言葉を紡ぐ。
『一つ目の選択肢は、聖女として過ごした時間と関わった聖騎士達の記憶の全てを消し、リナリアは望み通り、何にも縛られることなく第二の人生を歩むこと』
長く細い指が、一本たてられた。
『もう一つは、たった一度だけ過去へ遡り「無の力」を全て無かったことにすること』
二本目が立てられた時、女神がかすかに、微笑んだように見えた。
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