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しーたん

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第六話 -医神-

03

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 嵯峨も命に別状はないものの、いまだに意識不明だと聞かされた。
 正直、嵯峨とまた同僚に戻れる自信があまりない。

「なぁ、東寺」
 人がいなくなって落ち着いたタイミングで、帰ろうとしていた東寺を呼び止めてケイは言った。

「怪我が治ったら…さ。またバンドでもしないか?」

 あまりに唐突な申し出に一瞬目を丸くした後、驚いてしまったことに後悔しながら彼は言った。
「…ケイの腕が折れてなくて良かったよ」




 病室に誰もいなくなってすぐに眠ったため、まだかなり早い時間に寝てしまったのだろう。ケイが冥界の診療所で目覚めると、いつもいるはずのアスクレピオスはいなかった。

 つまりそれは、今ナナミが家で起きているという…ことになるのだろうか。
 …あまり信じたくはなかったが。

「早いな。もう戻ってきたのか?」
 代わりにいたのはアウトリュコスだった。
 アスクレピオスと違って彼の持つ雰囲気は気さくで、どこか物理世界の人間にも通じるところがある。

「俺、物理世界の方では大怪我して入院中なんだよ。寝る時間が増えるだろうから、しばらくはこっちに入りびたりになりそうだ」
「大怪我…?」
 急に真面目な顔になったアウトリュコスに慌ててケイは言った。

「怪我って言っても死ぬような怪我じゃないから大丈夫だって。つか、リュコスは物理世界の転生者じゃないんだな。こんな時間にこっちにいるなんて」

 どんなに早くても夜七時に寝ている人間なんてそうそういないだろうと思ってとっさに言ってしまった言葉だったが。
 アウトリュコスはしばらくケイを眺めて絶句した後、長く長く息をつきながら顔の半分を片手で覆ってつぶやいた。

「……レピオスの苦労がわかった気がするぜ」
「なんだよ」
「いやお前、物理世界の俺の人格がまだ赤ん坊だったら何時にここにいたっておかしくねぇだろ……」
「…………あ」

「ま、違うけどな。…俺の物理世界の人格は日本と時差が違う国に住んでるからってだけだよ。こっちはもうじき朝だ」
 つくづく自分の想像力のなさを思い知りながらケイは恥のかき捨てついでにと、今までアスクレピオスには聞けなかったことを聞いてみることにした。

「…お前らってさ、人間として物理世界に転生するとき、どうやって自分の人生とか決めてんの? 前にアスクレピオスが教えてくれたのは普通の人間は修行として輪廻転生してるからそれぞれの抱えてる課題に合わせて次の人生の設定を決めてるって聞いたけど、お前らの場合は神だからその辺自由だよな?」

 短い銀髪に手を入れて軽く頭をかきながら、アウトリュコスは少し優しい口調で言った。

「…ま、記憶喪失は大変だわな。魂の方が記憶喪失ならまだしも、霊体側がってんじゃどうしようもねぇ…。なぁケイ。霊体が神だった自分の物理世界の人格がブラック企業で苦労して働いてたってのはお前にとってそんなに不思議か?」

 何を訊きたかったのか読まれている。このアウトリュコスという男、頭の回転はかなり速い。

「まぁ…な。だって、自分が神様で次の人生の設定は自由に決めていいって言われたら、俺なら今の自分なんか選んでないと思う。ギター以外に何の取り柄もなくて見た目も中身も地味で朝から晩まで社畜で…。もっとこう、起業して成功して大企業の社長とか大物芸能人で毎日テレビの中にいるとかプロスポーツ選手とかハリウッド俳優とか超天才とか、神様ならそんな設定だってできるだろ?」

「…まぁ、できるけどな。やりたいか? それ。というか、お前は俺たちが一体何しに物理世界に転生してると思ってるんだ」
「え…?」
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