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3.ごめんあそばせ、実はわたくし割と根にもつ方でしてよ。

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「お嬢様、ロイド皇子がいらっしゃられました。」

本日はロイド皇子の訪問日。昨年の冬に婚約契約を結んで以来、数か月に一度皇子はポルーニン家に足を運んでいるのだ。大理石の床はいつも以上に念入りに磨き上げられ、庭園も完璧なコンディションに整えられている。エカテリーナも一等上質なドレスを身に着けて、応接間へ向かった。

「やぁ、エカテリーナ嬢。相変わらずこちらのお屋敷は素晴らしいですね。」

にこり、と人の良さそうな微笑みを浮かべてロイドは社交辞令を述べた。王国次期国王となる第一皇子、ロイド・ウェザービー。栗色のくせ毛と優しく垂れた灰色の瞳は甘いルックスを演出しているが、その実そんな優男ではないことをエカテリーナは身をもって知っている。生まれながらにして王となる運命を背負っているこの男は、その勤勉さと器用さを駆使して着々と王権の基盤を作っているのだ。

この男に注意しなければなりませんわよ、エカテリーナ!

エカテリーナは自分を鼓舞すると、そっとドレスの裾を持ち上げ優雅にカーテシーをしてみせる。
「ご機嫌麗しゅう、ロイド皇子。とっととくたばりやがれ、ですわ。」
「…え?」

はっ、と気が付いた時には既に遅し。まるで天気の話をするかのようにサラリと口から出てきたのは紛れもない罵倒の言葉だった。それはとても自然で、まさに無意識での行動。“失言する”という言葉のまさにお手本のような流れだった。

「…あの、エカテリーナ嬢。」
「…あ、はい。」
「その、僕は何か貴女に失礼なことをしてしまっただろうか?」

失礼なこと…そうですわね、他所の女にうつつを抜かして婚約を破棄したり、ポルーニン家取り潰しを傍観したりしたことかしら。もちろん前世での話ですけれどね!

なんてことはもちろん言えないので、エカテリーナは冷や汗をかきながら必死に取り繕う。

「いえ、今のはつい本音を言ってしまったというか…」
「本音⁉」
「皇子の事じゃないんですよ、おほほ。ええ誓って。ある最低男のことなんです。年の離れた従妹のお姉さんが初恋なもんで、彼女と同じ天然フェアリー系女子にめっぽう弱い初恋こじらせ野郎のこと。」
「それ、遠回しに僕のことディスってますよね⁉」
「あ、自覚はあったんですね。…はっ、私ったらまたつい本当のことを…‼」
「エカテリーナ嬢…」

心なしか皇子が涙目になっているような気がするが、このまま誤魔化せそうだ、と判断したエカテリーナは話題をずらすことにした。

「そんなことより、プディングはお好きでして?最近うちのシェフが新しいメニューを開発したのですよ?ご一緒にいかがかしら。」
「あ、ああ…」


そんなこんなで皇子にやたらめったら茶菓子を薦めること2時間。皇子が菓子について感想を述べている間、途中エカテリーナは今回の失言事件が自分たちの婚約にどう影響するかを考えていた。
(まぁどうせ、ロイド様と婚約していても最終的には振られる訳ですし、結果オーライかもしれませんわ。前回はポルーニン家の報復を恐れて我が家の取り潰しにかかったようですし、今回はこちらの失態、もしかしたら平和に解消できるかもしれません!ばんざーい‼)

「おっと、もうこんな時間か。それでは僕はお暇させて頂くよ。」
「ロイド皇子とお会いできて、とても楽しかったですわ。どうかまたいらしてくださいませ。」

いくら根に持っている相手と言えども、客人を見送らないなど淑女失格。重い腰を持ち上げ、エカテリーナはロイドを見送ろうとした。このまま客間を出て、廊下で待機している従者と合流するのかと思われたその時、ロイドはピタリと歩みを止め、真剣な面持ちでエカテリーナを捕らえた。

「…そのことなんですが、エカテリーナ嬢。」
「…」

(こ、こ、婚約破棄、キタ、コレー‼)

エカテリーナの胸は歓喜でいっぱいになった。

(正直未来の王妃とかめんどくさいし、良家の次男あたりと結婚してのらりくらり上手くやっていきたいのよね。)

はやる鼓動を抑えきれずにエカテリーナは口を開いた。

「…どうかいたしまして?」
「そのずっと考えていたんです、先ほどの事。貴女は僕は何もしていないと言っていたけれど、どうもそうは思えない。貴女との婚約が決まってから僕はどうやら浮ついていたのかもしれません。将来の夫になるんです、もっと貴女に相応しい振る舞いをするべきでした。」


不出来な僕をお許しください、エカテリーナ嬢。
また来月こちらに伺います。

そういってエカテリーナの右手に優しく口づけを落とすと、ロイドはそっと部屋を去っていったのだった。豪華な応接間には呆気にとられたエカテリーナただ一人がポツンと立っていた。

「…あの、婚約破棄は?」

呟かれた疑問は誰に答えられることもなく、空気の中に溶けていった。


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