白い桜の話

鈴森

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桜の下には死体が埋まっているらしい。

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 桜の下には死体が埋まっているらしい。むかしそんなことを書いた作家がいた。だから薄赤く妙に幻想的で人を惹きつけるのだと。
 なればこの、妙に生っ白い、有機的な艶を帯びているのに赤みだとか黄みだとかいっそ蒼ですらない只のよくわからない白い桜はいったい何なのか。

 かれこれ1時間ほどこの寒空の中白い花弁を天井代わりに見上げているが、そんな益体もないことを考える程度には暇であった。益体もないが、事実この単に白いとも言い切れない気持ち悪さすら感じる桜以外考えることもないし、考えずに済むほどこの桜は不通の植物であるという顔をしていない。
 とはいえ鍵を研究室に忘れてきた以上家に入れるわけもなく、そんな日に限って管理人は旅行中である。暇だ。こういう時は己の交友関係が恨めしくすらある。真夜中に押しかけてドアをがんがんと、そら麻雀でもやるぞなり酒盛りするぞなりやれる友でもいればよかったのだが。まぁ望むべくもない。
 何故なら現在に受肉した人間と友となるより紙の上に墨走らせた過去の人間の所業に興味を割いてきたので。

 とはいえ思索に耽りただ時間を浪費すれどもまだ夜が明けるまでには時計が半周する必要があるし、どこかしらで諦めをつけて眠らなければならないわけだが。さすがにこの違和感を無視して桜の幹に背を預け無防備に眠る、というのは遠慮したい程度には、気持ち悪い。何だこの桜。

 いっそ本当に死体でも埋まっていたら警察に駆け込めるものをと恨めしく視線を落とす。まっ平らな地面だ。違和感のかけらもない。仕方ないので視線を上げる。

 目が合った。

「は、」
 疑問符を浮かべる余暇すらもなく。
 そこにはただ、薄赤い桜が揺れていた。
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