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第1章 俺が乙ゲー転生ってマジですか?
03話 おねだり
しおりを挟むそしてそれから1年近く経った頃、俺はとうとう介護生活から脱却した!
本当はもっと早く歩くことは可能であった。
しかし、生後1、2ヶ月の赤ん坊が自由に歩きだしたら、流石に気味が悪すぎるだろう。
今世では前世と同じ轍を踏まない為に、能力を少しセーブする方向へと俺は考えをシフトしたのだった。
これでトイレも自分で行ける!
食事も離乳食になった!
……それでも相当早いが、俺にだってプライドというものがある。
背に腹は代えられないし、これならギリギリあの天然な母親も誤魔かせるだろう。
また、魔法についても独学で上達した。
簡単な回復魔法や生活魔法くらいなら、見よう見真似で使えるようになった。
そして、歩けるようになって気付いた事だが、俺の瞳には魔法陣らしきものが浮かんでいた。
鏡で見た時“邪眼”の文字が俺の頭を過った……ますます中二病くさい仕様だ。
俺は鏡に映る自分の瞳に指をそわせた。
鏡の中の赤と金のオッドアイ幼児と、途端に視線が絡む。
鏡の中の幼児はひどく不満そうな顔をしていた。
そうしているうちにガチャっと、ドアが開く音がした。
母親が仕事から帰ってきたようだ。
「リュー君ただいま~。いい子にしてたぁ?」
柔らかい笑顔を浮かべた母親が、俺を抱き上げて言った。
「はぃ、かーしゃま!」
その声に、俺はわざと幼児言葉で答える。
少しでも、それらしくなるよう。
若干手遅れな気もするが、母親は特に訝しげな視線を向けられた事は今まで1度もない。
「ふふっ、本当にリュー君はいい子ねぇ。ヨキナさん、今日も面倒を見てもらってありがとうございます」
俺を抱き上げて、部屋で家事をしていた近所の婆さんに頭を下げる。
名前はヨキナと言って、母親が日中仕事に出ている間はこの婆さんが俺の面倒をみていた。
と言っても、俺は中身はいい大人なので、特に世話の必要はないのだけれど。
「いいのよ、私も年をとって何もすることがないから。それにリュートちゃんは可愛いしねぇ。それじゃあ、私は家に帰るね」
「はい、本当に何時もありがとうございます。また明日もお願いします」
そして、ヨキナ婆さんもまた天然なのか、またはボケているのか。
俺がこそこそ魔法の練習に励んでも気付くことはない。
そのお陰で、俺は毎日自由に過ごす事が出来た。
「リュートちゃんまた明日ね」
「おばあちゃん、ばぃばい」
ヨキナ婆さんが俺に手を振ったので、俺も振り返す。
俺は今世では前世では考えられない程、平穏で温かい家庭で暮らしている。
経済状況は別にしても、恵まれているといって差し支えないだろう。
……きっとこの人達はいい人なのだろうとは思う。
──あいつらとは違う。
俺を化け物扱いしないし、利用したりもしないだろう。
だからこそ、近頃善良な彼等を欺いていることに罪悪感を感じるようになった。
こんな風に思う日が来るとは、思ってもみなかった。
「今日はお店のネルアさんがお土産くれたからねぇ、豪華な夜ご飯だよ。手をキレイキレイしようねぇ」
「はあぃ!」
でもだからと言って、本当の事は言えない。
俺は他人を信頼出来ないし、俺には同じだけの思いを返せない。
ズキリ、と心臓が痛んだ気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「おかーしゃま、ききたいことがありましゅ!」
「んー?なぁに?」
「どーして、ぼくのめわぴかぴかしてるの?」
その晩、俺は布団の中で母親に質問をした。
ずっと気になっていたことだ。
この魔法陣は俺にしかない。
母親やヨキナ婆さんにはない。
こっそりと窓から覗きみた通行人にも、それらしきものはなかった。
俺と似たような奴が他にも沢山いるのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
この眼には、どういった意味があるのだろうか?
「んーとね、リュー君の眼は魔眼っていってねぇ固有魔法を使うことが出来るんだよ」
「わぁ、しゅごぃ!!」
俺は母親からの答えに、大袈裟に喜んで見せた。
幼い喋りも、数ヵ月も続ければ板についてくる。
魔眼とか、言葉だけ聞くとまたアレな設定みたいだな。
ここが日本じゃなくて良かった。
完全にイタイ人扱いされるよ。
でも固有魔法か……面白い。
持てる手札が多いことは、良いことだ。
少し複雑な思いを抱きつつも、俺の魔眼への感情は興味の方が勝っていた。
「ぼくわどんにゃのがちゅかえるにょ?」
「まだ、分かんないだよねぇ。大きくなったら、もっと魔法陣がはっきり分かると思うんだけど。……発現なんてまだまだ先だと思うしなぁ……」
「はちゅげん? まりゃ、つかえないの?」
何だ、今は使えないのか。
残念だ。
いつ頃使えるようになるのだろうか?
「うーん、個人差があるし一概には言えないけどねぇ。そもそも魔眼持ちは今はほとんど居ないし……」
眉を下げて困ったように母親は言った。
指で数える素振りを見せたところから、相当少ない人数しか居ないようだ。
……殆んどいないだと?
正直、そこまで稀少なものだとは思っていなかった。
全体の5%位はいるんじゃないかと思っていた。
じゃあ、持ってるってだけで目立つってことなのか。
確かに全く見かけなかったが……面倒だな、使い方を誤らないようにしないと。
誘拐される、なんて事もありそうだ。
無理矢理徴兵される可能性もあるし、バレないに越したことはないだろう。
「……ねぇ、おかーしゃま。ぼくまほーのおべんきょおしたい!」
俺は話の方向を変える為無邪気を装って、母親におねだりをした。
これは前から考えていた事だ。
見よう見まねでは限界がある。
母親は普段魔法何てあまり使わないし、ヨキナ婆さんはそもそも魔法を使っているのを見たことがない。
俺の生活範囲が狭い以上、手にはいる情報はあまりに少ない。
「え!? 魔法の? まだリュー君には早いんじゃないかな?」
流石にまだ魔法を学ぶには、幼いのだろう。
はいそうですか、とはいかなかった。
「ちゅかえなくても、きくだけでもいーの! おちゅえて!!」
俺は少し眼をうるうるさせて頼んだ。
俺の顔は整っているらしく、こうすれば大抵のおねだりは通る。
母親は俺の事を、目に入れても痛くない程溺愛している。
あざとくて汚い手だが、これが1番手っ取り早い。
本でもあれば別だが、この家には本の類いはない。
きっと高価なものなんだろう。
貧しい母子家庭に、そんな高価なものを買う金はない。
ならば、人に習うのが一番だ。
異常と捉えられる可能性はあるが、子供の魔法への憧れとなんとか解釈してくれるだろう。
聞くだけ聞いて、理解出来ないふりでもしておけばいい。
「うっ!? ……わかったわ。寝る前にちょっとずつならいいよ。でも難しいと思うから、嫌になったらいってね?」
そんな俺の打算的な思考に気付かず、母親は笑顔で了承した。
「ありがとぉっ!! おかーしゃま!」
俺は満面の笑みで母親に抱きついた。
こういう自分の打算的で汚い思考に、たまに嫌気がさす。
散々罵ってきたが、きっと俺も前世の両親達と同じ種類の人間なのだ。
母親は、純粋に俺を想ってくれているのだろう。
ちゃんと分かっている……でも俺は…………おれは……
若くして死んだが、それでも20年以上独りで生きてきた。
今更、自分を変えることは出来ない。
──そうして、自己嫌悪に染まりながらも、俺の魔法の勉強が始まったのであった。
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