27 / 159
第2章 俺と攻略対象者と、時々悪役令嬢
17話 無力
しおりを挟む俺が空間移動した屋敷で見たのは、悪役令嬢リリス・ウェルザック。
……ということは、ここは公爵家の本邸か?
意外と近い所で助かったな。
「こんなことも満足に出来ないなんてっ! 本当に使えないんだからっ!!」
リリスはなおも怒鳴り続ける。
他に誰かいるみたいだ。
俺は少し身を乗り出して、もう一人の人物を視界に入れた。
そこにいたのは傷だらけで、ボロボロのメイドだった。
……は?
「このクズがっ! 誰のお陰で生きていられると思っているの!?」
《ビシッ、バシッ!!》
リリスは傷だらけで座り込むメイドに容赦なく鞭を振るった。
俺はそれを呆然と見詰めていた。
日本という恵まれていた国で暮らしていた俺にとって、それだけ常識から乖離していたのだ。
「ふんっ! この出来損ないがっ!!」
リリスは気がすんだのか、そう吐き捨てるとその場を去った。
俺はハッとして、メイドに駆け寄った。
そして近くで見て愕然とした。
メイドは傷だらけで、肌は包帯で隠され見えないほどだった。
そしてその包帯からも、血が滲んでいる。
まだ新しい傷なのだろう。
日常的に暴力をふるわれていた証拠だ。
ひどい傷だ。
骨も折れているかもしれない。
彼女は痛みに気を失っているのか、ぐったりと横たわっている。
俺はリリスは、たかが子供だと侮っていた。
子供の悪意などたかがしれていると。
俺は漸く、兄様があそこまで妹に冷淡な態度を取ったのかが分かった気がした。
兄様はちゃんと俺より分かっていたのだ。
これは一線を越えてしまっている。
例え子供だろうと許されないことで、リリスはもう矯正不可能だと。
「“ヒール”」
俺はすぐに彼女に魔法をかける。
だが、一回では治らない。
「“ヒール”」
更に重ねがけをする。
だが、それでも治りきらない。
「“ヒール”」
漸く血は止まり、目に見える傷は癒えた。
骨も上手くくっついたようだ。
横たわっている彼女の呼吸も安らかになった。
俺は彼女の包帯をほどいた。
「っつ!!」
包帯の下は更に酷かった。
特に顔は火傷の痕で醜く腫れ上がっていた。
誰かに故意にやられたというのは明らかだった。
俺は魔法をかけようと、その傷に手を伸ばす。
「いいえ……その必要はありません」
彼女は弱々しくも、ハッキリと言った。
先程まで閉じられていた瞼が開いている。
「……何故?」
俺には治療を拒む理由が分からない。
治癒魔法を使える者は希少であるし、女性である以上顔の傷は残しておきたくないだろう。
この傷は自然回復しない。
「私はウェルザック公爵家に……いえシュトロベルン公爵家に仕えるメイドです。私が務めを果たさなければ、家族が死にます」
淡々と彼女は言う。
彼女にとって、自身の顔などどうでもいい事なのだ。
「っそんなの、傷を治す事に関係ないっ!」
吐き気がする。
シュトロベルンの在り方に。
暴力を否定する訳ではない、力なくして国が立ち行かないのは理解している。
けれど、この暴力には正義もなければ意味もない。
ただ己が欲望を満たす為だけの行為だ。
「リリスお嬢様は……外見や容姿に深い思い入れがございます。ですから、私の顔を治療していただくわけにはいきません」
リリス・ウェルザックは嫉妬の悪魔と契約する。
リリスはコンプレックスの塊だ。
このまま顔の傷を治しても、リリスの不況を買うばかりか家族にまで被害が及ぶと、彼女はそう言いたいのだ。
「怪我を治して頂けたことは、感謝しています。私のような者に、魔法など……勿体ないですから」
「僕から、僕から父様に言います。この様子だと他にも被害者はいる筈だ。当主である父様なら、」
彼女は全てを受け入れたように諦めているが、俺にとってそれは許容できる事でない。
「貴方様は御当主様の……? いいえ無駄ですよ。御当主様は目に余ると、日頃から出来る限りの注意をされています。ですが、私達が仕えるのはシュトロベルン公爵家であって、ウェルザック公爵家ではないのです。御当主様は口出しする権利を持ちません。……だから、いいのですよ。私達のことなど放っておいて。所詮私達は賎しき身分の者ですから」
彼女は俺に諭すように穏やかに言った。
この事に俺が責任を感じる必要はないと。
くそっ、何にも出来ないのか?
何かないのか、何か
「治療、有り難うございます。どうか私達の事はお気になさらないでください」
彼女は立ち上がり、エプロンを直すと立ち去ろうとした。
「そうだ、兄様だ! 兄様に言えばっ!」
兄様はシュトロベルンの血を引いているし、リリスの兄だ。
何とか出来るかもしれない。
「……貴方は、あの方と仲が良いのですね……、あの方にはいつも、助けられていただいています。けれどあの方にはシュトロベルン公爵家に口出しする程の力はありません」
彼女は俺の言葉を静かに否定する。
「でも、」
「これはよくあることですよ。だからそう心やまないでください。……私などよりも、あの方を見ていてあげてください。では、失礼いたします」
そう言うと今度こそ、彼女は俺の前から去っていった。
俺は希少な魔眼持ちといっても、まだ何も持っていない。
金も権力も、シュトロベルンを変えられるだけの力はない。
何も出来なかった。
俺は子供で……ただ無力だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今日もいつものように、リリスお嬢様が癇癪をおこされた。
ふるわれる暴力に理由はない。
いつもと同じく、痛みで気を失って廊下に捨て置かれた。
でも、いつもとは違った。
左右、色違いの瞳に、白銀の美しい髪。
年はリリスお嬢様より年下だろうか。
まるで聖書に出てくる天使のような少年が、倒れている私に治療魔法をかけてくれたのだ。
その容姿に違わず心優しい子であった。
捨て置けばいいのに、態々貴重な魔法を私に使ってくれるなんて。
私のような者のために、あんなに必死になるなんて……。
実際、こういったことはよくある。
特にシュトロベルン公爵領では。
主人の癇癪で、命を落とす者もいる。
そして何より、私は自分が今の状況にあるのを当然だと思っている。
だから────
「……貴方が手をとるべき方は、他にいます。どうかあの方を……救ってあげてください」
救われるべきは私なんかではない。
あの少年であれば、もしかしたらあの方をお救い出来るかもしれない。
私はかの少年と別れ、仕事に戻る。
いつもは常に痛む傷がなくなり、いつもより楽に働くことが出来た。
11
あなたにおすすめの小説
最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。
棚から現ナマ
ファンタジー
スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる