乙女ゲームに転生したようだが、俺には関係ないはずだよね?

皐月乃 彩月

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第6章 憤怒の憧憬

閑話 乙女ゲームの真実⑤

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断片(ピース):憤怒√   雨の中の後悔


どしゃ降りの雨が降る中、私はがむしゃらに走っていた。
急いでいるせいか先程から何度も転び、髪も服も泥が飛び散っている。
それでも気にも止めず、ただひたすらに足を動かした。

嫌な、……嫌な予感がする。

数日前、あの方の、アーシャ様が亡くなった事が国中に伝えられた。
悪魔に取り憑かれた、化け物として。
アーシャ様を殺したのは、アシュレイとあの胡散臭い聖女だそうだ。
2人は悪い化け物を倒した貴族の王子様と平民の心優しい聖女様として、国中で喝采されていた。

「アシュレイ……」

私は姉弟のように育った、婚約者だった少年の名を呼んだ。

この嫌な予感が、気のせいだと思いたい。
どうして、私は彼の手を離してしまったのか?
嫌われても、憎まれたとしても、その手を無理矢理にでも引いてあの女から離すべきだった。
もっと、もっとあの子の孤独に寄り添って上げればよかった。

「ジークフリード様、どうか、どうか──」

私にはもう祈る事しか出来ない。

今日、ジークフリード様が戦線より戻ってきたそうだ。
自分が居ない間起きた悲劇を、彼はどう思ったのであろうか?
ジークフリード様は、アーシャ様やアシュレイを本当に愛していた。

だから、止めて、思い止まって。

でも、時を戻す事は出来ない。
あの不器用ながらも確かに繋がっていた家族は、もう永遠に戻る事はないのだ。

「…………ぐぅっ」

また、足を絡ませて地べたに身を落とした。
急いでいるのに、何時ものように足を動かす事が出来ない。
挫いた足が痛い。

アシュレイ達はジークフリード様に呼ばれて、屋敷内の教会へ行ったスタッガルドの執事は言った。
アーシャ様が、よく祈りを捧げたその場所に。

早く、早く行かなければならないのに、最悪の事態が頭に浮かんでその光景を拒むように、足は踏み出す事を拒絶する。

「アシュレイ、どうか、どうか無事でいて……」

私は立ち上がると、痛む足で再び森の教会へと走り出した。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









「──どうして、どうして貴方が此処に居るのですか!?」

やっと、辿り着いたアシュレイ達のいる教会の扉から、居る筈のない少年が中から出てきた。
その手に、鮮血に染まった剣を携えて──。

「……あぁ、君か……ロゼアンナ・ディール。こうして会うのは、久し振りかな?」

私に気付いた少年は、雨に濡れながら此方へと歩みだした。

「此処で何をしているかを聞いているのです! 答えなさい、レイアス・ウェルザック!!!」

私はこの時、正常ではなかったのだろう。
怒鳴り声を上げて、少年、レイアス・ウェルザックへと詰め寄った。

「……僕は……は自分の役目を、約束を果たしに行っただけだよ……もう、手遅れだったけれどね」

雨のせいなのか、泣いてるのか笑っているのか分からないよう表情で、レイアス・ウェルザックは言った。

「それは、どういう意味……?」

レイアス・ウェルザックの言葉は、私を更に混乱させた。
どういう意味で彼は、その言葉を言ったのだろう。
私にはレイアス・ウェルザックが何を考えているのか、全くといっていいほど分からない。

手遅れ?
……私は、私は間に合わなかったという事なのか?

「自分の目で見に行けばいい……あの子も、君に居て貰った方がいいだろうからね……」

私の疑問に答えるなく、レイアス・ウェルザックは私を通り過ぎて、この場を去っていった。
血の滴る剣は雨に濡れ、滴る鮮血が落とされていく。
剣の中央には、美しい青い魔石がはめ込まれていた。

「……まっ、っ……アシュレイっ!」

追い掛けようと一瞬声をかけようとしたが、今はそんな事をしている場合でないと教会の扉を乱暴に開き中に押し入る。
室内は凍える程に冷えていた。
中に居たのは3人。
聖女を称するあの女は石像と化し、アシュレイとジークフリード様は地に伏していた。

「アシュレイ、アシュレイっ!! しっかりして、死なないでっ!!」

どうして、私はあの女に大切な弟みたいな存在であるアシュレイを託してしまったのか?

あの女の事は、元々人間として好きではなかった。
平民を馬鹿にする訳ではないが、教養も常識もない見目の良い男にすり寄る女。
此方が苦言を呈しても、自らの都合の良いように曲解し相手が悪いと貶める女。
そんな最悪な女ではあったが、あの女に出会ってアシュレイは楽しそうに笑っていた。
ずっと、私や周囲に対して心を閉ざしていたのに、また昔みたいに笑えるようになっていたから。
アシュレイが幸せそうだったから。

私には出来なかった事を、彼女なら出来ると思ったから──

でも、それは間違いだった。

大切なら、私は彼の手を掴んで離してはいけなかった。
……あの女の本性に私は気付いていたのにっ!

「起きて、アシュレイっ! ねぇ、ねぇっ、死なないでアシュレイっ!!」

私はアシュレイの身体を、激しく揺さぶった。
何度も何度も、
奇跡にすがるように。

「ぅっ……」

少し苦しそうな声が、私の腕の下にいるアシュレイから溢れた。

「!!……アシュレイ、よかった!」

アシュレイは生きていた。
よくよく見れば、彼は怪我1つ負った様子もなくただ眠っているだけのようだ。

なら、あの血は……?

レイアス・ウェルザックの剣は、血に濡れていた。
あの女が石像と化している以上、やったのはジークフリード様だ。
あの血は彼女のものではない。
そして、アシュレイの血でもないという事は──

「っ! ジークフリード様っっ!!?」

アシュレイの傍を離れ、床に倒れているジークフリード様の元へと駆け寄った。
ジークフリード様の胸からは、赤い血が染みが広がっていた。
触れたその身体は冷たく、もう手遅れである事を示していた。

「どうし、て…………そんな風に、笑っておられるのですか……?」

ジークフリード様の胸を貫いたのは、間違いなくレイアス・ウェルザックだ。
けれど、ジークフリード様のお顔には、安堵と笑みが浮かべられていた。
抵抗した様子もない。
レイアス・ウェルザックは突出した才能を持ってはいるけれど、ジークフリード様は魔眼持ちでこの国の将軍だ。
抵抗したのなら、レイアス・ウェルザックも負傷していないとおかしい。
彼は傷1つしていなかった。
それは、レイアス・ウェルザックの剣を自らの受け入れた事を意味している。

「っ、…………ち、ち……うえ?」

目覚めたアシュレイの声に、はっと意識を戻す。

私は彼に何と説明すればいいのだろうか?
母親を失い、愛する人を失い……父親までも、彼は失った。
それにこの事は、今日の事は一生醜聞として貴族内で責められ続ける。
私に、重過ぎる十字架を背負う事になる彼を支えることが本当に出来るのだろうか?

「……アシュレイ」

嫌、違う。
出来る、出来ないじゃない。
支えるのだ。
私はもう後悔したくない。
大切な人を、もう失いたくない。

私は彼の、アシュレイの元へと足を踏み出した。

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