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episode.04
しおりを挟む「……へぇ、お前が先生ねぇ。驚かすんじゃねーよ」
「だから違うって最初から言ってるのに」
ヴァンサンは先程取り乱していたのが嘘のように、店のカウンターに片肘をついてため息を吐く。途端に興味が無くなったらしい。
「で?要件は?」
「いつもの」
「はいよ」
根っからの商売人だからか、本当に興味が無いのかは分からないが、ヴァンサンはいつもイブに対して余計な詮索をしてこない。マスターからイブの面倒を見るように頼まれていると言っても、仕事以外にはほとんど干渉してこない。
お陰でイブは自由気ままな生活が出来ているので、ヴァンサンとの距離感は非常にありがたい。
イブはヴァンサンから魔女の薬の材料を受け取り、後でそれを魔法で調薬して特別な薬を作り、ヴァンサンの店で売ってもらっている。魔法が付与された薬は少々値は上がるが効能が優れている為需要がある。基本的には人体に害の無い初級の魔法薬を置いてもらっているが、依頼があれば高価な薬を作って売ることもある。
そんな依頼は滅多に来ないのだが。
「気をつけろよ。最近は昼間でも子供の誘拐が増えてるからな」
「分かってる」
手渡された薬の材料を籠に仕舞い込み、店を後にする。律儀な事にヴァンサンは毎回店の前まで見送りに来てくれるので、こちらに手を振るヴァンサンに怯えていたルフィナも最後は手を振り返していた。
「驚いた?怖かったんじゃない?」
「怖く無いよ。だってイブの友達でしょ?」
「………まぁ、そんな感じ?」
ちょっと違うが、子供から見たらそう見えるのだろう。困ることも無いし、無理に訂正する必要もないのでぼんやりと返事をしておく。
イブとルフィナは人混みの中で逸れないように手を繋いで駄菓子屋を目指していると、突然後ろから手を引かれたイブはバランスを崩し、何かにトンと背中を預けるようにして倒れ込んだ。
「このローブ、逆に目立たないか?」
「!?」
「あ!ロベルトだ!」
姿を見なくても、声だけでそれが誰なのか分かってしまう。
ルフィナは嬉しそうに飛びついているが、イブは思考が追いつかない。だってあまりにも近すぎる。イブは固まった体をどうにか動かしてロベルトから距離を取った。触れ合っているのはあまりにも心臓に悪い。
一度深呼吸をして、考えてみる。ロベルトは今日、王宮で仕事のはずだ。腰に剣を刺してはいるものの、騎士服姿でも無い。なぜこんな所に彼がいるのか。
「……き、今日は仕事のはずじゃ…?」
「ああ、仕事中だ」
ロベルトの視線が何かを捉える。イブも慌ててそちらを見てみるも、何の事か分からず首を傾げた。
「殿下が来てるんだ。お忍びで」
「でっ…!?」
衝撃だがロベルトがそんなしょうもない嘘を吐くとは思えないので本当なのだろう。この人混みのどこかに、この国の第二王子が紛れているという事らしい。
「なんでまた…」
「珍しい事じゃない。付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものだがな」
「で、殿下がいらしてるなら、こうして話し込んでいる場合ではないんじゃ…?」
ロベルトは第二王子付きの近衛騎士だ。こんな所で油を売っていて良いのだろうかと心配になる。
「護衛は俺だけじゃ無いし、ダンテのいる場所は気配で把握している。とは言えお前の言う通りあまり長く目を離すわけにもいかないが」
ダンテとはまさに第二王子の名だ。王族扱いされるのを嫌う殿下は側近や馴染みの人には敬称を付けずに名前を呼ばせている。
それにしても、魔法を使っている訳でも無いのに気配でどこにいるか分かるなんて凄いなと感心していると、ロベルトがルフィナに視線を下ろす。
「わがままを言って街に連れてきてもらったんじゃ無いだろうな?」
イブはそうは思っていないが、ルフィナはそう言う自覚があるのか、とぼけたようににっこりと笑みを浮かべてロベルトを見上げる。だがそれはどうやら逆効果のようでロベルトの眉間には皺が刻まれる。
「ルフィナ。迷惑をかけてはいけないとあれ程……」
「いえ、ロベルトさん。今日は私の買い物があったので一緒に来たんです」
ルフィナを庇う訳では無いが、証拠品のつもりでイブはカゴの中を軽く見せる。
イブに言われるとロベルトも納得してくれたようで、気持ちを切り替えるように小さくため息をついた。
「…そうか。それならいいんだが」
「はい、大丈夫です」
チラリとロベルトが時間を気にかける。
「送ってやれなくてすまない」
「いえ、お気遣い無く」
「引き止めて悪かったな。お前の姿を見かけたからつい声をかけてしまった」
「こちらこそ、お仕事中なのにありがとうございました。頑張ってください」
イブが言い終えると、ロベルトはルフィナの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「よろしく頼む」
「はい。責任を持って」
軽く微笑んで見せたロベルトが人混みの中へと紛れていく。イブは僅かに頬を赤く染める。
ロベルトのその微笑みがどれだけの破壊力を持っているかを本人は全く分かっていないかった。
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