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episode.14
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情緒もムードもあったものではない。
「……今、なんて…?」
これ以上ない程にアホ面をしているに違いない。だが、そんな事を気にしている余裕もなく、イブはマヌケ顔でロベルトを見た。
「お前が好きだと言ってるんだ。何度も言わせないでくれ」
「……………」
ロベルトの白い肌がほんのり赤く染まっている。目線を逸らすその仕草は本当に照れているとしか思えない。あのロベルトが。
「でも、薬で幻覚を見てたんじゃ…?」
頭がぼんやりしているせいか思考が思わず声に出ると、ロベルトにも聞こえてしまったらしい。
「幻覚?……ああ、それで…」
何か納得されてしまったが、イブは全く納得出来ない。目を泳がせているとロベルトが小さく息を吐いた。
「つまりお前は、俺が幻覚を見ていて、お前を別の誰かと勘違いしていると、そう思ってるんだな?」
なぜか責めるような、犯人に罪を問いただすような、そんな口調にイブは萎縮してしまう。
「だって、惚れ薬を飲まされたと聞いたから…」
「それでなぜ幻覚を見るんだ」
「それは……薬を飲ませた人に惚れなかったと言う事は、それを上回る程好きな人がいるって事で……」
「そうらしいな」
「だから、薬の影響で私の事がその人に見えたって事…で……」
「そこだ。なぜそうなるんだ」
なぜと言われても、誰がどう考えたってそうにしかならないはずだ。なのにロベルトは自分の額を抑えて俯く。
「いや、お前がそう言うやつだと言う事は分かっていたが……。俺がお前を好きだとは思わなかったのか?」
「思…いません、でした…」
だって自分は親もなく荒れた幼少期を過ごして来た上に、多属性魔法という特殊体質で、陰気。宮廷魔導士も辞めた名も無き魔女だ。誰かに疎まれる事こそあれど、好かれるなんて思えるような人生では無かった。まして、ロベルト程の人となると余計に。
しかもロベルトには娘のルフィナがいる。ルフィナはロベルトと亡くなった奥様が心から愛し合っていた紛れもない証だ。イブの出る幕があるとはとても思えない。
「ロベルトさんには…奥様がいますから………」
「…………………」
俯くイブからは見えないが、その言葉を聞いてロベルトは眉間に皺を寄せていた。
「ちょっとまってくれ。……誰かと、勘違いしていないか?」
「?……いいえ」
胸の痛みに気づかないふりをして頑張って言ったのに、勘違いだなんてそんなはずはない。イブは至って健康だし、むしろ思考が混濁しているのは薬の影響を受けているロベルトの方だ。
今のロベルトは最初ほどの息苦しさも熱っぽさも無いように見えるが、頭が痛むのかこめかみを抑えている。
「……少し、整理しよう。お互い、何か誤解がありそうだ」
「誤解……ですか…」
「そうだ。先に言っておくが俺に妻はいない」
「だってロベルトさんにはルフィナが…」
「ルフィナは俺の姉の子供だ」
「…………………え?」
イブの周りだけ、時間が止まったようだった。それぐらい、魔女の小さな山小屋は一瞬で静まり返った。
「ルフィナは、ロベルトさんのお姉様の子供…?」
「そうだ」
「ち、父親は?」
「分からない。姉は未婚のままルフィナを産み、最後まで父親が誰か明かさなかった」
「………そう、なんですか…」
「ただ、生きた証を残したかったと言っていた」
貴族の間では例え婚約者でも婚姻が成立するまではそういう事はご法度のはずだ。はしたないと教えられるらしい。そんな社会で育った女性が婚姻もしないまま子供を身籠ったら、良い顔をされないのは目に見えている。イブが住んでいたような場所とは訳が違うのだ。
聞いていないとロベルトを責められはしなかった。誰にでも簡単に話せる話ではないだろう。だが生前、病に侵されたエルダが、軋む体でイブに手を伸ばし、同じ事を言っていたと思い出した。
「てっきり、ロベルトさんはご結婚されていたのだと……」
「していない。他に聞きたいことはあるか」
「……………いえ……」
「なら、もう俺の言葉を信じられるな?」
「……………」
イブは難しい顔をして視線を彷徨わせた。それとこれは話が違うような……。
黙り込むイブにロベルトは更に詰め寄る。
「まだ信じられないのか?」
「だ、だってこんな………」
「薬の効能はお前の方がよく知っているだろ」
「そう、ですけど………」
不意にロベルトはイブに向かって手を伸ばし、イブの首元に飾られていたネックレスに触れる。それは数日前にロベルトからもらったばかりの花の形のネックレスだ。
「お前の気持ちが知りたい」
「……………」
背の高いロベルトの上目遣いに、かぁっと顔に熱が集まる。何より、イブの気持ちなど分かっていて聞いてきているに違いない。ロベルトが指で弄んでいるネックレスも、貰ってから肌身離さず付けているのだ。バレバレだろう。
「す…………」
「………………」
「………………す、き……です………」
この世に、これ程苦しくて恥ずかしい事はないだろう。掠れ声だがなんとか声にしたイブは全身が暑くてたまらない。先程まで惚れ薬の作用で火照っていたロベルトの熱がイブに移ったかのように苦しい。
そんなイブをロベルトは再び惚れ薬作用が戻ってきたかのように、そのブルーの瞳の奥に熱いものを隠しながら抱き寄せた。
「……今、なんて…?」
これ以上ない程にアホ面をしているに違いない。だが、そんな事を気にしている余裕もなく、イブはマヌケ顔でロベルトを見た。
「お前が好きだと言ってるんだ。何度も言わせないでくれ」
「……………」
ロベルトの白い肌がほんのり赤く染まっている。目線を逸らすその仕草は本当に照れているとしか思えない。あのロベルトが。
「でも、薬で幻覚を見てたんじゃ…?」
頭がぼんやりしているせいか思考が思わず声に出ると、ロベルトにも聞こえてしまったらしい。
「幻覚?……ああ、それで…」
何か納得されてしまったが、イブは全く納得出来ない。目を泳がせているとロベルトが小さく息を吐いた。
「つまりお前は、俺が幻覚を見ていて、お前を別の誰かと勘違いしていると、そう思ってるんだな?」
なぜか責めるような、犯人に罪を問いただすような、そんな口調にイブは萎縮してしまう。
「だって、惚れ薬を飲まされたと聞いたから…」
「それでなぜ幻覚を見るんだ」
「それは……薬を飲ませた人に惚れなかったと言う事は、それを上回る程好きな人がいるって事で……」
「そうらしいな」
「だから、薬の影響で私の事がその人に見えたって事…で……」
「そこだ。なぜそうなるんだ」
なぜと言われても、誰がどう考えたってそうにしかならないはずだ。なのにロベルトは自分の額を抑えて俯く。
「いや、お前がそう言うやつだと言う事は分かっていたが……。俺がお前を好きだとは思わなかったのか?」
「思…いません、でした…」
だって自分は親もなく荒れた幼少期を過ごして来た上に、多属性魔法という特殊体質で、陰気。宮廷魔導士も辞めた名も無き魔女だ。誰かに疎まれる事こそあれど、好かれるなんて思えるような人生では無かった。まして、ロベルト程の人となると余計に。
しかもロベルトには娘のルフィナがいる。ルフィナはロベルトと亡くなった奥様が心から愛し合っていた紛れもない証だ。イブの出る幕があるとはとても思えない。
「ロベルトさんには…奥様がいますから………」
「…………………」
俯くイブからは見えないが、その言葉を聞いてロベルトは眉間に皺を寄せていた。
「ちょっとまってくれ。……誰かと、勘違いしていないか?」
「?……いいえ」
胸の痛みに気づかないふりをして頑張って言ったのに、勘違いだなんてそんなはずはない。イブは至って健康だし、むしろ思考が混濁しているのは薬の影響を受けているロベルトの方だ。
今のロベルトは最初ほどの息苦しさも熱っぽさも無いように見えるが、頭が痛むのかこめかみを抑えている。
「……少し、整理しよう。お互い、何か誤解がありそうだ」
「誤解……ですか…」
「そうだ。先に言っておくが俺に妻はいない」
「だってロベルトさんにはルフィナが…」
「ルフィナは俺の姉の子供だ」
「…………………え?」
イブの周りだけ、時間が止まったようだった。それぐらい、魔女の小さな山小屋は一瞬で静まり返った。
「ルフィナは、ロベルトさんのお姉様の子供…?」
「そうだ」
「ち、父親は?」
「分からない。姉は未婚のままルフィナを産み、最後まで父親が誰か明かさなかった」
「………そう、なんですか…」
「ただ、生きた証を残したかったと言っていた」
貴族の間では例え婚約者でも婚姻が成立するまではそういう事はご法度のはずだ。はしたないと教えられるらしい。そんな社会で育った女性が婚姻もしないまま子供を身籠ったら、良い顔をされないのは目に見えている。イブが住んでいたような場所とは訳が違うのだ。
聞いていないとロベルトを責められはしなかった。誰にでも簡単に話せる話ではないだろう。だが生前、病に侵されたエルダが、軋む体でイブに手を伸ばし、同じ事を言っていたと思い出した。
「てっきり、ロベルトさんはご結婚されていたのだと……」
「していない。他に聞きたいことはあるか」
「……………いえ……」
「なら、もう俺の言葉を信じられるな?」
「……………」
イブは難しい顔をして視線を彷徨わせた。それとこれは話が違うような……。
黙り込むイブにロベルトは更に詰め寄る。
「まだ信じられないのか?」
「だ、だってこんな………」
「薬の効能はお前の方がよく知っているだろ」
「そう、ですけど………」
不意にロベルトはイブに向かって手を伸ばし、イブの首元に飾られていたネックレスに触れる。それは数日前にロベルトからもらったばかりの花の形のネックレスだ。
「お前の気持ちが知りたい」
「……………」
背の高いロベルトの上目遣いに、かぁっと顔に熱が集まる。何より、イブの気持ちなど分かっていて聞いてきているに違いない。ロベルトが指で弄んでいるネックレスも、貰ってから肌身離さず付けているのだ。バレバレだろう。
「す…………」
「………………」
「………………す、き……です………」
この世に、これ程苦しくて恥ずかしい事はないだろう。掠れ声だがなんとか声にしたイブは全身が暑くてたまらない。先程まで惚れ薬の作用で火照っていたロベルトの熱がイブに移ったかのように苦しい。
そんなイブをロベルトは再び惚れ薬作用が戻ってきたかのように、そのブルーの瞳の奥に熱いものを隠しながら抱き寄せた。
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