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episode.19

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体がホカホカに温まると、メイドのランによってほんの小さなかすり傷さえも手当された。明日になれば魔力量も相当回復して治癒魔法が使えると言ったのだが、「ではそれまでの間」と食い下がられてしまい結局手当を受けた。と言っても、大きな怪我はなく打撲とかすり傷程度だが。

緊張していた筋肉と気持ちがほぐれると、今度は空腹が襲ってくる。手当を受けている最中、何度もぐぅぐぅと腹を鳴らしていたらランが微笑みながら「食事を用意していますよ」と言ってくれたのだがイブはとても恥ずかしかった。

とは言えお腹が減るという事は安心しているとも言える。もう気を張り詰める状況は終わったのだと思うと心の底からホッとする。自分だけの事ならともかく、今回は幼いルフィナも絡んでいたから尚更だった。

「少しお待ちくださいね」
「はい……?」

手当が終わり、ランは立ち上がると部屋から出て行こうとする。まさか食事をここへ持って来てくれるつもりだろうかと申し訳なく思っていると、扉を開けてすぐ足を止めた。

「終わりました」
「ああ、ご苦労」

イブのいる場所からランが声をかけた相手の姿は見えなかったが、僅かに聞こえた声だけでそれが誰かを判断出来てしまう。

ランと入れ違うように姿を現したのはロベルトだった。いつもより薄着で、髪も整えられていないが、見間違えるはずも無い。

「!? ずっとそこにいたのですか…?」
「………風呂には入ってきた」

ロベルトはぶっきらぼうに言って退けるが、それはつまり、風呂に入った後、廊下でずっとイブの支度が整うのを待っていたという事だろうか。だとしたら待たせてしまった事が申し訳ない。

「す、すみません。冷えませんでしたか?」
「問題ない。お前の怪我はどうだ?」
「私は、ほんのかすり傷です」
「見えているのはそうかもしれないが、どこか不調は無いか?」
「いえ。むしろロベルトさんの方が…」

現役の宮廷騎士、それも第二王子の側近を務めるような実力者を心配するのはおかしな話かとイブはハッとする。

「すみません、ロベルトさんの実力を疑っているわけでは無く…」
「分かっている。こんな事を言うのもなんだが、お前に気遣われるのは悪くない気分だ」
「……………そう、ですか…?」

ロベルトの微笑みにイブは頬を赤らめる。その微笑みだ・け・で、どれだけの女性が恋に落ちるか分かっていないのだろうか。

何か、イブの心に嫌な雲がかかる。分かっていないなら早急に知っておいてもらいたい。

「あの、ロベルトさん。伝えておきたい事があります」
「なんだ?」

急に改まったイブに、ロベルトは良くない話かと身構える。

「ロベルトさんが微笑むと女の人はドキッとするんです」
「…は?」
「キュンとするんです。普段そんな感じじゃないから余計にそう感じるんです。自分に微笑みかけてくれた、たったそれだけで好きになっちゃうんです」
「……………」

突拍子もない話にロベルトは眉間にシワを寄せたまま首を傾げる。イブはそんな事は構わず続けた。

「だから………他の人にあんまり見られたくないんです」

俯いたイブからはロベルトがどんな顔をしているか分からないが、部屋が静寂に包まれた事で、自分の発言を悔いた。勢いのまま言ってしまったが、実は物凄く恥ずかしい事を言ってしまっている。

静寂が一番恥ずかしいイブは何とか誤魔化そうと、更に言い訳じみた言葉を重ねた。

「だ、だってロベルトさんはかっこよくて女性に人気だし、少し前に惚れ薬を飲まされたばかりだし、だから、その…とにかく気をつけてもらわないとまたトラブルに巻き込まれたら大変だから、だから、えっと……っ!?」

自分でも何を言っているのか分からなくなってきた時、イブは真正面からロベルトに抱きしめられた事で息が止まった。

「分かった。元々こういう性格だ、外で女性に笑いかける事はほとんど無いがな、気をつける」
「……………はい」

ただの嫉妬心をぶつけただけの面倒な女に成り下がっていると言うのに、心なしがロベルトの声色がいつもより明るいような気がする事には触れないでおこう。墓穴を掘るだけのような気がする。

「俺もお前に聞いておきたい事がある」

ロベルトが抱き締めていた体を解放すると、イブはようやく深く呼吸が出来た。イブは言いたい事を言い終えたので、今度は静かにロベルトの言葉を待つ。

すると、ロベルトがズボンのポケットからシャラっとブレスレットを取り出した。青く輝く石が組み込まれたそれに、イブは見覚えがあった。

「これは俺が持っていて良いものか?」

それは、イブが自分達の居場所を示すために落とした物だ。イブが普段から付けている魔法石と対になるもので、つまりそれを渡すと言う事は魔導士にとって、求婚や婚約、結婚を意味する大切な物だ。そう何人にも配り歩くような物ではない。

出来る事なら、そんな事を聞かずに黙って持っていて欲しかったとも思うのだが、ロベルトがそんないい加減な事をするとも思えない。

元より、いつかロベルトに渡せれば良いと思っていたものだ。経緯はともかく、無事にロベルトの手に渡ったのだからそのまま持っていてもらえるならそうして欲しい。改まって渡す勇気は無い。

「ご迷惑で無ければ………」

ロベルトは騎士だ。持っている事で剣術の邪魔になるかもしれないとも思ったが、持っていてくれるなら付けてもらわなくても良いと思っている。が、必要無いと言われてしまってはそれまでだ。

返事を待つ間、緊張で生きた心地がしない。心臓が痛いほどにゆっくりと大きく鼓動するのが身体中に響く。

「これが、どんな意味を持っているのか、知らない訳はないよな?」
「………えぇ……まぁ…」

それを指摘されるのはかなり気まずい。魔導士が異性に魔法石を渡すと言う事は、その相手との将来を考えているという意思表示でしかない。

「俺がこれを受け取ったら、どうなるか分かっているのか?」
「え?」

ロベルトは魔導士では無いから、魔法石を持っていた所でほとんど意味はない。イブが一方的に作用させるだけの物だ。だからロベルトが受け取ったところでどうにもならないはずだとイブは首を傾げた。

ロベルトがイブの手を取り、その細い腕を飾る魔法石を撫でる。伏せた目、薄く開いた唇、ゴツゴツして大きな手、躊躇いのない慣れた手つき…どれを取っても美しくてクラクラする。

「俺がこれを受け取ったら、もうお前を手放してはやれないという意味だ」
「……………」

そんなに切なく甘い声を出さないで欲しい。変な気を起こしそうになる。もうずっと心臓が高鳴っていて寿命がどんどん縮まっている気がする。

「受け取って貰えると…嬉しい、です………」

精一杯に答えたイブにロベルトは満足がに笑みを浮かべたかと思うと、イブの頬に手を伸ばし口づけをしようとして………

グゥゥゥゥゥゥ

「……………」
「……………」

イブは頬を真っ赤に染めた。キスを迫られていた事も勿論恥ずかしいが、そんな時に腹の虫が盛大に鳴いたことが恥ずかしすぎた。

「食事にするか」
「………すみません…」

夕食と呼ぶには少々遅いが、イブはお言葉に甘えてロベルト邸にてお貴族様の食事をいただくことにした。



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