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しおりを挟む「もねちゃん、ごめんね。わたし、海に行きたくなくなっちゃった」
みのりちゃんはそう言って、つくえの上に顔をふせました。
「ええっ? わたし、あたらしい水着まで買ってもらったのに!」
もねはびっくりして、みのりちゃんのつくえに、両手をつきました。
二年二組の教室には、朝の白いひざしがてりつけています。
きょうは、八月一日。
小学校の夏休みの登校日。
もねとみのりちゃんと、もねのママと、みのりちゃんのママは、あさって、海に行くやくそくをしています。
「もしかして、みのりちゃんのママが、行けなくなっちゃったの?」
もねがきくと、みのりちゃんは、顔もあげずに首をふりました。
「ちがうの。わたしが行きたくないの」
「それ、どういうこと?」
むっとして、大きな声が出てしまいました。
だって、「行けない」のと「行きたくない」のは、ちがいます。
みのりちゃんは、行けるけれど、「行きたくない気分」だと言っているのです。
みのりちゃんは、ずっと顔をふせたままです。
かたまでのかみの毛にとまっている、赤いカチューシャが、ないているみたいに、ふるえています。
「あ―! ゴジラマンもねが、みのりのこと、なかしてる~!」
とつぜん、うしろからドラ声がふってきました。
もねがふりかえると、男子一おちょうしものの前田が、うしろのロッカーの上に立っていました。
「夏休みのドリル」を、ぐるぐる丸めて、ぼうみたいにして、手にもって、ふりまわしています。
もねのほおはあつくなりました。
前田はいつも、もねがおこると、ゴジラみたいにこわい顔になるとからかいます。
もねには、そんなつもりはないのに、です。
「わーるいんだ! わるいんだ! 先生に言ってやろ~!」
前田と教室中をかけまわっていた田中も、山口もあつまってきて、ぎゃーぎゃーと、さわぎだしました。
「うるさい、男子!」
もねが、うでをふりあげて、前田たちを追いかけようとしたときです。
みのりちゃんが顔をあげました。
「……あのね、おとといの朝ね、ピッピが死んじゃったの」
もねは、ドキッとしました。
ピッピは、みのりちゃんがかっているセキセイインコです。
体が、レモンみたいにきれいな黄色をしています。
もねが、みのりちゃんの家に遊びにいくと、みのりちゃんはかごから、ピッピを出して、指や頭にのせて見せてくれました。
「……うそ……」
みのりちゃんは、口の中で「ほんと」と答えました。
「どうして……死んじゃったの?」
もねは、おそるおそるたずねます。
「わかんないの。だけど、ピッピ、ちょっと前から、病気だったみたいなの。お薬あげてたけど、ぜんぜんよくならないの。それでね、朝、かごの中のぞいたら、もう死んじゃってたの」
みのりちゃんのかたが、小さくふるえています。
「わたし、かなしくてかなしくて、なんだか、なんにもやりたくなくなっちゃった。だから、海にも行きたくない」
みのりちゃんはよく、ぽーっと空を見ている女の子です。
でも、もねを見ると、いつもきまって、小さくわらってくれます。
その、かすみそうみたいな笑顔が、もねはだいすきなのです。
だけど今、みのりちゃんの目は、雨ふりの空のようです。
もねは、なんにも言えなくなってしまいました。
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