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イコール
世界は僕を見ていない
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『誕生日、おめでとう、私』今日は25歳の誕生日、そして父と母が亡くなってから20回目の命日だ。毎年、この日は有給をとっていた。去年の誕生日は視界が見えなくなるほどの大雨でずっと部屋の中でザァーザァーと途方に暮れるような雨の音を聞いていた。部屋の中にいるのに、ザァーザァーという雨の音は部屋の中に土が朽ちてゆく匂いを連れてきた。私の記憶の中に残る、私の横を通り過ぎていった消防車から漂ってきた土砂の匂い。その匂いの中で両親の人生が終わったのだと思うとふたりが生きてきた日々はいったい何だったのだろう──、そんなことをはじめて考えた日だった。そして私は来年の誕生日、両親が泊まった部屋、『陽光』に泊まろうと決めたんだ。
「こちらのお部屋になります。ごゆっくりどうぞ。食事はレストランが21時まで営業しておりますので」
ホテルのフロントでチェックインの手続きを済ませたあと、案内されて父と母が宿泊したことのある陽光という名の部屋に入った。部屋に案内してくれた仲居は地元の同級生だったけれど、誰とも親しくしなかった私に彼女もプライベートなことは一切口にすることなくエレベーターの中でもただお互いがボタンの数字だけを見ていた。
両親の命日でもある自分の誕生日を意識したのはいつからだろう?
20歳の誕生日、私は父と母が亡くなった場所で雅さんと久しぶりに再会した。そしてその日、フェリーと電車で一緒に市内まで帰宅してラインを交換した。ラインを交換しても連絡する気はなかったのに、帰宅してドアを開けると部屋が散乱していて私は雅さんを頼った。その夜、居酒屋で誕生日を祝ってもらい、雅さんの部屋へ行った。たまたま目についた冷蔵庫に貼ってあったメモの言葉、『世界は僕を見ていない』というアカウント名をもらって日付が変わる前にその日あったことをはじめて私は投稿サイトに投稿した。
20歳になったばかりの私は不安の中でこれから雅さんとふたりの物語が始まるのだと思っていた。一緒に暮らしてゆく中で筆をおいていた雅さんがまた新しい物語を紡ぐかもしれないと思っていた。少なくとも雅さんの部屋で1ヶ月は一緒に暮らすのだと思っていたから。
泥棒に入られた誕生日の翌日、出社するとすぐに社長室に呼ばれた。
普段は話すこともない社長の口から出た言葉は
「西田くん、藤元くんが迷惑をかけてすまなかった」
だった。なんのことかわからない。藤元さんに迷惑なんかかけられていない。そう否定しようと唇から『ふ』と発声しようとしたときだ、
「まさかだったよ。ロッカーの鍵を管理している藤元くんが昼休みに隣の鍵屋に行って従業員の部屋のスペアキーを作ってるなんて考えたこともなかった。昨日、僕がたまたま引越し先のスペアキーを作ろうと隣の鍵屋に行ったとき、店主から『付き合う相手が変わったとしても少し異常な頻度で合鍵を作りにこられているんです』そう聞かされてピンときたんだ。なんでうちの従業員はこんなにも泥棒に入られるんだ!! って思っていたから」
「まさか、藤元さんがうちに? 」
「『待ってたのに、どこ行ってたんだよ? そんなメモが置かれてたんじゃないかな? 』西田くんのところにも」
「なんでうちに泥棒が入られたことを? 」
「藤元くんは昨日、急に気分が悪くなったと早退してる。藤元くんの過去の勤務データを遡ってみると誰かが有給をとった日、彼女が早退していることがわかって、その有給をとった社員が泥棒の被害にあってることもわかったんだ」
「藤元さんは? 」
「今、警察に行ってる。これはれっきとした犯罪だからね」
泥棒の犯人がわかったことを昼休憩に雅さんにラインで連絡した。
「よかった。じゃあ安心だね」
「昨日はありがとうございました。もう大丈夫です」
「じゃあ、僕は夜勤だからその前に海さんのスーツケースを海さんの部屋の前に置いておくよ」
「ありがとうございます。雅さんの部屋の鍵はどうしたらいいですか? 」
「持っておいて。またなにかあったときに」
そんなやりとりをして終わった。それから不思議なことにお互い連絡をすることはなかったし、母と父が亡くなった場所で命日に会うこともなかった。初詣にお守りとして買った鈴のキーホルダーと一緒に雅さんの部屋のスペアキーだけが私のそばにずっといた。
普段はそんなことを考えもしないのに、毎年、有給をもらってる誕生日になると余計なことが目の前に打ち寄せてくる。特に今日は──。
27年前に遡ってゆけば、別れを決めていた父とそんな父への気持ちを必死で結ぼうとしていた母の思いがここにあるんだ。まだ恋愛などしたことのない私にはわからなかった。
ただ気になる人がいるということは同時に苦しくなるんだということを知った。あの夜、雅さんの部屋のテーブルの上に飾られていたカサブランカの妖艶な匂いと写真立ての中の女の人の艶のある髪の毛、冷蔵庫のメモに貼られていた『世界は僕を見ていない』そう書いていた雅さんの尖ったような文字、5年過ぎたのにスペアキーのように私のすぐそばにあの夜はあった。もう5年も過ぎたというのに。
『誕生日おめでとう』とも『今日は両親の命日だね』とも雅さんからの言葉は今年もない。私が『もうほっといて!! あなたは私のお母さんじゃない。翔のお母さんでしょ!! 』そう電話口で口論になってからマリコさんとも音信不通だった。
ひとりがいい──誰にも振り回されないで、誰の顔色も伺わないで、死ぬというゴールに向かって、生きてゆくために働いてゆく、それだけでいい、そう思えるだけでいい、部屋のカーテンをあけてベッドサイドに置かれた時計を見ると午後4時になっていた。ホテルに着いたとき、ぱらついていた雨はやんで窓から見える目の前の島には空から光が階段のようにさしこんでいた。日が落ちるまであと2時間ほど。私が幼い頃に見ていた日が落ちてゆく瞬間をできるならあの場所で見たいと思った。
「少し外出してきます」
ホテルのフロントにキーを預けて玄関の外に出た時、ホテルのマイクロバスから男の人が降りてゆく姿が見えた。ホテル前のバス停の時刻表を見るとちょうどバスがくる時刻だった。もう『むすび』の店がなくなって20年も経つのに、まだ行き先には『むすび前』のバス停も表示されていた。すぐ着くというのに私は乗客の誰もいないバスに乗って、次のバス停『むすび前』のアナウンスが聞こえてくるとすぐに『降ります』ボタンを押した。
運賃箱に整理券と150円を入れたあとで
「もしかして命日のお参りですか? 」
運転手に声をかけられた。
「はい」
私は返事をしたあとで
「父と母をご存知なんですか? 」
と運転手に聞いた。
「ここらへんは田舎でお弁当屋なんてないでしょう? お母さんの節子さんに無理言って時々、バス停でテイクアウトお弁当を受け取っていました。時々、今でもここで手を合わせておられる方は見かけますよ」
「ありがとうございます」
私はバスから降りて再び一礼した。
腰掛けようと思っていたパラペットはまだ少し濡れていた。
『プップッ──』
バイクのエンジン音が聞こえたかと思ったらクラクションがなってスクーターが私の直ぐ側に停まった。
「海!! 」
春也さんだった。
「春也さん? 」
「なんでこんな時間にここに? 」
「父と母が泊まった陽光の部屋を25歳の誕生日には泊まろうと決めてました。そして久しぶりにここからの夕陽を見たいと思ったんです」
「マリコには……、連絡してるわけないよな? あいつ、ひと言も海のことは言ってなかったし」
「いいんです。ほっといて、って言ったのは私です。春也さんにも、マリコさんにも充分過ぎるほどよくしてもらいました。もう私は大丈夫です」
「節子さん、そっくりだなぁ。そうやって精一杯、人を突き放そうとするところが。ここでさ、ひとりが海を見ていたんだよ。良太のことを思いながら。俺が何度もかっさらおうとしたけど、揺れていたのに柳みたいに根はしっかりと良太と決めてたんだろうな。海もそんな人がいるのか? あの雅って男……」
雅さんの名前を口にした春也さんの顔色が変わって私が春也さんの目線の先を見るとそこには雅さんがいた。
「一緒に来たのか? 」
「いいえ、全く」
「僕も今、ふたりが話してるのが見えてびっくりしていました。本当のことを言うと随分と前に陽光の部屋を予約しようとしたのにもう先客がいたから、もしかしたら海さんが宿泊するのかも、とは思っていました」
「また邪魔者だな。海、たまにはうちにも寄ってくれ。翔だって会いたいだろうし、マリコだっていつまでも元気なわけじゃないんだ」
春也さんはそう言うとスクーターのエンジンをかけて私と雅さんに手を振った。
『ふうっ』私は1度、息を吐き出して雅さんの方を見た。
「海さん、久しぶり。ちょうど5年ぶりかな」
「ですね。雅さん、なんでここに? 」
「迎えにきた。ここにいつまでも、止まったままの海さんを──、なんていうのはおかしいけど会えると思ったから」
「そんなのラインしてくれれば」
「僕も海さんも自分からはしたくない派だろ? 似たもの同士だと思うんだけど違う? 」
「なんか嫌です。他人からわかったふりをされるのは本当に嫌です。当ってますけど」
私が笑うと雅さんは真剣な眼差しで
「やっぱり好きだったんだ、春也さんのこと」
そう口にした。
「好き、だったんだと思います、多分。私にとって春也さんは初恋の人でマリコさんは女としてのライバルだった──、20歳の私は必死でその気持ちを抑え込んでましたけど」
「そっかぁ、素直に認められると余計になんか叩きつけられた気持ちになるもんだな。こういう気持ちになるのが嫌でフラフラと手軽な恋愛ばっかしてきたバチが当たったみたいだ」
「雅さん、なんかモテる人みたいな台詞言ってますよね? そんな手軽な恋愛だなんてちょっと似合わないです」
「本当のことだよ。いくらだって恋愛ごっこはできる。気持ちが先か、体が先か──」
全部、父と母は聞いているのだろうか? スピリチュアルな話は大嫌いだった。試練は乗り越えられる人だけにやってくるとか、子供は親を空から選んで生まれてくるとか──、それはただの気休めの言葉だ、本当は半分はビジネスの効果のないお守りみたいに。寝心地のいいソファーにもなれない、一瞬だけ鼻水を拭くティシュペーパーみたいなもの。だけど、そんな私でも父と母の魂が命日の日だけここにいるとしたら、雅さんとの会話を聞いてどんなふうにおもうのだろう? 『やめとけ!! 』と思うのだろうか? それとも『好きにしなさい』と背を向けるのだろうか?
「海さん、さっきからずっとなにか考えてるでしょ? 頭の中でつぶやいてるみたいに」
「父と母が今、この状況を見ていたら──、なんて考えてました」
「そっかぁ、その男だけはやめとけ!! って言うかな、きっと」
話をしている間に少しずつ日が落ち始めていた。オレンジを燃やしたような赤い炎とは違う夕日。この夕日を父と母と3人が見ていた。
「今日が終わるね」
「暮れてゆきますね、海、綺麗だろ? こんな夕陽が見られるのはありがたいことだぞ」
そんな声を思い出したら自然と涙が流れていた。どうしてここにいてくれないのだろう? どうして死んでしまったのだろう? 残ってしまったのは空き家になった西田の家だけだ。
「海さん? 」
「ごめんなさい。父と母とここで見ていたことを思い出して──」
「僕はさ、もうずっと夜に働いてる。日が沈む前に出勤して日が昇る時間に帰宅する。時々、もぐらみたいだな、って思ってる」
「もう書かないんですか? 小説? 」
「なんで? 」
「雅さんを知るには小説が1番かな、って思って。私、1度だけ雅さんの部屋から投稿してそのまんまなんです。私には書きたい気持ちが湧いてこなかった。それより雅さんの心が読みたいと思うことは何度かありました」
「読みたいって言ってくれる人がひとりでもいればありがたいかな」
落ちてゆく日に平行して私と雅さんはホテルへと歩いていた。
『イコール』の間には海があった。
「すげぇ、今、夕日と平行して僕ら歩いてるじゃん!! 間には海がある」
私が考えていたことを雅さんが前を向いたままで声に出した。
「雅さん、夕日と私達はイコールみたい」
「イコール? 等しい? 」
「そっ」
生き方に答えなどない。
でも25歳の誕生日の夕暮れ、私は歩いてゆくべき場所がほんの少しわかった気がした。
その日のことを5年ぶりに『世界は僕を見ていない』その筆名で私は投稿した。誰も読まなくてもいい。ただ沈む笹舟を浮かべただけのことでも──。
私はただ印をつけたかったんだ。
その日の私と雅さんに。
言葉の印を。
イコールを。
落ちる日と平行して歩いた瞬間を。
どうしても変わらずにはいられないから、振り返った時、ちゃんと見えるように私はそのままをただ言葉にした。
「こちらのお部屋になります。ごゆっくりどうぞ。食事はレストランが21時まで営業しておりますので」
ホテルのフロントでチェックインの手続きを済ませたあと、案内されて父と母が宿泊したことのある陽光という名の部屋に入った。部屋に案内してくれた仲居は地元の同級生だったけれど、誰とも親しくしなかった私に彼女もプライベートなことは一切口にすることなくエレベーターの中でもただお互いがボタンの数字だけを見ていた。
両親の命日でもある自分の誕生日を意識したのはいつからだろう?
20歳の誕生日、私は父と母が亡くなった場所で雅さんと久しぶりに再会した。そしてその日、フェリーと電車で一緒に市内まで帰宅してラインを交換した。ラインを交換しても連絡する気はなかったのに、帰宅してドアを開けると部屋が散乱していて私は雅さんを頼った。その夜、居酒屋で誕生日を祝ってもらい、雅さんの部屋へ行った。たまたま目についた冷蔵庫に貼ってあったメモの言葉、『世界は僕を見ていない』というアカウント名をもらって日付が変わる前にその日あったことをはじめて私は投稿サイトに投稿した。
20歳になったばかりの私は不安の中でこれから雅さんとふたりの物語が始まるのだと思っていた。一緒に暮らしてゆく中で筆をおいていた雅さんがまた新しい物語を紡ぐかもしれないと思っていた。少なくとも雅さんの部屋で1ヶ月は一緒に暮らすのだと思っていたから。
泥棒に入られた誕生日の翌日、出社するとすぐに社長室に呼ばれた。
普段は話すこともない社長の口から出た言葉は
「西田くん、藤元くんが迷惑をかけてすまなかった」
だった。なんのことかわからない。藤元さんに迷惑なんかかけられていない。そう否定しようと唇から『ふ』と発声しようとしたときだ、
「まさかだったよ。ロッカーの鍵を管理している藤元くんが昼休みに隣の鍵屋に行って従業員の部屋のスペアキーを作ってるなんて考えたこともなかった。昨日、僕がたまたま引越し先のスペアキーを作ろうと隣の鍵屋に行ったとき、店主から『付き合う相手が変わったとしても少し異常な頻度で合鍵を作りにこられているんです』そう聞かされてピンときたんだ。なんでうちの従業員はこんなにも泥棒に入られるんだ!! って思っていたから」
「まさか、藤元さんがうちに? 」
「『待ってたのに、どこ行ってたんだよ? そんなメモが置かれてたんじゃないかな? 』西田くんのところにも」
「なんでうちに泥棒が入られたことを? 」
「藤元くんは昨日、急に気分が悪くなったと早退してる。藤元くんの過去の勤務データを遡ってみると誰かが有給をとった日、彼女が早退していることがわかって、その有給をとった社員が泥棒の被害にあってることもわかったんだ」
「藤元さんは? 」
「今、警察に行ってる。これはれっきとした犯罪だからね」
泥棒の犯人がわかったことを昼休憩に雅さんにラインで連絡した。
「よかった。じゃあ安心だね」
「昨日はありがとうございました。もう大丈夫です」
「じゃあ、僕は夜勤だからその前に海さんのスーツケースを海さんの部屋の前に置いておくよ」
「ありがとうございます。雅さんの部屋の鍵はどうしたらいいですか? 」
「持っておいて。またなにかあったときに」
そんなやりとりをして終わった。それから不思議なことにお互い連絡をすることはなかったし、母と父が亡くなった場所で命日に会うこともなかった。初詣にお守りとして買った鈴のキーホルダーと一緒に雅さんの部屋のスペアキーだけが私のそばにずっといた。
普段はそんなことを考えもしないのに、毎年、有給をもらってる誕生日になると余計なことが目の前に打ち寄せてくる。特に今日は──。
27年前に遡ってゆけば、別れを決めていた父とそんな父への気持ちを必死で結ぼうとしていた母の思いがここにあるんだ。まだ恋愛などしたことのない私にはわからなかった。
ただ気になる人がいるということは同時に苦しくなるんだということを知った。あの夜、雅さんの部屋のテーブルの上に飾られていたカサブランカの妖艶な匂いと写真立ての中の女の人の艶のある髪の毛、冷蔵庫のメモに貼られていた『世界は僕を見ていない』そう書いていた雅さんの尖ったような文字、5年過ぎたのにスペアキーのように私のすぐそばにあの夜はあった。もう5年も過ぎたというのに。
『誕生日おめでとう』とも『今日は両親の命日だね』とも雅さんからの言葉は今年もない。私が『もうほっといて!! あなたは私のお母さんじゃない。翔のお母さんでしょ!! 』そう電話口で口論になってからマリコさんとも音信不通だった。
ひとりがいい──誰にも振り回されないで、誰の顔色も伺わないで、死ぬというゴールに向かって、生きてゆくために働いてゆく、それだけでいい、そう思えるだけでいい、部屋のカーテンをあけてベッドサイドに置かれた時計を見ると午後4時になっていた。ホテルに着いたとき、ぱらついていた雨はやんで窓から見える目の前の島には空から光が階段のようにさしこんでいた。日が落ちるまであと2時間ほど。私が幼い頃に見ていた日が落ちてゆく瞬間をできるならあの場所で見たいと思った。
「少し外出してきます」
ホテルのフロントにキーを預けて玄関の外に出た時、ホテルのマイクロバスから男の人が降りてゆく姿が見えた。ホテル前のバス停の時刻表を見るとちょうどバスがくる時刻だった。もう『むすび』の店がなくなって20年も経つのに、まだ行き先には『むすび前』のバス停も表示されていた。すぐ着くというのに私は乗客の誰もいないバスに乗って、次のバス停『むすび前』のアナウンスが聞こえてくるとすぐに『降ります』ボタンを押した。
運賃箱に整理券と150円を入れたあとで
「もしかして命日のお参りですか? 」
運転手に声をかけられた。
「はい」
私は返事をしたあとで
「父と母をご存知なんですか? 」
と運転手に聞いた。
「ここらへんは田舎でお弁当屋なんてないでしょう? お母さんの節子さんに無理言って時々、バス停でテイクアウトお弁当を受け取っていました。時々、今でもここで手を合わせておられる方は見かけますよ」
「ありがとうございます」
私はバスから降りて再び一礼した。
腰掛けようと思っていたパラペットはまだ少し濡れていた。
『プップッ──』
バイクのエンジン音が聞こえたかと思ったらクラクションがなってスクーターが私の直ぐ側に停まった。
「海!! 」
春也さんだった。
「春也さん? 」
「なんでこんな時間にここに? 」
「父と母が泊まった陽光の部屋を25歳の誕生日には泊まろうと決めてました。そして久しぶりにここからの夕陽を見たいと思ったんです」
「マリコには……、連絡してるわけないよな? あいつ、ひと言も海のことは言ってなかったし」
「いいんです。ほっといて、って言ったのは私です。春也さんにも、マリコさんにも充分過ぎるほどよくしてもらいました。もう私は大丈夫です」
「節子さん、そっくりだなぁ。そうやって精一杯、人を突き放そうとするところが。ここでさ、ひとりが海を見ていたんだよ。良太のことを思いながら。俺が何度もかっさらおうとしたけど、揺れていたのに柳みたいに根はしっかりと良太と決めてたんだろうな。海もそんな人がいるのか? あの雅って男……」
雅さんの名前を口にした春也さんの顔色が変わって私が春也さんの目線の先を見るとそこには雅さんがいた。
「一緒に来たのか? 」
「いいえ、全く」
「僕も今、ふたりが話してるのが見えてびっくりしていました。本当のことを言うと随分と前に陽光の部屋を予約しようとしたのにもう先客がいたから、もしかしたら海さんが宿泊するのかも、とは思っていました」
「また邪魔者だな。海、たまにはうちにも寄ってくれ。翔だって会いたいだろうし、マリコだっていつまでも元気なわけじゃないんだ」
春也さんはそう言うとスクーターのエンジンをかけて私と雅さんに手を振った。
『ふうっ』私は1度、息を吐き出して雅さんの方を見た。
「海さん、久しぶり。ちょうど5年ぶりかな」
「ですね。雅さん、なんでここに? 」
「迎えにきた。ここにいつまでも、止まったままの海さんを──、なんていうのはおかしいけど会えると思ったから」
「そんなのラインしてくれれば」
「僕も海さんも自分からはしたくない派だろ? 似たもの同士だと思うんだけど違う? 」
「なんか嫌です。他人からわかったふりをされるのは本当に嫌です。当ってますけど」
私が笑うと雅さんは真剣な眼差しで
「やっぱり好きだったんだ、春也さんのこと」
そう口にした。
「好き、だったんだと思います、多分。私にとって春也さんは初恋の人でマリコさんは女としてのライバルだった──、20歳の私は必死でその気持ちを抑え込んでましたけど」
「そっかぁ、素直に認められると余計になんか叩きつけられた気持ちになるもんだな。こういう気持ちになるのが嫌でフラフラと手軽な恋愛ばっかしてきたバチが当たったみたいだ」
「雅さん、なんかモテる人みたいな台詞言ってますよね? そんな手軽な恋愛だなんてちょっと似合わないです」
「本当のことだよ。いくらだって恋愛ごっこはできる。気持ちが先か、体が先か──」
全部、父と母は聞いているのだろうか? スピリチュアルな話は大嫌いだった。試練は乗り越えられる人だけにやってくるとか、子供は親を空から選んで生まれてくるとか──、それはただの気休めの言葉だ、本当は半分はビジネスの効果のないお守りみたいに。寝心地のいいソファーにもなれない、一瞬だけ鼻水を拭くティシュペーパーみたいなもの。だけど、そんな私でも父と母の魂が命日の日だけここにいるとしたら、雅さんとの会話を聞いてどんなふうにおもうのだろう? 『やめとけ!! 』と思うのだろうか? それとも『好きにしなさい』と背を向けるのだろうか?
「海さん、さっきからずっとなにか考えてるでしょ? 頭の中でつぶやいてるみたいに」
「父と母が今、この状況を見ていたら──、なんて考えてました」
「そっかぁ、その男だけはやめとけ!! って言うかな、きっと」
話をしている間に少しずつ日が落ち始めていた。オレンジを燃やしたような赤い炎とは違う夕日。この夕日を父と母と3人が見ていた。
「今日が終わるね」
「暮れてゆきますね、海、綺麗だろ? こんな夕陽が見られるのはありがたいことだぞ」
そんな声を思い出したら自然と涙が流れていた。どうしてここにいてくれないのだろう? どうして死んでしまったのだろう? 残ってしまったのは空き家になった西田の家だけだ。
「海さん? 」
「ごめんなさい。父と母とここで見ていたことを思い出して──」
「僕はさ、もうずっと夜に働いてる。日が沈む前に出勤して日が昇る時間に帰宅する。時々、もぐらみたいだな、って思ってる」
「もう書かないんですか? 小説? 」
「なんで? 」
「雅さんを知るには小説が1番かな、って思って。私、1度だけ雅さんの部屋から投稿してそのまんまなんです。私には書きたい気持ちが湧いてこなかった。それより雅さんの心が読みたいと思うことは何度かありました」
「読みたいって言ってくれる人がひとりでもいればありがたいかな」
落ちてゆく日に平行して私と雅さんはホテルへと歩いていた。
『イコール』の間には海があった。
「すげぇ、今、夕日と平行して僕ら歩いてるじゃん!! 間には海がある」
私が考えていたことを雅さんが前を向いたままで声に出した。
「雅さん、夕日と私達はイコールみたい」
「イコール? 等しい? 」
「そっ」
生き方に答えなどない。
でも25歳の誕生日の夕暮れ、私は歩いてゆくべき場所がほんの少しわかった気がした。
その日のことを5年ぶりに『世界は僕を見ていない』その筆名で私は投稿した。誰も読まなくてもいい。ただ沈む笹舟を浮かべただけのことでも──。
私はただ印をつけたかったんだ。
その日の私と雅さんに。
言葉の印を。
イコールを。
落ちる日と平行して歩いた瞬間を。
どうしても変わらずにはいられないから、振り返った時、ちゃんと見えるように私はそのままをただ言葉にした。
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