欠けたチョコレート

ぱり

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「みりん…も大さじ1か」
計量スプーンにとぷとぷみりんを注ぎ、鍋に投入する。最近料理をするようになって、大体のごはんの良い匂いは砂糖と醤油と酒、みりんで出来ていることを知った。和食の香りと言うのかな
鍋はぐつぐつ肉や野菜を煮込んで湯気をいっぱい吐き出している。あとは冷凍ごはんをあっためて、サラダの用意と…
次の工程を考えながらまな板を洗っているとドアから電子音が聞こえた。ピピ
ガチャ、とドアが開いて
「ただいまー、あぁいい匂いだね」
と広野が微笑む
私は少し照れながら今日も幸せを噛み締める。

いつも料理をしていると時間がなくなってパタパタしているところを広野に見られてしまう。いつか余裕を持って迎えられたらと思っているのに。しかしそれも関係なく広野は嬉しそうに私の後ろから料理を眺めては「これは何?」「美味しそうだなぁ」「未来はシェフだね」と褒めてちぎってはわたしに食べさせてくれる。後ろから抱きしめて「ありがとう」と言ってくれる。私はたまらなくにこにこしては広野の腕をぎゅっと握り返す。


広野と出会ったのは本屋カフェだった。
本屋にカフェが併設されていて、好きな本を好きな席で読むことができる。なんて最高なシステムなんだろうと私は感動し、大好きな抹茶クリームフラペチーノを飲みながら好きな作家の本をペラペラめくっていた。
確かその日は友達と遊ぶ予定だったのだが互いに遅刻癖があって、案の定予定している30分後に私が着き、その15分後に友達から遅れる連絡が届いた。自分も待たせることもあるのでゆったり本屋をうろうろしていたらこのカフェを発見し、どうせまだ1時間は来ないのだからと嬉々として入店したんだったっけな。
たまたま私の席の隣に座ったのが広野、
だった訳ではない。
その方が運命的でステキだが残念ながらそんな運命はあらず、私は黙々とページをめくってはフラペチーノを飲み、時々携帯を確認していた。
思った以上に友達はなかなか来なくて1時間待った時点でまだ電車にも乗れていない様子が文から読み取れた。まぁそれでも構わない。私には本と美味しい飲み物があったので無敵だったのだ。

読み終わった本を戻し、本棚の海を彷徨っていると気になる本に目を留めた。
「ペンギン…」
小さくつぶやき作者名を確認して手に取ろうとするとスッと横から手が伸びた。
あっと声に出そうになるのを堪えて本の行方を目で追う。
そこにいたのが広野孝だった。
言っておきたいのだが私はお墨付きの人見知りであり、できる限り人と関わらず平穏に過ごしたい人種である。
のに
この時の私は私ではなかったのだろうか
今でも不思議に思えてならない
「あの…」
私は自分の声が聞こえたことにびっくりしていた。広野は視線を本のページから私に移して聞こえてきた声を探るようだった。
他人の私に向けるには優しすぎる眼差しで、なんだか日向に手を浸している気分になった。
「それ、面白いですか?」
私はこの時初めて広野に話しかけたのだ。それは多分人生の岐路だったと思って良いと思う。良くも悪くも。


結局その日友達は来れなかった。というかその時点でランチの予定が崩れていたので別日に変更したのだ。
おかげで私は広野と読書談義をたくさん交わすことが出来たんだけど。
「どういう作家が好きなの?」
「割と好きな人が決まってて…だから新しい本に出会いたくて、色んな作家さんを開拓したいんだ」



キラキラした時間だった。あっと言う間に時間は過ぎて閉店の音楽が流れて心底驚いた。「もう…そんな時間…?」
広野も驚いた様子で「とりあえず出ようか」と促してくれた。
さっきまで普通に話していたのに手持ち無沙汰になったおかげで2人は夜の店の外でなんとも気まずそうだった。
「じ、じゃぁ…私はこれで…」
急に人見知りスイッチが戻った私はそそくさとその場を後にしようとした
「あっ待って、連絡先だけでも」
私はすぐ振り返って広野の姿を見た
「連絡先、交換しない…?」
おずおずと申し出る広野を見てあぁ、この人も同じ人種なのだと悟った。勇気を出して言ってくれたんだ。
私は心臓の音で体が浮き立つように広野と自分の携帯を覗き込んだ。
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