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疫病の旅編

身籠り印が出た聖女は産婆さんを見つけ微笑む

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「レイ…レイ、大好きだよ」

「優里様…僕、もう…ふ。んっ」

私はレイに深い深いキスをした。




今日はレイの日だから、私はレイをたっぷり甘やかす。


旅の間は二人きりの時間がなかなか取れない、だから馬車の中で二人の時間を強制的に作る様にしているのだ。


勿論二人きりになるとそういった雰囲気になるもので、今日も揺れる馬車の中レイの上に私が乗っている状態だ。



「あれ…優里様?」



私がレイを美味しくいただいた後、いつもの様にレイの膝の上に座ったままの私の耳たぶを見たレイが少し驚いた表情をしていた。

私は耳にピアスホールを開けたり、ホクロがあったりする訳では無いのでどうしたのかとレイに問いかけた。



「どうしたの?何かついてる?」

「い、いえ…ついているというか…うっすらと出てます」

「ん?何が出てる?」

「身籠り印が出てます…」

「んん?身籠り印??何それ?」



私の耳たぶをぷにぷにと触りながらレイがそんなことを言うが全く意味がわからない。

そんなわたしの様子に気づいたレイは『あぁ、そうですよね』と合点がいったという素振りをして話し始めた。


身籠り印とはなんなのか知らない私に対しレイはやや興奮しつつ説明してくれたのだが、その内容に私は驚いた。



どうやらこの世界では妊娠すると『身籠り印』と言う蕾の形の刻印が耳たぶに浮き上がるらしい。…とても不思議だ。

耳たぶなので自分では気付くことが出来ない上に、今鏡は無いので見ることは出来ない。

どんな風になっているのか興味があるが、今知ることは出来ないので残念に思いつつレイの話を聞く。



この印は女神様からの贈り物らしく、印の形で性別がわかったり、出産が近くなると花が開いたりするらしい。

私は「異世界すごい!」と感心したが、同時にエコー等がないので出産時に何か問題があったらどうするのか心配になった。

元の世界の出産の知識は何となくだが知っているので、それが逆に私の不安を煽る。

友達の話を聞いた時にそんなに検査をするのかとびっくりした経験があり、この世界で検査はどうするのかと一気に頭の中が混乱する。


一先ずレイに「逆子だとどうするのか?帝王切開のような手術はするのか?」と、恐る恐る聞くと不思議な顔をされた。

この世界では魔法があるのでどうにかなるのかもしれないが、この旅をしていて妊婦さんは見た事がない上に手術の様な概念があるとは思えなかったからだ。

私の顔が不安と心配で曇っていたからか、レイは安心させるように背中を撫でてくれながら話を続けてくれた。


どうやらこの世界で赤ん坊は魔法膜に包まれ1ヶ月で出てくるらしい。…恐るべし異世界。

なので、赤ん坊が大き過ぎたり逆子だったりでのトラブルは基本ないらしいが…ただ、魔力がない赤ん坊の場合は魔法膜が張れないので生まれてきても亡くなってしまうことが多いそう。

なので、身籠り印が現れたことがわかったらすぐに産婆さんに魔力の有無を見てもらい、魔力がない場合には外部から魔力の膜を張ってもらう必要があるとの事だ。

妊娠出産で気を付ける事は魔法膜だけで、基本的には子供にも母体にも影響は無いらしい。

そして生まれてきた赤ん坊は魔法膜が自然と破れるまで安全な場所で寝かせておくらしい、大体1週間ほどで3キロほどの赤ん坊に成長するとのことだ。

産む時は手のひらサイズだと言うので私は驚いたと同時に少し安堵した。


(やっぱり大きくなればなるほど出産の痛みはあると思うし…。初産が異世界で良かったかも?)


ちなみに膜の中で子供が成長するその間は膜守りが面倒を見ることが多いそう。膜守りとは子供を見ることが仕事の人のことを言うらしい。

両親が見守る事もあるらしいのだが、基本的には膜守り見守るらしい。

その理由は、未熟児として産まれそうになった場合に魔力を調整して膜を保たなくては行けないのだが、その調整はとても難しく膜守りを雇った方が子供の為だそうだ。

私の知らないこの世界の常識に驚き目を白黒とさせつつ、妊娠から出産までの期間が1ヶ月しかない事に更に驚く。



「え?じゃあ一ヶ月後には私ってままになるの!?」

「そうなりますね!とても楽しみです、皆に知らせなければ。」



とても嬉しそうな顔をしながらレイが私のお腹をさする。


(うーん、全然実感がない。)


それから馬車の中でレイと子供の性別の話や名前の話などしながら楽しく時間が過ぎてゆき、あっという間に次の村に到着した。







馬車を降たレイが小走りでヴェルの乗っていた馬車まで行き、降りてきたヴェルに対してとても嬉しそうに私の妊娠を報告していた。

そんな2人の姿を見ていると何だか私の心はソワソワと落ち着かない。

嬉しさや不安が入り交じったこの感情はどう表現するのが良いのだろうか?

ヴェルがレイの言葉で驚いている素振りをしているのをぼうっと眺めながら、私は母親になる責任感をジワジワと感じていた。


(私はこの子にとって良い母親になれるのだろうか?私の母親の様になれるのだろうか?)


そんな不安を心に抱きながらその場に立っているとレイとヴェルがこちらへ小走りでやってきた。


「優里様!おめでとうございます!」



そしてヴェルが唐突に私の前に跪き恍惚とした表情をしながらそういってきた。心から喜んでる様が全身から滲み出ていてつい笑ってしまった。

その素敵なヴェルの姿にあるはずも無い犬耳とぶんぶんと振られるしっぽが見える様だ。

ティルはレイとヴェルの会話を聞いていたようで、私達へと近づいてきてぶっきらぼうに『おめでとー』と言ってどこかへ行った。その表情は少し曇っているようにも見えた。

ティルの様子が少し気になったが、レイとヴェルが興奮して子供の話をするのでそちらへと意識が向いた。



私と夫達がワイワイと子供の話をしていると、後続の馬車から降りたリュカが眉間に皺を寄せながらやってきた。

あの騒動の後からリュカは少しずつ話をしてくれたりと私とも関わりを持つ様になってくれたのだ。

相変わらず眉間のシワは取れないが、最初の頃とは違った表情をしている。



「なんの騒ぎですか?到着早々に騒がしい…」



そう言った言葉を吐くリュカの表情は以前とは違って柔らかい。

言葉に棘はあるが、この1ヶ月で大分と仲良くなれた気がする。



「どうやら私妊娠したらしいんだよねー」

「はっ!?ちょ…、こっちにきなさいよ!」



私が妊娠したことを伝えるとリュカの瞳が大きく揺れ、焦ったように私を人の視線が集まらない馬車の裏がわへと引っ張った。

どうしたのかと挙動不審になる夫2人に対して私は『大丈夫だよー』と目で合図しつつ手をひらひらと振りリュカに大人しくついてゆく。

夫2人もリュカが私へともう危害を加えるとは思って居なさそうなので安心だ。

初めの頃はギクシャクもしたし、2人ともリュカを私が許したのでどうにも釈然としない様子だったのだか、時間が経ちいい方へ向かってくれたようだ。

レイなんて色々あったのは理解したがリュカを許したくない!と騒いだり、ヴェルはそれはそれこれはこれとリュカを吊し上げようとしたりと大変だった。

リュカに手を引かれながらそんな事を思い出しつつクスクスと笑う私を、眉間に皺を寄せたままのリュカが一瞥したが知らないフリをしてついて行く。


馬車の裏側に着き辺りをキョロキョロとした後にリュカが少し声を抑えながら私に話しかけてきた。



「あんたね!どうすんのよ?聖女だから多分魔法膜は自力で腫れるとは思うけれど…産婆さんはどうするのよ?こんな旅の途中で妊娠なんて…あ。いや、違うわね。聖女は子供を産むことが第一だものね…ごめんなさいちょっと履き違えてたわ。で、どうするのよ?」

「この世界の妊娠が私よくわかってないからなんともなんだけど、リュカはどうするのが一番いいと思う?」



リュカも混乱しているのだろうか?早口で私にそう言ったリュカの目は心配の色を宿していた。

そんなリュカに対して私はこの先どうすべきか相談することにしたのだ。

そう、私はこの世界での妊婦の生態が全くわからない。

なので、どうするのか聞かれてもそもそもどうすべきかわからないのだ。

これからどうしようと思っていた時にリュカからそう言われた私は素直に相談してリュカの意見を聞いてみる事にした。

リュカは顎に手を当て少し考えた後、私を見て色々なことを説明してくれた。

その話を聞いた私はリュカに何度か質問を投げかけながらこの世界の妊娠出産の知識をつけることができた。


リュカからの説明が終わりリュカから『んで、どうするのよ』と聞かれた私は迷わずこう言った。



「リュカが私の産婆さんになってほしいのと、残り二つの村を回ったら王都に戻って子供を育てる事にするわ!」



幸いにも疫病の旅も後少しで終わるのでそれが終わったら王都に戻り出産に向けて準備する事にした。

リュカに産婆さんをお願いしたのは、リュカが産婆さんの役割をこなせる事を聞いたことが理由である。

やはり初めての出産は不安が付き纏う、そんな中リュカがいてくれたら心強いと思ったわけだ。

王様からは妊娠出産は全力でサポートするとは聞いていたが、初対面の人より見知ったリュカの方がいい。



「はぁ…。わかったわよ、私はあんたの補佐を任された身だもの。色々しちゃった罪滅ぼしじゃないけど…あんたがそれで良いって言うなら私は全力であんたをサポートするわ」



少し呆れた表情をしながらそういったリュカの表情はどこか嬉しそうだった。








…この出産が後に大混乱を巻き起こす事を今の私は気づいていなかった。いや、例え知っていたとしても私は同じ行動をとっていただろう。

ただ、知っていたらもう少し何かができたんじゃないかと思う。

この頃の私は自分のことで精一杯で…言い訳になるけれど、周りに気を配ることができなかったのだ。

時間を戻すことができたら『もう少し周りに気を配ってたのに』と後悔を何十年も引き摺る事になる未来が来ることを今の私は知る由もない。





『疫病の旅編』終わり。

次は『不穏な王都編』になります。
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