魔都の夜をニンジャが翔ける

阿部正行

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第一章

第6話 観察

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 戦いの気配が強くなると耕助はすぐに街道脇に生えている樹々に飛び込み、姿を見られないように身を隠しながら近づくことにする。
 誰と誰がどうして戦っているのか、これらが全く解っていない状況でそのまま突っ込むつもりはなかった。

 そして現場に着くとまず目についたのは巨大な熊だった。
 地球において最大の熊は三メートルくらいだが、それよりも二回り以上大きい巨熊が手当たり次第に暴れているのだ。
 辺りには熊による攻撃だろうか、巨木が半ばから折られなぎ倒されているところを見るにその図体に見合った破壊力を持っているようだ。
 咆哮をあげて猛っているそんな巨熊と対峙しているのは二人、それも女性だった。

 一人は鎧姿で剣を持っているが、戦士と言うよりも騎士といった感じで自分の数倍はある巨熊に怯むことなく立ち向かっている。
 もう一人はゆったりとした、それでいて華美なローブを着て身長ほどもある杖を持ったいかにも魔法使いといった様相で何やら呪文のようなものを唱えている。
 どちらも二十前後のノーブルな美しさとでもいうのか気品や凛々しさを感じさせる美人で、顔立ちがよく似ているところを見ると姉妹なのかもしれない。
 そんな二人が前衛と後衛に別れて巨熊と戦っていて、女騎士の方が巨熊の前に立ち繰り出される巨腕の攻撃を回避して注意をそらしている中で魔法使いの方が高らかな声をあげる。

「アイスランス!」
 その言葉と共に一メートルはある氷の槍が眼前に浮かび上がったかと思うと、巨熊へと飛翔する。

「あれが魔法か……」
 この世界の簡単な知識と常識はバルナルドから聞いており、魔法が存在することは知っていた。
 当然『エターナルワールド』でも魔法は存在したが、やはり色々と違うようだった。

 氷の槍は巨熊の胸元付近に突き刺さるが、僅かにうめく程度で致命傷には程遠い様だ。しかし怯ませることは出来たようで、その隙に女騎士が巨熊の足元に斬り付ける。
 だが剣は針金のような体毛と分厚いゴムタイヤのような皮に阻まれて僅かに出血させることしかできず、巨熊からしてみればこれもかすり傷程度しか与えられない。

 女騎士はすぐさま離れ構え直し、魔法使いの方も新たに魔法の詠唱らしきものを唱え始める。
 二人とも戦う意思は衰えていないが、耕助の目から見ても圧倒的に不利なのは否めず、このままだと時間の問題なのも間違いない。

「助けにはいらないのか?」
「いや……もうしばらく観察したい」
 耕助はほんの僅かでも見落としてたまるかとばかりに瞬きすらせず、生まれて初めて見る命がけの実戦を見ていた。

 耕助にも戦いの経験はある、しかしそれは『エターナルワールド』内においてで、どれほど現実に近かろうとも仮想現実であり本当の実戦ではなく試合や訓練のようなものだ。
 だがPVPと呼ばれる対人戦闘ではそれこそ本気で、全身全霊で挑んでいたしそれは対戦相手も同じで、確かに命の危険は無かったがそれでも真剣勝負であることには変わりない。
『エターナルワールド』は己の全てを捧げていたと言っても過言ではなく、そしてあの何千何万と繰り返した戦いが全くの無駄だとは思わない。
 それが果たしてこの世界で通用するのか、ライバの身体は確かに規格外だが自分がそれを活かせるのか……耕助はそれを見極めようと観察していたのだ。

 そんな耕助の熱視線にさらされているとは気づかない戦闘中の二人が目配せをする、どうやら勝負に出る様だ。
 魔法使いの方が集中しはじめるがどうやら長い詠唱が必要なようで、それまで細かな魔法での援護により何とか対応できていた巨熊相手に、女騎士は完全に単身で挑むことになる。
 何とか注意を引き付け回避し続けていたが、とうとう熊のナイフのような爪が女騎士に届いてしまう。

 直撃ではなく掠った程度ではあるがその威力は凄まじく、まるで交通事故のように吹きとばされて地を二転三転したあと何とか剣を杖代わりにして立ちあがるが、明かな重傷でこれ以上の戦いは難しそうに見えた。
 しかし粘った甲斐はあったようだ、魔法使いの詠唱が終わった。

「アイスストーム!」
 魔法使い渾身の叫びと同時に、巨熊の全身は包み込むかのような氷の嵐で覆われる。
 どうやら局地的なブリザードを起こす魔法の様で、拳ほどはあろうかという氷の塊が荒れ狂う風の中で飛び交っていて、風向きのせいか距離のある耕助にまで冷気が感じられる。
 魔法使いの方は今ので気力を使い果たしたのか、顔色を悪くし少しよろめいている。

「や……やったの?」
 苦し気な、それでも期待に満ちた女騎士の声だったがすぐにその顔が驚愕に変わった。

 凍てつく嵐が収まったそこには巨熊が変わらず立っている。勿論無傷ではなく全身から血を流し凍傷で身体が半分凍り付いているかのような有様だが、その眼には自分を傷つけた者に対する明確な怒りがあった。
 手負いの獣を作り出してしまったと解り、二人の顔にも明らかな焦りが浮かび始める。

 切り札だったのだろう魔法が通じなかったのだ、これで耕助の目から見ても勝敗は決まった。
 女騎士のほうは負傷しており今までのような動きは無理だろうし、魔法使いの方も疲労困憊でこれから逃げるというのも無理だ。

「これまでの様だな、あの二人もうすぐ死ぬぞ」
 相変わらず淡々とした物言いだがミケも同じ感想の様で耕助は頷いた後決意する。

「そうだな……お前はここにいろ、姿を見せるな」
 バルナルドはミケには驚いていたので、喋ることができて回復もできる猫という存在をあまり他に見せない方がいいと判断したのだ。

「おや、助けるのか?」
「……観察させてもらった礼はしたいし、情報も聞きたい」

 人を助けるのに理由はいらない――などとそんな格好いいことを言うつもりはない。
 勿論純粋な善意で助けたいという思いもあるがそれだけではなく、彼女たちを助けようと思ったのにはいくつかの理由、そして打算がある。
 バルナルドに聞いた限りでは物騒な世界のようなので早めに実戦経験をしておきたかったいうのが大きく、あの熊は捕食が目的のようなのでいざとなればあの二人を囮に逃走もできるだろうというかなり外道な理由だ。
 それに見たところそれなりに裕福なようでもあるし、こんな絶好の危機的状況を助ければ後の見返りも期待できるというもの
 そして何より一番大きいのは

「まあ一切負ける気がしないからな」
 観察して得た結果がこれだったからだ。
 初めての戦闘で多少の緊張と気分の高揚はあるが、恐怖は微塵も感じない。
 これは侮りや油断などではなく、どう転ぼうが巨大な象が子猫相手に対して負けるはずがないという動かしようのない事実、それほどの隔絶した実力差を確信していた。

「あとは実際に戦いそれを証明するだけだ」
 耕助は一回だけ深呼吸をすると、樹々の中から飛び出そうとして――ミケに念を押す。
「……あ、万一俺が怪我するようなことになれば合図を出す。その際にはすぐにここから出て【治癒】してくれ。いいな、絶対だぞ」
「今一しまらんな……健闘を祈る」
 ため息を一つついてミケは主を送り出した。




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