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第一章 ラントリールの悲劇

第2話 勇者が村にやってきた

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 ブンさんが扉を開けた先にいた見知らぬ三人組の一人が、ブンさんを見るなりその手に持っていた剣を振り下ろした。
ブンさんの体からは血が吹き出しその場に倒れ込んだ。
誰かが目の前で死んでしまうという光景は、今まで見たことがなかった。
あんなに優しくていつも楽しい話をしてくれて、僕たちのことを大切にしてきてくれたブンさんが、
この一瞬でこの世からいなくなってしまった事実がとても信じられなかった。
あまりにも急すぎる出来事で、何が起こったのか理解ができなかった。

「何か魔物が出てきてビビったけど、一撃で倒せるとか弱すぎじゃね? こいつゴブリンか? ゲームみたいに青い血じゃないんだな。
さてさて初討伐の経験値は…… んだよコイツ経験値1かよ!  少ねぇなぁ、マジでただの雑魚じゃん!」

 さっきブンさんを殺した男が何かを話している。

「ってかさコウイチちょっと見て? ここ魔物も村人もいる感じじゃない? もしかして、魔物に襲われてる的な? 私達で村人助ける?」

 隣りにいた女が何かを話している。

「そいつはいいな! 流石だぜマヤ! おい、 ケンジもわかったか? ここにいる魔物共全員まとめて退治して村人助けてやるぞ!」

「う、うん。わかったよ」

 後ろにいた男も何かを話している。
なぜコイツらはこんなにも平気な顔をしているのだろう。
話の内容はほとんど理解できないけど、人間と魔物を別扱いしているのだけはわかる。
同じ世界に生きる仲間なのに、友達なのに、家族なのに……。
もしかしてこいつらは別の世界から来たのだろうか?
だからといって急に斬りつけるなんて行動は僕には理解できなかったし
多分周りの皆も同じ気持ちで呆気にとられていて、動くことも言葉を発することも出来なかった。
ふと思考が動き出した時、逃げなければという考えが頭の中を支配し、僕含め皆が一斉に外に出ようとしたが、入り口をケンジと呼ばれていた大男が塞いだ。

「モブの村人達~? これからやることがあるんだから逃げないでいてくれるかなぁ? これ、見えているよねぇ?」

 ケンジは背中に背負っていた大きな斧を手に取り、それを自慢気に見せつけながらニタニタと笑っていた。
そのギラリと鈍く光る斧と不気味な笑顔を前に、僕たちはその場から離れて座り込むことしか出来なかった。

「はーい! 落ち着いたところで、そろそろ村人の皆さんを助けてあげますよー!
では気持ち悪いゴブリン共を全部殺しますね」

「お前たち何言ってんだよ! 皆は大事な友達だよ!」

 とんでもないコウイチの発言に、僕は思わず声を出していた。
ブンさんを殺しただけでは飽き足らず、他のゴブリン族の皆までも殺そうとするところを、見過ごすことが出来なかった。
僕の発言に続きそこにいた皆が一緒に声をあげてくれた。

「は? マジ? モブ共が口答えとかすんの? キモ。
ってかゴブリンは悪だって常識で決まってんだろ! ちょっとしか経験値がもらえなくても少しでも貰えるものはもらうのが普通だろ。
あ、わかったわ。このモブ達ゴブリン共に洗脳されてるんだな…… 可愛そうに……
これは『洗脳された村人をゴブリン共から救え!』的なクエストなんだな! 早く洗脳解いてあげないとな!」

「お前人の話を……」

 僕が訴える前に三人は近くにいたブコ村の人たちを
まるでおもちゃで遊ぶように笑いながら殴りつけたり切りつけたり
マヤは人間なのに魔法を使ったり、ケンジとコウイチは笑いながらブコ村の皆を惨殺していた。
先程までの穏やかで楽しかった集会場は、この世のものとは思えない血なまぐさい場所になってしまった。
もう足に力が入らなかった。

「あーあ。ゴブリンってやっぱ序盤の敵だから弱いんだなぁ。
倒した魔物の死体って勝手に消えたりしないんだな。
なぁマヤ、炎系の魔法で焼却処分してくれなぇか?」

「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ! めんどくさいことしたくないんだけど! このまま外に出れば良いじゃない!」

「それはそうなんだけどよぉ、なんていうかさ魔物や建物が燃えるところを生で見れるのってレアじゃね? 絶対この世界じゃないと出来ないやつじゃね? せっかく異世界転移できたんだからさ、もっと楽しもうぜ?」

「それもたしかにそうねぇ。
じゃあここにいる村人もついでに燃やしとく?」

「それは可愛そうだよマヤ! 僕たちは正義の勇者なんだから洗脳されてた可愛そうな村人は殺しちゃいけないよ! それにやりたいこともあるしね」

「それもそうね、報酬もらえないのは残念だしまたの機会にするわ。
じゃあ最後に定番のひと仕事やっとく?」

「おう、そうだな。
さぁ村人さん達ー? とっととここから出ていきな! そしてこの村にいる村人を全員集めてきな! もしまだ反抗するやつがいるなら殺してあの死体の山の上に乗せちゃうけど…… どうする?」

 コウイチの脅しに僕たちはただ従うことしか出来なかった。
ブコの村の皆を守れなかった悔しさや怒りもあったけど、何よりとても怖かった。
集会場を出るところで、少しだけ後ろを振り返るとコウイチ達は壺を壊したり、タンスの中身を漁ったり
金目のものが無いか探しているようだった。
コイツらにとってのひと仕事は盗みのことだったんだ。

「さすが最初の村だな、まともなアイテムが一つもなかったなぁ。
なんか汚ねぇペンダントみたいなのがあったけど、どうせ大した金にならないからあんたら村人にやるよ」

 三人が集会場から出てきた時、コウイチが何かをこちらに放り投げてきた。

「おい! 俺がてめぇらみたいなモブキャラにアイテム恵んでやったんだぞ! 泣いて喜びながら礼を言うのが当然だろ! なぁ? 礼をしないどころか報酬すらよこさないってんなら仕方ねぇ。
この村にある良さげなアイテム全部もらっていくぞ? 人に感謝できねぇようなやつらになら何しても問題ないしな」

 元々集会場にあったものを盗んで返しただけだから礼なんて言うはずがないのに
僕たちの価値観とはあまりにも違いすぎて全員空いた口が塞がらなかった。

「ねぇコウイチ。こんなシケた村とっととおさらばしない? 私達は魔王を倒して世界に平和をもたらさなきゃいけないんだから、こんなところで寄り道していられないわよ?」

 片手で炎系の魔法を使って集会場を燃やしながら、マヤは言った。
生まれたときからずっと一緒だったブコの皆が燃やされてい。
思い出の集会場が燃え盛る炎の中どんどん形を崩していく。
僕の平穏な日常は一瞬で崩れ去ってしまった。
それのこの世界の平和を守ってくれている魔王様を倒すなんて、一体何を考えているんだろう。
理解しようとすることすらもう嫌になってきた。

「それもそうだなぁ。
…… あー凄ぇ燃えてんなぁ、こんな感じなんだな」

「ねぇ二人とも! 大事なこと忘れてない?」

「んーアレか? なぁケンジ、お前マジでやるの?」

「もちろんだよ! そのために村人を生かしておいてあげたんだからね!」

 ケンジは光の無い目でニタァっと笑った。
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