The Anti Hero

Patrick Silvestre

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Columbus Day

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見よ。蒼白い馬がやってきた。
跨る者の名は"死"
これに付き随うは"黄泉"
     -ヨハネの黙示録


10月第2月曜日。ニューヨークの摩天楼は暗い雲に覆われていた。朝から断続的に雨が降っていた。時刻は21時になろうとしている。長時間のデスクワークで疲れた目を押さえながら、マシューはふと思い出した。
そうだ、今日はだった。


その時、署内の電話が一斉に鳴り始めた。まるで、これから起きる一大事を懸命に知らせるみたいに。

「こちらマンハッタン16分署 マシュー刑事」

反射的に受話器を取った。

「6thアベニューのヒルトンホテルに今いるんだが、最上階から男が飛び降りようとしてる!今すぐ止めさせてくれ!」

40、50代。男性。わずかにイギリス訛りがある。声の調子から、緊張感よりもトラブルに巻き込まれた苛立ちの方が強いと分かる。瞬時にここまで分析した後、マシューはなるたけ落ち着いた声で応答した。

「分かりました。これから2、3お伺いしますが、落ち着いて答えてください。男は1人ですか?」
「あぁ。そんなことより早く…」

男の発言を遮って質問を続ける。

「ホテルの地上に人は何人くらい集まってきていますか?」
「うぅん… そうだな…私も含めて10人くらいだ。」
「分かりました。すぐにそちらへ駆けつけます。」

もう10人か、マスコミが嗅ぎつけるのも時間の問題だな…
デスクの引き出しからバッジと銃を取り出し、パトカーに向った。


喧しいサイレンを鳴らしながら、パトカーは6thアベニューに向かっている。車内にはマシューと相棒のエリック、交渉担当のスタンが言葉も交わさず座っている。

エリックとはパートナーを組んで5年目になる。ヒスパニック系で、年齢はマシューより1歳若い。必要以上に頤を開かない寡黙さをマシューは気に入っている。現場まであと数百メートルの地点で車内の静寂が破られた。

「…こちら16分署 署長のフィリップだ。」
「こちら16A。あと数百メートルで現場に到着します。」
「ついさっき本部から入った情報によると、今現在、全米規模で911が殺到しているようだ。軽犯罪の通報ばかりだが、数が多過ぎる。中には虚偽の通報もあるかもしれんが、詳細はまだ把握できていない。追って連絡する。」
「了解です、ボス。」

得体の知れない興奮を必死に押さえながら、マシューは現場に向かった。


ヒルトンホテルの正面ロビーには、鳩の群れにように人が殺到していた。交渉担当のスタンが従業員通用口から建物に入っていく。マシューとエリックもそれに続く。街中がパトカーのサイレンで溢れているのに、応援が来る気配は全く無い。どうやら署長の話は現実らしい。喝を入れ直してエレベーターで最上階へと向かう。

スタンが最上階スイートの扉をマスターキーで開ける。慎重にドアを押して中へ入る。リビングルームの大きな窓に件の男はいた。車1.5台分の距離をとってスタンが話かける。

「ニューヨーク市警 交渉担当のスタン・ドネリーだ。お前の名前が知りたい。要求は何だ?」
「……」
「直接の交渉が嫌なら交渉用の電話をここへ置いていく。受話器を取れば直通で私に繋がるようになっている。」
「……」

男は沈黙を守り続けた。
部屋を背にして窓枠に立っているので、反応が掴めない。

「今から近くへ電話を置きに行く。いいか、電話を置くだけだ。他には何もしないからじっとしていてくれ。」

マシューとエリックが、交渉用の電話をセットアップし、窓のそばへ持って行く。物音を立てずに、ゆっくりと。
その時、男が突然ジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。丁重にしたためられた封を開け、紙を取り出す。そして男は、三つ折りにした紙を広げて読み始た。まるで、何かの式典のスピーチみたいに。

「この世に正義は存在しない。悪もまたしかり。正義は悪の影法師。悪は正義の影法師。同じ役者が二役を演じ分けているに過ぎん。
かく言う私も、また役者。
これから始まる悲劇的な祭宴に参加できないのは断腸の思いだが、それも彼の思し召しならば諸手を挙げて受け入れよう。

さぁ、時間だ。」

歓喜も、興奮も、恐怖も何もない声色で一連のスピーチを終えた男は、そっと封筒をマシューの方へ差し出した。マシューはそれを受け取った。封筒にはヒルトンのロゴがプリントされていた。地上から烏合の衆の悲鳴が聴こえている。マシューが顔を上げた時、男の姿はそこにはなかった。封筒には、まだ男の体温が残っていた。

「ファック!!」

エリックの口から思わず憤慨の言葉が漏れる。
目の前で自殺志願者を救えなかった失望に浸る暇を与えないかのように、マシューの携帯が鳴った。

「…はい、こちらマシュー。」
「フィリップだ。今すぐCNNを見ろ!今すぐだ!」

電話は切らずに、テレビのチャンネルをCNNに合わせる。スイートルームの巨大なテレビは、そのスケールに相応しい状況を映し出した。

「何だこいつは?」

3人の警官が思わず口を開けてテレビを見る。
現ニューヨーク市長が庁舎前で拳銃を口に咥えている。SPと警官が懸命に投降を呼びかけている。
次の映像では、自由の女神像が真っ黒に塗られている。
さらに次の映像では、ハイウェイでバスが横転し火柱が煌々とあがっている。

映像が切り替わる。今度は、中絶反対デモの参加者たちと、リバタリアンとタスクフォースが三つ巴の大乱闘を繰り広げている。

映像が切り替わる。タイムズスクエアで数十台規模の追突事故が発生している。観光客が蜘蛛の子を散らした様に逃げ回っている。
全米規模で、このレベルの事態が同時に進行している様をテレビは延々と流し続けた。

「何が起こっているんですか、署長…?」

掠れそうな声を何とか振り絞ってマシューは尋ねた。
驚きを通り越し、混乱の域に達すると人は反応することを忘れる。

「分からん…
ただこれだけは言える。これは9.11の前轍を踏んだとか、そういうレベルを遥かに超えている。俺たちは、一体何をしてたんだ…」

凄惨たる光景もテレビの画面の中で見ると、現実味が薄まるものだ。マシューには、今目にしている光景が現実とは 思えなかった。否、信じたくなかった。

「コロンブスが大陸を発見し、先住民を虐殺した時もこんな光景だったんだろうか…」

窓から空を見上げながら、エリックはそう独り言ちた。
雨音と静寂が空漠としたスイートルームを支配した。
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