悪魔のシェアハウス

ユキマル

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メイドの能力を奪っちゃうぞ編

第45話『美しさと自由の終焉』

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 よく、漫画では『周りの空気』が変わったと表現しているけど
 まさか、自分がそれを生身で体験するなんて思わなかった。


『了解、ご主人様』

「……ッ!」


 清掃の悪魔が喋った瞬間、空気が変わったのを肌で感じる。
 悪魔が僕に向けて放った言葉は、人の声に近い音だった――

 しかし、不思議とシェフの時のように頭痛や吐き気といった体の不調は感じない。

 それに――

(静かだ……)

 目を覆いたくなるほどの惨劇がはじまるのかと覚悟していたのに、清掃の悪魔は片手でメイドの顔を地面に押し付ける態勢から変わっていない。

 メイドがぎゅっと強く閉じていた目を恐る恐る開いて、不思議そうな顔をして僕を見ている。

「あはっ、ははっはっ!!」

 そして、高らかに、勝ち誇ったように笑い声をあげた。やっぱり、さっきまでの弱弱しい姿は演技だったようだ。

「やっぱりね!お前みたいな、チャラい悪魔が強いわけがない!!!私はアンタみたいに欲望に忠実で腰を振るしか脳のない悪魔を騙してきたからわかるんだよッ!!」

「え~、酷い言われようだなぁ」

 メイドの声にいつもと変わらない口調で清掃の悪魔が答える。
 空気が変わったのは気のせいか?あと、命令したんだから動けよ。

「情けをかけてもらっただけ有難いと思いな!お前みたいな弱い悪魔、私の能力で簡単に」

「髪か、髪っ!」

「は?」

 勝ちを確信したメイドの声を遮ったのは、他でもない――僕だった。

 僕は、目に見える光景に声を出さずにはいられなかった。

「っ髪が……っいろ、白くなってるんだってば!」

 地面に押さえつけられているメイドには見えないのだろう。
 清掃の悪魔が触れている部分から、美しいピンク色の髪が……白くなっていた。

「さっきからお前は何をーっ!?はっ、えっ……っどうしてっ」

「あ、ようやく気付いたんだ?」

 動いた拍子に、白くなった髪が顔にかかったのか、メイドはさっきまでの余裕の態度が嘘のように激しく暴れ出した。

「やだっ……っ離せっ!!離せっっ!!」

「離してほしいの~?じゃあ、名前教えてよ」

「っ……」

 温度差のありすぎる会話に僕の背筋がゾクリとした。話してる間もメイドの髪はどんどん白くなっていく。激しく抵抗しているメイドを清掃の悪魔の手が笑いながら押さえつける。

 あれは、メイドの慌てようを見る限りただの変色じゃない。

「……ん?……この、匂い」

 鼻に微かに、嗅ぎ覚えのある匂いを感じた。
 その匂いは明らかにメイドがいる方が香ってくる。

(朝起きた時に父さんとすれ違ったときに感じる匂いだ)

『加齢臭』だ。……信じられないことに、見た目も美しいメイドから加齢臭が漂っている。

「あっ……か、髪が!」

 少し目を離しただけなのに、メイドの髪の半分以上が真っ白になっていた。
 メイドの抵抗は激しくなる。

「あぁっ……っやめろおぉ゛!!離せっ、離して……ッ!!」

「何度言わせないでよ、名前教えてくれたら離してあげるって」

「いやだっっ!!」

「だったら、能力でもなんでも使って抵抗してみな?僕みたいにチャラい悪魔は弱いんでしょ?」

 清掃の悪魔の言う通りだった。メイドは、どうして『言霊』を使わないんだ?
 もう、十分に声を出せるようになってるのに……

「っ出してる!!私の、さっきから話している言葉は全てっ『言霊』だ!!!」

 メイドの喉から絞り出したような声が室内にこだまする。

「え?もう使ってるって……」

 メイドの言葉が本当なら清掃の悪魔は離れるはずだ。でも、僕の目から見ても言霊が効いている様子はない。アイツは変わらずにメイドの頭を地面の押し付けている。

「それなのに、なぜだ!?なぜ、お前に効かない!?」

「わかんないの?……恐怖を感じたからだよ」

 メイドの質問に清掃の悪魔が淡々と答える。

「恐怖、だと……」

「恐怖とは、相手を『上』に見てると言うことだ。つまり、お前は僕に恐怖を感じた時点で、僕を上だと認めた――その時点で『下』に落ちたんだよ」

「お、落ちた?」

 清掃の悪魔の言葉を聞いてメイドの抵抗がピタリと止んだ。彼女は涙を流しながら絶句したような表情を浮かべて清掃の悪魔に目線だけを向ける。

「お前は股を開くことしか脳のねぇ、ただの『愛人』だろ?――身の程を知れよ、下級悪魔が」

 そう言って清掃の悪魔はメイドを冷たく見下ろすと、さらに強くメイドの顔を地面に押し付けた。清掃の悪魔が触れたところから、白い肌がどんどん茶色に変色していく――。

「っ!?あ゛ぁっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ああっあぁーーっ!!」

 メイドの悲痛な叫びが室内にこだまする。抵抗はより一層激しくなった。どんなに暴れても、清掃の悪魔の手が離れることはない、メイドの足がただ無情に地面の上を滑るだけだった。

「ははははっ!お前さぁ、自分の年齢わかってんの?80歳?100歳~??」

 清掃の悪魔はメイドに馬乗りになると、今度は両手を顔面に押し付けた。その瞬間、室内の匂いが強くなる。僕は両手で鼻と口の両方を塞いだ。そうでもしなければ、この場で吐いてしまう。

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!やめろっ!!取るなっ……っ取らないでぇえええっ!!」

「本当の年齢になったらさぁ、どうなるかわかるよなぁ?ガイコツなりたくねぇよなぁっ!!?」

「やだやだやだやだやだっ!!取らないでっ、取るなっ!私から……【わっち】から、美しさを、取らないでっ!!」

 清掃の悪魔が押し付けた両手の下、メイドの肌はどんどん変色していく。スカートが捲れて黒いレースの下着が見えた。普通なら僕は顔を赤らめていただろう、でも、メイドの下着が見えても僕の心にあるのは、可哀想という感情だけだ。

「っう……なんだ、この匂い」

 加齢臭とは違う言葉にできない悪臭が室内に漂いはじめる。何かが、腐ったような。そんな匂い……これは、一度も嗅いだことはない匂いだ。

「だったら早く吐けよ!テメェの名前を!!真名を!!俺の性欲処理の道具くらいにはしてやるよ!」

 興奮しているのか清掃の悪魔の口調がどんどん荒くなる。
 聞いてるだけで、今すぐにでも逃げ出したくなる声だった。

「だから言っただろう」

 吐きそうになる口元を押さえて、二人を見ていると、後ろから孝志の声が聞こえてきた。振り返ると目の前で繰り広げられている惨状も悪臭も気にした様子もなく、孝志は無表情で腕を組んで眺めている……まぁ、中身がシェフだからね。

「言った通りって……」

(なんか言われたことあったっけ?)

「あぁ、あの時は俺たちの現地の言葉で言ってたから聞こえてなかったのか」

「現地?」

「では、改めて言ってやろう。アイツはどうしようもないクズで狂人だが、強い。そして、悪魔の中で一番他者の能力を保持している」

「な、なかなかに酷いこと言ってたんだね。え?褒めてるの?」

「最大限の誉め言葉だ」

「そ、そうなんだ」

「誠、前を向いてみてろ。もうすぐメイドが落ちるぞ」

「っ!」

 シェフに言われて、僕はもう一度前を向いた――

「ヒッ……っ!?」

 
 そこに美しかったメイドはいない。

「あぁ……っいやで、ありんす……わっちは、よ、やくっ悪魔になって……初めてっ、自由に、なれたのにっ……いやだぁ、いやっ」


 地面にひれ伏すメイドの顔半分に肌は無い、片目も真っ黒な空洞になっていた。

 ――ガイコツだ。

 清掃の悪魔が言っていた「本当の年齢」になった姿が、今のメイドなんだ。

「っメイドは、今……なんて言ったんだ?」

 日本語っぽくは聞こえたけど、言葉を上手く聞き取れなかった。

「江戸の言葉というやつだ」

 また後ろでシェフが疑問に答えてくれる。

「江戸言葉?えっ、じゃあ日本語なんじゃ」

「現実世界で作られている江戸時代ものは日本人にわかりやすく作られているだけだ。本当の江戸言葉は、今の日本人では聞き取れないぞ」

「同じ日本人なのに?」

「俺は十年ほど江戸にいたことがある。日本の食は好きだったからな、あれなら通訳してやるぞ」

「お、お願いします」

 僕は前を向いたまま会釈だけをした。目の前の光景に悪魔たちの狂った笑い声、鳴き声に胃の中がぐるぐるして吐きそうだけど我慢する。

「どうやらメイドは『花魁』だったようだな。恐らく、どこかの悪魔に魅入られて契約したのだろう。悪魔は美しいものは好きだからな」

「花魁って……えっ、まさか、メイドは『日本人』?」

「あぁ、あの口調からして。江戸後期生まれの日本の女だろう。悪魔になれば自分のなりたい姿になれる、メイドは外国の美しい女に憧れていたのだろう」

「そうなんだ……」

 話を聞き終えて、僕は拳を強く握ってメイドに目を向ける……もう、そこには見慣れた美しい女性はいなかった。ガイコツに少量の白髪がついてる、ただの生きる屍だ……。

「うぅっ、ど、して……わっちは、ただ、生きたかった、だけ……美しいまま、鳥籠から、出て、自由に」

「……っ!ご、めん……っごめん」

「謝る必要なんてないよ。コイツは強くなる努力を怠った。だから、負けたんだ」

「えっ」

 とても静かな、けれど怒りを含んでいる声だった。
 清掃の悪魔は骸骨になったメイドを静かに見下ろしながら言葉を続けた。

「生きるために僕も体を売ってたからね。お前の辛さはわかるよ……でも、もし僕がお前と同じ能力を持っていたら、現状に甘えずに、怪我をしても、脳みそが吹っ飛んでも、最悪死んでも――他の悪魔から能力を奪ってる」

「っ!」

「強くなれば誰にも自由を邪魔されない。そうだろ?でも、お前はサタンの寵愛に胡坐をかいて、強くなること怠った……それが、この結果なんだよ」

「うぅっ……っぅ」

 当たり前だけど、空洞になった瞳から涙は出ない。
 それでもメイドの声を聞いてるだけで、僕は悲しくなった。


 そして、少しの静寂が続いた時――


「お……わたしの……真名は――『薄雲(うすぐも)』苗字なんてものは、無いわ」

 メイドが凛とした声で、自分の名前を言った。

「うすぐも……」

 本当に花魁だったのか……

「ご主人様、お好きに呼んでくださいまし」


 悪魔同士の戦いが終わった。勝ったのは……


「うすぐも?なにそれ虫?蜘蛛みたいな名前だね~」


 ――清掃の悪魔だ。




◇◇◇


「お!キミも最後まで見てたんだね~。あれ?なんか吐きそうだけど大丈夫?」

 さっきまでの出来事などなかったかのように、軽い足取りで清掃の悪魔がこちらにやってくる。

「えらいぞ~」

 そして、メイドの血がついた手でガシガシと僕の頭を撫でた。
 ……本当にさっきまでメイドを追い詰めていた悪魔と同じ悪魔なのだろうか?

「っ誠!!」

 清掃の悪魔の手を叩き落としていると、後ろから強く腕を引かれる。

「うわっ」

「誠っ、なんともなかったか!?大丈夫だったのか!?」

「った、孝志」


 戦いが終わってシェフが孝志を解放したようだ。隣に腕を組んだシェフが立っている。

「うん。なんともないよ、大丈夫だよ」

「っう、なんだよ……この臭い」

 腐敗臭に孝志は顔をしかめると、メイドが倒れる地面に目を向けて「わ!ガイコツ!?」と驚いた声を上げる。

「ガイコツじゃないよ~、メイドだよ?僕がやったんだよ?すごいでしょ!!」

 褒めて!と言わんばかりに清掃の悪魔が孝志に近づいてシェフから後頭部を殴られていた。

「メイドって、あれが……?」

 メイドはもう起きる気力もないのか、言葉も発さずにただ静かに地面に横たわっていた。

「なにが、あったんだよ……」

「戦いが終わったんだ……能力も、名前も……清掃の悪魔が――」

 言いかけて、僕は言葉を止めた。今、言おうとしている言葉は正しいものではないと思ったからだ。

「いや、僕が奪った」

 メイドから能力を奪った……でも、そこに喜びなんてない。
 ここには『正義』なんて存在しない――。

「花魁の世界は逃げられない鳥籠だ……しかし、悪魔の世界は違う」

「シェフ?」

 静寂の中で、シェフの低い声が響き渡る。

「サタン様は束縛を嫌う。あの方自身が自由を愛するお方だからだ……メイドは結局、変わることを恐れた。いつでも逃げ出せる、鍵のかかっていない鳥籠の中――愛され、囲われる道を選んだ」

「鳥籠……」

 シェフの言葉を聞きながら、僕はメイドへと目を向ける
 もしかして、メイドが名前を教えたのは、図星だったからなのかもしれない……


『強くなれば誰にも自由を邪魔されない。そうだろ?でも、お前はサタンの寵愛に胡坐をかいて強くなること怠った……それが、この結果なんだよ』


『いつでも逃げ出せる、鍵のかかっていない鳥籠の中――愛され、囲われる道を選んだ』


「シェフ~!僕、超がんばったからなんか美味しいもんつくってよ~」

 清掃の悪魔の明るい声が静寂を引き裂いた。どこまでも、この悪魔は空気を読まないやつだ。僕とシェフが同時に呆れたようなため息をはいた。

「はぁ……まぁ、いいだろう。で?なにが食べたいんだ?」

 シェフが受け入れると思ってなかったのか、清掃の悪魔は驚いたように目を見開くと目を細めて嬉しそうに大きな声で答えた――。



「フルーツたっぷりのパンケーキ!!!」



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