悪魔のシェアハウス

ユキマル

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メイドの能力を奪っちゃうぞ編

第47話『私と契約してください』

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「ま、誠サマ?」

 僕の言葉に清掃の悪魔の後ろにいるメイドも驚いた表情を浮かべている。

「ま、誠。お前、いきなり何言ってんだよ」

 隣から孝志の戸惑ったような声が聞こえてきても、僕は目線を清掃の悪魔から外さなかった。

「いや、流石の僕もびっくりした~、え?僕、ご主人様になったばっかだよ?」

「ご主人様になるのは、僕がこのシェアハウスから出た後にして欲しい。冬美には、メイドが必要なんだ」

 冬美に指が無い以上は補助が必要だ。だからこそ、この日の記憶を持ったままのメイドが側にいることはダメだと思った。だってメイドは『優しい人』だから……。

『……甘いと、言われるでしょうが。過去の私が『小指を失う痛み』を知っているので、やりたくなかったんです。冬美ちゃんも同じように痛覚なしでやるつもりでした……』

 母さんが大河ドラマにはハマっていた時に見たことがあるくらいで、僕の花魁に関しての知識は少ない。けれど、花魁の人が好きな人に小指を送るという話はドラマで見たことがある。きっと、メイドには好きな人がいたんだろう。だからこそ、他の悪魔よりも身近に感じてしまうから困る。

「メイドは悪魔だ。悪魔だからこそ、僕は長く生きた悪魔の人生なんて知ったこっちゃないんだよ」

 僕ができるのは『現実(いま)』を見ることだ。
 これは、僕の親友が教えてくれたことだ。

「誠サマっ」

 ふらふらとした足取りでメイドが僕の方に近づいてくる。
 やっぱり近くで見てもわかる、綺麗な人だ。

「エッグベネディクト、食べ方教えてくれてありがとう」

「っ!?ぁっ、なぜ、そんなことで、あんなの私の仕事の一つでしかありませんっ」

 メイドは契約とはいえ、冬美のお世話をしてくれて、僕にエッグベネディクトの食べ方を教えてくれた。もしかして、それも全て演技なのかもしれないけど、少なくとも今のメイドは演技してないだろう。

「僕にメリットは?」

 頭の後ろで両手を組みながら、清掃の悪魔がメイドの隣で不貞腐れたような顔を僕へと向ける。

「ないよ」

「すげー、即答」

 清掃の悪魔に顔を向けると僕はハッキリ言ってやった。
 覚悟が決まりすぎて、自分でもめちゃくちゃなこと言ってる自覚があった。

「……ぷっ、あははは!!」

「!?」

 突然笑い出した悪魔に、今度は僕の方が驚いた。
 いや、今の話に笑えるとこあった??

「あははっ、なるほどねー!これが、人間の『覚醒』ってやつなんだね。悪魔相手に、ここまで言えるのスゲーよ、お前」

「か、かくせい?」

「ちょっと発破かけたつもりだったんだけど、ぷくくっ……なかなか、面白い方向に行ったねぇ」

「はっぱ?あの、なに言ってるのかサッパリわかんないんだけど」

「いいよ。その話、全部受け入れてあげる」

「!?えっ、い、いいの?本当に?」

「うん。いいよ、面白いから叶えてあげる。メイドの能力も返してあげるよ、名前はこっちの手にあるからね~。コイツが何かやらかしても、すぐに殺せるし」

 物騒なことを言いながら清掃の悪魔はすぐ隣にいるメイドの顔を片手で鷲掴んだ。

「うあ……っ!!」

「乱暴はやめろ!戦いはもう――」

「終わった」その言葉は続かなかった。

「えっ……」

 清掃の悪魔がメイドの顔を掴んでいたのはほんの数秒で、すぐにその手は離れた。そして、僕の目の前に白い煙が通り過ぎていく……。その煙は、清掃の悪魔の手にピタリと張り付いていった。

「ドサッ」と音と同時にメイドがその場に倒れる。

「記憶の取り出し完了~」

 本当に一瞬の出来事だった。
 白い煙はすうっと、清掃の悪魔の手の中に吸収されてた。

「ほ、本当に持ってたんだ……記憶を奪う系の能力」

 ごめん。その場の勢いで「記憶を消せ」なんて言ってました。

「記憶を奪うとは、ちょ~っと違うかなぁ?でも、間違いでもないんだよね~、詳しく聞きたいなら話すけど?」

「いや、いらん。興味無いから」

「キミ、僕に対してどんどん遠慮無くなっていくね!おもしろ~」

 僕の返答に清掃の悪魔はケラケラと楽しそうに笑った。結構な塩対応だと思ったけど、悪魔は相手には、少し生意気なくらいがいいのかもしれない。

「な、なぁ、メイドは大丈夫なのか?」

「あぁ、少し気絶しているだけだ」

 聞こえてきた会話に目を向けると、すぐ近くでシェフがメイドの肩を抱いて起こしていた。その隣では孝志が心配そうにメイドを見下ろしている。

「どれくらいで目が覚める?」

 僕もすぐにシェフの近くに行ってメイドの顔を覗き込んだ。シェフは目線だけを僕に向けると、「見ていればわかる」そう言ってメイドの顔にかかった細いピンク色の髪を指先ではらった。

「ん……っ」

「あ、起きた。よかったぁ」

 シェフが言った通りメイドは数分もしないで目を覚ました。胸に手を当てて深く溜息を吐き出せば、少し困ったような表情で僕を見上げる赤い瞳と目が合った。

「誠……さま?」

「あっ、えっと……」

 思い付きで「メイドの記憶を消せ」と言ってしまったせいで、僕は今、窮地に立たされていた。

(記憶の無いメイドに今の状況どうやって説明しよ……)

 冷や汗が止まらない僕に隣の孝志が呆れたような目を向ける。

「お前、まさか、考えもなしに今の言ったのかよ」

「うっ、だって、その前から、なんかもう色々ありすぎて余裕なかったんだって!」

「いや、だとしてもよぉ。どうやって説明すんだよ」

「それはっ、ど、どう説明しよう?」

「お前な、あんま思い付きで喋るのよくねーと思うよ」

「うん。僕もそう思うよ」

 孝志に軽く叱られて反省していると、入口の方から聞き覚えのある声がした――


「お前ら、こんなとこで何してんだ?」

「!?し、シンさん!?な、なんでここに?」

 全員で入口の方に目を向けると、そこにはシンさんが立っていた。

「えっ、なんでって。この部屋作りに来たから」

「作りに」

「そう、俺、整備士」

「整備士というより建築士に近いんじゃ」

「なんでもできる整備士だから、俺」

「ちなみにここの部屋って何になる予定なんだよ」

 恐る恐ると言った様子で孝志がシンさんに質問をした。
 どうやら孝志も僕と考えていることは同じようだ。

「カラオケ部屋。俺、カラオケ好きなんだよ」

「か、カラオケ……」

 シンさんの言葉に自然と僕と孝志の目線が、血痕の着いた地面へと向けられる。

「こ、ここが、カラオケ部屋に」

(絶っっっ対無理!!!!)


 この部屋はつい数分前まで悲鳴と血の飛び交う悪魔対戦が繰り広げられていた部屋だ。僕の脳裏には未だにメイドの悲鳴も、清掃の悪魔の高笑いも、腐った肉の匂いも、骸骨の姿も鮮明に残っている。

 そんな惨状が繰り広げられた部屋で歌うとか……無理です。

「機材とかはまだ注文したばっかで、まだ届いてねぇから。先に防音壁でも貼っておこうって思ってよ」

 言いながら備品の入った箱を持ってシンさんが入ってくる。

「ちょっ、待ってシンさん!!」

 僕は慌てて駆け寄るとシンさんの前に出て両手を広げた。僕の行動に少し驚きながらも、シンさんは怪訝な表情を浮かべて歩みを止める。

「あ、あの、まだ他にも周りに沢山空き部屋あるじゃないですか。そこをカラオケ部屋にしてくれませんか?」

 殺人未遂が行われた部屋で歌など歌えない。

「他の部屋をって……あぁ、そういうことか。どうりで、クセェわけだ」

「え?」

 シンさんは軽く笑うと、持っていた箱を地面に置いた。

「悪魔同士の戦いがあったんだな。戦ったのは、清掃の悪魔と嬢ちゃんか?」

「えっ、すごい。なんでわかったの?」

「消去法だよ。まず、清掃の悪魔とシェフが戦うことはねぇからな」

 シンさんは顎に手をやりながら、ざっと部屋全体を見渡すと、シェフに目線を向けた。

「シェフと嬢ちゃんが戦うのもねぇな。シェフの能力はよく知らねぇけど、今までの噂を聞く限り攻撃タイプじゃねぇ……そうなると、悪魔界でも強いと噂される清掃の悪魔に協力を要請するんじゃねぇか?」

「流石の分析力だな」

 シンさんの言葉にシェフが感心したような声を出して軽く笑った。

「正解~!!さすがはシンさんだねー」

 シェフに続くように清掃の悪魔も嬉しそうにパチパチと拍手をしている。メイドは目の前で繰り広げられている悪魔同士の会話を少し困惑した表情を浮かべながら見ているだけで、一言も喋っていない。たぶん、状況が上手く理解できてないのだろう。

 僕はそのメイドの様子に違和感を覚えた。もし、メイドの記憶が消えているなら、もっと戸惑いの表情を浮かべるはず――

(もしかして、メイドの記憶は消えてない?)

「悪魔同士の戦いなんて基本グロいし、見れたもんじゃねぇからなぁ……確かに、こんなとこじゃ歌えねぇわ」

 シンさんは僕の反応と、地面の血痕だけでその場にいないのに全部を言い当てた。
 悪魔って、なんというか……察する能力が高くて全部を説明しないでいいから楽だ。

「この部屋は食材専用の倉庫部屋にするか?」

「倉庫部屋にしては狭すぎだ。それに、衛生面を考えると俺も遠慮したい」

 シンさんが顎に手を添えて部屋をゆっくり歩きながら言えば、孝志の隣にいるシェフが苦虫を嚙み潰したような表情でシンさんの提案を却下した。

「あ、よく考えてみればそうか!悪い悪い。じゃあ、備品庫にでもするわ」

 どうやら部屋の用途は決まったようだ。カラオケ部屋にされなくてよかったと、安堵のため息をはいていると、部屋を一周して戻って来たシンさんと瞳と目が合った。

「ん?なぁ……」

 シンさんは顎から手を離すと静かに僕の後ろを指差した。

「孝志、大丈夫か?」

「へ?」

 言われて後ろを振り返った先、孝志の顔からは尋常じゃない量の汗が出ていた。

「た、孝志!?汗やばいって!どうしたんだよ!?」

 その姿は、あの作戦会議をした時に近い。僕は慌てて孝志に駆け寄って顔を覗き込んだ。

「汗って、なにが?」

「き、気づいてないの?」

 焦る僕とは反対に孝志は青白い顔のまま首を傾げている。

「っ、もしかして……能力の、『副作用』?」

 孝志の肩を掴む手に力が入る、思い出すのは作戦会議の時にシェフが言っていた言葉だった。

『能力は人によっては、感じ方が変わる。体質ともいえるな』

 僕は孝志のすぐ隣にいる悪魔を睨みつけた。

「シェフ。副作用の話、あとでちゃんと詳しく教えてよって、僕が言ったの覚えてるよね?」

「あぁ」

 シェフは聞かれることを予想していたのか、組んでいた腕を解くと僕に一歩近づいてきた。

「副作用というのは嘘だ」

「は?う、嘘?」

 開き直りに等しい堂々とした態度に僕は驚きのあまりに口をポカンと開けてシェフを見上げた。

「嘘をついたことについては謝罪する。だが、あの時は」


 シェフはそこで一度言葉を切ると、僕に鋭い目線を向けた。


「覚悟のない状態のお前に話すことは、得策ではないと判断した」

「っ!」

 もし、孝志の不調が能力と関係無いのだとしたら、それ以外の理由は一つしかない。僕の背後ではシンさんが清掃の悪魔に「能力に副作用なんてあったかぁ?」と聞いている。それも、謎を解くヒントになった。

「孝志……」

 僕は孝志の背中にそっと手を置いた。

「っ、一人で、抱えこませて……っごめん。辛かったよね、怖かったよね」

「……誠」

 孝志は冬美の影の中で、彼女の母親が殺される姿を見た。
 母親だけじゃない、もっと、沢山の人間の『死』を見たんだ。

(そんなものを見て、正常でいられるはずがないか……!)

 今日までずっと僕のために、その衝撃も恐怖も全て抱えていたんだ。
 僕はそれを知らないまま、ずっと孝志の隣に並んで戦っていた気になっていたんだ。

「シンさん。医務室とかって、もう作ってますか?」

「ん?医務室なら完成してるぜ。部屋もすぐ隣だ」

「じゃあ、孝志を連れて行ってもらってもいいですか?」

「誠っ、ちがうっ、俺は、違うから、大丈夫だから」

「ダメだよ」

 立ち上がりかけた孝志の肩を掴んで、僕はそのまま後ろを振り返った。

「お願いします。シンさん」

「あらら、なんかイケメンになったなぁ坊主」

 シンさんは少し驚いた表情を見せると、次の瞬間には笑って僕の方に歩み寄り、孝志を両手で持ち上げた。こういう時に体が小さいって便利だ。悪魔は基本的に体も大きくて、力があるからいつだって孝志を運んで連れて行ける。

「うわっ」

「よっと!んじゃあ、このまま医務室連れて行くわ。持った感じ、熱もありそうだしな」

「お願いします。ちゃんと寝かせてあげてください」

「シェフも、一緒に来るか?」

 暴れる孝志をものともせず、シンさんはシェフへと声をかける。
 すると、シェフはスッと人差し指を立てると、正面を向いたまま隣にいる清掃の悪魔を指差した。

「いや、コイツにパンケーキを作る約束をしたものでな」

「その通り~!僕、久しぶりに労働したからさぁ。甘いもん食べたいんだよね~」

「なるほど、今回の報酬ってやつか?」

「そんなものだ。孝志のことは頼みました……色々慣れてないようでな、教えてあげてくれ」

「……了解」

 シンさんはシェフと短い会話を終えると孝志を肩に担いで部屋を出て行った。

「ふぅ……僕も、部屋に戻って休もうかな」

 覚悟はしていたけど、それ以上のことが連続的に起こって、疲れが尋常ではない。体がとにかく重かった。シンさんが部屋に入って来た時は、部屋の状態に何か追及されるんじゃないかって焦ったけど……たぶん、見た感じシンさんは悪魔の戦いとか能力に興味がないのだろう。

 それよりも、僕はさっきのシンさんに違和感を覚えていた。

「シンさんって、いつから孝志のこと『名前』で呼ぶようになったんだ?」

 それだけじゃない、聞こえてきた二人の会話も今の状態とかみ合ってないような気がした。……色々慣れてないって、なんだ?シェフの能力のこと?いや、それならシンさん言うのはおかしいだろう。

「それじゃあ、僕たちもパンケーキ作りに行こうか」

「作るのは俺だろ」

 清掃の悪魔の明るい声が僕の思考を遮った。
 そして、次に聞こえた声に僕の抱いていた一つの疑問が――

「誠の送るのは任せたよ、メイドちゃん」

「はい、かしまりました。ご主人様」


 確信に変わった。

「っおい!清掃の悪魔!!」

 僕の怒りを含んだ声にシェフと出口の手前近くまで歩いていた清掃の悪魔の歩みが止まる。

「やっぱりメイドの記憶は消えてなかったのか……!僕は消せって、命令したはずだ」

「ん~?あぁ、命令されたね」

 上着のポケットに手を入れながら、アイツは気怠そうに僕の方に振り返った。

「でもさ、記憶って種類があるだろ?ここに来る直前の記憶なのか、体の痛みの記憶なのか、明確には言ってなかったよね?」

「そ、それは……」

「だから、どの記憶を消すかは僕の自由なんだよ。責められる筋合いはないよね~」

「うっ……」

 僕は清掃の悪魔に返す言葉が見つからなかった。
 ここでもし僕が「そんなの屁理屈だ!」と反論したとしよう……

『悪魔と長く生活していたなら、『曖昧な命令』がダメなことなんて、他の人間よりわかってるはずだよね?』――と、軽く笑われて論破される未来が予想できる。

(くそっ、悪魔は本当に人の盲点を突くのが上手いよな)

「誠様、お部屋までお送り致します」

 清掃の悪魔の去っていく背中をギリギリと歯を食いしばって見ていると、後ろからメイドに声をかけられる。

「えっ、いや、部屋くらい一人で帰れるよ」

 僕は冬美以外の美人には耐性がない。とくにメイドは海外の雑誌に載っていても不思議じゃないくらい美人だから、話すだけでも緊張してしまう。

「いえ、ご主人様に誠様をお部屋までお送りしろと、命令されましたので。お送りさせて頂きます」

 メイドはふわりと美しく柔らかい笑みを浮かべると、僕の手をそっと優しく握った。

「ひゃえっ!?」

(や、柔らかいし、なんか手がスベスベするし、あとなんか凄くいい匂いがするっ!)

「あ、あの、手は大丈夫ですっ。一人で、歩けるからっ」

 自分の手のひらに大量の汗が滲み出ているのがわかって、慌ててメイドから手を離して、服で汗を素早く拭う。

「かしまりました。では、参りましょうか。足元にお気を付けください」

 メイドは僕の行動に少し首を傾げると、またニコリと笑って僕に背を向けて出口に向かって歩き出す。

「う、うん」

 僕もメイドの後ろに続くようにして部屋を出て行った……


◇◇◇


 部屋に戻ったら、僕は夕飯の時間まで少し寝るつもりだった。

 ――ドサッ。

「えっ?」


 でも、僕は、今……

「め、メイドさん?」

「誠様……」

 悪魔たちに与えられた自室のベッドの上にメイドに押し倒されていた。
 僕の両手を押さえつけるメイドの力は強く、振りほどくことが出来ない。

「あ、あの、いきなり何をっ」

 人間離れした整った容姿に、血のように赤い瞳ゆっくり細められる。
 ピンク色の髪が頬に触れて、少しくすぐったい。

 グロスの塗られた形のいい唇が、静かに動いて言葉を放った――



「私と、契約してください」





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