【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第36話 ノストラ王国攻略編 クロエの過去

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西の森に落伍者たちの住む場所がある。この国に住む者なら皆知っていた。

二つの山脈に挟まれ、日照時間が短く、

山から下りてくる寒風が常に吹き荒ぶ見放された土地。ツェツェルレグ。

族長から見放された者、犯罪者、異常者……まともじゃない人間が行きつく場所。

クロエは5歳の時、母親と共にこの森に流れ着いた。

当時、なぜ自分たちが一族を離れて、

こんな場所に住まなければいけないのか理解できず、

「ここ嫌だー」「帰りたい!」

「全部ママのせいだ!」「なんでここに住まなきゃいけないの?」

と母をよく困らせた。母はよくできた人だった。

17歳でクロエを産んだので、この森に来たときは22歳。

自分のせいで一族を追われたこと、それが分かったのは数年後の事だ。

森には100人程が住み着いていた。皆洞窟や倒木の下に穴を掘って暮らしていた。

クロエと母は運よく二日前死んだ男が使っていた洞窟を手に入れた。

近くの洞窟に住む初老の無口な男に許可を得て、

そこで目立たぬようにひっそりと生活を始める。

洞窟は奥に3m、横幅2mと小さかった。

雪で入り口をほとんど塞ぎ、出入り口用の小さな隙間を布で塞いだ。

前の男が使っていた物は少なかったが重宝した。調理器具、縄、布、針……。

火を常に焚いていれば、洞窟の中は暖かかった。

クロエの仕事は毎日大量に使う薪拾いだった。

母には森の中で人影を見つけたらすぐ隠れるように教わった。

危険な場所だからと何度も何度も念を押された。

同時に土の中の食べられる樹の根を採取した。

しかし、樹の根だけでは生きていけない。

母は時々雪兎を持ってきた。

当時はすばしっこい兎を捕まえられる母を尊敬した。

しかし数年後には、男に身体を売って兎を貰っている事が判明する。

気付かないふりをした。

こんな厳しい環境じゃ仕方ないとその時には理解していたからだ。

それまでの間は知らずにわがままを言い続けていた。

母はいつも笑顔でごめんねと言い続けた。


ある日、洞窟に冬蛇が出た。

寝起きだったので驚いて、気が付けば洞窟の内側が凍っていた。

自分がやった感覚がクロエにはあった。初めてで混乱するクロエを母は宥めた。

興奮させないように、大丈夫、大丈夫と耳元でささやき続けた。

住めなくなってしまったので、しばらく隣の男の洞窟に泊めてもらった。

3日目の夜、男に母が犯されているところを見てしまった。

母は抵抗していなかった。

理屈は理解していた。だが涙が止まらなかった。

こうなったのも全部自分のせいだ。悔しかった。

そして怒りが湧いた。男にも母にも自分にも。

気が付けば母と男は凍って死んでいた。

泣いた。泣いて泣いて泣いて泣き通した。

制御できない力を憎んだ。

餓死する寸前のところで兎男爵という大きな洞窟で暮らしている男がクロエを助けた。

洞窟には沢山の兎が飼育され、

奥には水が湧いていて、常に温かかった。数種類の野菜も育てていた。

二人の女と小さな男の子の奴隷がいた。クロエも奴隷となった。

黒髪がラウ、金髪がリンリア、男の子はギーという名前だった。

兎男爵の所には兎を求めに多くの人が品物を持ってきた。

兎男爵は気に入った物としか交換しなかった。

実質、この森で一番持っている人物であり、権力者だった。


3日に一度、クロエは両手を縛られて犯される。

兎男爵は凍らせる能力は手から出ると思っているようだった。

そんなことはなかったが抵抗しなかった。

これに耐えれば食事が貰えるのだから。母と同じで。

クロエはもう全てがどうでもよかった。好きにすればいい、そう思っていた。

子を産む年齢になっても不思議と孕まなかった。それでいいと思う。

自分から生まれてくる子がかわいそうでならない。

こんなことはよくある話だとその頃には理解した。



兎男爵は傲慢で嫌な男だったが長い間殺せなかった。

人を殺すことに抵抗があったのは事実だ。

しかしその日は唐突に訪れた。

病気になったリンリアを殺そうとしたので、初めて自分の意思で兎男爵を殺した。

クロエはその洞窟の主になった。


数年後、一人の男がやって来た。怪我をしていたので介抱した。

温和でいい人だと思った。同じ年頃の娘がいると聞き、親しみが湧いた。

男は怪我が治ったら一族の元に帰る、財産もあると言う。

ここから連れ出してくれるかもしれない。淡い期待を抱いた。

男はハウブルグと名乗った。

ハウブルグの怪我が治った頃、薪拾いから帰ると同居していた三人が殺されていた。

クロエは後ろから押し倒され、犯されそうになった。

別人のような顔のハウブルグがそこにはいた。

お前は高値で売れると濁った目で言われる。

今まで言ったことは全部ウソだと笑われた。ハウブルグという名前も適当な名だと。

喉に突き付けられた短剣の柄に名前が彫ってあった。その名に覚えがあった。

実の父だった。



これは良くある話ではない。

一体だれが悪いのだ? 何が悪いのだ?

追い出した族長が悪いのか? 全ての男が悪いのか? この国が悪いのか?

どうしてこんな世界で私は生きているのだ?

私が悪いのか? こんな力を欲しがった訳でもないのに?

クロエは全てに絶望した。

こんな世界で生きていくなどもうごめんだ。

世界が憎い。

全てを巻き込んで壊してやる。絶望は憎悪に変わった。

そこでまともな記憶は途絶えた。


それ以来、クロエは茫漠とした意識の中に生きた。

夢を見ているように心地が良かった。

動いている者を凍らせて歩く。楽しかった。

長い間、ただひたすら雪を歩いた。
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