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第2章
第55話 アルトゥール隊長、大人になる
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―――――王国南部、コマザ村より南西3キロの森
「来るぞ! 戦闘用意!」
アルトゥールの号令に、前線の兵士は剣を抜いた。後方の弓兵も弓を構える。
前方の木々が騒がしくなってきた。
鳥が甲高く鳴き、小動物が地を這うように逃げ惑う。
やがて木や枝や葉の影に蠢くモノがちらほらと見え始めた。
黒く、手足の長い獣。
あるものは地を駆け、あるものは枝から枝へ飛んで近づいてくる。
目に見える全ての範囲が騒めいていた。まるで森全体が意志を持っているかのようだ。
「弓兵、放て!」
とある兵士から放たれた矢は一直線に獣の頭を射抜き、命を奪った。
地面に倒れた正体は熊猿だった。
熊猿は危険な動物だ。
体長1,2mながら鋭い爪がついた手足はかなりの脅威で、性格も獰猛。
南部の山々に生息し、近年数が増加していた。
人里にも降りて来ていて、何人かは襲われ大けがを負っている。
コマザ村には温室が何棟も建設され、農業と畜産業の拡大が著しいが、
最近、百頭を超す熊猿の群れが温室を破壊し、
飼育していた牛が喰われるという事件が頻発していた。
アルトゥール隊はその討伐に来ていた。
後方から騎馬兵で追い立て、待ち伏せたこの地で一網打尽にする作戦だ。
追い詰められた熊猿たちは興奮して攻撃的になっている。
前線の兵が群れと激突した。
盾で殴り、腹に剣を突き刺す。
鎧を着ていれば致命傷は負わないが、顔や足を噛まれたら戦線離脱レベルだ。
木の上のやつは弓兵、地上は歩兵が担当していた。
至る所で剣が振られ、槍が舞い、矢が飛んでいる。
アルトゥールは後ろで全体を指揮していた。
「槍隊は間合いに気をつけろ! 剣隊は相方と呼吸を合わせろ、前に出過ぎるな!
弓隊、一発で当てろよ!」
左側で数名がやられる。
「予備隊、入れ!」
崩れた場所はすぐに補強された。
「盾を有効に使え」
やがて向こうから追い立てていた騎馬兵たちが姿を現した。
彼らもまた馬上から剣を振り下ろしている。
「楽しいかー」
「オオーッ!」
熊猿は人間より素早く、予測不能の動きをする。
それに小さいから的としても当たりにくい。
爪と牙も、くらうと危険だ。
人間を相手するよりも厄介かもしれない。
「いい訓練になったな」
副隊長のルゼルは「ですねー」と頷いた。
負傷者は数名出たが、百頭を超す熊猿は全て殲滅した。
コマザ村に戻ると農林局南部監督官のトーグが出迎えた。
「ありがとうございました」
30代半ばのいかにも役人といった男だ。村長の息子でもあるらしい。
「大きな群れを潰しました。しばらくは来ないでしょう」
「さすがマーハント軍のアルトゥール隊長!
腐樹の森を焼き払った時のご活躍も聞いていますよ。
噂通りの武人ですね。ささ、お疲れでしょう。馬は我らに任せて下さい」
「あ、ああ……」
よく喋るトーグにアルトゥールは気圧された。
近くの温室から村人が数人出てきて、アルトゥールらを労った。
「サユ、軍の方たちの食事は出来ているのか?」
村びとの中から子供と共に一人の女性が出てきた。
「はい。どうぞこちらの温室にお入り下さい」
食事中に「アルトゥール隊長は独身ですか」とトーグに聞かれた。
「ええ、中々出会いが無いもので」
「軍にいたらそうでしょう……お、いいところに。リリン来なさい」
焼けたパンを配っていた若い女性が傍に来た。
「紹介します、こちら妹のリリンです。
もういい年なのに、気が強くて村の男じゃ相手に出来なくて困ってたんです。
軍人なら釣り合うんじゃないかと前々から思っていたのですよ」
アルトゥールは顔を上げた。目力が強い、はっきりとした顔つきの美人だった。
つかの間見惚れる。
「余計なお世話だよ!」
いつもの調子で兄に吠えたリリンだったが、
はっと気づき顔を赤らめながらアルトゥールに視線を寄こした。
「……アルトゥール・ヘイブと申します」
緊張するアルトゥールを、横に座っていたルゼルは肘で突いた。
「どうでしょうか?
いやらしい話になりますが、ウチは家柄も悪くないですし、
次期軍団長のアルトゥール殿に決して見劣りはしないと思うのですが……」
「いやいや、私が軍団長なんて……」
「俺もぴったりだと思うのですがー」
ルゼルは悪酔いしていた。アルトゥールはニヤついた童顔を殴りたくなった。
「兄貴、そういうのやめてくれよ……」
口ではそういうものの、リリンはまんざらでもない様子だ。
「リリン、お前はいつもそうだ。こんな出会い二度とないぞ?
子が欲しいと言っていただろう。父と母を心配させるな。
……アルトゥール殿がもしよろしければ、二人きりで会ってやって頂けませんか?」
「子、子が、子が欲し……ふ、ふた、二人きり……子、子が欲しい……」
アルトゥールは目を見開いて小声でぶつぶつと呟いた。
「あれれ隊長。お顔が赤いですねー。お酒は強いはずなのにー」
ルゼルはもうただの酔っ払いと化していた。アルトゥールは咳払いをして顔を戻した。
「……ええ、まぁ……リリンさんがいいのであれば」
歯切れの悪いアルトゥールの返事にトーグとルゼルはハイタッチした。
会ったばっかなのにそんな仲良くないだろお前ら、と思いながらも、
アルトゥールはリリンと目が合ってしまい、ぎこちなく微笑んだ。
宴もたけなわな時間に、マーハント軍本隊から伝令が来た。
「何ですかー?」
「……ケモズ共和国で魔物が出たみたいだ。俺たちに出撃要請がきた」
「えー? リユウって新参者に行かせりゃいいのにー」
ルゼルは机に頭をつけながらも、まだ酒を飲んでいる。
「俺たちの方が信用されてるのさ」
「いいように使われてるの間違いじゃないですかー?」
「ならお前残るか? オスカー様も現場に来るそうだが?」
「え? 王子来んの? 行きまーす!」
がばっと起きたルゼルはフォークを落とし、笑い出した。
「ラツカ村だ。明日の朝出れば夕方には着くだろう……聞けよ」
気が付けばリリンが近くにいた。
「もう行くのですか?」
「……はい、明日の朝一番に出ます」
「そうですか……」
リリンは眉を寄せ、そのまま行ってしまった。
夜。
部隊長用のテントは円形で天井が高く、少人数が会議できる広さがある。
向かいの簡易ベッドで、いびきをかいて寝ているルゼルの他はアルトゥールしかいない。
「失礼します。隊長、起きてますか?」
声を殺して見張りの部下が入ってきた。
「なんだ?」
「村長の家の者が来ています。お話があるとか」
入ってきたのはリリンだった。
部下は頭を下げ、出て行った。
アルトゥールは一時驚いて声を出すのを忘れた。
「……ど、どうされましたか? リリンさん……」
リリンは何も言わずその場で服を脱いだ。暗いが全裸だというのは分かる。
「あ、あ、あ、え、え、え、ちょ、ちょ、ちょ」
慌てたアルトゥールの視線は寝ているルゼルと裸のリリンを行ったり来たりだ。
リリンは恥ずかしそうな仕草はするものの、相変わらず何も喋らず、
そのままアルトゥールをベッドに押し倒した。
朝。
起きるとリリンの姿はなかった。
「いやー昨日の夜はいいもん見たなー」
馬の準備をしていると、ニヤついているルゼルと目が合った。
「お前、起きて……」
「起きないであげたんですよーまったく。あと隊長がっつきすぎ。
初めてってバレちゃいますよー」
アルトゥールは色んな感情を抑え込み、剣を抜いた。
「うそうそ! 冗談ですってー。目がヤバイ、目がヤバイ」
ルゼルは数歩後ずさってから「あ、ちょっとまって」と言って派手に嘔吐した。
涙目で「飲みずぎだぁ……」とえづいている。
アルトゥールはルゼルを無視し馬に乗った。懐から手紙を出す。
リリンからだった。目が覚めたら枕元にあったのだ。
落ち着いたら、この村に戻ってこよう。アルトゥールはそう心に決めたのだった。
「来るぞ! 戦闘用意!」
アルトゥールの号令に、前線の兵士は剣を抜いた。後方の弓兵も弓を構える。
前方の木々が騒がしくなってきた。
鳥が甲高く鳴き、小動物が地を這うように逃げ惑う。
やがて木や枝や葉の影に蠢くモノがちらほらと見え始めた。
黒く、手足の長い獣。
あるものは地を駆け、あるものは枝から枝へ飛んで近づいてくる。
目に見える全ての範囲が騒めいていた。まるで森全体が意志を持っているかのようだ。
「弓兵、放て!」
とある兵士から放たれた矢は一直線に獣の頭を射抜き、命を奪った。
地面に倒れた正体は熊猿だった。
熊猿は危険な動物だ。
体長1,2mながら鋭い爪がついた手足はかなりの脅威で、性格も獰猛。
南部の山々に生息し、近年数が増加していた。
人里にも降りて来ていて、何人かは襲われ大けがを負っている。
コマザ村には温室が何棟も建設され、農業と畜産業の拡大が著しいが、
最近、百頭を超す熊猿の群れが温室を破壊し、
飼育していた牛が喰われるという事件が頻発していた。
アルトゥール隊はその討伐に来ていた。
後方から騎馬兵で追い立て、待ち伏せたこの地で一網打尽にする作戦だ。
追い詰められた熊猿たちは興奮して攻撃的になっている。
前線の兵が群れと激突した。
盾で殴り、腹に剣を突き刺す。
鎧を着ていれば致命傷は負わないが、顔や足を噛まれたら戦線離脱レベルだ。
木の上のやつは弓兵、地上は歩兵が担当していた。
至る所で剣が振られ、槍が舞い、矢が飛んでいる。
アルトゥールは後ろで全体を指揮していた。
「槍隊は間合いに気をつけろ! 剣隊は相方と呼吸を合わせろ、前に出過ぎるな!
弓隊、一発で当てろよ!」
左側で数名がやられる。
「予備隊、入れ!」
崩れた場所はすぐに補強された。
「盾を有効に使え」
やがて向こうから追い立てていた騎馬兵たちが姿を現した。
彼らもまた馬上から剣を振り下ろしている。
「楽しいかー」
「オオーッ!」
熊猿は人間より素早く、予測不能の動きをする。
それに小さいから的としても当たりにくい。
爪と牙も、くらうと危険だ。
人間を相手するよりも厄介かもしれない。
「いい訓練になったな」
副隊長のルゼルは「ですねー」と頷いた。
負傷者は数名出たが、百頭を超す熊猿は全て殲滅した。
コマザ村に戻ると農林局南部監督官のトーグが出迎えた。
「ありがとうございました」
30代半ばのいかにも役人といった男だ。村長の息子でもあるらしい。
「大きな群れを潰しました。しばらくは来ないでしょう」
「さすがマーハント軍のアルトゥール隊長!
腐樹の森を焼き払った時のご活躍も聞いていますよ。
噂通りの武人ですね。ささ、お疲れでしょう。馬は我らに任せて下さい」
「あ、ああ……」
よく喋るトーグにアルトゥールは気圧された。
近くの温室から村人が数人出てきて、アルトゥールらを労った。
「サユ、軍の方たちの食事は出来ているのか?」
村びとの中から子供と共に一人の女性が出てきた。
「はい。どうぞこちらの温室にお入り下さい」
食事中に「アルトゥール隊長は独身ですか」とトーグに聞かれた。
「ええ、中々出会いが無いもので」
「軍にいたらそうでしょう……お、いいところに。リリン来なさい」
焼けたパンを配っていた若い女性が傍に来た。
「紹介します、こちら妹のリリンです。
もういい年なのに、気が強くて村の男じゃ相手に出来なくて困ってたんです。
軍人なら釣り合うんじゃないかと前々から思っていたのですよ」
アルトゥールは顔を上げた。目力が強い、はっきりとした顔つきの美人だった。
つかの間見惚れる。
「余計なお世話だよ!」
いつもの調子で兄に吠えたリリンだったが、
はっと気づき顔を赤らめながらアルトゥールに視線を寄こした。
「……アルトゥール・ヘイブと申します」
緊張するアルトゥールを、横に座っていたルゼルは肘で突いた。
「どうでしょうか?
いやらしい話になりますが、ウチは家柄も悪くないですし、
次期軍団長のアルトゥール殿に決して見劣りはしないと思うのですが……」
「いやいや、私が軍団長なんて……」
「俺もぴったりだと思うのですがー」
ルゼルは悪酔いしていた。アルトゥールはニヤついた童顔を殴りたくなった。
「兄貴、そういうのやめてくれよ……」
口ではそういうものの、リリンはまんざらでもない様子だ。
「リリン、お前はいつもそうだ。こんな出会い二度とないぞ?
子が欲しいと言っていただろう。父と母を心配させるな。
……アルトゥール殿がもしよろしければ、二人きりで会ってやって頂けませんか?」
「子、子が、子が欲し……ふ、ふた、二人きり……子、子が欲しい……」
アルトゥールは目を見開いて小声でぶつぶつと呟いた。
「あれれ隊長。お顔が赤いですねー。お酒は強いはずなのにー」
ルゼルはもうただの酔っ払いと化していた。アルトゥールは咳払いをして顔を戻した。
「……ええ、まぁ……リリンさんがいいのであれば」
歯切れの悪いアルトゥールの返事にトーグとルゼルはハイタッチした。
会ったばっかなのにそんな仲良くないだろお前ら、と思いながらも、
アルトゥールはリリンと目が合ってしまい、ぎこちなく微笑んだ。
宴もたけなわな時間に、マーハント軍本隊から伝令が来た。
「何ですかー?」
「……ケモズ共和国で魔物が出たみたいだ。俺たちに出撃要請がきた」
「えー? リユウって新参者に行かせりゃいいのにー」
ルゼルは机に頭をつけながらも、まだ酒を飲んでいる。
「俺たちの方が信用されてるのさ」
「いいように使われてるの間違いじゃないですかー?」
「ならお前残るか? オスカー様も現場に来るそうだが?」
「え? 王子来んの? 行きまーす!」
がばっと起きたルゼルはフォークを落とし、笑い出した。
「ラツカ村だ。明日の朝出れば夕方には着くだろう……聞けよ」
気が付けばリリンが近くにいた。
「もう行くのですか?」
「……はい、明日の朝一番に出ます」
「そうですか……」
リリンは眉を寄せ、そのまま行ってしまった。
夜。
部隊長用のテントは円形で天井が高く、少人数が会議できる広さがある。
向かいの簡易ベッドで、いびきをかいて寝ているルゼルの他はアルトゥールしかいない。
「失礼します。隊長、起きてますか?」
声を殺して見張りの部下が入ってきた。
「なんだ?」
「村長の家の者が来ています。お話があるとか」
入ってきたのはリリンだった。
部下は頭を下げ、出て行った。
アルトゥールは一時驚いて声を出すのを忘れた。
「……ど、どうされましたか? リリンさん……」
リリンは何も言わずその場で服を脱いだ。暗いが全裸だというのは分かる。
「あ、あ、あ、え、え、え、ちょ、ちょ、ちょ」
慌てたアルトゥールの視線は寝ているルゼルと裸のリリンを行ったり来たりだ。
リリンは恥ずかしそうな仕草はするものの、相変わらず何も喋らず、
そのままアルトゥールをベッドに押し倒した。
朝。
起きるとリリンの姿はなかった。
「いやー昨日の夜はいいもん見たなー」
馬の準備をしていると、ニヤついているルゼルと目が合った。
「お前、起きて……」
「起きないであげたんですよーまったく。あと隊長がっつきすぎ。
初めてってバレちゃいますよー」
アルトゥールは色んな感情を抑え込み、剣を抜いた。
「うそうそ! 冗談ですってー。目がヤバイ、目がヤバイ」
ルゼルは数歩後ずさってから「あ、ちょっとまって」と言って派手に嘔吐した。
涙目で「飲みずぎだぁ……」とえづいている。
アルトゥールはルゼルを無視し馬に乗った。懐から手紙を出す。
リリンからだった。目が覚めたら枕元にあったのだ。
落ち着いたら、この村に戻ってこよう。アルトゥールはそう心に決めたのだった。
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※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。
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