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第四章
第190話 ペトカルズ共和国編 〝七将帝〟マーハントの過去
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十数年前、腐樹の森
「くそ、皆はどこだ? まさか全滅しちゃいねえよな……」
「隊長たちが森の奥に走ってくのが見えた。死んじゃいないさ」
「それにしても、あんな群れは初めてだ。どうして気が付かなかったんだ……」
雨の降る、寒い日だった。
新兵になったばかりのザイオン・オルドリーは、
巨木の根の窪みに身を隠し、
隣のマーハント・レザイン、ダルハン・ウィッカと共に、
どう動くのか試案していた。
「生きていれば、この遺跡まで行くはずだ」
三人で地図を囲む。
ダルハンは駆除中の休憩場所として時折立ち寄る遺跡を指さした。
「まさかあんな群れが森の外縁にいたなんて……」
マーハントの言葉に
「救援の馬は走らせた、さあ行くぞ」とダルハンは腰を上げた。
「気分が落ちてちゃ力が出ねえ。
おい、ダルハン、魔物を多く狩った方がアラルを飯に誘うぞ」
ザイオンは笑いながらダルハンの肩をバシッと叩く。
アラルとは基地の炊事場で働く若い女だ。
「いいだろう、望むところだ。勇んで感染するなよ」
「おまえがな」
「マーハント、お前は立会人だ」
ダルハンはそう言って振り向く。
「わかったよ」
「楽しいな」
ザイオンは歯を見せて笑った。
「どこがだよ」
いつも通り、あっけらかんとしたザイオンに二人は苦笑する。
だが気分が和らいだのは事実だ。三人は森の奥へと進む。
三人は今年の新兵の中で特に優秀だと軍内でも評判だった。
拳闘大会でも負けなし、魔物の駆除数も他の新兵の3倍は成果を上げていた。
道中、遭遇したキバウ、イトアシ、チグイをぶった切り、
何とか陽が落ちる前に遺跡に着いた。
「おい、いたぞ、隊長たちだ。やっぱ生きてた」
ザイオンの言う通り黒いマントの甲冑兵が数名、
朽ちた煉瓦の塀の前に立っていた。
「隊長! よかった無事で……」
「待てザイオン! 離れろ!」
マーハントの叫びに一瞬反応が遅れたザイオンは、
振り向いたかつての仲間に腕を噛まれた。
「全員グールだ!」
ダルハンは剣を抜くと駆けだした。マーハントも続く。
考える暇はなかった。
三人は寝食を共にしたかつての仲間に剣を振るう。
グールは感染間近が一番強い。菌糸がまだ全身に伸びきっておらず、
枝も生えてないため動きが早いのだ。
気が付けば雨の中、二十名以上の仲間たちが地面に倒れていた。
「はは……クソッ、俺はここで終わりかよ」
ザイオンは地面に力なく倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄った二人は、
ザイオンの腕の皮膚下が大きく脈打って肥大化しているのに気付き息を止める。
「ああ、くそ! 頭がいてえ……よく見えねぇし……、
くそっ! くそっ! お前らと一緒に軍団長になるはずだったのに……」
ザイオンの焦点の合っていない目から涙が流れた。
「ザイオン……」
「最後までここにいる。最後まで一緒だ」
二人共それ以上言葉が出なかった。
「ダルハン……ア……アラルを幸せにしろよ。
知ってんだ、俺……。
アラルは、お前を、好いてる……お、俺じゃない……」
「ザイオン……お前……」
ダルハンの目から涙が落ちる。
「マーハント……か、借りてた、2万リル……返さなくていいか?」
こんな時に何を……。
マーハントは苦笑しながら「いいよ」と答えた。
弱々しく笑ったザイオンは二人の腕を力強く握る。
「グールには、なりたくない……とどめを差してくれ……」
マーハントとダルハンは互いに顔を見合わせる。
「……俺がやろう」
ダルハンは剣を抜き、刃先をザイオンの頭部に向けた。
「た、楽しいな……」
最後の力を振り絞ってザイオンは笑う。
「どこがだよ」
二人も無理やり笑う。
三人の瞳から流れた雫は、同時に地面に落ちた。
ずいぶん昔の夢だな……。
目が覚めたマーハントは身を起こし、ベッドサイドの水を一口飲んだ。
……みんな死んじまった。
ダルハンの出身地、イズコ村には先の戦争の英雄ということで銅像が立った。
しかし、アラルと子供たちは、イズコ村にいるとダルハンを思い出すからと、
イースに引っ越した。
俺が面倒をみてやるべきだったが……
俺の顔を見ても旦那を思い出すと言われては何も言えない。
ベミーが倒れてから一週間後。
ベミーは機械蜂のおかげで一命を取り留めた。
しかし、意識はまだ戻らず、
変形した機械蜂が生命維持機械となって胸と口を覆っており、
それが外れると死ぬ状態にある。
すぐにオスカー様が動き、
キャディッシュ率いる輸送部隊が迎えに来た。
今はモルテン領の最南端の街、
スラヴェシまでユウリナ様が直々に出向き緊急手術をしている。
それにしても……
魔人二人に挑むとは……。
あれは難しい局面だった。
ベミーが前に出なければ戦士たちは大勢死んでいただろう。
同じことが俺に出来ただろうか……。
一人考えていると「失礼します。
〝ラウラスの影〟工作員と名乗る者が、
将軍に謁見したいと申してまして……」
テントの護衛兵が中に入ってきた。
「……ああ。通せ」
入ってきたのは体型のふくよかな40代の女性だ。
「マーハント将軍。私はジラと申します。
本名を名乗れない決まりですのでご無礼を承知の上……」
マーハントの視界に名簿が出てきた。
ラウラス長官ユーキンが直々に確認の通信を送ってきた。
「本物だ、下がれ」
ジラが本物か疑っていた兵士はテントの外に出た。
「ありがとうございます。私は半年前からペトカルズ共和国に潜入していました。
実は今回の魔物騒動とは違う件なのですが……。
グールから逃げる途中で偶然、逃亡していたネネル軍所属、
ライカ・ダリナ・モレッツを発見しました。
魔人の少年と共に逃亡生活を送っているようです」
ソーンを刺した少女か。
拳闘大会でソーンと戦った経験があるマーハントは、
最初その一報を聞いたとき、耳を疑った。
試合では年齢差を生かしスタミナ戦にして何とか勝利したが、
あと10年ソーンが若かったら瞬殺されていただろう。
そんな剣豪に剣を突き立てた有翼人の少女兵にマーハントは興味があった。
「今は?」
「私に配給されていた機械蜂をカバンに忍ばせて渡しました。
長官かオスカー様かユウリナ様なら位置が分かると思いまして……。
機械蜂は一匹だけですので通信手段がなくなりまして、
そう言った理由で将軍の元へ……」
「なるほど、いい判断だ。俺からユーキン長官に報告しておこう」
「ありがとうございます」
ジラは寝床と食事は用意しようと言ったマーハントの計らいを丁寧に断った。
いわく、我らは連邦と長官が放った〝矢〟なので、
いついかなる時も情報を収集しなければならない、らしい。
すぐに難民区域に戻ると言ってテントを出ていった。
この一週間で集まった将軍達からの報告をまとめる。
駆除はほとんどが完了、感染の拡大は防がれたと言っていい。
ペトカルズの首相は行方不明。
そして辺境の村々が魔物の飼育をしていた事実。
捕らえた村人の話だとヨーダオン家の指示だということ。
ちなみにすぐに部隊を派遣したが城はもぬけの殻だった。
加えて各町の軍の基地は半壊状態、
多くの兵士がやられていて、土砂で破壊されていた。
明らかにベミーをやった魔人だろう。
その時、副将のリユウが入ってきた。
「将軍、来て下さい。捕らえた村人の一部が反乱を起こしました。
中々の手練れで収集がつかないようです」
駆け付けたマーハント達は目を見張った。
ルートヴィアのシルギィ将軍が目を見開き血まみれで地面に倒れている。
胸には剣が深々と刺さっていた。
他にも五十名ほどの兵が死んでいる。
「ジャルカ! もういい。敵わない」
立っているのは二人の男。一人は兎人族だ。
「だめだ、ミスカ! あきらめるな!
村の魔物を倒すんだろ!」
何やら揉めている。
人間の方は剣の構え、立ち振る舞いで相当な実力者というのが伺える。
奥には捕縛された村人たち。
全員殺気立っていて、騒がしい。
血に塗れた人間の男の方に目がいく。
何かが引っかかった。
「あ……え……?」
部下たちがざわつき始める。
体型が違うから頭の中で結びつかなかったが、
あれはどう見ても……。
嘘だろ……?
背中に鳥肌が立った。
マーハントは無意識に足が動いていた。
大勢のルートヴィア兵、捕らえた村民の中央に進み、
男と対峙する。
そして震える声でマーハントは尋ねる。
「……お前、ダルハンか?」
「くそ、皆はどこだ? まさか全滅しちゃいねえよな……」
「隊長たちが森の奥に走ってくのが見えた。死んじゃいないさ」
「それにしても、あんな群れは初めてだ。どうして気が付かなかったんだ……」
雨の降る、寒い日だった。
新兵になったばかりのザイオン・オルドリーは、
巨木の根の窪みに身を隠し、
隣のマーハント・レザイン、ダルハン・ウィッカと共に、
どう動くのか試案していた。
「生きていれば、この遺跡まで行くはずだ」
三人で地図を囲む。
ダルハンは駆除中の休憩場所として時折立ち寄る遺跡を指さした。
「まさかあんな群れが森の外縁にいたなんて……」
マーハントの言葉に
「救援の馬は走らせた、さあ行くぞ」とダルハンは腰を上げた。
「気分が落ちてちゃ力が出ねえ。
おい、ダルハン、魔物を多く狩った方がアラルを飯に誘うぞ」
ザイオンは笑いながらダルハンの肩をバシッと叩く。
アラルとは基地の炊事場で働く若い女だ。
「いいだろう、望むところだ。勇んで感染するなよ」
「おまえがな」
「マーハント、お前は立会人だ」
ダルハンはそう言って振り向く。
「わかったよ」
「楽しいな」
ザイオンは歯を見せて笑った。
「どこがだよ」
いつも通り、あっけらかんとしたザイオンに二人は苦笑する。
だが気分が和らいだのは事実だ。三人は森の奥へと進む。
三人は今年の新兵の中で特に優秀だと軍内でも評判だった。
拳闘大会でも負けなし、魔物の駆除数も他の新兵の3倍は成果を上げていた。
道中、遭遇したキバウ、イトアシ、チグイをぶった切り、
何とか陽が落ちる前に遺跡に着いた。
「おい、いたぞ、隊長たちだ。やっぱ生きてた」
ザイオンの言う通り黒いマントの甲冑兵が数名、
朽ちた煉瓦の塀の前に立っていた。
「隊長! よかった無事で……」
「待てザイオン! 離れろ!」
マーハントの叫びに一瞬反応が遅れたザイオンは、
振り向いたかつての仲間に腕を噛まれた。
「全員グールだ!」
ダルハンは剣を抜くと駆けだした。マーハントも続く。
考える暇はなかった。
三人は寝食を共にしたかつての仲間に剣を振るう。
グールは感染間近が一番強い。菌糸がまだ全身に伸びきっておらず、
枝も生えてないため動きが早いのだ。
気が付けば雨の中、二十名以上の仲間たちが地面に倒れていた。
「はは……クソッ、俺はここで終わりかよ」
ザイオンは地面に力なく倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄った二人は、
ザイオンの腕の皮膚下が大きく脈打って肥大化しているのに気付き息を止める。
「ああ、くそ! 頭がいてえ……よく見えねぇし……、
くそっ! くそっ! お前らと一緒に軍団長になるはずだったのに……」
ザイオンの焦点の合っていない目から涙が流れた。
「ザイオン……」
「最後までここにいる。最後まで一緒だ」
二人共それ以上言葉が出なかった。
「ダルハン……ア……アラルを幸せにしろよ。
知ってんだ、俺……。
アラルは、お前を、好いてる……お、俺じゃない……」
「ザイオン……お前……」
ダルハンの目から涙が落ちる。
「マーハント……か、借りてた、2万リル……返さなくていいか?」
こんな時に何を……。
マーハントは苦笑しながら「いいよ」と答えた。
弱々しく笑ったザイオンは二人の腕を力強く握る。
「グールには、なりたくない……とどめを差してくれ……」
マーハントとダルハンは互いに顔を見合わせる。
「……俺がやろう」
ダルハンは剣を抜き、刃先をザイオンの頭部に向けた。
「た、楽しいな……」
最後の力を振り絞ってザイオンは笑う。
「どこがだよ」
二人も無理やり笑う。
三人の瞳から流れた雫は、同時に地面に落ちた。
ずいぶん昔の夢だな……。
目が覚めたマーハントは身を起こし、ベッドサイドの水を一口飲んだ。
……みんな死んじまった。
ダルハンの出身地、イズコ村には先の戦争の英雄ということで銅像が立った。
しかし、アラルと子供たちは、イズコ村にいるとダルハンを思い出すからと、
イースに引っ越した。
俺が面倒をみてやるべきだったが……
俺の顔を見ても旦那を思い出すと言われては何も言えない。
ベミーが倒れてから一週間後。
ベミーは機械蜂のおかげで一命を取り留めた。
しかし、意識はまだ戻らず、
変形した機械蜂が生命維持機械となって胸と口を覆っており、
それが外れると死ぬ状態にある。
すぐにオスカー様が動き、
キャディッシュ率いる輸送部隊が迎えに来た。
今はモルテン領の最南端の街、
スラヴェシまでユウリナ様が直々に出向き緊急手術をしている。
それにしても……
魔人二人に挑むとは……。
あれは難しい局面だった。
ベミーが前に出なければ戦士たちは大勢死んでいただろう。
同じことが俺に出来ただろうか……。
一人考えていると「失礼します。
〝ラウラスの影〟工作員と名乗る者が、
将軍に謁見したいと申してまして……」
テントの護衛兵が中に入ってきた。
「……ああ。通せ」
入ってきたのは体型のふくよかな40代の女性だ。
「マーハント将軍。私はジラと申します。
本名を名乗れない決まりですのでご無礼を承知の上……」
マーハントの視界に名簿が出てきた。
ラウラス長官ユーキンが直々に確認の通信を送ってきた。
「本物だ、下がれ」
ジラが本物か疑っていた兵士はテントの外に出た。
「ありがとうございます。私は半年前からペトカルズ共和国に潜入していました。
実は今回の魔物騒動とは違う件なのですが……。
グールから逃げる途中で偶然、逃亡していたネネル軍所属、
ライカ・ダリナ・モレッツを発見しました。
魔人の少年と共に逃亡生活を送っているようです」
ソーンを刺した少女か。
拳闘大会でソーンと戦った経験があるマーハントは、
最初その一報を聞いたとき、耳を疑った。
試合では年齢差を生かしスタミナ戦にして何とか勝利したが、
あと10年ソーンが若かったら瞬殺されていただろう。
そんな剣豪に剣を突き立てた有翼人の少女兵にマーハントは興味があった。
「今は?」
「私に配給されていた機械蜂をカバンに忍ばせて渡しました。
長官かオスカー様かユウリナ様なら位置が分かると思いまして……。
機械蜂は一匹だけですので通信手段がなくなりまして、
そう言った理由で将軍の元へ……」
「なるほど、いい判断だ。俺からユーキン長官に報告しておこう」
「ありがとうございます」
ジラは寝床と食事は用意しようと言ったマーハントの計らいを丁寧に断った。
いわく、我らは連邦と長官が放った〝矢〟なので、
いついかなる時も情報を収集しなければならない、らしい。
すぐに難民区域に戻ると言ってテントを出ていった。
この一週間で集まった将軍達からの報告をまとめる。
駆除はほとんどが完了、感染の拡大は防がれたと言っていい。
ペトカルズの首相は行方不明。
そして辺境の村々が魔物の飼育をしていた事実。
捕らえた村人の話だとヨーダオン家の指示だということ。
ちなみにすぐに部隊を派遣したが城はもぬけの殻だった。
加えて各町の軍の基地は半壊状態、
多くの兵士がやられていて、土砂で破壊されていた。
明らかにベミーをやった魔人だろう。
その時、副将のリユウが入ってきた。
「将軍、来て下さい。捕らえた村人の一部が反乱を起こしました。
中々の手練れで収集がつかないようです」
駆け付けたマーハント達は目を見張った。
ルートヴィアのシルギィ将軍が目を見開き血まみれで地面に倒れている。
胸には剣が深々と刺さっていた。
他にも五十名ほどの兵が死んでいる。
「ジャルカ! もういい。敵わない」
立っているのは二人の男。一人は兎人族だ。
「だめだ、ミスカ! あきらめるな!
村の魔物を倒すんだろ!」
何やら揉めている。
人間の方は剣の構え、立ち振る舞いで相当な実力者というのが伺える。
奥には捕縛された村人たち。
全員殺気立っていて、騒がしい。
血に塗れた人間の男の方に目がいく。
何かが引っかかった。
「あ……え……?」
部下たちがざわつき始める。
体型が違うから頭の中で結びつかなかったが、
あれはどう見ても……。
嘘だろ……?
背中に鳥肌が立った。
マーハントは無意識に足が動いていた。
大勢のルートヴィア兵、捕らえた村民の中央に進み、
男と対峙する。
そして震える声でマーハントは尋ねる。
「……お前、ダルハンか?」
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