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第二巻 第二章 「その巨塔、予測不能につき」
第二巻 第十四章 ~ 彼方からの光 ~
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「ひきゃあああぁぁぁぁああああっ⁉」
「リィさんっ⁉」
叫ぶと同時に全力で駆け出すミラ。
足下の地面に亀裂を入れ、残像を残して跳躍する。
彼女の起こした旋風に乱れる金髪を抑えながら、リオナも急いで彼女の後を追った。
「い、いや、来ないで……ア、アタイ、食べてもちょっとしかオイシクない、よ……?」
リィの眼前には、口から涎を垂らし、赤い瞳を光らせるミノタウロスが迫っていた。
両手で胸元をギュッと握り締めるリィに、ゆっくりと顔を近付け、荒い鼻息を吹きかける。
それだけで、まだ幼い彼女は恐怖と絶望に心を支配されてしまった。
「リィさんっ‼‼」
ミラが引き攣ったような声を上げる。
それが聞こえたのか、リィが辛うじて恐怖に染まる視線をミラに移し、
「た、助け……」
掠れ、途切れ途切れになったか細い声は、それでもミラのウサ耳にしっかり届いた。
ダガーを握り締め、駆ける足に更なる力を込めながら、ミノタウロスを退ける魔法を――
(――な、何の魔法を使えば……っ⁉)
リィは既にミノタウロスの間合いの中にいる。
発動の早い魔法を使わなければ危険だ。
だが≪ムーンショット≫程度ではミノタウロスに大したダメージを与えることはできないし逆上したミノタウロスが暴れ出すかもしれないそうなればすぐ隣にいるリィが真っ先に危険に曝されるならもっと威力の高い魔法だがそれは何だ自分に使えるまほうはなんだったかおもいだせかんがえろでないとめのまえのしょうじょのいのちイノチが失われて――
結局、その僅かな逡巡が命取りとなった。
無慈悲に鉈を振り上げ、狙いを定めるミノタウロス。
その影にリィがギュッと目を瞑り、静止した時の中で、ミラもリオナも、誰の手も彼女に届くことはなく、そして――
「≪ミルキースパーク≫ッ‼‼」
よく通る男の声と共に、眩い光線が彼方から放たれた。
人を軽々飲み込んでしまいそうな巨大な光線は、寸分違わずミノタウロスだけを撃ち抜き、鉈ごと塵へと変えた。
後に残されたのは、拳大の魔晶石と、散り際に聞こえた「ギャァ……」というモンスターの短い悲鳴だけ。
一瞬何が起きたのかわからなかった一同は、石化したようにその場で呆けていた。
死を覚悟したリィは勿論のこと、彼女を助けようと必死に考えを巡らせたミラも、脳が許容できる情報量をオーバーしたか、一言も発せずに凍りついている。
唯一人、絶体絶命のピンチを救った魔法に見覚えのあったリオナだけが、驚いた声で通路の暗闇に声をかけた。
「……まさか、オマエがここに来てるなんてな。オイシイトコだけ持って行きやがって、どういうつもりだ――〝幻影〟!」
「――やれやれ、そう怒らないでくれよ。ここを通りがかったのは偶然だし、美しい女性を守るのは私の使命なのだから」
宥めすかすような声で現れたのは、灰色のイヌ耳にふさふさの尻尾、煌めく装飾の為された鎧を身につけ、腰から一振りのサーベルを提げた狼人族の青年。
〝幻影〟の二つ名を持つ≪サンディ≫のギルドマスター――ハイドルクセンだった。
ハイドルクセンは手に持っていたサーベルを鞘に戻すと、へたり込んでいたリィの下に膝を突き、手を差し伸べた。
「怪我はないかな、キツネ耳のお嬢さん?」
「……っ!」
混乱した瞳で座り込んでいたリィだったが、彼の手が伸びてくるや否や、ビクリと肩を震わせ、転げるように逃げ出した。
そのままミラの下へ一目散に駆け出し、彼女の後ろに隠れてしまう。
「……リ、リィさん? 大丈夫ですよ、こちらの方はハイドルクセン・フォン・ヴォルフスベルクさんと言って、とっても頼れる最強の味方で……」
「………………」
ミラが安心させるように言葉をかけるも、リィは彼女の背中に隠れたまま、警戒する猫のような視線でハイドルクセンを見つめていた。
首を傾げる彼の隣で、リオナが呵々と哄笑を上げた。
「嫌われちまったなあ、オオカミ男?」
「むぅ、女性の扱いには自信があったのだが……」
「……その言い方もどうかと思いますが」
一度だけ肩を竦めたハイドルクセンは、それ以降まるで気に留めないといった様子で、リィの視線をさらりと受け流した。
そんな彼に、リオナが訝しげに問う。
「……ところで、こんな所まで何の用だよ? サボりか?」
「無論、仕事だとも。この先の第16層から救助要請が送られて来てね。手が空いてる者がいなかったから、私が直接出向いて来たのだよ」
「そいつは難儀なこって。冒険者不足ってのは深刻みたいだな」
「全くその通りだよ。……しかし、ギガスコーピオンがいないと思ったら、リオナちゃん達が先に来ていたとはね。お陰で予定より随分早く依頼を達成できそうだ」
「おう、存分に感謝してくれ! 勿論、利子は高く付くけどな!」
「恩着せがましいですよ、リオナさん。私達がスコーピオンを倒していたのは、偶然なんですから……」
ケラケラと悪びれることなく笑うリオナに、溜息を吐くミラ。
そんないつもと変わらない様子の二人に、ハイドルクセンは満足げに頷《うなず》いた。
「それで、ミラちゃん達は何処まで進むつもりだい?」
「第10層……の予定だったのですが、他のお二人が先に進むことに意欲的でして……。取り敢えずは第20層を目標に、行ける所まで行こうかと」
「ふむ、そうか。ならば、早く先に進もう! 私も、依頼人が首を長くして待っているだろうからね。聖域にいるはずだが、早めに向かわなければなるまい」
そう言って、ハイドルクセンはリオナ達の片付けたモンスターハウスを悠々と歩いて行った。
「私達も行きましょうか」
「そうだな」
先頭を歩くハイドルクセンの尻尾を追って、ミラ達も次のフロアへ続く長い螺旋階段を登り始める。
「………………」
彼女達につられてトボトボと歩き出したリィだけは、依然として俯いたまま、伏せられた瞳でただただ機械的に足を動かしていた。
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