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第二巻 第四章 「その異世界人、消息不明につき」
第四章 第九節 ~ 金の卵 ~
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リオナが向かって行ったのは、ギルドの二階、冒険者登録をする為のカウンターだった。
リオナの後を付いて行ったミラは、そこで足を止めた彼女に、疑問の言葉を投げかける。
「ここに用があるのですか?」
「そうだ」
リオナは一番左端のカウンターの前に立つと、そこに立っていた女性スタッフに声をかけた。
「オイ、ギルド嬢! 〝オーディンの瞳〟を持って来てくれ!」
「へ? あ、はい、ただいま……」
つい一週間前に現れたばかりの冒険者が再びレベル測定を求めてきたことに、カウンターの女性は一瞬呆気に取られた。
普通、一度レベルの測定をした後は、次の測定まで一カ月程間を開けるのが、冒険者間での常識となっている。
が、だからと言って、要求を拒否するわけにもいかないので、女性は言われた通りにレベル測定用のアイテムを取り出した。
深緑色の小さな水晶玉がリオナの前に差し出される。
リオナは自信ありげに、水晶玉に手を置いた。
「……リオナさん?」
「いいから見てな」
淡い光に包まれた水晶玉の中にいくつもの文字が浮かんでは消えていく様を眺めつつ、リオナ達は測定が終わるのを待った。
暫くして映し出された結果を、女性が手早く紙に書き写していく。
この前と何ら変わらないレベル測定の作業。
だが、
「こ、これは……⁉」
全ての項目を書き写し終えた女性が、驚いた顔で記録用紙を覗き込んでいた。
自分で書き記しておきながら、目の前の記述が信じられないとでも言いたげに、用紙の項目を何度も読み返している。
疑問に思ったミラが恐る恐る尋ねた。
「な、何かあったのですか……?」
前回の測定の時にも一騒動あったのだが、またしても波乱の展開が待っていそうな予感に、ミラはビクビクと、リオナはウキウキと女性の言葉を待った。
女性は一度呼吸を落ち着けると、二人を交互に見遣り、それから、ゆっくりと、僅かに震える声で、測定の結果を告げた。
「……レベルは………………50、です」
「……へ?」
「ふむ、まあ予想通りか」
目を点にして呆然とするミラに、納得して冷静に頷くリオナ。
女性は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、リオナをじっと見つめていた。
暫く沈黙していたミラだったが、その衝撃的な数字に漸く理解が追いつくと、興奮のあまりウサ耳を震わせながら叫んだ。
「ほ、ほほ本当なのですかっ⁉ 僅か一週間足らずで本当にレベルが1から50にっ⁉」
掴みかからんばかりの勢いで、カウンターの手から用紙をひったくる。
〝レベル〟の欄には確かに〝50〟を表す古代文字が刻まれ、能力値もそれに相応しい値へ変化していた。
三度、四度と繰り返し読み返すミラに、リオナは哄笑を上げながら言った。
「ハハ! どうだ? 言った通り、『面白いモン』だったろ?」
「す、凄いです凄いのです凄いのですよっ‼‼ この短期間で一体どうやって……⁉」
リオナはニヤリと笑い、腰の短剣を指し示した。
「なあ、ミラ。〝ゴールデンエッグ〟って知ってるか?」
「……『金の卵』、ですか? ええ、そういう比喩表現なら知っていますが……」
「違う、そうじゃねえ。ゴールデンエッグってのは、≪怪鳥の渓谷≫に生息する鶏型モンスター〝ボーパルコッコ〟が稀に産む金色の卵のことだ。≪怪鳥の渓谷≫には、コッコの巣が無数に点在してて、そこに普通の卵に混じって入ってることがある」
ミラが納得したように手を打った。
「なるほど! その稀少アイテムを取りに行ってたのですね⁉」
リオナは首を横に振り、
「残念だが、それも違う。ヤツらは卵ではあるが――紛れもねえモンスターだ。オレはゴールデンエッグを、食べる為じゃなく倒す為に探してたのさ」
「た、卵型のモンスターなんているのですか⁉」
「ああ、そうだ。そして、ヤツらの特徴は何と言っても〝獲得経験値の多さ〟! アイツ一体倒すだけで、レベル1のヤツが10はレベルを上げられる! 文字通り美味しいモンスターってわけだ」
ケラケラと笑ったリオナが、「だが、」と挟んで続けた。
「……だが、ヤツらは普通のモンスターと違って、攻撃力を一切持たない分、逃げ足がめっぽう速い。冒険者の気配を僅かでも察知しようもんなら、蜘蛛の子を散らすように姿を消しちまう。加えて、硬い殻で覆われてるから防御力も半端ねえし、普通に攻撃したんじゃあ、まずダメージは通らない。
ある意味、魔王より倒すのが面倒な相手かもな」
「そ、そんな……。それじゃ、意味無いのですよ……」
倒すと大量の経験値を得られるが、滅多に出会えない上に、普通に倒すのはほぼ不可能。
そんなメタルス○イム的なモンスターが、このゴールデンエッグだった。
もっとも、普通に倒すのが難しいだけであって、対処法は存在する。
ゲームをやり込んだリオナにとって、それは常識中の常識だった。
「……そこで、コイツの出番ってわけだ。武器屋のおっちゃんは『チビゲルすら倒せない』と言ってたが、そりゃそうだろ。〝ソニックブーム〟は通常の物理ダメージを与える武器ではなく――相手の防御力を無視して固定ダメージを与える武器だからな」
「なっ⁉ その武器にそんな効果が……⁉」
「普通のモンスターに使っても大した効果は得られないが、ゴールデンエッグみたいな高防御&低HPのモンスターを相手にする時は話が別。ヤツらの異常な防御力を貫通して、一撃で葬ることができる!」
リオナの説明に、ミラは正しく赤目から鱗が落ちる思いだった。
確かにその方法なら、効率良く経験値を稼いで、一気にレベルを上げることも可能かもしれない。
「これまでに費やしてきたレベル上げの苦労は何だったのか……」と思わなくもなかったが、今は純粋に彼女のレベルアップが嬉しかった。
瞳を輝かせていたミラが、不意に何かに気付いた様子で声を上げた。
「……待ってください。もしかして、その方法が≪シェーンブルン≫中に広まれば、簡単に魔王に対する戦力が整えられるんじゃありませんか⁉ レベルカンストとまではいかなくても、それなりのレベルを持った冒険者を量産……」
「それはやめとけ。ゴールデンエッグは絶対数が少ないし、その前に立ちはだかるボーパルコッコは即死攻撃持ちの強敵だ。ついでに、≪怪鳥の渓谷≫にいるボーパルコッコを倒し過ぎると、大量のコッコに逆襲されるから、そうなったら死を覚悟する他ない」
「ひっ⁉ お、恐ろし過ぎるのですよ……!」
視界を埋め尽くす程のコッコの群れに襲われる光景を想像して、ミラは戦慄した。
ボーパルコッコは刺激しない。
それを肝に銘じ、〝ゴールデンエッグによるレベル上げ計画〟は速やかに破棄した。
改めてリオナの能力値が記された用紙に目を通したミラは、少し緊張を含んだ声でリオナに尋ねた。
「……リオナさん。このレベルなら、ドモスとウォーリアを相手に勝てるでしょうか……?」
「ふむ……」
レベル50と言えば、ついこの間まで≪サンディ≫で一番の戦士だった男が、丁度それくらいのレベルだった。
MMORPGシェーンブルンにおいては、〝限界突破〟前に到達できるレベルの上限であり、特定のイベントを経て限界突破を果たすと、晴れて上級プレイヤーの仲間入りとなる。
この異世界でのレベルとゲームでのレベルでは微妙に強さに違いがあるが、それでも相当の実力者という点では共通していると言える。
ウォーリア戦の推奨レベルは45。
数値的には上回っているし、相手の行動パターンも既に把握している。
勝利を手にする為の条件は揃っている。
――だが、
「……残念だが、これでもちと厳しいだろうな」
「そ、そんな……」
……だが、それはあくまで、適正なパーティーを組んだ上での話だった。
ソロで挑むなら、もう少し上のレベルが必要になる。
それなら、きちんとメンバーを揃えて、パーティーを組めばよいのだが、リオナにその気はなかった。
それに、
(……それに、一度狙った獲物は自分の手で仕留めたいしな……!)
リオナの答えに肩を落としたミラが、瞳を揺らしながら呟いた。
「そんな……リオナさんでも難しいとおっしゃるなら、一体どうすれば……」
「オイオイ、落胆するのはまだ早いぜ? 確かに、このまま真っ向からぶつかりゃ勝ち目は少ねえが――レベルを上げる以外にも、オレには別の〝策〟があるんだぜ?」
「……別の策、ですか……?」
僅かに希望を見出したように、顔を上げるミラ。
その赤い瞳を正面からじっと見つめ、
「……その為には、ミラ、オマエの力が必要だ」
「私の……?」
ミラが開きかけた口を閉ざす。
「自分の力が必要」というリオナの言葉に、戸惑っているようだった。
(……あんなに強いリオナさんが、弱い私の力を必要としているなんて、そんなこと……)
とても信じられなかったが、彼女の瞳は真剣そのものだ。
今ここで逃げ出せば、自分はもう二度と彼女の金眼を真正面から受け止めることはできないだろう。
「……わかりました。私にできることなら、何でもいたしましょう! リオナさんの〝策〟とやら、必ず成功させてみせますっ!」
「おう、期待してるぜ?」
互いの瞳を見つめ合った二人は、それぞれの想いを胸に、≪ランブの塔≫への再挑戦を誓い合った。
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