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第一章
闇宿りの森
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第四話 闇宿りの森
アイスベルグ主都・アイシアの西方に位置する森は、ユファが投獄されていた王城から目と鼻の先にある、深い緑の木々に覆われた、昼間でも日の差し込まない場所だ。
――この『闇宿りの森』を突っ切れば隣町への近道だが、複雑に木々が入りくねった自然の迷路は容易く侵入者を歓迎しない。アイシアの民ですら、隣町への外出は馬や荷車を利用しているほどだ。
「おかしいな……」
しかし、まだ気を失っている駿里を引きずって森の泉の畔へと運び、地面に寝かせた瞬間に、ユファは彼の肉体の異変に気が付いた。
駿里の上着の前を開いて腹部に負った傷を空術で癒そうと、再び指輪に祈りをこめようとした――が、あれだけ深手だったのにも関わらず、目立った傷口が殆ど塞がっているのだ。脱獄してから数時間余りの間に、人間の傷口がここまで自然治癒するなんてあり得るのだろうか。
「本当に何者なの?この人……」
ユファは、泉の水を両手で少しずつすくい、駿里の体にこびり付いた血や埃を流していった。
傷口に菌が入って化膿してしまうのを防ぐためだ。ユファが黙々と駿里を介抱している間、木々の葉を揺らす風と駿里の呼吸だけが、森の中に存在する唯一の音だった。
「本当は、すぐにこんな森からは離れたいんだけど」
そこまで考えて、ユファは首を振った。
――もう、私には帰る場所なんて。
思い出すのは、燃え盛る炎に包まれた里の光景と、ユファを心配そうに見つめていた、ルイスの顔だ。
仲間達とヴォルベレーの里に向かわず、ずっと人間に捕まっていたのだから、ルイス達もユファの安否が気がかりなはずだ。本来なら、すぐにでもヴォルベレーに飛んで行くのが道理かもしれない。けれど、ユファは里の襲撃事件は自分の責任だと思っていた。
両親を亡くし、ルイスも羽根を負傷した。――今更、のこのこ安全なヴォルベレーの里に避難するのは許されないのでは、と無意識に自己嫌悪に陥っていた。
(それに、駿里を置いてはいけない)
どんな理由があるにしろ、自分の命を救ってくれた駿里を森に一人で放置することは、ユファには出来なかった。
今は駿里が意識を取り戻してくれるのを祈るしかない。
* * *
どれだけの時間が経っただろうか。
薄暗い森の中、ユファは瞼が重くなっていくのを感じた。思えば投獄されてからの一ヶ月は緊張の連続で、気の休まる暇もなかった。いつ処刑されるかばかり考えていたユファは心身ともに、限界が来てしまったのだろう。
――曖昧に薄れゆく意識の中で、ユファは夢を見ていた。
両親が生きていて、家族三人で平和に暮らしていた頃の、幸福な夢だった。
「ユファ。お前の髪は、綺麗な色だね。きっと天から祝福されているんだよ」
オリオンは、柔和な笑みを浮かべながら、ユファの頭をよく撫でてくれたものだった。双翼の民は銀の髪と蒼い瞳を持った一族だが、ユファの髪の色味は空色をしており、両親どちらにも似ていなかった。
幼い頃のユファは、自分だけが家族や仲間と違う髪色をしているのがコンプレックスだったが、オリオンが温かい言葉で受け入れてくれたからこ、次第に自分を認められるようになっていった。
「お父さん、お母さん……」
「なんやー?ほーむしっくかぁ?」
「え……?」
優しい想い出の世界で両親と語らっていたユファだったが、不意に耳に飛び込んできた奇怪な言葉に、ハッと夢から目覚めた。
「よっ!おはようさん」
――ぼんやりと宙を見つめているところで、じぃっと顔を覗き込んでいる、黒い瞳と目が合った。
「……なっ、なっ、なっ!?」
至近距離から寝顔を覗かれていた事態をやっと飲み込んだユファは、慌てて上半身を起こした。いっそこっちが夢であれば良いのに!と願いながら。
「ちょっと、待って……!なんであなたの膝の上で、私が寝てるのよ!?」
ユファは意識を失う前の状況が思い出せないが、気付いたら駿里の膝の上に頭を載せ、眠っていたようだ。顔面を紅潮させたユファは、逃げるように後方へ大きく飛びのいて駿里から身を離した。知り合ってまだ数時間しか経っていない人間の膝で、無防備に眠っていたなんて、信じられない失態だ。
「よおぐうすか寝取ったなあ……。そないに、俺の膝は寝心地良かったんか?」
「なんでっ、なんであなたの膝の上で……!?」
パニックに陥ったユファは、刷り込みされた言葉しか発せないオウムのように、駿里に同じ質問を繰り返してしまった。駿里はぽりぽりと頬を指でかきながら答える。
「なんでと言われてもなあー。俺が目ぇ覚ましたときには、お前が地面に横たわって眠りこけとったから、とりあえず膝の上に頭載せたったんやないか」
「それなら、そのまま地面に寝かせておいてくれればいいの!」
「せやかて、寝苦しいやろが?石っころが転がっとるし、泥でぬかるんどるんやで?」
駿里なりの気遣いかもしれないが、膝枕してほしいとは頼んでいない。ましてや、人間に投獄されていたユファにとって、駿里も完全に信用できる存在では無いのだから。
「いいの!たとえ地べたで居眠りしてても、この場合は放っておくのが正解なの!寝にくいだろうとか、泥とか、石とか、細かいことは一切気にしないで放っておいて!」
「はぁー?少しは気にせえ、ええ歳の女が!お前、泥だらけやないかい」
その言葉に、ユファはふと我に帰った。アイスベルグ城を脱獄してから長時間、ぬかるんだ獣道を駿里をかついで歩いたおかげで、ユファが身に纏っていた純白の衣は黄土色の衣になりつつあった。
広がっていた裾は破け、長袖が七部袖になりかかっている上、ロング丈のスカートに不自然な切り込みが入って、露出度高めのスリットスカートに変貌を遂げていた。
城から脱出するミッションと駿里の介抱に精一杯だったユファは、自分の格好を気にするゆとりがなかったのだ。
「……っ!」
(ということは……こんなだらしのない格好で城下を飛び回った挙句、駿里の膝の上で、熟睡していたってこと!?)
ユファは顔を両手で覆い、へなへなとその場に力なく座り込んでしまった。穴があったら入りたいとは正しくこのこと。
「なんや、やっぱ気にしとるやんか。ほんなら、ちょうどそこに泉あるし、服脱いで洗ったらどないや?」
駿里は泉を顎で指し示すと、二ッと笑う。
「――それは名案ね、じゃあ、さっそく……、なーんてことにはなりませんから!この状況で脱げるわけないでしょ!?」
「フッ。ええノリ突っ込みやないかい。俺と漫才でもやらんか?」
「やりません!大体、あなたは一体」
「しーっ……」
「?」
ユファが、駿里の奔放すぎるボケにそろそろ脱力しかけた矢先。
静寂に支配されていた森の空気が、切り替わるのが肌で感じられた。何処からともなく、無数の生命の気配を感じる。森全体が生き物になって唸っているようだった。
「ねえ、何の声?」
「静かにせえ!」
先ほどまでのおちゃらけたムードから一転。神妙な面持ちの駿里が、ユファの腕をつかんで自分の傍へ引き寄せた。あれよと言う間にユファの口元には駿里の手のひらが覆いかぶさって来る。
「んんッ……?」
突然唇に密着した皮膚の感触に、ユファの背筋がぞくりと凍り付いた。――駿里の手のひらが、異様に冷たい。氷直接唇に押し当てられているかのようだ。思考が混乱を極める中、駿里に後ろから抱え込まれるようにして、ユファはその場にしゃがむしかなかった。
――どこからか、無数の雄たけびが聴こえている。犬や、狼の遠吠えのような声。それも、恐らく獣は近距離に潜んでいる。
「これ、なんの動物……?」
「ヴィントやろ。あいつ等は日が落ちる頃合になると動き回るんや。お目覚めの時間っちゅーこっちゃな。まさか、この森ん中まで生息しとったとは……」
駿里が、ユファのすぐ耳元で囁くように話しかける。ユファはとにかく、この密着状況を早く解消したかった。自分の体全部が心臓になったみたいに波打っている。それに加えて恐怖と変な緊張で、ひどく息苦しい。
「……でも、このままじっとしてて平気なの?」
「あいつ等は野生の肉食獣なんやけど、匂いやなく音に反応するタイプやねん。せやから、血まみれの俺を担いどったお前も、別に襲われへんかったやろ?」
「あの……。わかったわ。それなら静かにするから、とりあえず、離し――」
ユファが小さく呟いて、駿里の腕から逃れようと身じろぎした時だった。
ぐっきゅるるるるるるるるぅううぅ~~~~……。
緊迫の沈黙を威風堂々切り開く、間の抜けた効果音が森中へ響き渡った。
「あ。アカンわ。腹減ったなあー!」
(この男は!この男はーーーーーーーーーーーー!)
何故、よりもよってこの状況で!?ユファは心中で散々駿里を詰ったものの、言い返す言葉もなく、ただ悶絶するしかない。――アクシデントを嘆く時間さえ、敵は与えてはくれなかった。風に乗った複数の軽い足音が、二人の居る畔まで接近して来ている。隠しきれない殺気と獣の独特の体臭が、空気を伝ってユファの五感を刺激した。
「がるるるるるるるるるぅ……!」
「きゃ……!?」
突然だった。唸る黒い弾丸は、突風と共に勢い良く茂みを突き破り、ユファ目掛けて飛びかかってきたのだ。
「どっちが獲物なんか、教えたるわ!丁度、腹も空いとることやしなあ!」
咄嗟の事態に反応できず固まったユファの前に、駿里が左腕を突き出して立ちはだかる。駿里は二人の体をすっぽり覆う透明なシールド――“アイスベルグ兵達を軽々と吹き飛ばした例の障壁”――を発動させ、黒い獣数体を全て弾き飛ばしていった。
見えない壁に激突したヴィントは、数メートル先の木々に激しく身を打ちつけられて、ぱったり動かなくなった。
「……ハア。やっぱし、まだ、ちとキツイな……」
「シュンリ!」
一通り獣を地面に沈めると、駿里は苦しそうに肩で息をして、その場に腰を下ろしてしまった。ユファは慌てて駿里の傍に駆け寄る。一見すると傷跡も塞がって全快したようにも見えるが、つい先刻まで駿里は意識を失っていた負傷者だ。
「大丈夫?」
ユファは、明らかに余裕を失っている駿里の肩を支えた。
「がるるるるっ……」
「な、……!?」
――刹那。鋭い殺気を感じ、ユファは駿里の腕を掴んで両手で引きあげた。全身の力を振り絞って双翼を広げると、宙へ舞い上がって一時、地上から避難する。
「うっひゃー!なんや、あいつ。アレだけ吹っ飛んだんに起き上がりよった。……タフやなー」
駿里は目を丸くして、地上で吠えるヴィントの様子を観察していた。吹き飛ばされたヴィントの内、大半はそのまま息絶えたが、生命力の強い一匹だけが生き残り、再び襲いかかろうと牙を剥いている。
「く……」
ユファは、懸命に羽を動かして羽ばたくと、更に上空へと舞い上がった。ヴィントは、地面を見下ろすユファと駿里を見上げながら一声雄たけびを上げると、尻尾を巻いて退却して行った。足音は次第に森の奥へ遠ざかって行く。
「ふうっ。重かった……」
ヴィントの気配が完全に消えてから、ユファはゆっくりと地上へ降下した。
――人間の男性一人を長時間支えながらの飛行は、やはり厳しかった。ユファはヴィントが諦めてくれたことに安堵の息を漏らすと、額の汗をぬぐった。このヒンメルの宝珠がなければ、間違いなくアイスベルグ城を脱出することは叶わなかっただろう。改めて一族の宝珠と空術に感謝しながら、ユファは背中の双翼を仕舞った。
「いやあ、何度見ても不思議やなあ!その羽!」
一方、駿里はキラキラした眼差しで、ユファの背中をじろじろ眺め回している。この緊急時に見世物扱いされるのは、ユファもいい気分はしなかった。特に人間は、ユファたち双翼の民を化け物、マモノと迫害し続け、ユファの故郷を滅ぼした一族なのだから。
「ちょっと、あんまり見ないで――」
「むっちゃ綺麗やん」
「え?」
好奇の視線に身を固くしていたユファだったが、駿里は屈託のない笑顔を浮かべ、賛辞を投げかけてきた。黒く長い前髪から覗く宵闇の瞳が細められ、羨望に近い色を滲ませている。ユファは真っすぐな視線に吸い寄せられるように、駿里の笑顔に目を奪われてしまった。
そもそも、一族以外の者に羽を褒められること自体が初めてだった。普段は言われ慣れない褒め言葉を聞いて、急に気恥ずかしくなってしまう。
「あ、ありが……」
「なあなあ!もう一回!もう一回出してくれへん!?」
「~~~だから、羽は見世物じゃありませんっ。ポンポン出したり、しまったりするものじゃないの」
「ちぇー。けちぃ。いけずぅ」
――やはり、駿里はアホだ。アホなだけだ。さっきまでの胸のトキメキを返して欲しい。ユファはぐったりと肩を落として、少しでも駿里に気を許しそうになった自分を心底恥じ入った。
「……って、こんな話してる場合じゃなかったわ……!」
ヴィントも一先ず退却し、森には王宮警護兵のような邪魔者もいない。駿里を問い詰めるには今が絶好の好機だった。
「ねえ。あなた、どうして城の牢にいたの?なんでわたしを助けたの?あの不思議な力は何なの?どうしてそんなに怪我の回復が早いの?これから、どうするつもりなの?」
「は?ちょっ、ちょお待てえ!そないにいっぺんに聞かれて、答えられるかいっ。いっこにせえ、一個に!」
「一個って、一個で済むわけないじゃない。あなたがハチャメチャすぎるんだもの」
駿里は乱れた後ろ髪を面倒くさそうにかきあげると、真剣な眼差しでユファを見据えている。
「お前の知りたいこと言うたら、ホンマは一個ちゃうか?」
ユファも、正面から彼を見つめ返した。視線が絡み合うと、自然に鼓動が早くなる。駿里の目を見るとなぜこうも胸がざわつくのか、ユファには理由が良く分からなかった。闇色の双眸が、底知れぬ畏怖と郷愁を感じさせる。
「駿里、あなたは何者なの?」
ユファのストレートな問いかけに、一瞬、駿里の口元がいたずらに吊り上げられた。まるで、楽しみにしていた玩具を手に入れた子供が見せるような、無邪気な笑顔だ。
「俺の名前は、大神 駿里」
「オオガミ、シュンリ?」
ユファは駿里の言葉を口の中で復唱してみたが、独特な音の響きにどうしても馴染めなかった。……どんなスペルで書くのだろうか。アイスベルグの人間達にも、双翼の民の中でも、これまで一度も耳にしたことのない名前だ。
「正体もなんも、俺は俺や。お前みたいに、背に羽ないしな。なんの変哲もない、ただの人間っちゅーこっちゃ」
「人間……」
――同族でない以上、駿里が人間だととっくに理解していた筈なのに、どこかでそれを認めたくない気持ちがあったのかもしれない。ユファは無意識に自分の掌に力を込めてぎゅっと握りしめていた。
「俺が憎いか?」
駿里はユファの思考回路はお見通し、とばかりに核心に迫る質問を返してきた。
「お前を牢に捕らえたんは人間やし、一族を迫害しとるんも人間なんやろ?」
「……わたしは……、両親を、人間に殺されたの」
ごく個人的な私怨や経歴を、出会ったばかりの駿里に明かすべきではないかも知れない。ユファには葛藤もあったが、駿里が脱獄に助力してくれたのは事実だ。
「だけど、あなたは、私を命がけで助けてくれた」
「……」
「わたしたち一族を苦しめてきた人間たちは……やっぱり憎いし、両親を殺したことは一生許すつもりはないわ。だけど、あなた個人を憎む必要はないでしょ?一応、命の恩人だもの。あなたがいなかったら、私は地下牢で一生を終えるか処刑されていたはずよ」
「自分の大事なモン奪われて、人間なんぞみんな憎い思うんが普通ちゃうんか?」
「それは……、最初はそうだった」
両親を亡くして投獄されたユファの心は、人間への憎しみで満たされていた。けれど嘆きと後悔と恨みだけで塗り固められた世界は、彼女に更なる苦痛を与えるだけだった。囚われた牢獄の中、憎悪に溺れそうになったユファは、もがき苦しみながら苦痛の出口をずっと探してきた。
「どうしてこんなに苦しいのか、毎晩考えてた。……憎んでも、状況は何も変わらないんだって、思い知ったの」
駿里は、真剣な表情でユファの話に耳を傾けていた。
「それに、嘆いても恨んでも、もうお父さんとお母さんは帰ってこない……。必要なのは、何故、人間がわたしたちに危害を加えるようになったのか、その理由を知ることでしょ」
ユファは、自分の中立的な考え方が一族から快く思われないだろうと知っていた。
それでも、人間全てが悪で双翼の民一族が全て正義とは言い切れないのは事実だった。体を張ってユファを助けようとした駿里のような人間もいれば、人間を憎むあまり罵り、見下している双翼の民だって存在しているから、と。
「そうか。強いな、お前」
「え?」
駿里は感じ入ったように一言言い残すと、突然ユファに背を向けて、すたすた歩き出してしまった。
「待って、まだ話の途中よ!あなたが人間なのは分かったけど、じゃあ、あの不思議な力は一体なんなの?」
ユファが不審に思って呼び止めると、駿里はヴィントが弾き飛ばされて突っ込んだ茂みを、ごそごそ両手でかきわけ始めていた。
「ちょっと、そんな所で何してるのよ」
「とったでー!」
ユファは、再び戻って来た駿里が意気揚々と引きずってきたモノを見て、思わず息を呑んだ。
「な……に?」
「腹減ったから、飯にしよーや」
「って、それ、さっきのヴィントの死骸じゃないのよぉっ!?」
ユファが目を白黒させているのもお構いなしに、駿里は引きずってきたソレをドサッと地面に放り投げた。獣の体臭と、生臭い血液の匂いが鼻につく。ヴィントは木に衝突した為に、赤黒い毛に覆われた体が不自然に変形してへしゃげており、見た目にもグロテスク度が三割増しになっていた。……到底これを美味しくいただこうとはユファには思えない。
「そもそも、どうやって食べる気なの……」
「ここで、火ぃおこして、焼いて食おーか!」
こんなことなら、駿里を森に置きざりにして、一人でヴォルベレーでもどこでも飛んで逃げればよかった。ユファは、地面に転がる獣の死骸を見下ろしながら、つくづくそう思ったのだった。
アイスベルグ主都・アイシアの西方に位置する森は、ユファが投獄されていた王城から目と鼻の先にある、深い緑の木々に覆われた、昼間でも日の差し込まない場所だ。
――この『闇宿りの森』を突っ切れば隣町への近道だが、複雑に木々が入りくねった自然の迷路は容易く侵入者を歓迎しない。アイシアの民ですら、隣町への外出は馬や荷車を利用しているほどだ。
「おかしいな……」
しかし、まだ気を失っている駿里を引きずって森の泉の畔へと運び、地面に寝かせた瞬間に、ユファは彼の肉体の異変に気が付いた。
駿里の上着の前を開いて腹部に負った傷を空術で癒そうと、再び指輪に祈りをこめようとした――が、あれだけ深手だったのにも関わらず、目立った傷口が殆ど塞がっているのだ。脱獄してから数時間余りの間に、人間の傷口がここまで自然治癒するなんてあり得るのだろうか。
「本当に何者なの?この人……」
ユファは、泉の水を両手で少しずつすくい、駿里の体にこびり付いた血や埃を流していった。
傷口に菌が入って化膿してしまうのを防ぐためだ。ユファが黙々と駿里を介抱している間、木々の葉を揺らす風と駿里の呼吸だけが、森の中に存在する唯一の音だった。
「本当は、すぐにこんな森からは離れたいんだけど」
そこまで考えて、ユファは首を振った。
――もう、私には帰る場所なんて。
思い出すのは、燃え盛る炎に包まれた里の光景と、ユファを心配そうに見つめていた、ルイスの顔だ。
仲間達とヴォルベレーの里に向かわず、ずっと人間に捕まっていたのだから、ルイス達もユファの安否が気がかりなはずだ。本来なら、すぐにでもヴォルベレーに飛んで行くのが道理かもしれない。けれど、ユファは里の襲撃事件は自分の責任だと思っていた。
両親を亡くし、ルイスも羽根を負傷した。――今更、のこのこ安全なヴォルベレーの里に避難するのは許されないのでは、と無意識に自己嫌悪に陥っていた。
(それに、駿里を置いてはいけない)
どんな理由があるにしろ、自分の命を救ってくれた駿里を森に一人で放置することは、ユファには出来なかった。
今は駿里が意識を取り戻してくれるのを祈るしかない。
* * *
どれだけの時間が経っただろうか。
薄暗い森の中、ユファは瞼が重くなっていくのを感じた。思えば投獄されてからの一ヶ月は緊張の連続で、気の休まる暇もなかった。いつ処刑されるかばかり考えていたユファは心身ともに、限界が来てしまったのだろう。
――曖昧に薄れゆく意識の中で、ユファは夢を見ていた。
両親が生きていて、家族三人で平和に暮らしていた頃の、幸福な夢だった。
「ユファ。お前の髪は、綺麗な色だね。きっと天から祝福されているんだよ」
オリオンは、柔和な笑みを浮かべながら、ユファの頭をよく撫でてくれたものだった。双翼の民は銀の髪と蒼い瞳を持った一族だが、ユファの髪の色味は空色をしており、両親どちらにも似ていなかった。
幼い頃のユファは、自分だけが家族や仲間と違う髪色をしているのがコンプレックスだったが、オリオンが温かい言葉で受け入れてくれたからこ、次第に自分を認められるようになっていった。
「お父さん、お母さん……」
「なんやー?ほーむしっくかぁ?」
「え……?」
優しい想い出の世界で両親と語らっていたユファだったが、不意に耳に飛び込んできた奇怪な言葉に、ハッと夢から目覚めた。
「よっ!おはようさん」
――ぼんやりと宙を見つめているところで、じぃっと顔を覗き込んでいる、黒い瞳と目が合った。
「……なっ、なっ、なっ!?」
至近距離から寝顔を覗かれていた事態をやっと飲み込んだユファは、慌てて上半身を起こした。いっそこっちが夢であれば良いのに!と願いながら。
「ちょっと、待って……!なんであなたの膝の上で、私が寝てるのよ!?」
ユファは意識を失う前の状況が思い出せないが、気付いたら駿里の膝の上に頭を載せ、眠っていたようだ。顔面を紅潮させたユファは、逃げるように後方へ大きく飛びのいて駿里から身を離した。知り合ってまだ数時間しか経っていない人間の膝で、無防備に眠っていたなんて、信じられない失態だ。
「よおぐうすか寝取ったなあ……。そないに、俺の膝は寝心地良かったんか?」
「なんでっ、なんであなたの膝の上で……!?」
パニックに陥ったユファは、刷り込みされた言葉しか発せないオウムのように、駿里に同じ質問を繰り返してしまった。駿里はぽりぽりと頬を指でかきながら答える。
「なんでと言われてもなあー。俺が目ぇ覚ましたときには、お前が地面に横たわって眠りこけとったから、とりあえず膝の上に頭載せたったんやないか」
「それなら、そのまま地面に寝かせておいてくれればいいの!」
「せやかて、寝苦しいやろが?石っころが転がっとるし、泥でぬかるんどるんやで?」
駿里なりの気遣いかもしれないが、膝枕してほしいとは頼んでいない。ましてや、人間に投獄されていたユファにとって、駿里も完全に信用できる存在では無いのだから。
「いいの!たとえ地べたで居眠りしてても、この場合は放っておくのが正解なの!寝にくいだろうとか、泥とか、石とか、細かいことは一切気にしないで放っておいて!」
「はぁー?少しは気にせえ、ええ歳の女が!お前、泥だらけやないかい」
その言葉に、ユファはふと我に帰った。アイスベルグ城を脱獄してから長時間、ぬかるんだ獣道を駿里をかついで歩いたおかげで、ユファが身に纏っていた純白の衣は黄土色の衣になりつつあった。
広がっていた裾は破け、長袖が七部袖になりかかっている上、ロング丈のスカートに不自然な切り込みが入って、露出度高めのスリットスカートに変貌を遂げていた。
城から脱出するミッションと駿里の介抱に精一杯だったユファは、自分の格好を気にするゆとりがなかったのだ。
「……っ!」
(ということは……こんなだらしのない格好で城下を飛び回った挙句、駿里の膝の上で、熟睡していたってこと!?)
ユファは顔を両手で覆い、へなへなとその場に力なく座り込んでしまった。穴があったら入りたいとは正しくこのこと。
「なんや、やっぱ気にしとるやんか。ほんなら、ちょうどそこに泉あるし、服脱いで洗ったらどないや?」
駿里は泉を顎で指し示すと、二ッと笑う。
「――それは名案ね、じゃあ、さっそく……、なーんてことにはなりませんから!この状況で脱げるわけないでしょ!?」
「フッ。ええノリ突っ込みやないかい。俺と漫才でもやらんか?」
「やりません!大体、あなたは一体」
「しーっ……」
「?」
ユファが、駿里の奔放すぎるボケにそろそろ脱力しかけた矢先。
静寂に支配されていた森の空気が、切り替わるのが肌で感じられた。何処からともなく、無数の生命の気配を感じる。森全体が生き物になって唸っているようだった。
「ねえ、何の声?」
「静かにせえ!」
先ほどまでのおちゃらけたムードから一転。神妙な面持ちの駿里が、ユファの腕をつかんで自分の傍へ引き寄せた。あれよと言う間にユファの口元には駿里の手のひらが覆いかぶさって来る。
「んんッ……?」
突然唇に密着した皮膚の感触に、ユファの背筋がぞくりと凍り付いた。――駿里の手のひらが、異様に冷たい。氷直接唇に押し当てられているかのようだ。思考が混乱を極める中、駿里に後ろから抱え込まれるようにして、ユファはその場にしゃがむしかなかった。
――どこからか、無数の雄たけびが聴こえている。犬や、狼の遠吠えのような声。それも、恐らく獣は近距離に潜んでいる。
「これ、なんの動物……?」
「ヴィントやろ。あいつ等は日が落ちる頃合になると動き回るんや。お目覚めの時間っちゅーこっちゃな。まさか、この森ん中まで生息しとったとは……」
駿里が、ユファのすぐ耳元で囁くように話しかける。ユファはとにかく、この密着状況を早く解消したかった。自分の体全部が心臓になったみたいに波打っている。それに加えて恐怖と変な緊張で、ひどく息苦しい。
「……でも、このままじっとしてて平気なの?」
「あいつ等は野生の肉食獣なんやけど、匂いやなく音に反応するタイプやねん。せやから、血まみれの俺を担いどったお前も、別に襲われへんかったやろ?」
「あの……。わかったわ。それなら静かにするから、とりあえず、離し――」
ユファが小さく呟いて、駿里の腕から逃れようと身じろぎした時だった。
ぐっきゅるるるるるるるるぅううぅ~~~~……。
緊迫の沈黙を威風堂々切り開く、間の抜けた効果音が森中へ響き渡った。
「あ。アカンわ。腹減ったなあー!」
(この男は!この男はーーーーーーーーーーーー!)
何故、よりもよってこの状況で!?ユファは心中で散々駿里を詰ったものの、言い返す言葉もなく、ただ悶絶するしかない。――アクシデントを嘆く時間さえ、敵は与えてはくれなかった。風に乗った複数の軽い足音が、二人の居る畔まで接近して来ている。隠しきれない殺気と獣の独特の体臭が、空気を伝ってユファの五感を刺激した。
「がるるるるるるるるるぅ……!」
「きゃ……!?」
突然だった。唸る黒い弾丸は、突風と共に勢い良く茂みを突き破り、ユファ目掛けて飛びかかってきたのだ。
「どっちが獲物なんか、教えたるわ!丁度、腹も空いとることやしなあ!」
咄嗟の事態に反応できず固まったユファの前に、駿里が左腕を突き出して立ちはだかる。駿里は二人の体をすっぽり覆う透明なシールド――“アイスベルグ兵達を軽々と吹き飛ばした例の障壁”――を発動させ、黒い獣数体を全て弾き飛ばしていった。
見えない壁に激突したヴィントは、数メートル先の木々に激しく身を打ちつけられて、ぱったり動かなくなった。
「……ハア。やっぱし、まだ、ちとキツイな……」
「シュンリ!」
一通り獣を地面に沈めると、駿里は苦しそうに肩で息をして、その場に腰を下ろしてしまった。ユファは慌てて駿里の傍に駆け寄る。一見すると傷跡も塞がって全快したようにも見えるが、つい先刻まで駿里は意識を失っていた負傷者だ。
「大丈夫?」
ユファは、明らかに余裕を失っている駿里の肩を支えた。
「がるるるるっ……」
「な、……!?」
――刹那。鋭い殺気を感じ、ユファは駿里の腕を掴んで両手で引きあげた。全身の力を振り絞って双翼を広げると、宙へ舞い上がって一時、地上から避難する。
「うっひゃー!なんや、あいつ。アレだけ吹っ飛んだんに起き上がりよった。……タフやなー」
駿里は目を丸くして、地上で吠えるヴィントの様子を観察していた。吹き飛ばされたヴィントの内、大半はそのまま息絶えたが、生命力の強い一匹だけが生き残り、再び襲いかかろうと牙を剥いている。
「く……」
ユファは、懸命に羽を動かして羽ばたくと、更に上空へと舞い上がった。ヴィントは、地面を見下ろすユファと駿里を見上げながら一声雄たけびを上げると、尻尾を巻いて退却して行った。足音は次第に森の奥へ遠ざかって行く。
「ふうっ。重かった……」
ヴィントの気配が完全に消えてから、ユファはゆっくりと地上へ降下した。
――人間の男性一人を長時間支えながらの飛行は、やはり厳しかった。ユファはヴィントが諦めてくれたことに安堵の息を漏らすと、額の汗をぬぐった。このヒンメルの宝珠がなければ、間違いなくアイスベルグ城を脱出することは叶わなかっただろう。改めて一族の宝珠と空術に感謝しながら、ユファは背中の双翼を仕舞った。
「いやあ、何度見ても不思議やなあ!その羽!」
一方、駿里はキラキラした眼差しで、ユファの背中をじろじろ眺め回している。この緊急時に見世物扱いされるのは、ユファもいい気分はしなかった。特に人間は、ユファたち双翼の民を化け物、マモノと迫害し続け、ユファの故郷を滅ぼした一族なのだから。
「ちょっと、あんまり見ないで――」
「むっちゃ綺麗やん」
「え?」
好奇の視線に身を固くしていたユファだったが、駿里は屈託のない笑顔を浮かべ、賛辞を投げかけてきた。黒く長い前髪から覗く宵闇の瞳が細められ、羨望に近い色を滲ませている。ユファは真っすぐな視線に吸い寄せられるように、駿里の笑顔に目を奪われてしまった。
そもそも、一族以外の者に羽を褒められること自体が初めてだった。普段は言われ慣れない褒め言葉を聞いて、急に気恥ずかしくなってしまう。
「あ、ありが……」
「なあなあ!もう一回!もう一回出してくれへん!?」
「~~~だから、羽は見世物じゃありませんっ。ポンポン出したり、しまったりするものじゃないの」
「ちぇー。けちぃ。いけずぅ」
――やはり、駿里はアホだ。アホなだけだ。さっきまでの胸のトキメキを返して欲しい。ユファはぐったりと肩を落として、少しでも駿里に気を許しそうになった自分を心底恥じ入った。
「……って、こんな話してる場合じゃなかったわ……!」
ヴィントも一先ず退却し、森には王宮警護兵のような邪魔者もいない。駿里を問い詰めるには今が絶好の好機だった。
「ねえ。あなた、どうして城の牢にいたの?なんでわたしを助けたの?あの不思議な力は何なの?どうしてそんなに怪我の回復が早いの?これから、どうするつもりなの?」
「は?ちょっ、ちょお待てえ!そないにいっぺんに聞かれて、答えられるかいっ。いっこにせえ、一個に!」
「一個って、一個で済むわけないじゃない。あなたがハチャメチャすぎるんだもの」
駿里は乱れた後ろ髪を面倒くさそうにかきあげると、真剣な眼差しでユファを見据えている。
「お前の知りたいこと言うたら、ホンマは一個ちゃうか?」
ユファも、正面から彼を見つめ返した。視線が絡み合うと、自然に鼓動が早くなる。駿里の目を見るとなぜこうも胸がざわつくのか、ユファには理由が良く分からなかった。闇色の双眸が、底知れぬ畏怖と郷愁を感じさせる。
「駿里、あなたは何者なの?」
ユファのストレートな問いかけに、一瞬、駿里の口元がいたずらに吊り上げられた。まるで、楽しみにしていた玩具を手に入れた子供が見せるような、無邪気な笑顔だ。
「俺の名前は、大神 駿里」
「オオガミ、シュンリ?」
ユファは駿里の言葉を口の中で復唱してみたが、独特な音の響きにどうしても馴染めなかった。……どんなスペルで書くのだろうか。アイスベルグの人間達にも、双翼の民の中でも、これまで一度も耳にしたことのない名前だ。
「正体もなんも、俺は俺や。お前みたいに、背に羽ないしな。なんの変哲もない、ただの人間っちゅーこっちゃ」
「人間……」
――同族でない以上、駿里が人間だととっくに理解していた筈なのに、どこかでそれを認めたくない気持ちがあったのかもしれない。ユファは無意識に自分の掌に力を込めてぎゅっと握りしめていた。
「俺が憎いか?」
駿里はユファの思考回路はお見通し、とばかりに核心に迫る質問を返してきた。
「お前を牢に捕らえたんは人間やし、一族を迫害しとるんも人間なんやろ?」
「……わたしは……、両親を、人間に殺されたの」
ごく個人的な私怨や経歴を、出会ったばかりの駿里に明かすべきではないかも知れない。ユファには葛藤もあったが、駿里が脱獄に助力してくれたのは事実だ。
「だけど、あなたは、私を命がけで助けてくれた」
「……」
「わたしたち一族を苦しめてきた人間たちは……やっぱり憎いし、両親を殺したことは一生許すつもりはないわ。だけど、あなた個人を憎む必要はないでしょ?一応、命の恩人だもの。あなたがいなかったら、私は地下牢で一生を終えるか処刑されていたはずよ」
「自分の大事なモン奪われて、人間なんぞみんな憎い思うんが普通ちゃうんか?」
「それは……、最初はそうだった」
両親を亡くして投獄されたユファの心は、人間への憎しみで満たされていた。けれど嘆きと後悔と恨みだけで塗り固められた世界は、彼女に更なる苦痛を与えるだけだった。囚われた牢獄の中、憎悪に溺れそうになったユファは、もがき苦しみながら苦痛の出口をずっと探してきた。
「どうしてこんなに苦しいのか、毎晩考えてた。……憎んでも、状況は何も変わらないんだって、思い知ったの」
駿里は、真剣な表情でユファの話に耳を傾けていた。
「それに、嘆いても恨んでも、もうお父さんとお母さんは帰ってこない……。必要なのは、何故、人間がわたしたちに危害を加えるようになったのか、その理由を知ることでしょ」
ユファは、自分の中立的な考え方が一族から快く思われないだろうと知っていた。
それでも、人間全てが悪で双翼の民一族が全て正義とは言い切れないのは事実だった。体を張ってユファを助けようとした駿里のような人間もいれば、人間を憎むあまり罵り、見下している双翼の民だって存在しているから、と。
「そうか。強いな、お前」
「え?」
駿里は感じ入ったように一言言い残すと、突然ユファに背を向けて、すたすた歩き出してしまった。
「待って、まだ話の途中よ!あなたが人間なのは分かったけど、じゃあ、あの不思議な力は一体なんなの?」
ユファが不審に思って呼び止めると、駿里はヴィントが弾き飛ばされて突っ込んだ茂みを、ごそごそ両手でかきわけ始めていた。
「ちょっと、そんな所で何してるのよ」
「とったでー!」
ユファは、再び戻って来た駿里が意気揚々と引きずってきたモノを見て、思わず息を呑んだ。
「な……に?」
「腹減ったから、飯にしよーや」
「って、それ、さっきのヴィントの死骸じゃないのよぉっ!?」
ユファが目を白黒させているのもお構いなしに、駿里は引きずってきたソレをドサッと地面に放り投げた。獣の体臭と、生臭い血液の匂いが鼻につく。ヴィントは木に衝突した為に、赤黒い毛に覆われた体が不自然に変形してへしゃげており、見た目にもグロテスク度が三割増しになっていた。……到底これを美味しくいただこうとはユファには思えない。
「そもそも、どうやって食べる気なの……」
「ここで、火ぃおこして、焼いて食おーか!」
こんなことなら、駿里を森に置きざりにして、一人でヴォルベレーでもどこでも飛んで逃げればよかった。ユファは、地面に転がる獣の死骸を見下ろしながら、つくづくそう思ったのだった。
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