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第一章
三者三様
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第十七話 三者三様
「半翼!貴様、ユファに何をした!?」
「ちょっと、ルイス、落ち着いてよ!」
駿里に抱え込まれるように運ばれてきたユファの姿を見て、ルイスは激しい怒りを露にした。慌ててエアハルトがルイスの腕にしがみつき、ルイスの暴走を押し止める。
駿里は黙して語らぬまま、ユファを客室のベッドに横たえて、上からそっと毛布を被せていた。
「ねえ、おおかみ。ユファに何か話したんでしょ?」
エアハルトは、ベッドの上で苦しそうな呼吸をしているユファを、心配そうに見つめながら駿里に問いかけた。
「おおかみの事情はボクも知らないよ。でも、少しは自分のコト話してくれてもいいんじゃない?なんだかんだで、こうやって一緒に行動してるんだからさ」
「エアハルト。お前まで、この半翼を信じるつもりなのか!?」
怒気を隠そうともしないルイスは、エアハルトを睨みつけた後、熱を帯びたユファの額に濡れた布を置き、自分は寝台のすぐ傍の椅子に腰掛けた。
「全面的に信用したワケじゃないさ。でも、ユファはきっと、おおかみを信じてる。馬鹿正直なユファの姿見てたらさ……、ほんの少しだけ、ボクも信じてあげてもいいかなって思ったってだけ!少し!角砂糖一つ分くらいだけどね!」
「エアハルト……お前……」
「それに、おおかみって単純だしさ……。こんな頭の悪そうなおっさんに、悪事が企めるなんて思えないでしょ」
「ったく、坊主。もうちっと言い方あるやろ。フォロー下手か、お前」
明るくおどけて語るエアハルトに対し、駿里は苦々しく唇を吊り上げて笑った。
「エアハルト、いい加減にしろ!そいつはただの半翼じゃないぞ!?……百五十年もの時をどうやって生物が生き永らえると言うんだ?」
「でも、おおかみは半翼の子孫って言ってたし」
エアハルトは、客室のドアにもたれて立っている駿里に振り返り、同意を求めようとする。
「坊主、ありがとさん。せやけど、俺は半翼の子孫なんかやない」
「え?」
「最後の半翼の、生き残りやねん」
「……は?」
エアハルトが素っ頓狂な声を上げる傍らで、ルイスは冷酷な視線を駿里に向けているだけだ。
「半翼っちゅー種族は、生まれつき体が弱かってん。せやから、生まれてもすぐに死んでまうか、仮に成人まで生き永らえても病でくたばるケースが多くてな。皆、短命やねん。しまいに、人間からも双翼の民からも迫害され、命を狙われる。『死すべき運命』っちゅーのは皮肉やが、正解かもな」
「ちょっと、待ってよ。おおかみは滑稽なくらいピンピンしてるじゃない?」
「はっはっはっ!俺は花の二十歳やぞ!……せやけど、ホンマにこないな厄介事になるんやったら、俺はあン時――」
「ううっ……」
「ユファ?しっかりしろ、僕はここにいる」
その時、ベッドの上のユファが苦しげな声を漏らした。ルイスがユファの熱い手を握りしめると、優しく名前を呼びかけ続ける。駿里は二人の姿をしばし横目で見つめた後、部屋のドアノブに手をかけた。
「おおかみ。ユファの傍にいてあげなよ」
「何もしてやれん。あいつには、あんちゃんが居るやん」
「違うよ、そういうことじゃないでしょ、馬鹿!」
歩き出した駿里は、エアハルトの呼びかけに振り返ることなく、ドアを開き廊下へ踏み出した。
「シュンリ。行か、ないで……」
苦しげな呼吸を繰り返すユファの口から漏れたのは、駿里の名前だった。呼び止められた一瞬、駿里の足がぴたりと止まる。……が、駿里が部屋に引き返すことはなかった。
「ルイス。空術で、ユファの熱を癒してあげてよ」
「分かってる。しかし僕は、癒しの術は不得手だ。里で一番の治癒術の使い手はユファだからな……」
苦々しい表情のままユファの右手を取ったルイスは、自身の首からペンダントにしてぶら下げている媒介のヒンメルの欠片を握りしめ、瞼を閉じた。水色の宝石が光を放ち始め、眩い輝きがルイスとユファのふたりを包み込んでいく。
「ボクらって、最近は人間が攻め込んできた時のことばっか考えてて、剣とか槍で戦う訓練ばっかりだったしさ」
「それは必要なことだろう。里を守るために、邪な存在を抹殺せねばならないこともある。癒しの力だけでは、どうにも出来ないからな」
「……まぁね……」
水色の光が収縮すると、ユファの顔色は少し落ち着いてきた。先ほどまでの苦しそうな様子も収まり、静かな呼吸音が聞こえる。
「ユファ、もう大丈夫かな?」
「いや、まだ額が熱い。このまま寝かせておこう」
「そうだね。じゃあ、ボクは船長とホッペの様子と、船首の様子見てくるよ」
船長にはルイスが指示を出しているとはいえ、不審な動きをされないとは言い切れない。ルイスが見張り役を務めているが、場の空気を読んだエアハルトが、自らその役を買って出た。
「ああ。頼む」
「うん。ルイスもちゃんと休んでよね!」
駿里に続いてエアハルトも部屋を出て行くと、残されたルイスは俯いたまま、行き場の無い思いと力をこめて、ユファの手のひらを、ぎゅっと握りしめていた。
――出口の見えない暗闇の世界で、ユファはずっと自分を導いてくれる道しるべを探し続けていた。駿里のあの言葉が、ユファの耳の奥に警笛の様に鳴り響いては消える。
『不死の病やねん』
駿里が、死んでしまう?
嫌だ。
そんなのは、嫌だ。
駿里がこの世界から消えてしまうなんて、嫌。
私はもっと、駿里のことが知りたかった。
食べ物は何が好きなのか。何が苦手なのか。趣味はなんなのか。今まで、どんな人生を歩んできたのか。
『皆ほんの少しでもええから、大事なモンに近づくために、生きていこうとするんちゃうかな』
こんな優しくて真っ直ぐな言葉を向けることができるくらい、駿里の心の中を満たしていた存在は……一体なんだったのだろう。
――ただそれだけが、知りたかった。
「半翼!貴様、ユファに何をした!?」
「ちょっと、ルイス、落ち着いてよ!」
駿里に抱え込まれるように運ばれてきたユファの姿を見て、ルイスは激しい怒りを露にした。慌ててエアハルトがルイスの腕にしがみつき、ルイスの暴走を押し止める。
駿里は黙して語らぬまま、ユファを客室のベッドに横たえて、上からそっと毛布を被せていた。
「ねえ、おおかみ。ユファに何か話したんでしょ?」
エアハルトは、ベッドの上で苦しそうな呼吸をしているユファを、心配そうに見つめながら駿里に問いかけた。
「おおかみの事情はボクも知らないよ。でも、少しは自分のコト話してくれてもいいんじゃない?なんだかんだで、こうやって一緒に行動してるんだからさ」
「エアハルト。お前まで、この半翼を信じるつもりなのか!?」
怒気を隠そうともしないルイスは、エアハルトを睨みつけた後、熱を帯びたユファの額に濡れた布を置き、自分は寝台のすぐ傍の椅子に腰掛けた。
「全面的に信用したワケじゃないさ。でも、ユファはきっと、おおかみを信じてる。馬鹿正直なユファの姿見てたらさ……、ほんの少しだけ、ボクも信じてあげてもいいかなって思ったってだけ!少し!角砂糖一つ分くらいだけどね!」
「エアハルト……お前……」
「それに、おおかみって単純だしさ……。こんな頭の悪そうなおっさんに、悪事が企めるなんて思えないでしょ」
「ったく、坊主。もうちっと言い方あるやろ。フォロー下手か、お前」
明るくおどけて語るエアハルトに対し、駿里は苦々しく唇を吊り上げて笑った。
「エアハルト、いい加減にしろ!そいつはただの半翼じゃないぞ!?……百五十年もの時をどうやって生物が生き永らえると言うんだ?」
「でも、おおかみは半翼の子孫って言ってたし」
エアハルトは、客室のドアにもたれて立っている駿里に振り返り、同意を求めようとする。
「坊主、ありがとさん。せやけど、俺は半翼の子孫なんかやない」
「え?」
「最後の半翼の、生き残りやねん」
「……は?」
エアハルトが素っ頓狂な声を上げる傍らで、ルイスは冷酷な視線を駿里に向けているだけだ。
「半翼っちゅー種族は、生まれつき体が弱かってん。せやから、生まれてもすぐに死んでまうか、仮に成人まで生き永らえても病でくたばるケースが多くてな。皆、短命やねん。しまいに、人間からも双翼の民からも迫害され、命を狙われる。『死すべき運命』っちゅーのは皮肉やが、正解かもな」
「ちょっと、待ってよ。おおかみは滑稽なくらいピンピンしてるじゃない?」
「はっはっはっ!俺は花の二十歳やぞ!……せやけど、ホンマにこないな厄介事になるんやったら、俺はあン時――」
「ううっ……」
「ユファ?しっかりしろ、僕はここにいる」
その時、ベッドの上のユファが苦しげな声を漏らした。ルイスがユファの熱い手を握りしめると、優しく名前を呼びかけ続ける。駿里は二人の姿をしばし横目で見つめた後、部屋のドアノブに手をかけた。
「おおかみ。ユファの傍にいてあげなよ」
「何もしてやれん。あいつには、あんちゃんが居るやん」
「違うよ、そういうことじゃないでしょ、馬鹿!」
歩き出した駿里は、エアハルトの呼びかけに振り返ることなく、ドアを開き廊下へ踏み出した。
「シュンリ。行か、ないで……」
苦しげな呼吸を繰り返すユファの口から漏れたのは、駿里の名前だった。呼び止められた一瞬、駿里の足がぴたりと止まる。……が、駿里が部屋に引き返すことはなかった。
「ルイス。空術で、ユファの熱を癒してあげてよ」
「分かってる。しかし僕は、癒しの術は不得手だ。里で一番の治癒術の使い手はユファだからな……」
苦々しい表情のままユファの右手を取ったルイスは、自身の首からペンダントにしてぶら下げている媒介のヒンメルの欠片を握りしめ、瞼を閉じた。水色の宝石が光を放ち始め、眩い輝きがルイスとユファのふたりを包み込んでいく。
「ボクらって、最近は人間が攻め込んできた時のことばっか考えてて、剣とか槍で戦う訓練ばっかりだったしさ」
「それは必要なことだろう。里を守るために、邪な存在を抹殺せねばならないこともある。癒しの力だけでは、どうにも出来ないからな」
「……まぁね……」
水色の光が収縮すると、ユファの顔色は少し落ち着いてきた。先ほどまでの苦しそうな様子も収まり、静かな呼吸音が聞こえる。
「ユファ、もう大丈夫かな?」
「いや、まだ額が熱い。このまま寝かせておこう」
「そうだね。じゃあ、ボクは船長とホッペの様子と、船首の様子見てくるよ」
船長にはルイスが指示を出しているとはいえ、不審な動きをされないとは言い切れない。ルイスが見張り役を務めているが、場の空気を読んだエアハルトが、自らその役を買って出た。
「ああ。頼む」
「うん。ルイスもちゃんと休んでよね!」
駿里に続いてエアハルトも部屋を出て行くと、残されたルイスは俯いたまま、行き場の無い思いと力をこめて、ユファの手のひらを、ぎゅっと握りしめていた。
――出口の見えない暗闇の世界で、ユファはずっと自分を導いてくれる道しるべを探し続けていた。駿里のあの言葉が、ユファの耳の奥に警笛の様に鳴り響いては消える。
『不死の病やねん』
駿里が、死んでしまう?
嫌だ。
そんなのは、嫌だ。
駿里がこの世界から消えてしまうなんて、嫌。
私はもっと、駿里のことが知りたかった。
食べ物は何が好きなのか。何が苦手なのか。趣味はなんなのか。今まで、どんな人生を歩んできたのか。
『皆ほんの少しでもええから、大事なモンに近づくために、生きていこうとするんちゃうかな』
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