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第一章 聖域
9、買い物
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スコットが人間の多く住む町へと転移したのには理由がある。
創世の神に従属し、その力の一部である創造の能力を貰ったスコットなら、その神力で食べ物や調理器具などいくらでも創り出せる。崩壊が進む以前のスコットは実際、主の食事をそうやって用意していた。
しかし、神力にはスコットの生命力を使う。以前なら少し休息すれば回復していたため問題なく使えていたが、人柱となった今、神力を使うのは即ち世界を構築しているエネルギーを使うということ。崩壊をより進ませてしまうことになるのだ。
実際、ユキの肉体を創り出した時にだいぶ崩壊が進んでしまったのを感じている。
一方、スコットが元々持っているケット・シーとしての空間操作の能力や変身能力は、大気中に漂う霊素といエネルギーを使用する。
霊素もまた世界を構築するエネルギーの一種ではあるのだが、例えば木や花など、物体を構築する際に使われずに放出された余剰エネルギーであるため、使用してもそれほど影響は出ない。
だからスコットはなるべく神力は使わず、ケット・シーとしての能力だけで問題を切り抜けてきた。
「誰かいるかい?」
スコットは薄暗い建物の中へと転移してきた。窓からはびっしりと蔓延る蔦が見え、それが外の光を遮っているのだとわかる。
窓を避けるように壁一面に設けられた棚には様々な日用品が並んでいる。埃を被っていない様子に、スコットは安心する。
ここは代々、スコットとも取引してくれる人間が経営している雑貨屋だ。他に客がいないのは日暮れが近いからか。
スコットの声を聞きつけて、建物の奥からエプロン姿の若い女性がパタパタと走ってくる。
赤髪にそばかす姿の女性は、スコットの姿を見つけると笑顔でいらっしゃいませ、と応じた。
「もしかして、スコット様ですか? 父からお話はかねがね」
「そう、良かった。代替わりしているなんて知らなかったな」
「あの、失礼ですが毛並みに触れてみても?」
「……良いよ」
人の生は本当に短い、そう嘆息するスコットに、女性は幼少の頃から話を聞いてスコットがいつ来るのかと楽しみにしていたそうだ。
そんな女性のために、スコットは変身を解く。目を輝かせた女性は、無遠慮にその体毛を撫で回した。
「ふぅ、少しごわついてますが、なかなかの毛並みですね」
「満足かい?」
「はい。失礼しました。それで、今日はどのような物をお求めですか?」
満足げに女性が離れたところで、スコットは再び人間の姿に変身する。
一瞬残念そうな顔をしたものの、すぐに商売人の顔に戻る女性。
スコットが料理と鍋、女の子が着る子供服などを探しているというと、少し待ってくださいと言って奥に引っ込んでしまった。
待つこと暫し。
「こちらで大丈夫ですか?」
女性が持ってきてくれたのは、袖丈の短いワンピース。女性の子供の頃に着ていたものだという。
それと、小さなサンダル。森の中では歩きにくそうだが、裸足よりはマシだろう。
一緒に置かれたひも状の小さな布地が何かわからなくて、スコットがじっと見ていると女性が少し恥ずかしそうに下着ですよ、と言った。理解してスコットも急に恥ずかしさがこみ上げ、慌てて視線を逸らす。
「女の子の服を一式、と言われたのですがサイズがわからなかったので。これならサイズ調整可能ですし、よほど首や腰が太くて肩幅が広くない限り着られるかと」
「うん、ありがとう」
「それと、食事も口に合えば良いのですが」
女性が用意してくれたのは、柔らかそうな丸いパンにレタスやトマトなど彩の良い生野菜と蒸した鶏肉を挟んだものと、甘い香り漂う苺。それから、木製の水筒が2本。
急ごしらえにしては十分すぎる物で、これなら2号に怒られずに済みそうだとスコットは感じた。
「もっとちゃんとした物を用意しますので、明日のお昼過ぎに来てくださ……って、時計、無いですよね。この針が真上を向いた頃です」
「ありがとう」
女性は食事を大きめの紙で包んで篭に入れると、店内の棚から両側に取手のついた小さな蓋つきの鍋と小さな四角い置き時計を紙袋に入れ、続けて畳んだ服と櫛を大小の2本入れる。
「大きい櫛はスコット様に。せっかく素敵な毛並みをお持ちなのですから、ちゃんとブラッシングしてくださいね」
「あ、うん」
「それから、できればその女の子も連れてきてください。ちゃんとサイズや好みに合った物を用意したいんで」
「うーん……それは難しいかも?」
ユキの話しぶりでは、人間と引き合わせるのは厳しいかもしれない。
一応聞いてみる、と言うと女性は満足そうに笑った。
「代金は」
「良いんですよ。食事は有り合わせだし、服はお下がりだし」
「でも鍋と時計と櫛は商品でしょう?」
父親から聞いている、と女性は代金を取ろうとしなかった。
確かに、スコットは森暮らしで人間の扱う金銭など持ち合わせていない。
けれど、唯一スコットに便宜を図ってくれるこの一族に一方的に甘えるわけにはいかない。
女性から受け取った品物を異空間にしまうと、スコットは代わりに異空間に保存していた森の恵みをカウンターの上へと取り出す。
「えっと、ごめん、お金ないんだ。代わりにこれを」
「これは! こんなに、いただけませんよ!」
スコットが取り出したのは、スコットにとってはごくありふれた薬草や果実、きのこ類。それから、戯れに掘り出した鉱石など。
異空間に保存されていたそれらは、採取できる季節を過ぎているにも関わらず採りたてのように新鮮だった。
スコットにとってはその季節になればいくらでも採れるものだが、女性からすればそれは人間が立ち入ることのできない神域にしか生えない霊草・妙薬の類である。その辺の山野で採取できる薬草類よりも遥かに高い効果を発揮する薬の原料となる。その値打ちは計り知れない。
「良いんだよ。また宜しくね」
「は、はい! ありがとうございました!」
恐縮する女性に森の恵みを押し付け、お礼を言うのはこっちなんだけど、と苦笑しながらスコットはユキのいる森へと転移した。
創世の神に従属し、その力の一部である創造の能力を貰ったスコットなら、その神力で食べ物や調理器具などいくらでも創り出せる。崩壊が進む以前のスコットは実際、主の食事をそうやって用意していた。
しかし、神力にはスコットの生命力を使う。以前なら少し休息すれば回復していたため問題なく使えていたが、人柱となった今、神力を使うのは即ち世界を構築しているエネルギーを使うということ。崩壊をより進ませてしまうことになるのだ。
実際、ユキの肉体を創り出した時にだいぶ崩壊が進んでしまったのを感じている。
一方、スコットが元々持っているケット・シーとしての空間操作の能力や変身能力は、大気中に漂う霊素といエネルギーを使用する。
霊素もまた世界を構築するエネルギーの一種ではあるのだが、例えば木や花など、物体を構築する際に使われずに放出された余剰エネルギーであるため、使用してもそれほど影響は出ない。
だからスコットはなるべく神力は使わず、ケット・シーとしての能力だけで問題を切り抜けてきた。
「誰かいるかい?」
スコットは薄暗い建物の中へと転移してきた。窓からはびっしりと蔓延る蔦が見え、それが外の光を遮っているのだとわかる。
窓を避けるように壁一面に設けられた棚には様々な日用品が並んでいる。埃を被っていない様子に、スコットは安心する。
ここは代々、スコットとも取引してくれる人間が経営している雑貨屋だ。他に客がいないのは日暮れが近いからか。
スコットの声を聞きつけて、建物の奥からエプロン姿の若い女性がパタパタと走ってくる。
赤髪にそばかす姿の女性は、スコットの姿を見つけると笑顔でいらっしゃいませ、と応じた。
「もしかして、スコット様ですか? 父からお話はかねがね」
「そう、良かった。代替わりしているなんて知らなかったな」
「あの、失礼ですが毛並みに触れてみても?」
「……良いよ」
人の生は本当に短い、そう嘆息するスコットに、女性は幼少の頃から話を聞いてスコットがいつ来るのかと楽しみにしていたそうだ。
そんな女性のために、スコットは変身を解く。目を輝かせた女性は、無遠慮にその体毛を撫で回した。
「ふぅ、少しごわついてますが、なかなかの毛並みですね」
「満足かい?」
「はい。失礼しました。それで、今日はどのような物をお求めですか?」
満足げに女性が離れたところで、スコットは再び人間の姿に変身する。
一瞬残念そうな顔をしたものの、すぐに商売人の顔に戻る女性。
スコットが料理と鍋、女の子が着る子供服などを探しているというと、少し待ってくださいと言って奥に引っ込んでしまった。
待つこと暫し。
「こちらで大丈夫ですか?」
女性が持ってきてくれたのは、袖丈の短いワンピース。女性の子供の頃に着ていたものだという。
それと、小さなサンダル。森の中では歩きにくそうだが、裸足よりはマシだろう。
一緒に置かれたひも状の小さな布地が何かわからなくて、スコットがじっと見ていると女性が少し恥ずかしそうに下着ですよ、と言った。理解してスコットも急に恥ずかしさがこみ上げ、慌てて視線を逸らす。
「女の子の服を一式、と言われたのですがサイズがわからなかったので。これならサイズ調整可能ですし、よほど首や腰が太くて肩幅が広くない限り着られるかと」
「うん、ありがとう」
「それと、食事も口に合えば良いのですが」
女性が用意してくれたのは、柔らかそうな丸いパンにレタスやトマトなど彩の良い生野菜と蒸した鶏肉を挟んだものと、甘い香り漂う苺。それから、木製の水筒が2本。
急ごしらえにしては十分すぎる物で、これなら2号に怒られずに済みそうだとスコットは感じた。
「もっとちゃんとした物を用意しますので、明日のお昼過ぎに来てくださ……って、時計、無いですよね。この針が真上を向いた頃です」
「ありがとう」
女性は食事を大きめの紙で包んで篭に入れると、店内の棚から両側に取手のついた小さな蓋つきの鍋と小さな四角い置き時計を紙袋に入れ、続けて畳んだ服と櫛を大小の2本入れる。
「大きい櫛はスコット様に。せっかく素敵な毛並みをお持ちなのですから、ちゃんとブラッシングしてくださいね」
「あ、うん」
「それから、できればその女の子も連れてきてください。ちゃんとサイズや好みに合った物を用意したいんで」
「うーん……それは難しいかも?」
ユキの話しぶりでは、人間と引き合わせるのは厳しいかもしれない。
一応聞いてみる、と言うと女性は満足そうに笑った。
「代金は」
「良いんですよ。食事は有り合わせだし、服はお下がりだし」
「でも鍋と時計と櫛は商品でしょう?」
父親から聞いている、と女性は代金を取ろうとしなかった。
確かに、スコットは森暮らしで人間の扱う金銭など持ち合わせていない。
けれど、唯一スコットに便宜を図ってくれるこの一族に一方的に甘えるわけにはいかない。
女性から受け取った品物を異空間にしまうと、スコットは代わりに異空間に保存していた森の恵みをカウンターの上へと取り出す。
「えっと、ごめん、お金ないんだ。代わりにこれを」
「これは! こんなに、いただけませんよ!」
スコットが取り出したのは、スコットにとってはごくありふれた薬草や果実、きのこ類。それから、戯れに掘り出した鉱石など。
異空間に保存されていたそれらは、採取できる季節を過ぎているにも関わらず採りたてのように新鮮だった。
スコットにとってはその季節になればいくらでも採れるものだが、女性からすればそれは人間が立ち入ることのできない神域にしか生えない霊草・妙薬の類である。その辺の山野で採取できる薬草類よりも遥かに高い効果を発揮する薬の原料となる。その値打ちは計り知れない。
「良いんだよ。また宜しくね」
「は、はい! ありがとうございました!」
恐縮する女性に森の恵みを押し付け、お礼を言うのはこっちなんだけど、と苦笑しながらスコットはユキのいる森へと転移した。
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