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第一章 聖域
13、決意
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「そうだね、まずはご飯にしようか」
スコットを助けると意気込んでいたユキは、スコットのその言葉に脱力する。
そんなユキの様子に首を傾げながらも、スコットは散らばった枝を拾い集め、再び火をつける。
精霊の力で一気に燃え上がった火が、周囲を明るく照らした。
「さぁ、座って。2号に言われてね、近くの町でご飯買ってきたの」
「町?」
促されるまま座りながら聞き返すと、行く? と言われ、ユキは慌てて首を横に振る。
見渡す限り人里はおろか人工的な物が一切見えないから、人間がいるとは思っていなくて、町があると聞いて驚いただけなのだ。
人がいるであろう町に行くのはまだユキは恐ろしかった。町に行く自分を想像して、道を歩く度に突然殴られたり石を投げつけられたりしていた頃のことを思い出してしまったのだ。
「食べながら説明するね」
スコットがユキに籠を渡してくる。
朝出された野草のサラダもどきと違い、見た目も良いサンドイッチだ。オイルドレッシングのようなソースは柑橘系の仄かな香りと甘さがあり、塩気やピリリとした胡椒の刺激を引き立てている。ユキはその美味しさに目を見開き勢い良く食べた。
そんなユキに、スコットは戸惑いがちに話しかける。
「ユキ、ごめんね」
「えっ?」
夢中でパンにかぶりついていたユキは、何故スコットが謝るのかと驚き動きを止める。
「勝手に生き返らせたこと。ううん、それだけじゃなくて、勝手に世界を救う力を与えたこと」
ユキは少し前まで木の洞に閉じこもっていたことを思い出す。
スコットのことがショックで忘れていた。
慌ててブンブンと首を振り、怒っていないことをアピールする。
「あたしこそ、嘘つきなんて怒鳴ってごめんなさい」
「良いよ。嘘ついたのは本当なんだし。……怒ってない?」
「うん」
2号と話していて、気持ちの整理はついた。
あの世界に戻らなくて良いのなら、あの世界の人達がいないここなら、ユキは生きていける。まだ人間は怖いけれど、いつかは町にだって行けるだろう。
ユキが死にたかった理由はもうここにはない。
生き返ってしまった絶望も怒りも戸惑いも、死にかけているスコットを前にしたら完全に消し飛んでしまった。
「それと、ユキを生き返らせる時に、ユキの命もこの世界に繋いだの」
「それって、どういうこと?」
「ボクとユキが死ねば、この世界も消える。ボク達の命が、この世界を支えているってこと」
勝手にゴメンねと言うと申し訳なさそうに言うスコット。
だが、ユキはそれを「スコットと死ぬまで一緒にいられる」と受け止めた。
「ボクがユキの分まで世界の汚染を引き受けているから、きっとボクの方が先に死ぬ。でも、ユキが生き続けていてくれれば、この世界はそれだけ長く続く。だから、ユキには少しでも長く生きていて欲しい。世界を救う力を与えはしたけれど、それは死と隣り合わせの危険な事だ。ボクはユキには安全な場所で、少しでも長く生きていて欲しい」
死ぬまでスコットと一緒にいられると思い喜びかけたユキは、その言葉に少なからぬショックを受ける。
スコットにとって、自分は世界を永らえるための道具だったのかと。その役目は自分じゃなくても良かったのかと。
「スコットが、あたしを助けたのは……優しくしてくれたのは、あたしが……」
ユキは、喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
それを言ってしまったら自分で自分のことを道具だと認めてしまうようで怖かった。そして、それをスコットに肯定して欲しくなかった。
「ユキを生き返らせたのは楓に頼まれたからだけど、ボクがいなくなっても大丈夫なようにしたいっていう打算も確かにあったけれど。でも、ユキを生き返らせる時点で世界が消滅する可能性だってあった」
ユキがよほど泣きそうな顔をしていたのだろう。
申し訳なさそうに話しをしていたスコットが、不意にユキを抱き寄せた。
ぎゅっ、と抱きしめられ、ふわふわとした感触がユキを包む。温かく、そして少し早い鼓動がユキに伝わる。
「でもね、生きていて欲しいって思うのは、ユキだからだよ。一緒に過ごして、ユキにもっと笑って欲しいって思った。ユキともっと話したいって、ユキを幸せにしたいって思った。それは嘘じゃない」
「スコット……すこっとぉ」
ユキは声を上げて泣いた。何度もスコットの名前を呼びながら。
不安をスコットがきっぱりと否定してくれた安心で、スコットが先に死んでしまうという恐怖で、先程死にかけていたスコットから感じる確かな鼓動で、スコットから向けられた愛への嬉しさで。ぐちゃぐちゃの感情のまま、ユキは泣き続けた。
一度泣いた事でユキの涙腺が決壊してしまったかのように、涙を抑えることができなかった。
「ねぇ、ユキ。ボクはボクの命が尽きるその時まで、ユキと一緒にいたい。ユキがしたいことを一緒にやりたい。ユキは、どう生きたい?」
「……あたしは、あたしも、スコットと一緒にいたい」
この世界で、生まれて初めて愛を知った。温もりを知った。失いたくない、かけがえのない存在。
2号は友人だけれども、2号ではユキを抱きしめることはできない。ユキの孤独を完全には埋められない。
スコットを失ったら、ユキは再び死を選ぶだろう。たとえ世界が完全に崩壊しても。
「だから、スコットを助けたい」
そのために、世界を救いに行く。
ユキは固く決意した。
スコットを助けると意気込んでいたユキは、スコットのその言葉に脱力する。
そんなユキの様子に首を傾げながらも、スコットは散らばった枝を拾い集め、再び火をつける。
精霊の力で一気に燃え上がった火が、周囲を明るく照らした。
「さぁ、座って。2号に言われてね、近くの町でご飯買ってきたの」
「町?」
促されるまま座りながら聞き返すと、行く? と言われ、ユキは慌てて首を横に振る。
見渡す限り人里はおろか人工的な物が一切見えないから、人間がいるとは思っていなくて、町があると聞いて驚いただけなのだ。
人がいるであろう町に行くのはまだユキは恐ろしかった。町に行く自分を想像して、道を歩く度に突然殴られたり石を投げつけられたりしていた頃のことを思い出してしまったのだ。
「食べながら説明するね」
スコットがユキに籠を渡してくる。
朝出された野草のサラダもどきと違い、見た目も良いサンドイッチだ。オイルドレッシングのようなソースは柑橘系の仄かな香りと甘さがあり、塩気やピリリとした胡椒の刺激を引き立てている。ユキはその美味しさに目を見開き勢い良く食べた。
そんなユキに、スコットは戸惑いがちに話しかける。
「ユキ、ごめんね」
「えっ?」
夢中でパンにかぶりついていたユキは、何故スコットが謝るのかと驚き動きを止める。
「勝手に生き返らせたこと。ううん、それだけじゃなくて、勝手に世界を救う力を与えたこと」
ユキは少し前まで木の洞に閉じこもっていたことを思い出す。
スコットのことがショックで忘れていた。
慌ててブンブンと首を振り、怒っていないことをアピールする。
「あたしこそ、嘘つきなんて怒鳴ってごめんなさい」
「良いよ。嘘ついたのは本当なんだし。……怒ってない?」
「うん」
2号と話していて、気持ちの整理はついた。
あの世界に戻らなくて良いのなら、あの世界の人達がいないここなら、ユキは生きていける。まだ人間は怖いけれど、いつかは町にだって行けるだろう。
ユキが死にたかった理由はもうここにはない。
生き返ってしまった絶望も怒りも戸惑いも、死にかけているスコットを前にしたら完全に消し飛んでしまった。
「それと、ユキを生き返らせる時に、ユキの命もこの世界に繋いだの」
「それって、どういうこと?」
「ボクとユキが死ねば、この世界も消える。ボク達の命が、この世界を支えているってこと」
勝手にゴメンねと言うと申し訳なさそうに言うスコット。
だが、ユキはそれを「スコットと死ぬまで一緒にいられる」と受け止めた。
「ボクがユキの分まで世界の汚染を引き受けているから、きっとボクの方が先に死ぬ。でも、ユキが生き続けていてくれれば、この世界はそれだけ長く続く。だから、ユキには少しでも長く生きていて欲しい。世界を救う力を与えはしたけれど、それは死と隣り合わせの危険な事だ。ボクはユキには安全な場所で、少しでも長く生きていて欲しい」
死ぬまでスコットと一緒にいられると思い喜びかけたユキは、その言葉に少なからぬショックを受ける。
スコットにとって、自分は世界を永らえるための道具だったのかと。その役目は自分じゃなくても良かったのかと。
「スコットが、あたしを助けたのは……優しくしてくれたのは、あたしが……」
ユキは、喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
それを言ってしまったら自分で自分のことを道具だと認めてしまうようで怖かった。そして、それをスコットに肯定して欲しくなかった。
「ユキを生き返らせたのは楓に頼まれたからだけど、ボクがいなくなっても大丈夫なようにしたいっていう打算も確かにあったけれど。でも、ユキを生き返らせる時点で世界が消滅する可能性だってあった」
ユキがよほど泣きそうな顔をしていたのだろう。
申し訳なさそうに話しをしていたスコットが、不意にユキを抱き寄せた。
ぎゅっ、と抱きしめられ、ふわふわとした感触がユキを包む。温かく、そして少し早い鼓動がユキに伝わる。
「でもね、生きていて欲しいって思うのは、ユキだからだよ。一緒に過ごして、ユキにもっと笑って欲しいって思った。ユキともっと話したいって、ユキを幸せにしたいって思った。それは嘘じゃない」
「スコット……すこっとぉ」
ユキは声を上げて泣いた。何度もスコットの名前を呼びながら。
不安をスコットがきっぱりと否定してくれた安心で、スコットが先に死んでしまうという恐怖で、先程死にかけていたスコットから感じる確かな鼓動で、スコットから向けられた愛への嬉しさで。ぐちゃぐちゃの感情のまま、ユキは泣き続けた。
一度泣いた事でユキの涙腺が決壊してしまったかのように、涙を抑えることができなかった。
「ねぇ、ユキ。ボクはボクの命が尽きるその時まで、ユキと一緒にいたい。ユキがしたいことを一緒にやりたい。ユキは、どう生きたい?」
「……あたしは、あたしも、スコットと一緒にいたい」
この世界で、生まれて初めて愛を知った。温もりを知った。失いたくない、かけがえのない存在。
2号は友人だけれども、2号ではユキを抱きしめることはできない。ユキの孤独を完全には埋められない。
スコットを失ったら、ユキは再び死を選ぶだろう。たとえ世界が完全に崩壊しても。
「だから、スコットを助けたい」
そのために、世界を救いに行く。
ユキは固く決意した。
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