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第二章 プリメア

17、感動した

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 神樹に辿り着き、ユキは前回同様壁のような根に跨ると修復の力を注ぎ込んだ。
 その際、装置のある場所を探れないかと意識を根の先に集中してみたが、やはり方角すら感じられなかった。

「ユキちゃん? おいっ、どうした?」
「大丈夫だよ。力を注ぎ過ぎて疲れちゃっただけだから。そのまま寝かせてあげて」

 神樹の大きさに圧倒されていたアッバスは、神樹に力を注ぎ倒れたユキを心配する。
 根から落ちそうになったユキを受け止めたスコットは2度目ということもあり、落ち着いた声でユキを寝かせる。
 そのまま祈りを捧げると、それに応えるように前回伸びた若い枝に黄金色に輝く実が一つ生った。

「ほ、本当に祝福の実ができた」
「信じてなかったのかい?」

 スコットは、その実を潰さないようそっともぎ取ると、アッバスに渡す。
 アッバスはそれを恭しく受け取ると、潰れないように布で包み、背負っていた荷物にしまう。
 アッバスはすぐにその実を持ち帰りたそうにソワソワしている。

「そういえば、登らなくて良いのかい?」
「あ、あぁ。まさかこんなに大きいとは思わなかった。昨日も言ったが、今日は目的だった実も手に入ったしやめておくよ」
「ふふ、さっきユキが乗ってた根の上くらいならすぐだよ」

 スコットはアッバスをひょい、と抱えるとまるで階段でも上るかのように駆け上がる。
 足元の空気を瞬間的に圧縮して足場を作る、空間操作能力の一種だ。
 空間転移よりも負担は小さい。
 自分の背丈よりはるかに高い根の上に降ろされたアッバスは、自分を軽々と担いだスコットと、こんな高さに一瞬で登ったことに唖然とする。

「見えるかい? この先が、君たちがロストエンドと呼ぶ地だ」
「? ……いや、何も見えない。ただ闇が広がっているようにしか……」
「そうか。それで失われたとか言われているのか。実際には、ちゃんとそこにあるのにね。ユキの旅が無事に終わったら、鍵を渡す。そうすれば、君達にも認識できるはずだ」

 アッバスは、結界によって認識を阻害された向こう側の世界を見通そうかとするかのようにじっと見つめた。
 それから、雲を突き抜け視認できないほど遥かな高みにある神樹の先端を見上げる。

「……視えないけど、感じる。俺は、世界中あちこち見て回ったつもりだけど、ほんの一部に過ぎなかったんだな」
「いや? 世界は分かたれた訳だから、こちら側の世界を全て見たって言うなら、見たんだとボクは思うよ」
「だが、ここへは初めて来た。圧倒的な存在、生命の神秘、そういうものを感じる。自分がちっぽけな存在なんだって思い知らされるよ。子供ができないとか、悩んでいるのがバカバカしくなる」
「できるよ、子供。神樹に祝福されたじゃない」
「そうだったな」

 アッバスは神樹の幹に触れ、「ありがとうございます」と祈りを捧げた。
 その瞳は濡れているようだったが、スコットは気付かないフリをした。

「ロストエンドに行きたがっていたガレートがこの光景を見たかったんだろうな」
「見れるさ。だって鍵を渡すんだもの。まぁ、彼は報酬の前渡しを希望しなかったから全部終わった後になるけどね」
「そういやそうだったな」

 感慨深げなアッバスの呟きに、スコットが軽く答える。
 気持ちを切り替えたアッバスは、根から飛び降りると何の問題もなく着地した。

「急ぐんだろう? ユキを運ぶから、背中に乗せてくれるかい?」
「あぁ、頼む」
「特別にキミも乗せてあげるよ。ユキが落ちないよう支えてあげて」
「わかった」

 伏せたスコットの背に、アッバスはそっとユキを寝かせる。
 それから、遠慮がちに静かに跨った。ふわふわとした毛がアッバスの太腿をくすぐる。

「これは……凄いふかふかだな。王侯貴族の絨毯ですらここまで心地よくないぞ」
「ふふ、自慢の毛並みだよ。ユキが漉いてくれたんだ」

 スコットはアッバスとユキを落とさないよう気を付けながら、道なき森の中を駆ける。
 そうして、日が暮れようとする頃、ちょうど神樹へと向かってきていたガレートと合流した。

「アッバス!」
「ガレート! 行き違いにならなくて良かった!」
「森に入った途端に精霊に話しかけられてな。ここまで案内してくれたんだ」

 ガレートは、アッバスが巨大な猫に跨って現れたことに驚いていた。
 同様にアッバスはガレートの肩や頭に小精霊達が乗っていることに気付いて驚いている。
 ユキが気を失っていることに気付いて慌てるガレートに、スコットが心配ないと説明した。
 その声で巨大な猫がスコットだとわかったガレートは更に驚いていた。

「いや、何と言うか……もう驚きすぎて言葉が出ないよ。それで、こうして戻ってきたってことは、無事に手に入ったのか?」
「ああ。この目で見ていたのにまだ信じられないよ」

 ガレートに礼を言われた小精霊達は、満足そうに手を振って去っていった。
 アッバスはガレートに、神樹の根元で見た光景を身振り手振りで伝えようとする。
 盛り上がっているところ悪いけど、とユキを下ろし人型になったスコットが口を挟んだ。

「そろそろ日が暮れるよ。その前に野営の準備をしたほうが良い。ここは夜には本当に真っ暗になるから」
「そうだな」
「ここは水場は近いのか?」
「うん。そこの傾斜を降りた所にあるよ。水音が聞こえるでしょ」

 精霊達は最初から野営になることを見越して、野営に適したこの場所を目指していた。
 ここはユキも野営に使ったことのある場所。川から近すぎず、遠すぎず。倒木によってぽっかりと空が見える空間。
 日中は光が当たるため、苔むした他の場所よりも地面が乾いている。

 足場や周囲を確認してテントを組み始めた二人の横で、スコットは枯れ枝を集め、サラマンダーを召喚し火を起こした。
 アッバスもガレートも精霊術を間近で見るのは初めてだと、少年のように目を輝かせ、その光景に感動して見入っていた。
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